第二話:取り巻き令嬢になろう
リーフェル庭園茶房から戻った私は、そのまま自室に直行して、ベッドにぽすんと倒れ込んだ。
「いやー、今日は楽しかったなー!」
枕を抱きしめて、感情に任せてごろごろ転がってみる。
こんなところを侍女のエルザに見られたりしたら、怒られること間違いないけど、今はひとりだから自由にさせてもらおう。
今日は本当に、いい日だった。
ヴァンもエルザも年が近いから、屋敷にいるときより気楽に話せた。
おしゃべりも自然と弾んで、あっという間に時間が過ぎてしまった。
ヴァンの家がやっているカフェ、リーフェル庭園茶房もよかったしね。
そういえば、リーフェルは、古い言葉でお茶の葉を意味するらしい。
その名前の通り、お茶が香り高くて美味しかった。
お店は、表通りから少し奥に入ったところにあって、ちょっとした隠れ家みたいな雰囲気。
内装も上品で落ち着いていて、ゆっくりくつろげる空間だった。
小さな庭まであって、ああいうの、すごく好き。
これは流行る。間違いない。
来ているお客さんの雰囲気もよかった。
ちらほらと貴族らしきお客様も来ていたし、このまま評判が広がれば、貴族の間で人気店になるのも時間の問題だろう。
そして――あのリーフパイ!
「あれはほんと美味しい!売れる!」
前世で食べたパイ菓子より、美味しいかもしれない。
最近売り出したばかりだというのに、私たちが行ったときにはもう売り切れていた。
ヴァンが事前に店へ連絡して、取り置きしておいてくれなかったら、たぶん食べられなかっただろう。
バターのいい香りがして、食感は軽くてサクサク。
それに、リスと木の実をかたどったクッキーと、ふわふわのクリームが添えられているのも可愛かった。
見た目も楽しいし、食べても美味しい。あれは人気が出るのも分かる。
しかも――。
「あのクッキー、ヴァンの案なんだよね」
ちょっと驚いた。へえ、と思うと同時に、なんだか少しだけ誇らしい気持ちになる。
「ヴァンもなかなかやるよね」
ベッドの上でごろごろしながら、ひとりでヴァンを褒めてみる。
「それに……自分だけのイベントが起こったのも、嬉しかったなぁ」
思わず、にやっとしてしまう。
「まあ、かなり無理やりだったけどね。私はモブですらないんだから、それでも十分よね」
うん、満足。……満足、なんだけど。
「やっぱり……ヒロインに起こるイベントを見たい。どうしたらいいのかな……」
私が見たいのは、自分で無理やりこじつけたじゃなくて、偽物じゃなくて本物のイベントなのだ。
ヒロインに起こる出来事を、できるだけ近くで、できれば――スチルになったあの瞬間を見たい。
「攻略対象のユリウス王太子殿下が私と同級生ってことは……ヒロインの男爵令嬢と、悪役令嬢の侯爵令嬢も同級生なのよね。あと、攻略対象の側近さんたちも同級生か」
ただ、ゲームの登場人物が同級生だからといって、近づけるわけでもない。
ここが現実世界の辛いところだ。
ユリウス殿下に近づくのは、まず無理だ。なんといっても王子様。
たとえ同じクラスだとしても、私のような下っ端令嬢が気軽に話しかけられる相手ではない。
そして侯爵令嬢に近づくのも爵位が上過ぎて厳しいだろう。
なにしろ相手は侯爵家の令嬢だからね。
うちみたいな子爵家とは違うのよ、家の格というやつが。
一応、侯爵令嬢については、すでに調べてある。
王太子殿下の婚約者は、ゲームと同じエレオノーラ・ヴァレンシュタインという名前だ。
ヴァレンシュタイン侯爵家のご令嬢である。
では、ヒロインの男爵令嬢なら、うちの子爵家より家格が下だから会えるのか。
というと、こっちはまた別の理由で難しい。
「男爵令嬢は……名前が分からないんだよなぁ」
ゲームではヒロインにちゃんと名前はあった。
ただ、スタート画面でユーザーが好きな名前を入れられるシステムだったので、デフォルト名を私が覚えていないのだ。
だから、この世界でヒロインが実在していたとしても、彼女の名前が分からない。
「男爵令嬢の家名だけでも覚えてたらなぁ。調べることもできたんだけど」
ゲームのタイトル画面に出ていたヒロインの姿は覚えているので、もしゲームと同じ見た目だとしたら、学校に入ってから各教室を回れば探し出せるかもしれない。
だからヒロインと出会うのは、王立学院に入学してからになるだろう。
攻略対象であるユリウス殿下の側近たちはというと、やはり爵位が違いすぎて話しかける機会がない。
全員、公爵家だの侯爵家だので雲の上の人たちだ。
宰相の令息。騎士団長の令息。それから――王立学術院長官の令息。
この世界には魔法はない。
その代わりに、技術や歴史、自然科学の研究を行う機関として、王立学術院がある、という設定だった。
そこのトップの息子が、攻略対象のひとりなのだ。
この三人は、ユリウス殿下の御学友という立場で、将来の側近だ。
モブですらない令嬢の私には、王立学院に入学してもゲームの登場人物と知り合う術がない。
「せっかく同じ学校に通えるのに、イベントもスチルも見れないなんて……はあ……偽物じゃない本物のイベントが見たいよー!」
自然と頭の中に浮かんでくるのは、ゲームで何度も見たイベントの数々と、そのスチルだ。
「やっぱり、入学式のイベントは見逃せないよね」
思い出して、思わず口元が緩む。
「一番相性のいい攻略対象と、遅刻しそうになって慌ててるヒロインが、校門を入ったところでぶつかっちゃうシーン。あれ、ヒロインの驚いた顔が可愛いのよねー」
うん、あれは絶対に見たい。
「王太子イベントだと、中庭で子猫を助けるやつもいいんだよなぁ」
木に登って降りられなくなった子猫を助ける、あのシーン。これも外せない。
「でも、一番見たいのは……やっぱり、ラストのスチルだよね」
王宮の庭園。
花に囲まれた白い石畳と、そこから見える夕暮れの王都。
「一番親密度の高い相手が、ヒロインの前でひざまずいて、愛を告白するんだよね!きゃあー!」
思わず枕をぎゅっと抱きしめて顔を埋めてしまう。
「もうホント素敵……。あれ、近くで見れたら最高なんだけどな」
でもこのままだと、イベントを見るどころか、ゲームの登場人物とまともに話すことすらできない。
「うーん。駄目だ。考えても、いいアイデアが浮かばない……誰か一人でいいから、知り合いになれないかな。この中で知り合えそうな人といったら……」
少し考えて、ひとつの名前が浮かぶ。
「悪役令嬢のエレオノーラ様には、取り巻き令嬢がいたよね」
ユリウス殿下の側に、いつも御学友の令息たちがいるように、彼女の側にも数人の令嬢がいた。
「あ!」
ひとつ思いついて、私はベッドの上で思わず体を起こしてしまう。
「取り巻き令嬢よ!それなら、少なくともエレオノーラ様絡みのイベントは近くで見れるんじゃない?」
これは――かなり有力なアイデアだ。
「よし!まずは取り巻き令嬢になろう!ヒロインは学校に入ってから探せばいいわ」
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