05.初対面の人にタメ口はやめよう
エイユの腹が盛大に鳴ったので、街に戻って遅めの朝食にする。ユーシャの奢りだ。彼の財布も寂しいが、流石に財布の中身がジュース一杯分の少女から金を毟り取る訳にはいかない。
「朝ごはんはハンバーグがいい」
なんだコイツ。
命の恩人であることも、トキメキを感じたことも棚に置き、困惑とも呆れとも取れる溜息を吐いた。一時間弱を共に過ごしたエイユの印象は「なんだコイツ」の一言に尽きる。
まず、遠慮というものを全くしない。これは人の顔色を窺うクセのあるユーシャにとっては驚くべきことだ。表情に変化がなくて分かりづらいが、感情の発露はむしろ豊かな方で、思ったことを素直に発する様は幼げがある。分析結果から分かることは、彼女は自分とはかけ離れた存在であるということのみ。
ユーシャはエイユという人物を掴みかねていた。
「……ハンバーガーでいいか?」
とはいえ、遠慮がないことは時として物事を良い方向へ導く。例えば、年頃の女の子の好みなんて知らない男と食事する時。財布と相談した末の、ユーシャなりの折衷案は、どうやらエイユのお眼鏡にかなったらしい。
「まあ、それでもいいよ」
エイユはムフンと胸を張った。
広場のベンチに並んで腰掛け、揃ってハンバーガーにかぶりつく。塩コショウの効いたジャンキーな味が空きっ腹に染み渡る。
お隣のお嬢さんは野菜マシ肉マシマシ、ユーシャの給料二十日分のハンバーガーで頬袋をパンパンにしてご満悦そうだ。こうも美味しそうに食べてもらえると奢りがいがあるというもの。銭無し発言でうやむやになってしまったが、助けてくれたお礼と魔物引き連れ行為のお詫びと考えれば、むしろ足りないくらいだ。
腹が満たされたおかげか心に余裕ができ、やっと張り詰めていた緊張の糸を解いた。
「それにしても路銀が尽きるって、何したんだ」
「少し前までは師匠と二人旅をしていて、師匠が全部管理してくれていた。独り立ちしてから財布が軽くなった」
「なるほど……」
「どうせならオバケツリーより儲かる魔物を連れて来て。アイツ、デカブツのくせに金にならない」
「悪い……」
魔物狩りの前に金銭感覚を教わるべきだったのでは、とまでは流石に踏み込めず、相づちを打つに留めた。
微妙に合いた間が気まずくて、空気を変えるべく次の話題を探す。
「そもそも、なんで勇者を探してたんだ?〝勇者の証〟とかなんとか言っていたが」
「〝白き勇者の証〟。私が探しているのは勇者ではなくて、正確には白き勇者の証を持っている人」
言葉の意味が理解できず、視線で続きを促す。
「白き勇者の証は、勇者になれる素質を認められた天賦の才ある人間が持って生まれるもの」
「勇者になるにも、その証を持っていないといけないということか?」
「絶対に必要というわけではない。証はこの人勇者になれるくらい強いですよ、っていう目印みたいなもの」
勇者。ユーシャが求めてやまない称号だ。白き勇者の証の存在は、今まで調べてきた勇者関連の文献のどこにも載っていなかった。エイユからもたらされる情報は、勇者になるという夢を叶える大きな手掛かりになるかもしれない。そう思うと、知らず声色に焦りが出る。
「そもそも、白き勇者の証ってどういった物なんだ?生まれ持つ、だから痣とか紋章とか?何か分かりやすい特徴はあるか?」
「?なんでそんなに気にする」
「それはホラ!一生懸命探しているんだろ?俺も一緒に探したら見つかるのも早いかと思って」
「証が何かは門外不出だから詳しくは言えない。でも、白くて綺麗」
「……そうか、白くて綺麗、か」
エイユが語る印象はユーシャの左目のそれとはまるで違う。自分は神様から選ばれた存在で黒い鱗と虹色の瞳は祝福なのだと自分を慰めたこともあったが、やはりこれは祝福ではなくて呪いなのだろう。
白くて綺麗な証が勇者になれる素質を表すのであれば、黒くておぞましい化け物の証は、一体何の素質を表すのだろうか。
ユーシャは無意識に、化け物の証を隠した眼帯すら世間の目から隠すように前髪を乱した。
そんな彼を気にすることなく、エイユはハンバーガーをもしゃもしゃ食べ進めながら会話を続ける。
