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第三章 生存への執着3

「長二郎! 大変なことになっちゃったよ……って、あれ?」

 身支度を整えようと大急ぎで男湯に戻ってみれば、親友の姿は湯煙のごとく消えていた。ポツンと置かれた空の脱衣籠。どうやら、すでに着替えを済まし、どこかへ行ってしまったらしい。

 ――この肝心な時に、どこに行っちゃったんだよ

 しかし長二郎を探している時間などはない。トオルは着替えながら今後のことを考えた。体の大きい深月はクレアに運んでもらうことにして、九斗は自分が背負ってキャンプ場へと下りることにしよう。その後はトキンが所持している解毒剤を待つしかないだろう。問題はその間、どのような症状が起こるのか。もし容体が急変した場合、どう対処すべきなのか。必要な物は何なのか。水分補給のための水なのか、それとも体を温めるための火なのか。しかし地球外生命体の毒ゆえ、いくら考えても、何をどうしていいのか分からなかった。

 ――他に対応処置がないか、クレアに聞いてみよう

 と、模索していたそのときだった。

「クレアちゃん! こわいひとがいるよっ!」

「なんでぇ、再生体がぁ、こんなところに居るんですかぁ?」

「こらっ! 深月をどこへ連れて行くつもりじゃ!」

 頭上から落ちてきた喧騒に、トオルはTシャツの袖に片腕を通したまま、女湯を見上げた。

 ――再生体? クレアはいったい何を言ってるんだ?

 二ヶ月前、宇宙で消滅し、すでに存在しないはずの自身の分身。それが、なぜ今さらそんな相手が。しかも深月を攫っていくような保子莉の言動。トオルは着替えをそこそこに、女湯目指して石畳を駆け登った。すると保子莉とクレアが脱衣所で倒れこんでいた。

 ほんの少し目を離していた隙に、何かが起きたのだ。そのただならぬ事態に、トオルは幼女を抱え上げ、九斗を庇うようにして伏せている保子莉の元へと駆け寄った。

「保子莉さん、大丈夫?」

 すると保子莉は鳩尾を抑え、乱れる息で言う。

「ヤツが……ヤツが現れおった……」

「ヤツって? まさか再生体?」

「そうじゃ……」と苦悶の表情をして呼吸を整える保子莉。

「でも、再生体はダストホールに飲み込まれて消滅したはずだよね」

「そのはずじゃ。じゃが、現にヤツはわらわたちの前に現れおった……」

 訊けばクレアと二人掛かりで深月と九斗の着替えを施し、今後の段取りを相談しながら自分たちも着替えをしていたところへ、茂みの陰からいきなり再生体が現れたらしい。

「ミヅキっ!」

 全員を一瞥し、開口一番に発せられた男の声にミオは脅え、保子莉とクレアも対応に遅れ、再生体からの一撃を食らったと言うのだ。

「九斗とミオを庇うだけが精一杯じゃった……」

 事のあらましを一通り聞いたトオルは、意識が戻ったばかりのクレアを床に寝かせると、すぐさま立ち上がった。

 ――一里塚さんを助けなきゃ!

 さほど時間は経過していないだけに、追いかければ取り戻すチャンスはあるはず。だが……

「どこへ、いくつもりじゃ!」

 押しとどめる保子莉の強い声に、トオルは反発した。

「再生体を追いかけるに決まってるだろっ!」

「この山ん中、どの方角へ逃げたかも分からんのに、闇雲に探し回ってどうするつもりじゃ!」

 学校の廃校舎での捕物帳とは規模が違うことは百も承知だし、広範囲であることも分かっている。それだけに追跡が遅れてしまえば、それこそ取り返しのつかないことになるだろう。

