9ー10
日本時間9時15分 講師生活9日目 1限目
ナンテールの第一皇子に関する最新情報が届いてから6日。俺は職員室の自分に椅子に座りながら、こっちの世界の新聞紙に目を通している。
そこには4日前に皇国と帝国の周辺で、赤竜が暴れまわり両国に甚大な被害を出したと報じられていた。弱肉強食の帝国では、特に強いとされる騎士団が半数も死亡。
皇国では第一皇子が集めていた騎士団の70パーセントが吐息によって、見事なまでに灰になった。それでも両国とも市民に被害が少ないのは幸運である。
そう書かれている記事の内容を読みながら、俺は周囲の講師達に気付かれないように笑みを浮かべた。
(赤竜はちゃんと命令を守ったな。これで両国とも他国に戦争を仕掛ける余力はなくなったはず)
直接、第一皇子と会った訳じゃないけど、ナナミを含めた俺の婚約者達に手を出される前に、1度叩き潰しておこうと思って行動を起こした結果です。
俺自身は戦闘に参加していない。素性がバレたりしたら厄介だからだ。だから、暇そうな赤竜に不死鳥を介して「帝国と皇国がムカつく。だから、お前ちょっと飛んでいって騎士団とかを焼いてこい」って言っておいた。
その結果が今読んでいる今日の新聞に出ている訳だ。最初、赤竜は難色を示した。面倒だし人間に目を付けられるのは自分だからと。
なので魔力鎧を纏い、さらに拳に魔力を集中させて頑丈にし、思いきり頭を殴っておいた。新聞には出ていないけど。たん瘤3段重ねの赤竜だったよ。
他の記事にもざっと目を通したけど、特に気になる内容はなし。なので、新聞を机において俺はクラスに向かう事にした。そうそう、それと俺の授業を受けた全員、ちゃんとレポートを提出してくれている。
そして自分なりに考えて、その結果を書いた内容だった。どれも、とても完成度が高いとは言えないけど、彼らなりに考えて書いたのは間違いない。
なので、俺は全員のレポートにアドバイスを書いておいた。後でブリアック講師を通して、担当クラスの生徒に返しておいてもらおう。どんな反応なのか楽しみだ。そう思いながら扉を開けて、中に入る。
(うん?あれ?あれれ?なんだろう、この光景。物凄く見覚えがあるんだけど)
クラスに入った直後、俺が教えている3人の生徒の他に知らない生徒達が着席している。そして、クラスの一番奥には女性講師のバルバラ講師の姿が。ブリアック講師の生徒と本人じゃないだけだ。
俺はすぐさま念話でアデライド学院長に連絡を入れた。
『まぁまぁまぁ。また伝え忘れていましたねぇ』
「あんたら、実は結託しているんだろ、そうなんだろ」
『いえいえ。そんな事はありませんよ。では、授業をお願いしますね』
――リーン、ゴーン、リーン、ゴーン
一方的に念話を切られた。それにちょうど授業開始の鐘が鳴る。俺は盛大なため息をして、黒板に1限目の授業内容を書くべくチョークモドキを走らせる。
「出席確認。エリク」
「はい」
「ララ」
「はい」
「ロラ」
「はーい」
3人の返事を聞きながら、俺はチョークモドキを止める事はせずバルバラ講師に話を振った。
「バルバラ先生、普通に俺のクラスの授業になる。どこまで教えているか知らないから、付いてこれなくても文句を言わないように」
「大丈夫です。この子達は優秀ですから」
実に生徒を信頼している回答ですね。まぁ良いや。俺は書くべき内容を書くだけ。
「1限目の授業は薬草栽培における注意事項だ。生徒諸君は1度くらいなら、この授業内容を受けたことだろう。俺の授業では更に掘り下げて、わかりやすくする。
それと進行速度だけど、初級編から始めて中級編の中間まで一気に授業を進めるからな」
俺が後ろを見ずにこう言うと、バルバラ講師の生徒達は、ざわざわし出す。それを完全スルーして、さっさと書き終えてから俺は振り返った。
「さて、それじゃあ授業を始める。エリクたちは毎回のことだろうから、少しばかり回答は控えてくれ」
「「「はい」」」
「うん。それじゃバルバラ先生の生徒諸君、初級編の問題だ。簡易回復薬の材料、ミルトの葉はどこで育つか」
一斉に手が上がった中から4人を指差した。
「どこでも育ちます」
「極端な高温地帯、寒冷地帯でのみ育ちません」
「それ以外の環境であれば、気候変動などがあっても普通に成長します」
「ただし、気候変動が激しい場所だと、成長速度に差が出てしまいます」
普通ならこれだけで満点だろう。ただし、ここで終わらないのが俺の授業ですぜ。
