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モブですらない令嬢は、推しスチルを最前列で拝みたい! 〜ヒロインでも悪役令嬢でもない私のイベント鑑賞計画〜  作者: キモウサ


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第二十一話:外交官一家の本気

「旦那様がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」

 


 前触れもなく、マルシェ男爵家を訪問した私たち。


 断られるかもと思っていたけど、執事のレナードは理由も聞かずに男爵へ話を通してくれた。


 男爵家の屋敷は大きくはないけど、手入れが行き届いていて、調度品のセンスもよく、さすが外交院に勤める家といった感じだ。

 


「コレット・ルヴィエ子爵令嬢様、お会いできて光栄です。このようなむさ苦しい場所で申し訳ございません」

 


 そう言いながら、執務室の長椅子を勧めてくれるアデルの義父、マルシェ男爵は、とても愛嬌のある方だった。


 少しお腹が出たぽっちゃり体型で、赤ら顔だけど、笑顔がとても自然で好感が持てる。


 貴族にありがちな、威圧感がない。


 所作や気遣いが洗練されていて、うちの国がこんな外交官ばかりなら安泰じゃない? などと思ってしまった。


 ひとしきり挨拶をしているうちに、お茶の用意が整えられた。

 


「ルヴィエ子爵令嬢様には、家族一同、心から感謝しております。もうアデルは王立学院に行けないのではないかと思っておりましたから……」

 


 分かる。初めてアデルに会った時は、ひどかったもの。

 

 お風呂にも入ってないし、精神的にも弱ってるみたいだったし。

 


「あなたのような立派な令嬢が、うちのアデルと親交を深めてくださるのは、本当にありがたいことです」

 


 マルシェ男爵が深々と頭を下げたので、私は焦った。

 


「いえ、そんなことは……。アデル様はとても楽しい方ですので、私のほうこそ、お友達として親しくしていただけて嬉しく思っております」


「お父様ぁ、コレットは私の親友なんですぅ」

 


 嬉しそうに報告するアデルを見て、マルシェ男爵もにこにこしている。


 アデルが家で大事にされているというのは、本当みたいだ。

 


「それで、今日は私になにかお話があるとか……娘の親友であるあなたの話なら、喜んでお聞きしますよ」

 


 さっそく本題に入ろう。

 


「マルシェ男爵様、実は王立学院で、少々、よくない兆候がございまして――」

 


 そこから私は、アデルがユリウス殿下や、殿下の側近候補の令息たちに気に入られているという話をした。

 


「今日の放課後、アデル様がユリウス殿下と側近候補の皆様に取り囲まれ、多くの生徒たちの好奇の目にさらされました。こちらのエルザが機転を利かせてくれ、難を逃れましたが、私も近くで見ていてとても不安な気持ちになりましたの」

 


 マルシェ男爵は真剣な顔で聞いていたが、放課後に起こったことを聞くと、顔を強張らせた。


 

 「マルシェ男爵様に誤解のないように申し上げておきたいのですが、アデル様はユリウス殿下をはじめとする皆様には、たった一回しかお会いしておりません。それも偶然のような出会い方でした。そのことは、一緒にいた私が保証いたします」

 


 実際は偶然ではないんだけど、ゲームのシナリオを知らない人から見れば、偶然にしか思えないだろう。


 アデルが殿下たちに色目を使ったということもない。


 どちらかというと、気軽に接しすぎて、見ている私のほうがハラハラしたぐらいだもの。

 


 「ふむ……なるほど。どうやらコレット様は、娘に将来起こるかもしれないよくないことを案じておられるのですね?」

 


 さすが、外交官。打てば響くような反応だ。

 こちらの不安を細かく説明しなくても、ちゃんと理解してくれたようだ。


 さて、ここからは侍女のエルザに説明してもらおう。

 マルシェ男爵に面会したほうがよいと勧めてくれたのはエルザなのだから。

 

 侍女から説明させるのは貴族の慣習に反しているかもしれない。

 

 でも、アデルの身の安全に関わることだ。

 私には見えていない危険を察しているエルザが、直接話したほうがいい。

 


 「私とアデル様の不安な気持ちを察したエルザが、一刻も早く、マルシェ男爵様にご相談申し上げるべきだと進言してくれたのです」

 


 私は軽く振り返って、背後に控えていたエルザに先を話すように促す。

 エルザは前に進み出ると、きれいな仕草でお辞儀をしてから話し始めた。

 


 「ルヴィエ子爵家でコレット様の侍女をしているエルザと申します。お嬢様方がたいへんご心痛のご様子でしたので、少しお話をお伺いしていたのですが、近い将来、アデル様の身に危険が及んでも不思議ではないと感じました」

 


 エルザの言葉を受け、マルシェ男爵は大きくうなずいた。

 


「確かに、あなたの言うとおりです。ユリウス殿下にはエレオノーラ侯爵令嬢という婚約者がおいでです。側近候補の皆様の中にも婚約者がいらっしゃる方もいるでしょう。アデルがそういったご令嬢方や、そのご実家である貴族家から不興を買うことは十分ありうる話です」

 


 ここでエルザは、少しためらった様子で私のほうを見てきたので、ピンときた。


 侍女の立場では話しづらいことを話そうとしているのだ。


 私はエルザに軽くうなずいてみせ、エルザがためらったことを代わりに話した。

 


「男爵様、アデル様のお祖父様が隣国出身だとうかがいました。エルザはそこが問題になるのではと心配しております」

 


 私がそう言うと、男爵は一瞬、鋭い目でエルザを見たあと、深い溜息をついた。

 


