87.妖精
意識だけがどこかに旅立ち、ふらっと僕の頭の中に帰って来たかのような感覚で記憶が流れてきては消えていく錯覚。
思えば、散々な日が続いている。
お金を稼ぐために奔走していたら財布が盗まれて、気絶。
目覚めたら手足が拘束されていて、売られてしまうと言う。なんとか状況を打破しようと考えていると、早くも引渡が行われようとしていた。そして、気絶。
捕まったまま、運ばれて見知らぬ地へとやってきた。無理やり扉を壊して抜け出したかと思ったら、また気絶である。
短期間に三連続の気絶。こんな目にあったのは、世界でただ一人僕だけかもしれない。誇ってもいいのだろうか。
皆に話しても信じてもらえるかわからないぐらいには、不可思議な経験である。生きているだけでも儲けものだとボスさんなら言いそうであるが、言葉に引っ張られて勘違いしないで欲しい。
決して、プラスではないのだから。
良いこともあるにはある。だがそれは、マイナスを少しでも無意識に補おうとしている思い込みの力かもしれないと疑いたくなる。ボスさんと出会て良かった。新しいことを知れて良かった。それは、嘘ではない。けれど、不運な出来事が重すぎるせいで記憶からすら、徐々に薄れてしまう気がしている。
つらつらと振り返ったのは、頭がこんがらがり、修復機能が働いているせいなんじゃないだろうか。なぜなら、比喩ではなく、脳内でくるくると花が回っているのだ。頭の花を必死に消し去ろうとした結果がこれである。
なんとか、幻想花が消えたことを確認できた時にゆっくりと瞼を持ち上げる。
身体の周囲を花に囲まれて寝そべっているままであった。どこかに移動したような記憶はないが、はっきりと覚えてはいない。
――あれ?僕一人?
そうだ、景色なんかよりも重要なことがあるではないか。ボスさんはどこへ・・・?意識が落ちる直前に近くにいたのは覚えている。
「あ!目が覚めた!」
「ほんとほんと目が開いた!」
声?誰かいるみたい。無防備状態だったのだ、警戒も何もなく上体を起こすと花の向こうに小さな・・・と言っても人の幼児ぐらいの身長はある、半透明の翼?が背中に生えた人達がこちらを見ていた。
「君たちは・・・?」
「妖精!」
「うんうん。妖精」
比較的近くにいる二人が会話してくれる。中距離で見ていたり、遠目で窺っている者達もいるが敵意はなさそうに思えるくらいに、純粋な瞳をしている。
「ここにもう一人・・・いなかった?」
「いるよ?」
「いるよ」
小さな手で指し示した場所。少し外れた所に同じように寝そべっていた。
「ほんとだ。いたね」
「「うん」」
僕からの質問がなくなったのを確認したからか、翼の真似事かのように両手を地面と水平に広げて小走りで動き出した。
「呼んでくる~」
「呼ぶ呼ぶ~」
元気だ。この子達が妖精族って種族なのだろう。名乗ってたしね、個人名じゃなくて種族名。僕に分かりやすいようにしてくれたのかな。だとしたら、気遣いがすごいよね。
手足を動かして移動を試みる。少しふらついたが、特に異常はない。これは、起きたばかりだからだろう。
「ボスさん。起きて」
異常事態には違いない。今はゆったりとした時間になっているが、起こした方がいいに決まっている。
前回の報復なんかではない。うん。
「ぅ・・・ン゛・・・」
起床を否定するかのように身じろぎをしているが、逃がしはしない。揺さぶる力加減を強めていく。それでも、起きないのでさらに、さらにと力を籠めて肉体を振っていく。
「ぅッ・・・わッ・・・かッた。起きるッて!」
やっと起きてくれたようだ。目覚めてくれて良かった。
「よかった。心配したんだよ。緊急事態ダヨ」
しっかりと非常事態であるから乱暴な起こし方になってしまったと説明を加えておく。
「...嘘つけ。根に持ってただけだろ」
「そんなことないヨ」
睨みつけられているが、僕はその視線をうまく躱す。
「チッ、で・・・なにがあったんだったか・・・」
記憶を少々失っているようだ。というよりも、混乱している。頭痛がする。といった感じなのだろう。
僕は、それに対して邪魔をしたりはしない。ゆっくりと整理する時間を与える。その間に僕も脳内を整理しておくことにする。
結局・・・どうして気絶してしまったのかはわからないのだ。似ている状況としては、ボスさんと僕が誘拐された時と似ている。ただ、あの時はそこまで、強く後遺症が残ってはいなかった。頭痛や幻覚のようなこともなかったのだから、あの時よりも酷いと言えるだろう。
ならば、まったくの別なのか・・・意図的なのかどうなのか・・・しかし、周囲にあったのは花か木、草ぐらいだろう。あの瞬間に限るなら、原因は花?でも、花で眠っちゃうことなんて今ままでなかった。
最後に残る結論は・・・おそらく、魔法。僕達が誘拐された時も魔法なんじゃないかと思っている。それと、同じ魔法をかけられたのではないだろうか。
――だとしたら・・・今って本当に危険?
僕達二人が適度な距離でお互い一人で考え事をしている間にも時間は進んでいる。どうやら、初めに会った二人が戻って来たようだ。知らない人物を一人連れて・・・。
「「長老、長老。こっち」」
その人物は、半透明の羽、身長は他の妖精族よりも大きく百三十くらいだろうか。ただ・・・まるで、人形のように滑らかな、年齢不詳の美しさ。大きな瞳は淡い金に輝き、見る者を吸い込むような神聖さを放つ。膝まで届く長髪は、鮮やかな青紫色をしている。
明らかに別格の人物がそこにいた。