「よろしい。では成長に必要な要素を答えてくれ。これは全員でいいだろう」
「「「「「「土、水、太陽光のみです」」」」」」
俺の視界の中で今更過ぎる授業だと、生徒達の顔は物語っている。ただし、バルバラ講師は首を傾げた。それは「教えるべき事は、もう済んだのでは?」と。
エリク達は俺の授業を受けてきているから、今後の問題展開も察したようだ。それと同時に、俺に向かって視線だけで「回答権をください」的に訴え掛けてくる。これをスルーして、問題を続けた。
「正解。それじゃ少し詳しくしようか。ただの土と土石から生じた土、両方で育つけども成長における差は?」
「「「「「「え!?」」」」」」
数人が俺の授業を「期待外れだぜ」的な感じの表情を受けていたけど、一瞬にしてピシリと固まった。
「どうした?簡単な問題だろ?」
俺がバルバラ講師に視線を向けると、自分でも答えが分からないのかオロオロした雰囲気を漂わせ始めた。
「差なんてあるのか?」
「え!?知らないわよ」
「バルバラ先生も分からないみたいだぞ」
「普通に育つんじゃないの?」
「いやいや。効果が高くなるんじゃないか?」
「それって中級薬並みに?」
「知るかっての」
「無責任発言しないでってば」
「はいはい。静かに。全員で答えろ」
あんまりにも騒がしくなって来たから、ストップを掛けて答えるように促してみた。
「「「「「「……。分かりません」」」」」」
「そうか。わからないか。これで魔法薬師を目指しているとはな。驚いたぞ」
俺は普通に言ったんだけど、生徒達は一斉に「ぐはぁ!」と胸を押さえて机に倒れ伏す。
「正解を教えよう。効果に差は出ないけど、成長速度に差が出るんだ。普通の土だとあまり魔力を含んでいないから、成長は一般的な速度。
ただし、土石から生じた土には最初から魔力が含まれている。自然の土では考えられないくらいにな」
目を見開くバルバラ講師の生徒達に、俺は他にも例を上げて説明を行っていった。最初はポカーンとした状態が多かったけど、1限目が終了に近付く頃には相談ありの問題では実に白熱した意見交換が行われた程です。
そして授業終了の鐘が鳴ってから、彼らは黒板に書いてある事に今更ながら気付いて、大急ぎで書き写すという光景を見せてくれた。
□
2限目 クラス
ブリアック講師にレポート全員分を渡して、アドバイスかコメントを書いてある事を告げた。そうしたら、驚く程に大号泣。俺は思ったよ。泣く要素あるか? ってね。
レポートを渡した後、俺は相談ありの小テストをパパパっと作りました。そろそろエリク、ララ、ロラの3人がどれくらい知識を自分の物にしたかを把握する為に。
そして小テスト問題が完成したと同時に、授業開始の鐘が鳴ったから早歩きでクラスへと向かった。
「まだ書いていたのかよ。もう鐘が鳴ったぞ。ほら、自分のクラスに戻れ」
扉を開けて入室早々の俺の第一声がこれ。バルバラ講師の姿は見えないけど、生徒達が黒板の内容を必死の形相で書き写している。
「す、すみません。5分いえ、10分だけください。書き写し終わるので」
「シャルトル先生、15分だけ待ってください。そうすれば写し終えるので」
「はぁ。エリクたちは少し前へ。3人には小テストを受けてもらう。ただ、これは成績には反映せずに、どれだけ理解してこれているかを確認するのが目的だ。
だから相談し合って回答を出すのも許可する。だけど本番のテストでは、相談はさせないから今のうちから実力を把握しておくように」
俺はバルバラ講師の生徒達の存在をスルーして、さっさと授業を行う事にした。生徒がクラスにいない事に気付いて、ここまで探しに来るだろうと思って。
「今回のテストは3種類。道具の手入れ、初級編から中級編までの薬草知識、そして魔獣材料の下処理における注意事項。今までの授業をちゃんと聞いて、書き写した後に読み返していたら普通に解ける問題のみ。
制限時間は授業終了の鐘が鳴るまで。それと、多少なら正解を導き出すのに必要なヒントも出そう。ただし、1人につき5回のみだ」
俺は小テスト用の紙を3人の前に置いて、バルバラ講師の生徒達がどれだけ書き写しているのかを確認して回る。この途中、俺は自分が疲れているのかと思って、何度か瞬きを繰り返す。
それでも変化がないから、何度か目を擦ってみるけどやはいそのままだ。なので、俺は普通に聞く事にした。
「バルバラ先生、ここでなにをしているんだ?」
姿が見えないから、いないだろうと思っていたバルバラ講師が生徒達に混じって、俺が書いた黒板内容を大急ぎで書き写しているところだった。
