第四章 死闘!VS再生体!1
目覚めれば、そこは廃屋のような場所だった。
スッキリしないあやふやな意識でもって深月は上半身を起こした。狭く薄暗い小屋の中。自身の置かれた状況を把握できないでいると、肩越しに大男が顔を突き出してきた。
「どうやら気付いたようだな。体の具合はどうだ? もし、まだ気分が優れないようならば、もう一本、薬を投与するが?」
作務衣のような衣類を纏う大男こそ、深月を浚った張本人『再生体』であった。入浴中に突然現れたその大男に、悲鳴を上げる深月だったが、すぐに大きな手で口を塞がれてしまった。彼女は悟った。ここで相手を刺激してはいけないと。同時に小学校の頃に受けた担任教師からの軋轢を思い出していると、大男の顔が間近に迫った。
「意識がはっきりしているところをみると、どうやら薬は効いているようだな」
埃が積もった板張りの上には奇妙な円柱形のガラス瓶がいくつも転がっており、その内のひとつは空になっていた。薬というのは、きっとそれらのことを指しているのかもしれない。
「拙者のことを覚えているか?」
野性味を帯びた鋭い眼光で問う大男に、深月は静かに首を横に振った。
「覚えていないのか?」
見覚えのない大男に、深月はコクリと首を縦に振って意思表示するしかなかった。
「記憶がないのか?」
大男はそう呟くと、深月の口元から手を離した。
「そうか……」と肩を落として項垂れる大男に、深月は恐る恐る尋ねた。
「あなたは……私のことを知っているの?」
「あぁ、当然だ。あの日以来、拙者は一日足りともお前を忘れたことはない」
「あの日?」
深月が小首を傾げていると、大男がもう一度尋ねる。
「本当に覚えていないのか?」
そう言って猫娘や怪力女、そして首無し男のことを語る大男。だが記憶のない深月にとっては眉をひそめることばかりだった。そもそも猫娘や怪力女、ましてや首無しの体など、知り合いもいなければ見たこともないのだ。そんな彼女の薄い反応に、大男は憂色を浮かべ、懐から白いケースに覆われた端末機を取り出した。
自分の不注意により、無くしたものだとばかり思っていたスマートフォンを半信半疑で手に取る深月。ヘコんだ角や傷の箇所。自分の物だと確信するには充分だった。
「なぜ、あなたがこれを持ってるの?」
「どう言う理由か知らぬが、男の体が所持していた」
「男の体? でも、なぜこれが私の物だと?」
「お前を初めて見たとき、手に握っていたのを覚えていただけだ」
試しに電源ボタンを押してみた。だが、バッテリーが空っぽらしく何の反応もなかった。
「最初の内は、画面が映っていたのだが……その内、何も写らなくなってしまった。拙者がもう少し気を遣って保管していれば良かったのだろうが……」
すまない。と頭を下げる大男に深月は首を横に振った。
「大切に保管してくれたんだね」
その感謝の言葉に、大男は「当然だ」と胸を張った。
「ミヅキが大事にしている物を、粗雑にするわけがない。それで、その箱を見て何か思い出さないか?」
期待の眼を向ける大男に、深月は首を横に振った。
「期待にそえられなくて、ごめんなさい」
浮かない顔をする深月に、大男はひとつの結論を導き出した。
「やはり、誰かに記憶を消されたのだな」
忌々しく口ずさみ、手のひらで目元を覆う大男。そして虚空を睨みつけ……
「いったい誰がミヅキから拙者の記憶を消した。猫娘か? それともあの女か? いや、もしかしたらあの男かもしれん」
不確かな憶測を巡らして苦悩する大男に、深月は気の毒に思った。
「あなたの言っていることは良く分からないけれど……もし私で良ければ力になってあげるよ」
肌身離さずにスマートフォンを持ち歩いていた相手だ。決して悪い人間とは思えなかった。そして抜け落ちた記憶を不快に思い、同時に自分の知らないところで何が起きていたのかを知りたかった。
「だから元気出して」
すると大男が深月の両手を握りしめた。
「何者かも知らぬ拙者を励ましてくれるとは……誠にかたじけない」
「そんなことないよ。私もその時のことを知りたいだけだし……それに、もし差し支えなければあなたのことを、もっと教えてほしいかな」
全てを知りたいと求める彼女に、大男が頷いた。
「いいだろう。あの日、起こった全てを話そう」
その言葉に、深月から恐怖心が払拭された。
「やられたわい……」
給仕場に置いてあった発泡スチロールの箱。その中に入っていた食材の大半が持ち去られいた。
