第十一話:ヒロイン誕生!
「お部屋、綺麗になったわね! 皆さん、お疲れ様」
にこにこ顔の私とマルシェ男爵家の侍女さんたち。
アデルはというと、すっかり片付いた自室の片隅で、キョロキョロと周囲を見回し、挙動不審そのものだ。
引っ込み思案ながらも、前世では普通に高校生活を送っていたアデルは、気がついたらこの世界に来ており、男爵令嬢アデルとして目覚めた。
それ以前の平民時代は覚えていないそうだ。
突然の環境変化と、もともとの性格が災いして、アデルは部屋に閉じこもり、外界との接触を絶っていたらしい。
そのせいで、お風呂にも入っていない、髪がゴワゴワもさもさの令嬢が爆誕していた。
「コレットお嬢様、ただいま戻りました。必要なものは全部、持参いたしましたよ」
タイミングよく、侍女のエルザが戻ってきてくれた。ヴァンは子爵家でお留守番だ。
「お嬢様のご指示通り、お風呂用の石鹸は泡立ちのよいものを持ってきました。これで体が泡で隠れるはずですわ」
エルザが持ってきてくれたのは、お風呂用品。これで薄汚れた令嬢を、綺麗なヒロインに生まれ変わらせるのだ。
「えっ、えっ? お風呂とか無理ぃ!」
焦るアデルを横目に、私はマルシェ男爵家の侍女さんたちに指示を出す。
「皆さん、背中と髪を洗うときだけ、アデル様のお手伝いをしてさしあげてください。それ以外は、ご自分でやりたいそうです」
貴族令嬢らしからぬ要求に、侍女さんたちは顔を見合わせて「どうしよう?」といった様子だ。
私は侍女さんたちに近づき、ささやいてみる。
「ねえ、皆さん、アデル様は元平民ですわよ? 貴族の習慣に慣れておりません。でも、皆さんのような優秀な侍女の助けを毎日のように受けたらどうでしょう? 何事も慣れですわ」
私の言い分に納得してくれたようで、侍女さんたちがお風呂の準備をしてくれる。
私は、アデルに最後の決め手を渡す。
「ねえ、アデル様。これ、私が考えて作ってもらったものなんですけど、お風呂に入るときに着てくださいませ」
「えっ? これってスクール水着?」
まあ、そう思うよね。
色と形がスクール水着以外のなにものでもない。
でも、素材は最高級のシルクなのだ。
実はうちの領地に温泉があるのだ。
貴族令嬢は入っては駄目! と言われたけれど、そんなことで目の前の温泉を諦める私ではない。
この新型湯浴み着、通称スクール水着を作って、両親を説得した。
両親に見せたのは、長いスカートとポンチョがついているタイプで、首と手しか見えないシロモノ。
温泉につかる直前まではスカートとポンチョで隠し、入るときにササッと外す。
すると、あら不思議。スクール水着に変身するのだ。
この湯浴み着なら、前世でスクール水着を着たことがあるだろうアデルも着やすいはずだ。
「これを着てお風呂に入ればいいのよ。これなら恥ずかしくないでしょ?」
コクコクとうなずくアデルの背中を押して、期待に顔を輝かせている侍女さんたちに預ける。
「さあ、アデル様! ヒロインに変身していらして! 皆さん、頼んだわよ!」
「え、ちょっと待って! まだ気持ちの整理ができてないぃ!」
「おまかせくださいませ、アデル様!」
「ヒロインに変身しましょう!」
軽く手を振って、お風呂組を見送った。でも休んでいられない。私には、他にやることがあるのだ。
「コレット様、お申し付けの件、準備が整いました」
さて、始めますか。
+++
レナードさんというらしい執事さんが先導して連れてきてくれたのは、アデルの隣の部屋だった。
アデルの部屋とちょうど同じくらいの広さのその部屋には、すでに一人の年配の侍女さんが待機してくれている。
ふっくらとした体つきの女性で、優しいお母さんという印象の侍女さんだ。
「こちらは侍女のマーサです。当家では一番、裁縫の腕が立ちます。そしてこちらが、アデル様の制服なのですが……」
トルソーに着せられた王立学院の制服がある。
ただし、かなり大きめ。裾も長い。
全然、アデルの体に合っていない。
仕立て屋を呼んだのなら、こんなにサイズが違うはずないんだけど、なぜだろう?
