第四話:悪役令嬢のガーデンパーティー
「エルザ、見て!噴水の水が模様を描いているわよ!」
ヴァレンシュタイン侯爵家の庭にある噴水が、空中に左右対称の模様を描くのを見て、私は思わず手を叩いて喜んでしまった。
「コレットお嬢様、お招きいただいた場所で、きょろきょろなさってはいけません」
ついつい周囲に見とれて、はしゃいでいたら侍女のエルザに小声で叱られてしまった。
エルザの隣に立っているヴァンも、小声で言ってくる。
「お嬢様、ガーデンパーティが終わるまでは、猫を被っていてください」
はいはい、了解です。ちょっと浮かれちゃっただけですよ。
気持ちの良い青空の下、私は今、未来の悪役令嬢エレオノーラ様が主催するガーデンパーティに出席している。
お祖母様の人脈を駆使してもらい、今回、この侯爵家のガーデンパーティに招かれた。
お祖母様には、王太子殿下の婚約者であるエレオノーラ様にお会いしたいとお願いしておいたのだ。
未来の王妃様と仲良くなっておくのは、子爵家としても悪いことではないものね。
とはいえ、普通のお茶会だったら、まず無理だったと思う。
なんといっても王太子殿下の婚約者だ。
エレオノーラ様に近づきたい人は多い。
室内でのお茶会は、どうしても人数が限られてくる。
でも今回は、庭園を使った大規模なガーデンパーティ。室内のお茶会より参加できる人数も多い。
私がエレオノーラ様と同級生ということもあって、なんとか滑り込めたというわけ。
……ありがたすぎる。お祖母様に感謝。
今のところ、悪役令嬢の取り巻きに潜り込もう作戦は順調だ。
それに、これだけたくさんの人が集まる場に出るのは初めてなので、ちょっと気分が高ぶっていた。
それになんといっても、ヴァレンシュタイン侯爵家の屋敷がとにかく凄い。
うちのような子爵家の屋敷とは、広さも豪華さも違う。
庭園も、想像していたよりずっと広かった。
濃いピンクと薄いピンク、それに純白の三色で、花壇もテーブルも美しく飾り付けられている。
「もう、可愛すぎでしょ、これ」
芝生は緑の絨毯のように整えられ、ピンクの配色をよく映えさせている。
あちこちにテーブルと椅子が置かれ、貴族たちが優雅に談笑していた。
「お嬢様、まだエレオノーラ様へのご挨拶まで時間がかかるようでございます。一旦、テーブル席でお茶でも召し上がってはいかがでしょう?」
「そうね、そうしようかしら」
エレオノーラ様の取り巻きに潜り込むべく、ここまで来たけれど、実はまだエレオノーラ様と会ってすらいない。
エレオノーラ様へのご挨拶は、順番が来たらヴァレンシュタイン侯爵家の方が知らせてくれることになっている。
私は家格的にも年齢的にも、ずっと後になるだろう。
それまで立って待っているのもたいへんだ。せっかくだから、お茶を飲ませてもらおう。
「まあ、デザートのテーブルが3つもあるわ!」
今日の食事はビュッフェ形式で、デザートだけでも専用のテーブルが用意されている。
お菓子で思い出した。
侯爵家に到着したとき、手土産としてリーフェル庭園茶房のリーフパイの包みもきちんと渡してある。
エレオノーラ様が口にされるかどうかは分からないけど、一口食べれば夢中になること間違いなしだ。
ここに出されているデザートも、きっとそれに負けないくらい美味しいはずだ。
「さあて、どれからいただこうかしら。このケーキと――それとタルトも……」
「コレットお嬢様、デザートを取るのは私がいたしますから……」
自分でお皿にケーキを取る気満々だった私を、エルザが慌てて止めてきた。
「ヴァン、あなた、お嬢様をテーブルにご案内してちょうだい」
エルザに言われたヴァンは、従者らしく、うやうやしく私を先導してくれた。
デザートのテーブルの近くには、若い令嬢が多い。
その中を歩くから、ヴァンもちらちらと視線を向けられている。
ヴァンって、黙ってればそれなりにカッコいいのにね。
ご令嬢の皆さん、ヴァンはかなりの毒舌で生意気ですからね。
お気をつけ遊ばせ。
それから、隠してますけど重度の甘い物好きですよ。
そんなことを思いながら、テーブルまで歩いていたら、前方から女性同士が言い争うような声が聞こえてきた。
――ガシャーン。
「きゃあ!」