「シャルトル先生の授業方法を少しでも取り入れられるようにと、勉強させてもらっているところです」
「バルバラ先生、自分の授業はどうするんだ?」
「そんなのは後回しです!今は少しでも生徒達に分かりやすく教える為の術を学ぶだけで精一杯なので!」
(完全放置しよう。授業の邪魔さえしなければ、完全スルーで問題ないはずだ)
俺は自分にそう言い聞かせて、エリク達の回答状況を見てみる。彼らは最初の道具の手入れに関してのテスト用紙は相談しなくても、スラスラと回答を書いていた。
この最初の1枚は、冗談抜きで普通に授業を聞いていれば解ける問題。だから、エリク達からは質問が出ない。そして見ている前で1枚目が書き終わり、3人が羽ペンを置いたのは全く同時だった。
そして1枚目を脇へと移動させて、2枚目の初級編から中級編までの薬草知識のテスト用紙に。最初の10門は非常に簡単な内容。ただし、11門目からは相談しないと分からないように難しくしておいてある。
そして俺の意図した通り、順調に書き動いていた羽ペンが、ピタっと止まった。
「相談開始しても良いですか?」
「あぁ」
ララが恐る恐ると言った感じで許可を求めてきた。俺は事前に相談を許可していたから、頷いてちゃんと理解が出来ているかを聞かせてもらおうと会話に意識を集中させる。
「ロデス草って頭痛止めだよな?」
「確かそうだったはず。だけど、確か加工しないとダメな気が」
「そうだったよねー。具体的には何だっけー?」
「水に浸すと効果が弱まるんだっけか?」
「確かそう。でも、何かと一緒に煮込むと頭痛止めになるはず」
「あれー?そうだっけ?何だか違う感じがー」
(うんうん、見事に相談していても間違えそうになっているなぁ)
ロデス草は自然乾燥や風石での乾燥、もしくは便利魔法の乾燥によって水分を完全に抜く。その後、小鉢で粉末にしてから水で飲むと頭痛止めになるんだよね。
「オレは水に浸す、って書く」
「うーん。確か乾燥させてから、ぶつぶつ」
音を立てないように視線を向けると、ララだけが正解を書いていた。エリクとロラはこの時点で不正解。
「えっと、アルデ草か」
「これは覚えているわ」
「そうだよねー」
「「「そのまま水と一緒に飲むと整腸剤になる」」」
(そう、その通り。ただし、それだけじゃ満点扱いにはできないんだよな)
「待って。確かそのまま飲むんだけど、そのままだと薬草が大きくて飲み込み難いから、刻んだはず」
「っあ!そうだったー」
エリクとロラも答えを書き足して「これは絶対正解」だと自信満々の表情。安心して良い。行動に示さず俺は何度も頷いた。正解の答えだから。
「次のって。あー、これかー」
「ミキリ草ね。確か種類問わず、体内に入った毒に対して有効だったはず」
「有効なんだけど、どんな時に飲むんだっけ?」
「毒による汚染が進行した時だったような」
「いや、絶対違うからー。これは毒に感染した直後だからねー。飲めなくても噛んでいるだけで成分が出てきてー、汚染速度を遅くしてくれるー」
聞いていて思い出した。ロラは小さい頃に深紅蜂に刺された事があって、かなり苦しい思いをしたとか言っていたな。
俺が思い出している間にも3人は次々に回答を書き込んでいき3枚目の魔獣材料の下処理問題も、俺に質問をしながらでも解いていった。
――リーン、ゴーン、リーン、ゴーン
授業終了の鐘の音。
「はい、小テスト終了。3限目で答え合わせと、説明をするからな」
「「「はい」」」
エリク達の返事を聞いてから、俺はクラス後方のバルバラ講師とその生徒達に視線を向けた。とっくに黒板内容を書き写し終わっているだろうに、出ていかなかったよ。
完全に丸々1限、授業もせずに時間を過ごしやがった。これはアデライド学院長に報告しようと俺は決心。黒板を綺麗に消すように言って、クラスを後にした。
□
3限目 クラス
アデライド学院長にバルバラ講師と、その生徒達が俺のクラスで黒板に書いた内容を写すだけで2限目を潰した事を報告。すると、学院長は「まぁまぁまぁ。バルバラ先生と生徒さんには居残りをしてもらいましょう」との事だ。
そして俺のすぐ近くで、裁判結果を言い渡されるのを待っているかのような表情だったバルバラ講師。寛大な決定に何度も頭を下げて、感謝を述べていた。
それを見てから3限目が始まる直前まで、のんびりと時間を過ごしてから俺はクラスへと移動。俺が入ってくると3人は点数が気になるのか、かなり緊張しているらしい。