「実はアデルお嬢様が、お部屋に閉じこもられまして、仕立て屋を呼べませんでした。困っておりましたところ、つい先日、馴染みの仕立て屋から、キャンセル品ならすぐに融通できると申し出があったのです」
その制服を注文していた令嬢は、父親の仕事の都合で急遽、他国へ行かなければならなくなったそうだ。そして、少し大柄な令嬢だったようだ。
「マーサさん、この制服、アデルのサイズに直したいのだけれど、明日までにできるかしら?」
そう聞くと、マーサは頼もしくうなずいてくれた。
「もちろんでございます。その辺の仕立て屋に引けは取りませんよ。……ただ、アデル様のサイズを測らせていただかないといけません」
「もちろん、マーサさんの好きなように測って大丈夫よ」
どうやら、あの引きこもり令嬢は、この優しげなマーサさんまで拒んでいたらしい。
そのマーサさんには、まだ伝えておかないといけないことがある。
「エルザ、例のものを……」
「はい、コレットお嬢様。こちらでございます」
エルザがマーサさんに手渡してくれたのは、かなり大きなスケッチブックだ。
「まあ、これは……なんて素敵なんでしょう!」
マーサさんが声を弾ませる。
そうでしょう、そうでしょう。
このスケッチブックは、私が今年、王立学院に入学するということで、制服の流行をエルザが調べて、まとめてくれたものなのだ。
制服といっても、色と布の材質、服の基本形が決まっているだけで、細かいところまでは決められていない。
なので、毎年、その年の流行に合わせて、少し制服を変えるのがおしゃれな令嬢なのだそうだ。
で、私はそういうことに興味はなかったんだけど、エルザが大興奮していたので、おまかせしたら色々調べてきてくれた。
そして私の制服にも手を加えてくれたというわけ。
そのエルザに頼んでアデルにも使わせてもらうことにした。
さっそく、エルザがマーサさんの隣に行って説明している。
「マーサさん、こちらなど、アデル様にお似合いじゃないでしょうか? ウエストを細めに絞るのが今の流行りです」
「まぁ、まぁ! なんて可愛らしい! スカートの丈も例年より短めが流行なのですね」
すっかり二人の世界に入っている。楽しそうでなによりだ。
そうこうしているうちに、お風呂に入ったアデルが侍女さんたちに連れられてやってきた。
髪はふわふわ。お肌はつるつる。
湯船で温まったせいか、頬がほんのり色づいて、とても健康そうに見える。
「お、お嬢様……!?」
「なんと可愛らしい!」
すっかり清潔になったアデルを見て、執事のレナードさんと侍女のマーサさんが驚いている。
でも本当に驚くのは、これからよ?
「アデル様、すっかり見違えましたわ。さあ、こちらの椅子にお座りになって。エルザ、お願いね」
「お任せくださいませ」
アデルを部屋に備え付けの鏡台の前に座らせ、エルザに指示を飛ばす。
私は流行にも疎いし、ファッションにも興味がない地味令嬢だけど、誰にも負けない知識がある。
ゲームの中のヒロインの容姿を知っている!
正解を知っているのだ。負けることなどない。
「アデル様、少し髪を切りましょう。エルザ、長さは肩にかかるぐらいで。前髪は目の上で切って、ふんわりと横に流してちょうだい」
「ふぇえ! ちょっと待ってぇー!」
アデルは焦っているけれど、もう皆、にこにこ顔で見学する気まんまんだ。
エルザが心得顔で、軽やかにハサミを操る。
――サクサク、チョキン、さらり、ふわん。
「こ、これは……!」
「お、お嬢様がお姫様に!」
鏡の中に現れたのは、まさにゲームの中で見たヒロイン!
「これが……私……?」
アデル本人まで驚いていて、ちょっと笑ってしまう。
さあ、仕上げをしましょうか。
エルザから香油を受け取って、数滴を手に垂らし、アデルの髪に部分的に揉み込んで、ふんわりとした動きを出す。
これでヒロインの髪型が、完全に再現された。
「私……ヒロインだわ!」
勢いよく振り返ったアデルが、衝撃を受けたように私を見た。
「もちろん、あなたがヒロインよ。さて、次は軽くお化粧をしてみましょうか」
王立学院では、派手な化粧は禁止されている。
でも、軽く整えるくらいは令嬢の嗜みとされているのだ。
ここでもエルザが大活躍だ。
アデルの身の回りを担当している若い侍女さんに、エルザが貴族令嬢の化粧の仕方を丁寧に教えていく。
「アデル様は白い肌に少し青みがございますので、淡いローズピンクの頬紅がよろしいかと」
「刷毛で軽くのせるだけでいいのですね。勉強になります」
身の回りを担当している侍女さんだけでなく、他の侍女さんたち、それに執事のレナードさんまでも興味深そうに見ていて面白い。
「さて、あとは制服のお直しだけだけれど、それはマーサさんにお願いするわ」
侍女のマーサがしっかりとうなずいてくれる。
「お任せください。今夜は徹夜になっても、明朝までに仕上げてご覧に入れます」
「え、明日……」
アデルが不安げな顔をしている。
「私、学校に行っても、うまくやっていく自信がないのぉ……」
アデルの心配も分かる。
外見はヒロインでも、中身は自信のない、引っ込み思案な女の子なのだ。
ここで、「今のあなたのままでいいのよ」と言ってあげたい気持ちもある。
でも、私はイベントやスチルになったシーンをこの目で見たいのだ。
もう、切り札を出すしかない!
アデルを部屋の隅に引っ張っていって、小声で話す。
「ねえ、アデル。あなた、『君ハー』で、誰推しだったの?」
そう言ったとたん、アデルの目が輝く。
「もちろん、ユリウスよ! 王子様で、紳士的で、優しいの!」
「そう――そのユリウスの実物に、会いたくない?」
アデルが口をぽかんと開けたまま、固まっている。
ゲームの世界に来ていると理解はしていたものの、推しに会えるというところまで考えが至っていなかったようだ。
「本物のユリウスに……会える……」
「そうよ。残念ながら、あなたはユリウス殿下とは違うクラスなのよ。でもね、私は彼と同じクラスなの。私に会いに来れば、推しに会えるわよ?」
「行きます、行きます! 学校でも、どこでも行きます!」
そうでしょう、そうでしょう。ファン心理として正常な反応よね。
「じゃあ、明日から学校に来るわよね?」
「行く! 絶対!」
胸の前で、両手の拳を握って力説するところが、ゲームの中のヒロインと同じで可愛い。
よかった、よかった。
これで、イベントとスチルを最前列で見物するという私の目的も達成できそう。
そんな風に思っていた時期もありました……。
もちろん、そう上手く物事は運ばないのでした。
はぁ……。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!