「焦る気持ちは分からんでもないが、ここは慎重に事を構えんと、それこそ取り返しのつかぬことになりかねんぞ」

「じゃあ、どうすればいいんだよっ! 考えてたって、事態は変わらないんだよっ!」

 荒げるトオルの声に、保子莉は九斗を抱えながらクレアに問う。

「クレアよ。生命反応のサーチは出来るか?」

 幼女は再生体に殴られた首筋を摩りながら、端末操作を始めた。

「もうこの近くにはいないようですのでぇ、もう少し詮索範囲を広げてみますですぅ」

 どうやら足の速さは健在のようだ。

「とりあえずトオルよ、九斗をキャンプ場へ運んでくれ……って、どうした。トオル?」

 なぜ深月を優先しないのか、納得がいかなかった。

「どうして、そんなに落ち着いていられるのさ」

 九斗の看病ならば保子莉一人でも充分だろう。その間、トオルはクレアと一緒に再生体を追うこともできるはずなのだ。

「落ち着いているように見えるなら、それは大きな間違いじゃ。正直なところ、わらわでさえ、焦っておるし……むしろトオルの方が冷静に見えるくらいじゃ」

「じゃあ、どうして行かせてくれないのさっ!」

「おぬしが再生体に勝てる見込みがないからに、決まっとるからじゃろっ!」

 返す言葉がなかった。義体ならばともかく、生身において再生体に敵うはずがないのだ。

「とりあえずヤツの追跡はクレアに任せて、まずは九斗を運んでくれ」

「……分かったよ」

 結局、トオルは言われたとおり、ぐったりした九斗をおぶって、保子莉たちと一緒にキャンプ場へと降りていった。


「きゅーとくん、しんじゃいやだよ……」

「心配しなくてもぉ、すぐに元気になりますからぁ大丈夫ですよぉ」

 女子テントで昏睡する九斗に、半べそ混じりで寄り添うミオ。小さいながらも、九斗が危篤状態なのが分かるのだろう。

「トキンが戻り次第、九斗に解毒剤を投与するとして、問題は深月の方じゃが……こちらは体力的に考えて、しばらくは持つじゃろう」

 大人に比べて抵抗力の弱い子供を優先する保子莉に、トオルも頷かざるえなかった。

「それと再生体の件じゃが、地球から出星できないよう駐機場に手配するとしよう」

 抜かりない対応。だが知恵を持たない再生体のことである。きっと力づくで駐機場の審査ゲートを突破するはず。そうなると駐機場側も厄介な捕物騒動となることだろう。しかし……

「侮るな、トオル。以前のヤツだと思ったら大間違いじゃぞ」

 目撃者の保子莉曰く、現在の再生体は知恵をつけているらしいのだ。保子莉とクレアの急所を狙った襲撃が何よりの証拠だった。また髪を後ろに結い、首輪と着物を纏い、その上、意思を示す言葉を放ったと言うのだ。

「拙者たちを追ってきたら、その命、無いと思え」

 以前の再生体からは、想像できない意思表示。でも、なぜ急に言葉を理解できるようになったのか。

「確証はないが、何者かの手引きによるものではないかと思うておる。いずれにせよ、その確認は再生体から深月を奪還してからとなるじゃろう」

 保子莉は毒でうなされている九斗の頭を撫でながら続ける。

「まだ考えがまとまってはおらんのじゃが……場合によってはトキンの手も借りて、総動員で対応に当たらねばならんかもしれん」

 まずはできることから。と付け足す保子莉の案に従うしかなかった。

「ところでクレアよ、どうじゃ? ヤツらしき生命反応はあったか?」

 幼女はミオを抱き寄せたまま眉根を寄せた。

「それが野生動物が多すぎてぇ、ひとつに絞り切れませんですぅ」

 背後からクレアの端末を覗き込めば、この辺りを表す地形マップの上に多数の光点が記されていた。単体で動くモノ。群れを成して行動をしているモノ。それらを除外しても二体で動く光点は十以上。たぶん親子か、もしくはつがいで連れ添う獣たちにも反応を示しているのだろう。すると保子莉はそれを考慮して判断を下す。