「動物の可能性は?」
安易に想像できるのは、狐かタヌキと言ったところだが。
「いや、もし獣ならば爪痕や歯型が残っておる。だが、これはそのような痕跡がひとつもない」
と発泡スチロールの蓋をトオルに突きつける保子莉。確かに食い千切ったり、無理矢理こじ開けた形跡がない。そうなると指を器用に使える獣……つまり、猿の仕業とも考えても何ら不思議ではない。
「猿のぉ……考えられなくはないが、どうにも腑に落ちん。九斗に気を取られていたとは言え、わらわが気付けなかったくらいじゃ。もしかしたら人間のように知恵が働く者かもしれん」
犯人は人間と言いたげだった。だが、ここは自分たち以外の利用客はいないはず。そうなると、いったい誰が。
とそこへ、血清製剤を取りにいったはずのトキンがフラフラと現れ、二人の前に倒れんだ。
「どうしたの、トキンさん!」
するとトキンが悔しそうに地面を叩く。
「暴漢に襲われたー」
見れば全身砂まみれだった。察するに浜辺を歩いていたところを、何者かに襲われたのだろう。
「暴漢? それはどう言うことじゃ? それに見たところ、解毒剤を持っておらんようじゃが?」
「どうもこうもないわよ! あいつに全部、持っていかれちゃったわよ!」
トキンは体を跳ね起こすと、背中に担いでいた『魔剣ヴェルファー』を垣間見た。
「おまけにチョーちゃんから差し押さえた剣の片方も盗まれちゃったわよ。もぉ悔しいったらありゃしないー!
と両足をバタつかせるトキン。血清製剤と剣の強奪。そして深月の拉致と食料の窃盗。ほぼ同時期に起きたこれらに、トオルは嫌な予感を覚えた。
「あいつと言ったな? そやつはどんなヤツじゃった?」
「浜辺に着くなり、いきなり首筋をチョップされたんだから知らないわよ!」
「顔を見ておらんのか?」
「見ている余裕があったなら、とっくに返り討ちにして身ぐるみ剥いでやってるわよっ!」
すると保子莉が渋い顔をした。
「トオルよ、どう思う?」
言うまでもなく十中八九、再生体の仕業だろう。意識を失った深月の具合を知り、ここに置いてあった食料を盗んだ挙句、たまたま近くを歩いていたトキンから血清製剤と剣を奪ったに違いない。ただこの場合、目的が血清製剤だったのか、それとも剣だったのかは定かではないが……いずれにしても、再生体は知恵を働かせて行動しているとみていいだろう。
「以前のヤツならば解毒剤の意味も分からんじゃろうが、今や言葉も理解しておるゆえ、同様に識字学習もしておるじゃろう。その上でトキンが持ってきた解毒剤を奪ったとみて良かろう」
保子莉の推論に、トオルは否定することなく頷いた。
「そうなると再生体は、僕らよりも強い上に、賢くなっていると思ったほうがいいのかな?」
「そう考えて間違いないじゃろうな。とにかく、このことを全員に知らせた上で、他に盗まれた物がないか調べなければなさそうじゃな」
全員と言っても、事の重大さを理解出来る者はクレアくらいだが。
「ちょっとちょっとー。誰も私の心配はしてくれないの?」
すがるような眼で訴えるトキンに、保子莉が面倒くさそうに顔を向けた。
「残念じゃが、今はおぬしに構っている暇などないのじゃ」
「じゃあ、せめて何が起きているのかくらい教えてくれてもいいんじゃない? 仮にも私だって被害者なんだし」
「保子莉さん。トキンさんにも再生体のことを説明して、協力してもらおうよ」
もっとも相手がバケモノだと知って、協力してくれるか定かではないが。
「仕方ない、ならば教えてやる。おぬしを襲った相手は片手で巨木を薙ぎ倒し、素手で岩を砕く巨漢の男じゃ。その手に負えない者をわらわたちは『再生体』と呼んでおる」
オーバーな言い回しだが間違ってはいない。だがトキンは驚くどころか、呑気に笑って言う。
「あら、イヤだ。そんな相手にコレを盗まれたら、とんでもないことになっちゃうんじゃない?」
トキンは残った剣を鞘から抜いて、ぬらりと光る刃先をチラつかせた。
「そうは言っても、所詮はオモチャじゃろ? ならば心配あるまい……ん?」
と保子莉は目の前に掲げられた『魔剣ヴェルファー』に眉をひそめた。
「妙に斬れ味が良さそうじゃが……まさか真剣ではあるまいな?」
実在しないアニメの複製品なのだから、そんなはずはない。しかし……
「真剣みたいよ。ほら」
トキンは食材保管をしていた発泡スチロールの蓋を近くの切り株に立て掛け、その上に『魔剣ヴェルファー』の刃先を乗せた。すると剣の自重により蓋がスーッと一刀両断されていく。その見事な斬れ味にトオルと保子莉は目を丸くした。
