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14話『石眼』

 陽は落ちた。早くも街灯が照らす街の中で、本日最後のラスターを潰す。


「【左眼変質(ブレイク)】『(せき)(がん)』!」


「【右腕変質(ブレイク)】『(くう)(そう)』」


 動きを止めたラスターの胸部を空気の槍が消し飛ばし、溶けるようにして残りの部位も消滅していった。

 今日は十三体もラスターを倒したからか、押し寄せる疲労に息を吐く。

 夢宮はラスターが消えるのを最後まで確認すると、こちらへ振り返り労いの言葉を掛けてきた。


「お疲れ。やっぱり日に日に増えてきてるわね。昨日と比べると一体しか違わないけど、最初の頃と比べれば十体近くも増えてるし」


 話しながら連れ立って中央公園に向かう。特に決めたというわけでもないのだが、何故か解散するのは集合場所の公園でということになっている。


「そりゃあ前と比べて見回り時間が増えたから……、いや、ちょっと待て。そういや、今まで疑問に思わなかったが見回り時間外にラスターは出なかったのか? 時間外にラスターが出たら電話で呼び出すとか言ってたような気がするんだが呼ばれたことねぇぞ」


「あー……、明け方とかにはたまに出たりしたけど」


 気付かれたか、といった様子で唸る夢宮。


「じゃあなんで」


「まあ、本来は私の仕事なわけだし? さすがにこれぐらいは自分でしないとね。それにあんた、明け方に電話しても絶対すぐ起きないでしょ」


 その言葉で思い起こされるのは、初めて見回りをした次の日の学校。そういえば、寝不足で授業中爆睡してたな。もしかしてあれのせいか?

 だとしたらそうだな……。


「気を使わせて悪かったな」


「別に気を使ったなんて言ってないけど? そうよ、むしろノロマを待たなくていい分楽だったわよ!」


「なにキレてんだよ、こえぇな……」


 怒りの沸点が読めない夢宮に恐怖を抱きながらも、雑談交じりに歩いていると中央公園が見えてきた。

 薄暗い公園の前まで行くと夢宮はスマホを見て言う。


「午後八時二十分。ちょっと時間オーバーしたけど、これで今日の見回りは終わりね」


「おう、そんじゃあまた明日な」


「ええ、明日もまたいつも通りの時間に」


 適当に返事を返し、帰路に着く。




 今日もまた、いつものような会話にいつも通りのやりとり。何一つ変わりなく、何一つ違いのない夢宮だった。

 ああ、だからこそ俺は、────夢宮が怖い。


 ラスターは人かもしれないと告げた。ならば俺達のやってきたことは人殺しになるかもしれないと夢宮は言った。なのに。

 だというのに、夢宮は変わらず、少しのブレもなくラスターを屠っていた。

 もちろんラスターは殺さなくてはならない。野放しにしていれば被害は増える一方なのだから。でもそれとこれとは話が違う。


 例え話をしよう。通りすがる人全てを殺す殺人犯がいたとする。それを止めるには殺人犯を殺さなくてはならない。そして殺しても罪には問われないとして。

 殺す役に当てられた人は、すぐに割り切って殺すことができるだろうか。


 俺には無理だ。今でこそ『ラスターが人かもしれない』と頭にあっても夢宮のサポートとしてラスターを退治できているが、それは充分に考える時間があったからだ。


 それにサポートはあくまでサポート。実際に引き金を引く者と、ただ手伝いをする者の精神に掛かる負担は段違いだろう。

 それを夢宮はその日の朝聞いた上に、引き金を引く役であるにも関わらず、いつも通り一撃で屠っていた。

 レボルスの一員としてラスターを屠り続けてきた賜物なのか、それとも。




 ざわつく胸を押さえて前を向くと、いつの間にか目前にあった我が家。最近は考え込んでばかりで嫌になるな。


 ちらりと駐車場へ視線をやると車がある。ということは親父がもう帰ってきているということだ。いらない心配を掛けないためにも気張らないと。

 玄関前で頬を叩き、気合いを入れて扉を開く。


「ただいまー」


 返事はない。親父は家にいるはずだが……。自室にでも篭もっているのだろうか?

 しかし基本的に親父は寝るまでリビングにいるはずだ。いつもなら俺より先に帰っていれば、うるせぇぐらいの大声で出迎えに来るのだが。


 まあ仕事疲れで寝ているのかもな、と適当に理由を考えてリビングへと足を運ぶ。リビングを見渡してもやはり親父はいない。ソファにもいないところを見ると、寝落ちじゃなくて自室で寝てるっぽいな。

 どうせ飯も食ってないんだろうし作ってから起こそうと決めたそのとき。


 小さな、本当に小さな呻き声のようなものが聞こえてきた。首を左右に振っても何があるわけでもなく、聞き間違いかと思った次には俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「────……石火」