「温泉から離れていく生命体をマークしろ。それと駐機場へ向かっているモノからも目を離すでないぞ」

「了解ですぅ」

 いつになく余裕のない二人に、トオルもやきもきした。

 すると保子莉が赤い携帯電話を取り出し、銀河標準語を使って話し始めた。通話先は山向こうの駐機場。述べた内容は次のとおりだった。

 再生体の特徴と容姿。そして地球に入星した有無の確認。次に再生体の足止め要求。理由は無許可で地球の要人を連れ歩いているからとのことだった。しかし、どう言うわけか『誘拐』を意味する単語を一切、使用せずに締めくくっている。

 用件を伝え終えた保子莉に、トオルがそのことに触れてみれば

「拉致のことか? まぁアブダクションケースを伝えたところで何の罪も問われんし、もちろん攫われたアブダクティーも保護されることは、ほとんどないと言っていいじゃろ」

「そんな馬鹿な! だって誘拐だよ! 犯罪なんだよ!」

「我ら宇宙人からすれば、日常茶飯事のことじゃし、決して馬鹿げた話ではない。言い換えてしまえば、川に泳いでいる魚を取って食べるくらいに当たり前の行為じゃ。じゃから、わらわも深月を一般人ではなく要人扱いとして駐機場むこう側に要請しておる」

 重要人物を装った虚偽の申請。つまり地球における公的の人物の拉致事件ならば、安易に出星承認がされることはないと言うのだ。

「もしヤツが深月を宇宙へ連れ出そうとしても、出星許可が下りんと言うわけじゃ。しかし気になることがひとつあるのじゃが」

 訝しげな表情をする保子莉に、トオルも眉根を寄せた。

「気になること?」

「うむ。どうやら駐機場側の話では、ヤツは単身で地球に入星したわけではないらしいのじゃ」

「それって、まさか再生体に仲間がいるってこと?」

 協力者か、もしくは裏で手引きする者なのか。そうなれば事は厄介だ。だが保子莉の口から紡がれた人物像は意外な相手だった。

「ジャゲナッテ星人とビヂャヴゥロォ星人だったらしい」

 真っ先に思い浮かんだのは、タルタル星で智花を攫った海賊二人の存在だった。

「やはりおぬしも、そう思うか?」

「しかし、あの二人はディアさんたちが拘束したはずじゃ?」

 ディアたちを逆恨みして亡き者にしようとしたのだ。当然、厳しい監視の元で隔離されているはずなのだが。

海賊やつらの掟が、どこまでのものか分からん以上、何とも言えんがのぉ。しかも肝心なディアたちの行方も分からんくらいじゃ。すでに解放されたか、もしくは自由の身になっているのやもしれん」

 その野放し状態に、トオルは唖然となった。陰湿で不法なことを平気でやってのけるジャゲたちのことである。場合によっては深月を攫う再生体を遠くから眺めていたかもしれない。そのことは保子莉も考えていたようで、すぐさまクレアに追加要求を下していた。

「クレアよ。今の話を聞いておったな」

 するとミオの気を沈めながら、幼女が頷いた。

「探索対象者を二人づつ、もしくは四人一組で行動している者たちを探し出してみてくれ」

「了解しましたですぅ」

 返事と共に眼を皿のようにして端末操作をするクレア。その様子を傍目で見ながら、保子莉がトオルに問う。

「ところで長二郎は、何をしておるのじゃ?」

「それが温泉から姿を消したまま、どっかに行っちゃったみたいで」

 もっとも深月の拉致騒ぎで長二郎どころではなかったのだが。

「まったく、この肝心な時にどこをほっつき歩いておるのじゃ。トオルよ、再生体の居所の目星が付き次第、手分けして追うことになるから、すぐに連れて参れ」

「了解」

 そう答えて、女子テントを後にするトオル。

 とは言え、いったいどこを探せばいいのだろうか。頻繁に単独行動を繰り返していた親友だ。それだけに、どこにいるのか皆目見当がつかなかった。

 ――もしかして、また温泉にでも入ってるのかな?