「なんじゃ、そのレーザー剣をも凌ぐ斬れ味は?」
保子莉はトキンから剣を借り、異彩を放つ刃先を細見した。
「アルファベットで『ネーヴェル』と刻印が打ってあるが……トオルよ、この意味が何か知っておるか?」
「そう言えば、中学の頃に放送していたアニメの設定だったような?」
記憶違いでなければ、剣の擬人姉妹がイケメン主人公に仕える物語だったはず。もっとも実在しない作り話なので、さほど重要なことではないだろう。それよりも作り物のだったはずの『魔剣ヴェルファー』が、なぜ本物の剣に生まれ変わったのか。
「そういえば……」と『魔剣ヴェルファー』購入の後日談を思い出すトオル。様々な砥石を買い揃え、暇さえあれば夜な夜な研いで魔改造していると語っていた親友。もっとも興味のないトオルにとって、それはくだらなく、どうでも良い話だったのだが……まさか銃刀法違反に触れるような代物にまで仕上げているとは思いもよらなかった。
「よりによって、何という物を作りあげてくれたんじゃ、あのバカは」
ひとつのことに興味を注ぎ、納得がいくまでトコトン突き詰める性分ゆえ、こうなるのは当然だったのかもしれない。
「際限が無さ過ぎじゃ! 物作りの職人でも、ここまで極められんぞ!」
切れ味抜群の真剣なのだから、保子莉が嘆くのも当然だった。しかも、こんな物騒な武器が再生体の手に渡ってしまったのだから、脅威以外なにものでもない。
「とりあえず、僕はこのことをクレアに知らせて他に盗まれた物がないか確認するよ」
「そうしてくれ。わらわはヤツの足取りを追ってみる」
お互いの役割を確認し、二手に分かれるトオルと保子莉。するとトキンが二人の背中を交互に見やって声を上げた。
「ねぇ、私はどうしよー?」
「好きにせい!」と保子莉は猫娘にフォームチェンジして、夕闇迫る海岸へと走り出した。
丁度その頃、海賊クロウディア号のファーストシップでは
「それでディアさま、話というのは?」
モヒカン頭の猪男は、ブリーフィングルームに入れるなり、未開惑星のガイドブックを読んでいる金髪美少女に尋ねた。するとディアの隣に座っていた幼女が口にしていたティーカップをテーブルに置いた。
「ジャゲとビヂャが相手先の被験者を連れ出して姿を眩ましました」
その報告に片眉を釣り上げる猪男。だが海賊頭首であるディアの手前もあり、テーブルを蹴り倒したい衝動をグッと堪える。
「それで連中の行方は?」
するとディアがガイドブックから目を離すこともなく答えた。
「……被験者のマーカーが目印」
「するってぇと、出航直後に聞かされた位置座標がそれだと?」
「……そう」
抑揚なくコクリと頷くディアの言葉に、エテルカが補足する。
「あくまでも同乗している依頼主の話です。それで我々としては、その目印を追跡すれば、共に行動している二人を捕獲出来るかと踏んでいます」
エテルカの判断に、ギンツォが組んだ短い足の脛を掻きながら、不愉快な面持ちをした。
「それで、依頼主の目的は何です?」
「被験者の保護だそうです。それさえ守られれば、罰則は問わないそうです」
「何言ってんすかっ! 元々はこっちが二人の人格矯正を依頼した顧客ですぜぇ。なのにペナルティーもクソもないでしょ!」
腕組みをしてふん反り返る猪男に、ディアが顔をしかめた。
「……ギンツォ、言葉が下品」
「へぇ、すいやせん。ディアさま。……それで俺たちの方ですが、二人を捕まえてどうしやす?」
「その意見を聞きたくて貴方を呼んだのです」
すると、ギンツォはにべもなく言い放った。
「ブラックホールに叩き落とすか、恒星に放り込むか、ブッ殺すかのいずれかです」
「……どれを選んでもブッ殺す選択」
「生かしておいてもろくな事になりませんし、その選択も良いかもしれませんね。いずれにしても被験者と二人を捉えなければ話になりません。それで三人が潜伏していると思われる惑星はどんな星ですか?」
「へい。恒星間航行も不便な未開惑星でして、しかも行動制限が設けられてます」
「現地住民のレベルはいかがですか?」
「一概に何とも言えませんが、技術世代が著しく遅れているせいか、住民レベルの意識もかなり低いものかと判断できます」
「そうなると、慎重に事を運ばざるえませんね」
難しい顔をして言うエテルカに、ギンツォも頷いた。
「必然的に少数での隠密行動となるかと」