「今は比較的平和な時代だから勇者そのものは誕生していないけど、ウチは勇者の血を継ぐ家として代々証を持つ人間を当主にしてきた。けどもう何年も、一族の誰にも白き勇者の証が現れなくて大騒ぎしてる。こんなことは初めて」
「勇者の血を継ぐ家?」
「ユーシャは勇者……歴史上勇者と呼ばれた人の名前、分かる?」
「それは勿論」
初代勇者、ジークナイアス・ガードナー。
二代目勇者にして我らがナロ王国初代国王、セイエル一世。
三代目の異界より召喚されし勇者ハヤト・ミズカワ。
そして四代目、百五十年前ナロ王国に平定された東国の王子アシヤ・ヤマタイ。
勇者を志すユーシャが知らないはずはない。というより、四代に渡る勇者の歴史は、ナロ王国民ならば幼年に精霊教会で教えられることだ。
指折り諳んじる彼に、エイユはこくりと頷いた。
「私の姓はヤマタイ。四代目勇者は私のご先祖様」
「先祖が勇者!すっげえ、羨ましい!」
勇者を追いかけ早十五年、勇者マニアを自負するユーシャは本心からの好奇心で瞳を輝かせた。背伸びしたすかし口調とナイーブな感情はどこへやら、ぐいと距離を詰め、昂ぶる気持ちのままに早口でまくし立てる。
勇者になりたい特殊な事情は抜きにして、歴史上の人物である勇者のことが大好きなのだ。
「やっぱり聖剣とか家に飾ってあるのか!?鎧は?旅の日記は?四代目って言えば歴史上最後の勇者なのに記録が少ないだろ。竜とどんな風に戦ったか、一人で調べるのも限界でさ。勇者アシヤって王子様だし、名家は貴重な資料が代々受け継がれていたり……ん、王子?」
何か引っ掛かりを感じて、上昇する一方だった血の気が一気に低くなる。
「え、王族?」
手のひらでエイユを指し示すと、彼女はゆらゆら揺れながら首を横に振った。
「ウンって言ったらナロ王家にしばかれる。今は貴族」
静寂。一拍置いて、ユーシャの身体はベンチから崩れ落ちた。
「お貴族様とはつゆ知らず、大変なご無礼をおおおお、お掛けしましたああああ!!!申し訳、ございませッ!!!」
男ユーシャ・ヨクイル、勢いで勝負。
スライディング土下座で全力の命乞い。小刻みに震えながら額を地にめり込ませる姿は哀れなほどに情けない。
しかし、彼の心情を慮れば仕方ないことと言えよう。
ナロ王国は王侯貴族が平民を支配する身分差社会。貴族の機嫌を損ね、拷問の末に街中轢き連れ回しの上晒し首!と言われてしまっても泣き死ぬしかないのだ。
とはいえ、平民が貴族の機嫌を損ねる機会などそう無い。お屋敷で働くことができる程教養のある者ならばそのような愚は冒さず、粗暴な輩が居るような汚い場所に貴族は来ないからだ。暗黙の了解で、うまく棲み分けされているのだ。ハンバーガーにかぶりつく貴族なんて罠がいなければ。
思えば、ハンバーガーのトッピングをバカスカ頼む時点で気付くべきだった。「え~どうしよっかな」なんて悩む素振りがひとつもなかった。ユーシャは悩みに悩んで結局一番安い商品にしたのに。当たり前のように好きなものを好きなだけ食べるのは、裕福な生まれであることの証左に他ならない。
これだけならば豪農や商家の娘という線もあるが、人の財布の中身を気にしない金への無頓着さは、支配階級出身ゆえの傲慢さと言われると容易に納得できる。
金が無いというのも、今手元に無いだけでご実家に帰れば湯水のごとく溢れているのだろう。
いやそれでも帰宅するまでの路銀が無いことには変わりなく、しかも勇者アシヤの出生地である旧ヤマタイ国は、ナロ王国西部に位置するこの冒険者の街とは真反対の最東端にあるはずだが。
まあ貴族だし帰宅旅費くらい何処ぞから貸してもらえるのだろう。
考えれば考えるほど貴族に無礼を働いたという事実に冷や汗が止まらない。
ここ小一時間のエイユへの言動を振り返る。
魔物を倒させた。ワンアウト。
目を覚ますまで介抱してもらった。ツーアウト。
タメ口を利いた。スリーアウト。
馬鹿と暴言を吐いた。死刑。
父さん、母さん、姉貴、迷惑ばかりかけてごめん。俺、明日には首が繋がっていないかもしれない。
ユーシャは、なんと本日四度目、死を覚悟して白目を剥いた。