 一通り浜辺を探した後、キャンプ場へと踵を返し、露天風呂へと向かおうとした時だった。男子テントから漂う怪しげな気配を察知した。

 ――動物? それとも再生体?

 用心しながら出入口のチャックを上げてテント内を覗き込めば……寝袋に身を包んだ長二郎が横たわっていた。

「なんだ、ここにいたんだ」

 灯台下暗しとばかりにホッとするトオルに、長二郎は芋虫のごとくモソモソと動き、やつれ細った顔でシクシク泣き始めた。

「トオルぅ……。俺、もうダメだわ……」

 テント内で泣いている親友に、トオルも狼狽えた。

「な、なんで泣いてるの?」

「風呂に入ってたら、突然、空から蛇が振ってきてアタマ噛まれた」

 ――まさか、ブン投げたあの時の……

 だが、まさか男湯に落ちて長二郎にまで噛みついていたとは思いもよらなかった。

「今も……そいつの毒が俺の体を蝕んでいってる」

 涙目で語り、しかも意味もなくケホッケホッと咳き込みながら

「それでトオル、親友のお前にしか頼めないことがあるんだ。もしエテルカに会うことがあったら『俺はお前のことを想って死んでいった』と伝えて欲しいんだ」

 なぜか虚ろな目をして死ぬ気満々の長二郎。弱々しく震える手でもって手を握ってくる親友に、トオルは説明した。

「それなら心配はないよ。僕たちはすでに猫族の免疫ができているらしく、死ぬことはないって保子莉さんが言ってたよ」

 クレアに食べさせられたアメ玉により、毒が効かない体質になっていることを話すと、長二郎は顔を歪ませ背中を向けた。

「エテルカに会いたい……」

 もう相手にするのが面倒になってきた。だが、それでもトオルは女湯で起きた出来事と伝えた。深月と九斗が双頭蛇に噛まれ、挙げ句、再生体が現れて深月を浚っていったことを。そして、ひとりでも多くの人手が必要とすることも。しかし長二郎は背を丸めたまま、何も言わずに腐っていた。その非協力的な態度に、さすがのトオルも切れた。

「人の生死がかかっているのに、何いつまでもいじけてるんだよっ!」

「俺も死人同然だ……」

 もう何を言っても、言うことを聞きそうもなかった。

 見損なったよっ! とトオルは見切りをつけ、入り口のシートを跳ね上げてテントを後にした。確かに親友の気持ちも分からなくもない。だがこの場合、少なくとも人命を優先して欲しかった。

 ――頼りにしていた僕が馬鹿だった

 親友の不甲斐なさが、悲しいほど悔しかった。そんな気持ちを引きずったまま女子テントに戻れば、ミオが不安げな幼顔を持ち上げた。

「トオルおにいちゃん。長二郎おにいちゃんは?」

 6歳の子供相手に本当のことを言う気にはなれなかった。もし自分が兄を非難すれば、幼いこの子はいったいどう思うだろうか。兄が大好きなミオのことだ。きっと泣いてしまうかもしれない。

「お風呂でのぼせちゃって、今は動けないんだって。たぶん寝てたら元気になるから心配ないよ」

「ですってよぉ。良かったですねぇ、ミオくん」

 トオルの嘘に便乗するクレアに「うん!」と頷くミオ。もっとも騙せたのはミオだけであり、クレアはもちろんのこと、保子莉にいたっては深いため息を吐いていた。

「仕方ない。どれ、再生体の行方が分かるまで、食事の準備でもするかのぉ」

 捜索前の腹ごしらえとばかりに保子莉が腰を上げると、毒でうなされていた九斗が、手を伸ばし、掠れた声を絞り出した。

「どこいくの、おねえちゃん。どこにも行かないで……」

「みんなのご飯を作ったらすぐに戻るから、良い子で待っておれ」

「ぜったいだよ……おねえちゃん……」

 手を握って頷き返す保子莉に、九斗も安心し、再び昏睡へと落ちていった。その毒に侵される幼子の姿に、一刻も早くトキンが帰ってくることを願うトオルたちだった。

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