するとディアがお茶をひと啜りして言う。
「……それよりも現地の美味しいモノが食べてみたい」
場の空気を読まない呑気な頭首に、猪男と幼女は頭を抱えた。
「ディアさま、今は真面目な話をしているんですから、食べ物のことは忘れてください」
窘めるエテルカに、ディアがポツリと主張した。
「……美味しいモノを食するのは乙女の嗜み」
食べ物に固執するディアに対し、幼女エテルカがテーブルを叩いた。
「ディアさまの場合、乙女の食い意地でしょ!」
「……エテルカ。何をそんなに怒ってる?」
「怒りもしますよ! この間の襲撃作戦もディアさまの食い意地のせいで失敗したんですから!」
「……そう?」
反省の色もなくキョトンとするディアに、幼女が椅子の上に乗って仁王立ちになった。
「私たちが人質を拘束したまでは作戦通りだったのに、食料庫のオートロックに閉じ込められたディアさまを探し出していたら、銀河パトロールの連中に見つかって、何も取らずに逃げ帰ったことを忘れたんですか!」
ビシッと指差すエテルカに、ディアが恥じらうように視線を反らした。
「……お腹空いてたから」
「無理なダイエットなんかするからでしょ!」
「……ダイエットは女子の嗜み」
「ディアさま……時折、イラっとすることをサラッと言いますよね?」
「……それは気のせい」
特に気にする風もなく答えるディアに対し、エテルカのこめかみに怒りが浮かんでいた。その対峙する両者に、ギンツォが仲裁に入る。
「まぁまぁ、エテルカさま。ここはディアさまの食い意地に免じて、どうか穏便に」
「……今、さり気なく侮辱された気分?」
抑揚なく渋面したっぽいディアに、幼女が勝ち誇ったように無い胸を反り上げた。
「食べることばかり考えているから、そう言われてしまうんですよ。とにかく、今回は仕事前に食事だけはキッチリ済ませておいてくださいね、いいですね?」
「…………」
心なしか寂しそうな陰りを見せるディアに、幼女が念を押す。
「子供みたいに拗ねても無駄ですよ。いいですね、仕事中は絶対に食べ物禁止ですからね!」
夜が更け、みんなが寝静まった頃。
トオルは焚き火の始末を見届けることを自ら申し出て、赤々と色付く炭を見つめていた。太く硬かった薪は、すでに小石程度にまで砕けていた。トオルはそれらを炭バサミでかき回しながらひとり考えていた。
「深月の匂いと再生体の足跡を追いかけたのじゃが、途中の沢を境に途切れてしまった。そこから察するに、どうやらヤツはかなりの知恵者になっておるようじゃ」
陽が暮れた頃、キャンプ場に戻ってきた保子莉の見解に、トオルは楽観視できないことを知った。
「こっちも、岩かまどの側に置いてあったライターやアルミ食器の一部がなくなってたよ」
すると保子莉は夜空に溶け込んだ山肌を睨み上げた。
「火を扱うことを覚えたか。だとすれば、風下で、ここから火の見えない場所に隠れておるやもしれんな」
猫娘にフォームチェンジした保子莉の鼻を欺くくらいだ。きっとそのくらいのことは再生体も考えているだろう。だが、もしトオルが再生体本人ならば、山に隠れるよりも、そのまま深月を連れて地球を離れる算段を取るのだが。
「火と食料を盗んだということは、安易に逃亡出来ない事情があるのやもしれん」
もっともそうであってもらわねば、こちらも困るでな。と持参した試供品のキャットフード食べながら憶測を述べる。
「それにヤツの能力を考えると、夜間行動はそれほど得意とは思えん」
つまり闇夜においては、行動が制限されると言うことらしい。と、そこへ売店で買ってきたパンをミオに食べさせていたクレアから素朴な疑問が。
「それにしてもぉ、おかしいですよねぇ。どうしてぇ今頃になってぇ再生体が現れたんでしょうかぁ? 私、宇宙船ごとダストホールに吸い込ませたんですけどぉ?」
小首を傾げる幼女に、保子莉も難しい顔をして唸る。
「再生体自ら、あの次元空域からの脱出を図ったか、もしくは誰かがダストホールと言うゴミ箱を漁ったか。……だとしてもじゃ、次元体の違う世界から戻ってくるくらいじゃから、理解し難いことではあるがのぉ」
と、保子莉がキャットフードをバリボリと噛み砕いていると
「そうなんですよぉ。次元領域の計算によればぁ、脱出確率は0・0023%の確立でしかないんですよねぇ」
二人の宇宙理論は分からないにせよ、その数字が脱出不可能を示すことは、トオルにも理解できた。
――しかし、今頃になってなぜ?
