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未定世界の知り方を  作者: むち神
第三章 【沼】
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閑話「可変の距離」

 手を降ろして視線を向ける。


「悲しみはあるだろう。だが・・・姉上であれば、悲しんでいる暇などない。走り続けろとでも言うのかもしれんな」


 エストに対して、励ましともとれる言葉をかけておく。正直、意味などないだろう。考え抜いた言葉とは到底言えない、即席の言葉でこの優秀な弟を騙せるとは思えない。


 何かを言いかけて、エストは口を閉じた。その代わりに出たのは、肩を落としながらの、長い溜息。


「はぁ・・・言いませんよ。姉上なら・・・気にするな。ぐらいでしょう」


「それはー男らしすぎやしないか?」


「あの姉上ですよ?」


「ありえるな」


 妙に納得できる。しかし、不思議な人だった。自由奔放に歩いていきそうな人なのに愛国心なのか家族愛なのか、仕事はきっちりとしていた。

 聞いてみたかった。どうしてなのかと・・・。


「エストは、なぜ国に仕えているんだ?」


「・・・急に、どうしたんです?」


「いやなに、姉上もそうだが中枢で燻っているのは勿体ないと思えてな」


「地位としては最高な場所を指して、燻っているですか、大物ですね」


 そういう意味ではないのだが、いや?そういう意味か。


「贅沢ということか、私は才能があれば城から出て旅でもしたかったからな。お前の気持ちがわからない」


 これにはエストも動揺する。


「珍しいですね・・・。気持ちを吐露するなど」


「そうか?私は正直者だと思っていたが」


「自分に正直ではなさそうでしたよ」


 わざわざ話したりはしないだろう。誰でもそうだと思うが


「お前もだろう・・・」


「兄上程ではありませんよ。あなたが姉上と同じ才能を持っていたら城を出たりはしませんよ」


「・・・?なぜそう言い切れる」


 たしかに、才能がなく居心地の悪さを感じたからこそ城を出たいと思うのかもしれないが


「姉上が昔言ってました。似ていると」


「似ている?私と誰が?」


「姉上です」


 あり得ないな。迷いなく一人で前に走るどころか突っ込んでいく姉上と迷うどころか後ろに下がろうとする。速くでもなくゆっくりと迷いながらの私が似ているなどない。


「それは、姉上にしては的を射ていないな」


「ええ、私もそう思いました。なので、根掘り葉掘り疑問をぶつけたのですよ。ですが・・・聞けば聞く程似ている部分が見つかるので、最後には否定できなくなりましたね」


「・・・いやいや、ないな」


「賢く冷静で実力が高く、周囲の目配りも忘れずに道化も演じる姉上。賢くはなくとも意外と冷静で分相応に動き、周りをみつつ自分なりに励まそうとする兄上。意外と似てますね」


「賢くないだの意外だのと・・・言ってくれるが、全然似てないではないか」


「姉上は勝てない戦いに突っ込む程愚かではないですよ。兄上も勝利を確信できるなら戦うことができると言っていました。才能があっただけだと。それに、賢くないとは姉上と比べてという意味ですよ。馬鹿だと思ってませんよ私も」


「どうだかな、全てを捨てて逃げたやもしれんぞ」


「少なくともそれはあり得ませんね。兄上は人の想いを捨てれない」


「なぜだ。私は逃げれるならとことん逃げるぞ?」


「なら、今逃げてくださいよ。この国で一番偉いのですから、誰も止めれませんよ」


 それは違うだろう。自由な立場なら逃げるって話をだな・・・。


「・・・立場がある。お前の立場ならすぐに逃げた」


「なら、立場を誰かに譲ればいい。それから逃げては?ちなみに、私は嫌ですよ。姉上に向いていないと言われてますので」


 戦の後に王位を譲って逃げるなど・・・笑い者どころか殺されかねんぞ。どっちにしてもできないではないか。

 

「ちょっと待て、エストが不向きだと?どういうことだ。王になるべきは私じゃなくお前だったはずだ」


 エストが目を細めながら言う。


「やはり、そう思ってましたか。私も昔は思ってました。今になってわかってきましたよ。私では、規律正しく不正は許さず能力重視の独裁国家になります」


「それでいいのではないか?能力のある者を登用するのは当然だろう。規律は守るべきで不正など許す必要はない。王権国家なのだから独裁でも問題あるまい?」


 だが、首を横に振る。違うのだと、なにがだろうか。


「能力あるものを上にあげるのは当然ですが、同時に能力のない者の居場所も作らねばなりません。規律は守るべきですが、規律で締め付けすぎれば人心が離れます。王権国家ですが、運営は全体でやっていかなければなりません。忠誠心がなくなれば、王は身を滅ぼしますよ」


「・・・だが、今は改善案があるのだろう?懸念が無くなったではないか」


「欠点のある者より最初からできていた者を選ぶのは当然でしょう?知識は臣下で補えますが、心のありようは補えませんからね。今、私が王になれば無能は前線送りにしようとしますよ。現状従えられる余力がありませんので、内乱で滅びます」


 いや、ならないだろうに。納得させるためというより、脅迫になっていないか・・・。


「・・・まあ、私はお前を高く評価している。これからも頼りにしたいのだ」


「わかっていますよ。兄上が弱みを見せたことと昔話で励まそうと頑張ってくれているのは」


 そこまでは考えていないぞ・・・。励まそうと話を振ったのはたしかだが、途中からは気にしていなかった。


「いや、気になったことを聞いただけだ」


「わかってます。途中からは私の今後の話ばかりでしたから、自由にして良いと言いたかったことも。王になる気があるなら代わるということもね。姉上を失って悲しいのは同じでありながら、周囲に気を配れるのはやはり似てますよ」


「考えすぎだ」


 エストは目を伏せてから、短く息を吐いた。それからほんの少しだけ、唇の端を上げて――


「ありがとうございます。兄上」


 そう言って、前を向いたのだった。


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