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「全員、どこかの部活動に所属するように」
と、厳命され、僕は仕方なく、生物部に入部した。顧問の山城先生が、三十代くらいの男の先生で、穏やかそうで、少し天然が入っていて、他の生徒から少し、見下されていたのも、所属部員のほとんどが幽霊部員だということも、その頃の僕には好都合だった。
入学した直後から、クラスメイトたちが、不気味に笑う仮面をつけているように感じていた。その仮面の奥で、目だけをぎょろぎょろと動かし、口を歪めて悪態をつく。トゲトゲと警戒し、必死に本性を隠そうとし、そのくせ、誰かが本当の自分に気付き、全面的に受け入れ、一点の曇りもない愛情を注いでくれるはずだ、と妄信している。求めすぎ、与えることに怯えている、いびつな生き物たち。
彼らは、ゴールデンウィークが過ぎ、正式に各部活の一員となったあたりから、自分の居場所に落ち着いた。と、いっても、まるで細い棒の上に片足で立つヤジロベイのような不安定さで、誰かがバランスを崩せば隣の人にぶつかり、その人がぐらりと揺れれば、さらに他の者が棒から落ちそうになる、という有り様。
ぶつかられたことを赦すのは、恨みを買い、敵だと認定され、隙を見せたときに突き落とされないため。そんな風に、怯え、けん制し合っていた。
なんて欺瞞に満ちた、狭くて息苦しい世界だろう。そこに、僕の居場所はなかった。
教室に入れなくなった僕の周りで、大人たちが騒ぎ始めた。僕はただ、あの場所にいたくなかっただけなのに。台風の目になった気分で、夢のできごとのように遠く、そんな大人たちの喧騒を見ていた。
「とりあえず、学校に来なさい」
と、誰かが言った。けれども、ひっきりなしに誰かが入室してくる保健室も、とても「いいひと」らしい、暇を持て余した校長先生がずっといる校長室も真っ平だった。
全てが、暴風雨の灰色のカーテンの向こう。誰の声も、ノイズにかき消されて、よく聞こえない。早く、一人になりたい。そう心の中で呟いていた。
そんな僕の目の前に、小さな鍵が差し出された。
その手を辿ると、山城先生の視線とぶつかった。
「生物室にいるといい。授業で使うのは、ほとんどが理科室の方ばかりで、誰も来ない。貴重な部員に辞められてしまったら、生物部、存続の危機だしね」
そういって、困ったように笑った。
「たまに、水槽の掃除とか、エサやりとか手伝ってくれると助かるなあ。
あ、そうそう、奥の準備室には入らないように。危険な薬品とかがあるからね。あとは、好きに使っていていいよ」
山城先生は、そういって僕の後頭部をそっと撫でた。
それで、次の日から僕は早速、登校すると教室ではなくて生物室にいくようになった。