忘れかけていた存在。その不愉快な相手を思い起こし、トオルは苛立ち紛れにバチバチと瀑ぜる炭火を引っかき回した。
「理由は分からん。じゃが、目的が深月であることには間違いなかろう」
と憶測の域を出ないまま、クレアたちと就寝した保子莉。
女子テントを見やれば、テント内で淡く灯るLEDランタンが幻想的なシルエットを浮かび上がらせていた。
――いったい再生体は一里塚さんをどうするつもりなんだ?
外宇宙へ連れ出すのか。それとも地球に留まったまま隠れ続けるのか。焦げ付くように燻る思いがトオルを苦悩させた。だが相手の行動心理が分からない以上、結論を導き出すことができなかった。
そんなことを考えていると、トオルの頭の上に冷たい滴が落ちてきた。
――天気予報では晴れだったはずなのに
夜空を見上げれば、眩い輝きを放っていた星々が、暗雲によって塗りつぶされていた。
――一雨きそうだな
そう判断したトオルは、焚き火の始末を放棄し、降り始めた雨に消火を任せて就寝に着いた。
うっすらと明るいテントの室内に、目を覚ました。
眠い目をこすってスマホで時刻を確認すれば、AM04:55と表示されていた。
浅い眠りにより、寝た気がしなかった。だが次第に、昨日の出来事が頭の中を埋め尽くし、一気に眠気が霧散していく。
――再生体を……一里塚さんを探さなきゃ……
人手を要する捜索に、親友の手を借りようと隣を見れば、すでに長二郎の姿はなく、脱皮した蛇の皮のような寝袋だけがあるだけだった。
――どこ行っちゃたんだろ?
服を着て雨露で濡れたテントから這い出ると、辺りは朝霧に覆われていた。夏とは思えない肌寒い気候の中、お揃いのパーカーを羽織った保子莉とクレアが、焚き火を囲って紅茶を啜っていた。
「起きたか。夕べは大分、遅くまで起きておったな」
そういう保子莉自身もほとんど寝ていないらしく、目の下にクマを浮かばせている。
「うん。保子莉さんも九斗の看病で寝れていないみたいだね」
焚き火で暖を取るトオルに、保子莉も憔悴しきった顔で頷く。
「何しろ未成熟な子供じゃからな、仕方あるまい」
トオルはクレアから差し出されたマグカップを受け取り、熱い紅茶で寝起きの体を温めた。
「それで九斗くんの容態はどうなの?」
「熱が下がらんままじゃ。今日中に何とかせんと、体力的に命が危うい」
トオルは紅茶を喉に流しながら、クレアに確認した。
「はい。未だ予断を許さない状態が続いてますですぅ」
変わらぬ様態。こうなると一刻も早く再生体を見つけて解毒剤と深月を取り戻さないと、本当に取り返しのつかないことになるだろう。
「そこでじゃ、夕べから移動していない生命反応に目星を付けて山狩りをするつもりなのじゃが……」
保子莉の作戦に、トオルは訝しんだ。
「クレア、昨日から動いていない生命体の数は?」
「はい。優に1000体以上ありますですぅ」
そこから寄り添う二つの生命体……つまり再生体と深月を探し出せれば良いのだが。
「トオルさまのぉ、お考え通りぃ、それらに当てはまる条件でぇ絞り込んでいきますとぉ、南西側と東側に該当するものがありますですよぉ。ちなみに距離は直線にして1・5キロと7キロの地点にいますですぅ。なお4体一組で行動しているものはありません」
海を背にした南西側と東の山々。整地された平地ならともかく、険しい山道では結構な消費時間となるはずである。すると保子莉がマグカップ片手に判断を下した。
「可能性が高いのは南西の方じゃ。途中までヤツの痕跡を確認した、わらわが保証しよう」
「しかし、再生体が東に方向を変えていることも考えられるんじゃ」
追手を巻くほどの知恵があるだけに、裏をかいている可能性もあるのでは。