ソワソワと落ち着きがなく、どれくらい学べているのかが気になっているようだ。
――リーン、ゴーン、リーン、ゴーン
「3限目を始める。2限目のテストの答え合わせと、理解を深めるための再解説を行う。しっかりと聞くように」
「「「はい」」」
3人の返事を聞きながら、俺は彼らと口頭確認を行っていく。というか、道具の手入れに関しては先に目を通していて、注意するべき点だけ再度教える事にした。
「道具の手入れに関しては特にない。だから薬草の知識方面から入る」
「「「はい」」」
「まず最初にロデス草からだ」
エリクは不安そうに、ララは何となく自信ありげに、ロラは「どうにでもなれー」的な表情。
「ロデス草は頭痛止めとして使う薬草だけど、これは加工を行う必要がある」
エリクとロラは間違えたのか、雨でも降ってきそうな雰囲気になってしまっている。
「ロデス草はそのまま飲んでも効果はある。ただし、ただでさえ水分を多く含む土で育っているから、水で飲んだ場合は初期の頭痛にしか効果を示さない。
そこで乾燥させて水分を抜かせて、成分を圧縮させる。乾燥させたら粉末になるまで小鉢で潰す。粉末になったら、普通に水で飲むだけで問題なし。エリクとロラ、ちゃんと覚えておけよ」
言葉だけの説明だと分からないかもしれないから、黒板に説明したのと同じ事を書き出した。2人はすぐさま書き写しを開始する。
「次にミキリ草の答えだが、これはロラだけが正解みたいだな。言ってみろ」
「毒が体内に入った時点で飲むでーす。飲むと一時的に毒を中和する成分が出まーす。また飲み込む事が無理でも、噛んでいるだけで効果はあるー。です」
「正解。補足を入れると、ミキリ草は全ての毒に対応している訳じゃない。それに中和効果は個人差はあるけど、最短で1時間。
この1時間を経過すると、中和できなくなって毒が全身に回り始めるから気を付けるようにな」
「「「はーい」」」
「それじゃ、次のデヘレ草。説明できるなら挙手」
エリクは覚えていない様子。ララは顔を赤くしながら挙手し、ロラはニヤニヤと笑いながら手を上げた。
「2人同時に説明」
「「デヘレ草は、その匂いに魅了効果と媚薬成分が入っています」」
「正解。それじゃどう使うか答えられるか?」
ロラがニヤニヤ笑いを浮かべたまま答えた。
「1度乾燥させてから、水に浸して別の薬草と混ぜ合わせて成分を抽出すると魅了薬になりまーす」
「ふ、フロン草と一緒に使います。乾燥させて粉末にし、それを混ぜ合わせて燃やすと即効性と持続力の高い媚薬になります。また、粉末にした状態で飲み物に混ぜても媚薬として使えます」
何となくララから微妙な雰囲気が撒き散らし始めたような。エリクが顔を赤くしながら、ララとロラの2人に視線をチラチラと向ける。うん、雰囲気を変える必要があるので次の問題に行こう。
「正解。次の薬草はクルル草だ。これは騎士団や冒険者にとって、生死を分けるような場面にも使われる。その理由はどうしてか」
「はい!」
クルル草と聞いただけで、エリクは元気よく挙手。どうやら自信があるようだ。
「エリク」
「一時的に痛覚を麻痺させます。これによって、痛みで動きが鈍くなるのを避ける事が可能となります。一撃で倒せる場合や、負傷によって離脱しようとした時に痛みで立ち止まる事がないように出来ます!」
「正解。使ったことでもあるのか?」
「兄が冒険者をしています。何度かクルル草のお陰で危機を脱する事が出来たと話してくれました」
「そうだったのか。今の答えでも十分だけど、注意点が抜けているな」
ララとロラは「この前、そんな事を言っていたよねー」と見事にハモりながら呟いていた。
「注意点?」
エリクは2人の呟きなど気付いていない様子で、首を傾げながら俺を見てくる。
「クルル草によって痛覚を遮断できるのは、およそ30分のみ。作用時間が切れると、その直後から痛みが戻ってくる。一時的に痛覚を麻痺させた状態だと、今まで以上に痛みを感じて気絶する場合もあるんだ」
3人は困ったら使えば良いじゃん、的な表情から使うタイミングを考える必要があると意見を揃えた。
「さて、次は魔獣材料の方だな。ここからは――」
順調に答え合わせは進んで、必要と判断した場合には黒板に説明を書くなどして3限目は終わりとなった。俺は復習を忘れないようにと言って、職員室に戻り帰宅準備を済ませる。
そしてアルフォンスが御者をしてきた馬車に乗って、屋敷へと帰宅した。




