30.先輩の心後輩知らず
一方その頃、野外炊事場では焼き肉パーティーが開かれていた。
広場にずらりと並べられたグリルからは、顔がとろけてしまうほど肉と脂の匂いが立ち込めている。宝探しを終えた一年生達は、涙を流して飯をかきこんだ。
「うまっうまっ」
「超うめぇですの!おかわりを要求しますの!」
「ふふ、たくさんあるからね。遠慮せずお食べ」
ラストは山盛りの肉を配膳し、食材が足りていないテーブルはないかと練り歩く。
今年の新入生歓迎会におけるラストの主な役割は、昼食会場のセッティングと一年生にたらふく飯を食べさせることだ。
火を扱えるからと雑に決められたポジションだったが、ラストはそれなりに気に入っていた。何たって、可愛い後輩の笑顔が見られるのが良い。ヒント役や巡回役であればこうはいかないだろう。あれは一年生に警戒心を植え付けるための憎まれ役でもあるので、むしろ唾のひとつは吐かれそうだ。それは悲しい。
給仕の真似事は実家の執事が見れば卒倒しかねないが、ミッシークの同輩はラストに遠慮の欠片もなく、一年生は肉にしか意識がいっていないので、ラストは誰に気にされることもなく、実にのびのびと己の役割を全うしていた。
続々と雑木林の中から昼食引き換え券を見つけた一年生が戻って来る。時折暗い顔をした生徒もいるが、そんな時は野外炊事場にも隠してある引き換え券のヒントを出してあげて、席に着かせる。
ふと、雑木林の奥へ繋がる遊歩道を眺めた。
野外炊事場の席は埋まりかけているが、ラストが一際可愛がっている後輩、歴史研究部の一年生三人が、未だ戻ってこないのだ。
皆素直な良い子達だが、極端に自信がなかったり方向音痴だったり想定外に弱かったり、少し抜けているところがあるので心配だ。
宝探し中は四年生数名で巡回警備に当たっており、四方から異変がないか目を光らせているので迷子の可能性は低いが、無いとは言い切れない。もしかしたらお腹を空かせて泣いているかもしれない。
そう思うと不安が肥大し、この場を誰かに代わってもらって探しに行こうか、と考えた矢先のことだった。
遠く北の方角から、天を貫くような水柱が上がった。
ラストは軽く目を見張り、近くに居た同輩——ミタマと頷き合う。
やや間隔をあけて何度も打ち上げられる水柱は、高さだけが出て精密さに欠ける。恐らく一年生の精霊術だ。察するに、あれは救難信号。つまり、ラストの可愛い後輩が異常事態に遭っているということに他ならない。
近くに居た上級生が自然と集まり、緊急会議を開く。物々しい空気に、焼き肉パラダイスの最中だった一年生も、何事かと食事の手を止めざわついた。
「ミタマ、頼む!」
炊事場に巡回役の生徒が駆け込んできた。生物部で飼育している鷹が、ミタマの足元にお行儀よく停まる。空からの巡回警備役として、何匹か飛ばしていたうちの一匹である。
ミタマは心得たと鷹の頭を撫で、目を見開いた。
「日精召喚——千客万隷」
ミタマの視界が、上空から悠々と雑木林を見下ろす光景に切り替わる。
しばらく上空を旋回していると、視界の端に水柱が映る。進路を水柱の方向へ変えて加速すると、吊り橋を越えた先、木々の隙間から見えるのは黒い異形に追われる五人の男女。
鷹から読み取った記憶から得られた情報は、その程度だ。しかし、やるべきことが定まっただけ、充分と言えよう。
ふうと息を吐き瞼を閉じると、視界は炊事場に戻った。
ミタマはパンパンッと手を叩いて己に注目を集めると、鋭く指示を飛ばす。
「敵襲や。まだ来とらん一年生五人が魔物に襲われとる。シャーレイくん、麓の町長に未確認の魔物出現の連絡と緊急避難指示の要請を。会長はん、一年生まとめて学園に退避。応援呼んできい。残りの四年生、総員戦闘準備。標的は北北東三キロメートル先、プレミアム引き換え券を置いてた吊り橋付近。——バケモンがお相手や。全員気張りや」
ミタマの指示に従い、それぞれが一斉に動き出した。その姿は迅速かつ冷静、慌ただしさは感じられず、予め訓練したかのように無駄がない。
当然である。彼ら彼女らは国内最高峰の精霊術士養成学校、ミッシーク精霊術学園の上級生。数々の死線を潜り抜けてきた者のみが名乗れる看板は、お飾りではないのだ。
「ラストくんは……もう居らん。人の話は最後まで聞けっちゅうねん、ほんまに気の短い奴っちゃな。まあ、気持ちは分かるけど」
黒い化け物が居るであろう方向を見据え、ミタマはうっそり微笑んだ。
「新入生歓迎会に水差したお返しは、たっぷりしたるわ」
◇◇◇
「ヒイロ、ウルフィを向こう岸に置いたら戻ろう。エイユとセイバが危ない」
「ユーシャ、お前もう限界だろ。此処でいい、俺を降ろせ」
「降ろさない!」
「ゼー、ハアッ、お前らもう黙れ……雑魚が助太刀したって何にもならないよ。バカには分からないだろうけど、これも作戦……」
ヒイロは息も絶え絶えながらにユーシャとウルフィを連れて吊り橋を目指す。
聞かん坊の同級生を持つ学級委員長は辛い。
ヒイロとてエイユとセイバを助けてやりたいが、あまりにも置かれた状況が悪かった。今の戦力では彼女達の助けにはならない、むしろ邪魔でしかないことを理解していた。
ただ、全員で生きて帰ることを諦めたわけではない。
まず、見晴らしがいい場所——やはり、吊り橋へ行き、水柱の意図が伝わっていることを祈って上級生の到着を待つ。上級生が来たら化け物の場所を案内し、エイユとセイバを助けてもらう。もし上級生の前に化け物が来てしまったら、その時は……
嫌な想像を払い除け、今は前だけ目指して足を動かす。
やっと吊り橋が見えてきた。第一関門は突破したが気は抜けない。先輩は来ていないか、と辺りを見回すと、吊り橋手前の木陰に重なるように伸びる人影。救援か?
「たすけ」
「待って」
ヒイロは助けを呼ぼうとしたウルフィの口元を抑え、じっと人影を見つめる。
新入生歓迎会に駆り出されている上級生は四年生十二名と、三年生の生徒会長一人。その誰とも特徴が一致しない。もちろん、一年生とも。
麓の町には新入生歓迎会で一帯を使用すると連絡を入れており、事前に人払いが為されているため、ミッシークの生徒以外がこの場に居ることはおかしい。では、人影の正体は誰なのか。
「ああ、早くあの子と合流しなくてはならないのに。迷子になってしまいましたかねぇ。困りました、純粋に」
ヒイロの早鐘を打つ心臓とは対照的に、木陰からゆっくりゆっくりと男が歩いてくる。
片眼鏡をかけ執事服を纏った長身の男だ。ヒイロ達に気付くなり、腕を大きく広げ、目を一本線のように細め、人好きのする——あるいは、道化染みた笑みを浮かべて寄ってきた。
「そこの君達!少しお訊ねしたいのですが。この辺りで黒くてまん丸い、……生き物を、見ませんでしたか?」
「なっ、そ、その目は……」
此処で誰も叫ばなかったことは奇跡に等しい。
開かれた男の瞳は、およそ人とは思えない、ぬらぬら輝く不気味な虹色をしていた。