「おぬしの意見ももっともじゃ。じゃが……」
焚き火を見つめたまま、マグカップに口をつけて思慮する保子莉。きっと人手不足を考えているに違いない。だが長二郎が役に立たない現在、トオルを含めた保子莉とクレアの三人で行動しなければならないのだ。しかし、ミオや九斗をキャンプ場に置き去りにするわけにもいかない。と、そこへ……
「ここの留守はわらわが預かろう」と保子莉が居残ることを申し出た。理由を尋ねれば、保子莉を心の拠りどころとしている九斗を残してはいけないとのことらしい。人当たりがキツく態度の悪い九斗が、唯一保子莉のことを「お姉ちゃん」と慕っているのだから当然だろう。そうなると保子莉を除いた二人だけで再生体を探すことになるのだが……問題は、どうやって再生体から深月を保護するかである。何しろ相手はクレアを上回る怪力の持ち主だ。そんな者が無双でもしようものならば、きっと手が付けられないだろう。
「今のヤツには知恵がある。逆にそこを利用し、争わず和解に持ち込んだほうが得策かもしれん」
どうやら再生体を説得し、交渉のテーブルとしてキャンプ場へ連れて来るしかなさそうだ。焚き火を囲んで今後の段取りを決めていると、テントからトキンが這い出てきた。
「寒い寒い寒い! なんなの、この寒さはー!」
ミノムシのように寝袋にくるまっているトキンに、幼女が淹れたての紅茶を差し出すと、保子莉が薪を焚べて言う。
「この程度の寒さごときで、大袈裟に騒ぐでないわ」
「そんなこと言ったって、寒いものは寒いんだもん!」
トキンはトオルに密着するように座ると、燃え上がる炎に手をかざした。
「それで、みんなで何の相談してたの?」
「おぬしを襲った暴漢者をどうやって探し出すか考えておったのじゃ」
「あ、それなら私も協力させてくれない? 私もやられっぱなしじゃ、気が収まらないのよねー」
と殺意に似た憎悪を眼に灯すトキン。気持ちは分からなくもない。じゃが、まずは話し合いに持ち込みたい。と説得する保子莉。そして……
「もっとも、それ以前にヤツの居所を突き止めねばならんのじゃが」
「居所、見つかんないの?」
「生命反応を頼りに、ある程度まで絞り込んではおるのじゃが、これと言った確証がないのじゃ」
「そんなの簡単じゃない」
せせら笑うトキンの発言に、その場にいた全員が驚いた。
「それは、いったいどういうことじゃ?」
「生命反応のサーチ条件に金属探知を加えれば簡単なことじゃない」
盲点だった。再生体が金属製の『魔剣ヴェルファー』を持ち歩いているのだから、最初からそうすれば良かったのだ。早速、新たなる条件を加えて再探索するクレア。すると二つの生命光点と金属反応を示す場所がヒットした。
「お嬢さまぁ、南西1・5キロの方ですぅ!」
その報告に、トキンがドヤ顔をして親指を立てていた。
「そうと分かれば早速、行動開始じゃ! トオル、クレアと行って、再生体を連れてこい! もし交渉が無理ならば誘い出すだけでも良い!」
強引なやり口で深月をさらった相手だ。それだけに交渉は一筋縄ではいかないだろう。と、そこへトキンも自ら捜索を買って出る。
「ねぇねぇ、何なら私も一緒に行こうか?」
大方、昨日の不意打ちされた恨みを晴らしたいのだろう。その証拠に笑顔の裏に殺気立ったオーラを放っていた。
「ライドマシンを所有しているおぬしが同行してくれるならば、頼もしい限りじゃ」
快諾する保子莉に、トキンは寝袋を脱ぎ捨てた。
「流石、猫ちゃん。話が分かるわー。そうと決まれば、すぐに出発よ!」
トキンの意気込みに煽られ、トオルたちは再生体が潜んでいると思われる南西の山腹へと向かうこととなった。





