10.こうして走ってます
ネルが前を走っている。僕は後ろを追いかけるだけでどこに行けばいいのかわからない。眠い目をこすりながらそんなことを考えている。疲れた。
「城壁を通らないと外にいけないからね。さて、それはどうしよっか」
「わからないよ。普通に通れないかな?」
「騎士団も学園に来る前には知らせてるんじゃないかな。違うとしても、僕たちを逃がした以上は、知らせを送っているはずだろうし、隠れて進んでいる僕たちよりは速く着いている。と予想するね」
自信満々にそんなことを言うネルだが、ならばどうやって城壁を越えるというのだろうか。自分でも考えてはみているのだがなにも思い浮かばない。眠気はそう簡単に取れないのだ。
日が昇り始めて時間が経ったおかげか視界は良くなって走りやすくはなったものの、見つかりやすくもなっているのだから。良くないことなのかもしれない。だけど、ちょっとした不安が減少した。
路地裏を通っていた二人が西に向かって走る。道に出ようとした時に馬車が目の前を通り過ぎる。驚いてすぐさま隠れたのだが、少し先で馬車が止まる。騎士団の者かもしれいないので様子を伺う。見つかってはないはず。その期待は裏切られることになるのだが、完全にではなかった。
「ユイト~。いるんでしょ~」
そう声をかけてくるのは、同じ学園の生徒。マロイト。一体なんのようなのだろうか。ネルと互いに目配せをして道に出ていく。お互い視界に捉え距離を縮めていく中、ネルが小声で話しかけてくる。
「一応、気を付けてね。騎士団に協力してるかもしれないから」
そうだろうか?たしかに、そこまで話した仲ではないのだが、それでも同じ学園に通っていた人として何度も話をしている仲なのだ。ただ、こちらに協力してくれるほどかと言われると。たしかに、疑問には思う。
ならば、なぜこんなところにと考えるのが自然だが、それは彼女の特異体質を知っていれば不思議に思わなくもなくなる。たまたま、朝に用事があり、たまたま出会った。その可能性が高そうに思う。
いや、ルキの声を聴いてであればおかしくないのでは?となると、協力してくれるのかという疑問が結局残ってしまう。
「いや~いきなりルキちゃんに起こされてさ、ユイト君が大変だって言うじゃない?だから、手伝ってげようかなって」
「ありがとう。でも、なんで手伝ってくれるの?」
「なんでって~。友達だから~かな?」
「適当じゃないかな?大丈夫?本当に」
友達だからか!なるほど、納得だ。ネルは疑ってる部分があるみたいだけど、友達なのだ。信じようじゃないか。
マロイト・セイズは侯爵家の長女として産まれた。女の子だったからか。それはもう可愛がられた。さらに、特異体質だったのだからより一層可愛がられる。子供の時は太っていたし。偉そうな部分もあっただろう。でも――自分は可愛い。自覚するのは早かった。
そんなマロイトも不満がたくさんあった。その中の一つに名前が可愛くないこと。マロという字面は気に入っていたのだが。イトとは本来、男につけることが多い。昔の王様が子供にそう名付けたとかなんとか。それを、可愛い我が子にもと考えたかどうかはマロイトからすれば知らない。どうでもいいのだ。でも、容姿で可愛がられているのだから、問題はなかった。
そんな時にお茶会の誘いが舞い降りる。まさに、空から。王族の王女からだ。今まで他の誘いは我儘で断り続けてはいたものの。さすがに、上からの誘いは断れない。なんとか、マロイトを説得して出席する。そこで、見た。自分より可愛い女の子を初めて。というより、自分自身に失望した。なんなんだ、この体はあの小さくて可愛い生物はと。
自分の容姿が可愛いならいいかと思っていたのに、容姿も名前も性格も可愛くないのではないか、まさに心変わりした。だからこそ、あの子には感謝している。変われたから。
そして、ユイトへの好感度も高かったのだ。なぜか、私の名前をマロさんと呼ぶのだ。もうあまり、他人には名前が嫌いなことを言ってもいないのに、なぜか好きな名前で呼んでくる子。恋愛などはまだまだ子供で少しも興味はないが。それとは別に人としての好感度が高まるのは必然だった。
「大丈夫だよ~。ユイト君もルキちゃんも友達だから」
だからこそ言う。本心から力になりたいと。
「僕は違うってこと⁉たしかに、あんまり話してないけど。ユイトともあんまり話してなかったよね」
「気に入ってるんだ~。それよりも早くした方がいいんじゃない?」
信じていいものかどうか、急いで考えている様子のネル。だからこそ、僕が代わりに答える。
「そうだよね。でも、城壁を越える方法がわからないんだ。なにかいい方法知らない?」
「なら~馬車を使って開いた瞬間に走っちゃおう~!」
「え。大丈夫なの」
この言葉には色々な意味を込めた。逃がす手伝いをしてマロイトに迷惑がかからないのか、そんな方法で突破できるのか、そもそも開けてくれるのかなどなど。
「大丈夫~大丈夫~。なにかあっても私可愛がられてるから。なんとかなるでしょ~」
「えー」
尚更心配は増す。でも、すぐになんだか大丈夫な気がしてきた。マロイト本人の魅力か、眠気のせいか、定かではないにしろ急いだほうがいいのはたしかなのだ。
「じゃあ、よろしくお願いします」
考えが纏まったのかネルも顔を上げてついてくる。
「僕もお願いするよ。ついていくんだ」
「は~い」
それだけ言って、御者の人に何かを話しにいった後に、こちらに手招きしながら、馬車に乗り込む。
「ごめんだけど~伏せておいてね」
乗り物が軋む音が聞こえ、ガタゴトと走り始めた。西門までは速くつきそうだが、少し足が痛いな。振動のせいだろう。座っている所はまだしも、床は固いのだ。乗り物に乗るのが初めてで慣れてないせいなのかもしれない。だが、隣のネルも痛そうにしていた。――乗り物で走るのは初めてなのかな?