派手に何かが割れる音がして、同時に若い女性の悲鳴が聞こえる。
「あら、私にぶつかってくるから失礼な使用人かと思いましたら、エレオノーラさんのお友達でしたのね。気が付きませんでしたわ」
ヴァンがさっと前に出て、私をかばうように立った。
その肩越しに、ちょっとだけ顔を出して何が起きているのか見てみる。
テーブル脇の石畳に、私と同じくらいの年頃の若い女性が座り込んでいる。
少し離れた場所に、何かの破片が落ちている。
石畳も濡れているので、ティーカップか何かが落ちて割れたのだろう。
座り込んだ女性のそばには、私のお母様と同じ年頃の女性が立っていた。
豪奢なドレスとアクセサリーを身に着けた、いかにも位の高い貴族といった女性だった。
扇を広げてパサパサとあおいでいるが、高慢で意地悪そうな匂いがぷんぷんする。
ヴァンが前を向いたまま、少し体をかがめて話しかけてくる。
「コレットお嬢様、お気をつけください。あのお方は、ヴァルモント公爵夫人です。王太子殿下の婚約者の座を、エレオノーラ様と争って敗れた令嬢の母親ですよ」
うわー。面倒な人に遭遇してしまったなぁ。
座り込んでいる若い女性は、エレオノーラ様のお友達と公爵夫人が言っていたから、きっと取り巻き令嬢の一人なのだろう。
貴族同士の争いに巻き込まれるのは勘弁してほしい。
この場はさっさと退散したほうがいいだろう。
ヴァンに目配せして、来た方向へ戻ろうと体の向きを変えた時――聞こえてしまったのだ。
公爵夫人の声が。
「お茶がこぼれてしまったわね。では、こちらをお飲みなさいな」
いかにも相手を気遣っているような、わざとらしく優しい声だった。
あまりにも現状にそぐわない声を聞いて、私は思わず振り返ってしまった。
公爵夫人がちょうど、石畳に座り込んでしまった令嬢の頭の上で、銀色のポットを傾けようとしているところだった。
ポットからは、ここからでも見えるほどの湯気が立っている。
きっと熱いお湯か、お茶が入っているのだろう。
あんなものをかけられたら、火傷では済まないかもしれない。
前世で長く病院暮らしをしていた私は、火傷を想像しただけで、体の奥が熱くなった。
熱さを想像したからではない。
お腹の底から、怒りが吹き出したのだ。
この時代は、前世ほど医療が進んでいない。
自分と同じ年頃の女の子が、理不尽な理由で一生消えない傷跡を負わされようとしている。
そう思うと、許せなかった。
私は素早く周囲を見渡した。
おっと、いいものを発見。
近くのテーブルの上に、果物を盛った皿がある。
周囲の視線は、公爵夫人に集まっていた。
やるなら今だ。
私は皿の上の林檎を素早く掴むと、公爵夫人に向けて、思いっきり投げつけた。
こう見えても前世では、病室で野球をよく見ていたのだ。
物を投げたことは一回もないけれどね。
「当たれー!」
「コレット!?」
ヴァンが私の名前を呼んでいるけど、気にする余裕などない。
気合だけは十分だったけれど、林檎は想像したように真っ直ぐには飛ばなかった。
でも、山なりにふらふらと飛び、最後はポトンと公爵夫人の頭の上に落ちた。
「チッ!駄目だったか……」
「コレット……」
当たったのは当たったけど、あれじゃ威力がなさすぎて意味がない。
そう思ったんだけど――。
「きゃああっ!」
――バタン。
なぜか公爵夫人は、大きな悲鳴を上げると、そのまま石畳に倒れてしまった。
それを見て、周囲が騒ぎ出した。
「た、大変です。公爵夫人が倒れられました!」
「誰か、医師を!早く!」
ヴァンが私の手を掴み、ぐいっと引いた。
「俺たちも今のうちに、ここを離れよう」
「ヴァン、待って!あの令嬢を置いていけないわ!」
私はヴァンの手を振り払い、まだ石畳に座り込んだままの令嬢へと駆け寄る。
「ねえ、あなた大丈夫?」
声をかけながら、令嬢のそばに膝をつこうとした。
そのとき、倒れたはずの公爵夫人の声がした。
「当たれなどと叫んだのは……おまえかっ!」
その声に、思わず振り返る。
公爵夫人が、怒りに歪んだ顔で私を睨んでいた。
「生意気な小娘がっ!」
ふぇぇ!林檎投げたの、完全にバレてる!
これ、絶体絶命じゃん!
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