「――ふぅ……確かに、アデルを陥れたいなら、マルシェ男爵家ごと潰そうと考える者もいるでしょうな……この話は家内にも聞かせましょう。レナード、ミレーヌを呼んできておくれ」

 


 執事のレナードさんに呼ばれて来たのは、アデルの母親、ミレーヌ様だった。


 ミレーヌ様は、一目でアデルの母親だと分かるくらい、よく似た容姿をしていた。


 髪の色もアデルと同じく、光の加減によって淡いピンク色に見える。


 ただ、雰囲気はまるで違っていた。

 落ち着いた、やさしい空気をまとった女性だった。

 


「ミレーヌでございます。娘のアデルがお世話になっております」

 


 そう言ってお辞儀をするミレーヌ夫人の所作は、とても元平民とは思えないほどみごとだった。


 男爵はミレーヌ夫人に、私たちの急な訪問理由を説明した。

 


「なるほど……そのようなことがあったのですね。旦那様、これを機に、うちで働いてくれている者たちの身辺調査をいたしましょう」

 


 身辺調査?

 いきなりの提案に、私は戸惑った。

 


「まずエルザさん、あなたには心からのお礼を申し上げます。あなたがコレット様とアデルに提案してくれなければ、今も私たち夫婦は、事の次第を知らないままでしたもの」

 


 そう言うと、ミレーヌ夫人はエルザに向かって軽く頭を下げた。

 エルザが「いえ、そのような……」とか言いながら慌てている。


 ミレーヌ夫人は、それから身辺調査をする理由を話してくれた。


 エルザの予想が現実になるのなら、おそらく、スパイのような人物がマルシェ男爵家に入り込もうとするはずなので、それを利用しようということだった。

 


「スパイの動きを利用ねぇ……。君やアデルに危険が降りかかるんじゃないかと、私は心配だよ」

 


 マルシェ男爵が眉をハの字に下げて、不安げな顔をした。

 それは夫としても、父親としても当然だろう。


 ここで執事のレナードが、ミレーヌ夫人に賛同した。

 


「僭越ながら旦那様、マルシェ男爵家がお取り潰しになる可能性は、少しでも低くしておくに越したことはありません」

 


 男爵家が潰れたら、男爵夫妻やアデルだけでなく、使用人たちの運命も大きく変わってしまう。


 ここで、エルザが私に発言の許可を求めてきたので、うなずいておく。

 


「男爵様、奥方様、発言することをお許しくださいませ。男爵家の身辺調査を徹底するとともに、外部に、男爵様のお仕事に関わる拠点を作ってはいかがでしょうか?」

 


 外部に、仕事関係の拠点を作る。


 エルザがなぜそんなことを勧めてくるのか、私には分からなかった。

 アデルも同じだったらしく、ぽかんとしている。


 でも、ミレーヌ夫人には通じたようだ。

 


「――罠を仕掛けるのですね? 男爵家に潜り込むのが厳しいとなれば、違う場所に入り込もうとするでしょうね」


「奥方様のおっしゃるとおりでございます。こう言ってはなんですが、ゴミはゴミ箱に……まとめておいたほうが対処もしやすいと思われます」

 


 ゴミはゴミ箱に――ゴミってスパイのことだよね。

 エルザ、何気に怖いこと言う。


 そんなことを思っていた私は、ミレーヌ夫人の発言を聞いて、さらに怖くなった。

 


「旦那様、外交院に事前に説明しておきませんか? マルシェ男爵家が単独で行うより、外交院が行う作戦にしたほうが、よろしいかと……」

 


 マルシェ男爵が、ミレーヌ夫人の提案にうなずいた。

 


「僕もそっちのほうが安心だな。それに外交院が関われば、治安院とも連携が取れるからね。君とアデルの安全も確保されやすい」

 


 成り行きで来ることになったマルシェ男爵家訪問だけど、いきなりすごいことになってしまった。


 外交院というのは、前世でいう外務省。そして治安院は、警察庁のような国の組織だ。


 将来的に問題が起こることを前提に、国の機関を巻き込んでしまおうということなんだろう。


 どうなるか分からなくて不安だったけど、マルシェ男爵とミレーヌ夫人に任せておけば大丈夫そうだった。


 アデルもエルザも、すっかり安心した顔をしている。


 話も終わったし、挨拶をして、もうそろそろ帰ろうと思っていたら、最後にミレーヌ夫人が爆弾発言をしてきた。

 


「ああ、そうそう、アデル。あなたは当面、学院をお休みしなさいな。それから旦那様、至急、アデルの婚約者候補を何人か見繕ってください」


「お、お母様ぁ!? 婚約者なんて、そんなぁ……」


 急に婚約者の話をされて、アデルは慌てている。そんなアデルにマルシェ男爵が優しく微笑んだ。

 


「アデル、そう嫌がらなくてもよい。なに、本当に婚約者を決めるというわけではないのだ。婚約話が進んでいる最中に、ユリウス殿下や側近候補の皆様と噂が立つと、アデルの将来に差し支えると抗議できる状況にしたいだけなのだよ」

 


 ユリウス殿下や側近候補である高位貴族令息たちに、そう簡単に文句は言えない。


 ただ、若い令嬢の婚約に関わるとなると、向こうも反論しにくいだろう。

 さすが、外交官。いいポイントをついている。

 


「そ、それならいいんですけどぉ……」

 


 アデルは、ユリウス殿下たちへの対抗手段として婚約者候補を探すだけだと言われて、不安げにしながらも了承していた。


 アデルに婚約者か……。

 ちょっといいなって思ってしまった私がいる。


 いやいや、モブですらない令嬢なんだから、我儘を言ってはいけません。


 現状で満足するのが大事!


 ……でもさぁ。


 

最後まで読んでくれてありがとう!

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