 間違いない。親父の声だ。

 何か、嫌な予感がする。


「おい、どこだ? 親父!」


 あまりにも声が小さかったため遠くから聞こえているのかと思い、二階の親父の自室に向かおうと走り出すと再び親父の声がする。


「……ここだ」


 今のは後ろから、つまりリビングの中から聞こえてきた。

 振り返り、リビング中心のテーブルに視線をやる。すると何かが目についた。テーブルの足の間から物影が見える。

 早歩きでテーブルの後ろ側に回ると、そこに親父は這うような格好で倒れていた。しかしそれだけではない。


 腕が、左腕が、黒く染まっていた。カッターシャツの袖辺りまで伸びる変質の黒。それが示す答えはただ一つ。


 ──ラスター化。


「おい馬鹿親父! 何があった!? こんな……っ」


 親父の首元に腕を差し込み、そのまま仰向けに転がしながら叫ぶ。


「分かんねぇな……。気が付けば、バランス崩してぶっ倒れてた。それだけだ……」


 苦笑気味に笑いながら言う親父は更に続ける。


「まあ何も分かんねぇけどよ……。俺がやべぇってことは、分かる」


「馬鹿言ってんじゃねぇぞ!」


 カッターシャツを引きちぎり全開にすると、ラスター化の浸食はもう胸元まで迫っていた。そのままゆっくりと腹の方へ伸びていく。

 させない。

 親父をラスターになんてさせてたまるか。修一のときのような想いはもうたくさんだ。

 だから、


「【左眼変質(ブレイク)】『石眼』! 止まれ!」


 止める、止めてみせる。

 そんな願いを叶えるように、親父の動きと共に浸食が止まる。だがわずかな停止の後、再び浸食の波は動き始めた。


 当然だ。だって、俺の能力は、一秒しか止めることができない。


 こっちの焦りとは正反対に、親父は穏やかな面持ちで口を開く。


「あー……、とりあえず生命保険もあるし、お前が、大学に通うまでは、遺産込みで、足りるはずだ……」


「黙れよ! そんな今際の際みたいなこと言うんじゃねぇッ!」


 頭に血が昇っていることを自覚しつつも、思考を止めることはない。

 考えろ……、考えろ、考えろ! ラスター化を止めるには何がある? 俺の能力はまだ残り四十秒近くのインターバルがある。他に打つ手は!?


 思い出せ、今までの全てを! ラスターについて知っていたのは誰だ? 夢宮と黒ヘルメットの二人だ。その二人のどちらかが有力な話を零していなかったか?


『まず認識を共有しておかないと話が進まないから、とりあえず大枠だけ説明しておくわ。化け物というのは全身黒色の人型生物。これは遭遇しているあんたなら分かってるわよね?』


 違う。


『人が化け物になる理由。その全ての根源は能力にある』


 違う。


『化け物は全部が全部同じ形をしているわけじゃない。大体は似ているけど、腕がやたら大きかったり、足が大きかったりという個体差が存在する。大きい部位が基本的に化け物の武器だから気を付けて』


 全然違う!


 記憶を端から端まで洗っている、その最中でも親父のラスター化は続く。もう腹部の方まで黒色は伸び切っていた。まだ首から上に伸びていないのがせめてもの救いか。


「あと、俺の部屋にあるもんは、適当に、質に出して、構わねぇ、から……」


「うるせぇっつってんだろ!? 『石眼』! 止まれェ!」


 インターバルを終えた『石眼』をもう一度放つ。だが、やはり一秒の後、浸食は再開される。

 クソ、なんで俺は能力を使用してもラスター化しねぇのに親父は──!

『あの注射は、その細胞を抑制するものだ。能力を使っても化け物へと変質しないようにするためにな』


 ……思い出した。そうだ、黒ヘルメットは確かにそう言っていた。ただし適合しなければ死んでしまうとも。だが今はそんなことにこだわっている場合じゃない。

 それにそもそも、俺に適合したんだぞ? 親父に適合する確率だって高いはずだ。


 慌ててズボンのポケットからスマホを取り出して、登録だけはしておいた黒ヘルメットの番号へと電話を繋げる。

 急げ、早く出ろ……! 早く、早く、早く!

 俺の祈りが通じたのか否か、三コール後に黒ヘルメットの声が聞こえてきた。


『なんだ、ようやく私の話を信じる気に──』


「俺のことを調べたんなら住所は知っているな!? 細胞を抑制する注射だとかいうのを急いで持ってきてくれ! 頼む!」


『いきなり何を──』


 黒ヘルメットが何か言っているのを遮って要件を叫び、返事さえ聞かずにスマホを床に放り投げた。

 そんな俺に構わず親父は話を続ける。


「あー……、でもアルバムぐらいは、残しといてくれよな……。他は、お前に全部任せるよ」


 ラスター化の象徴である黒色は、もう腹部を覆い尽くしている。だがまだ全身を覆っているわけではないんだ。

 間に合う、まだ救える! 修一のときのように、同じ過ちを繰り返すわけには……、いかないんだよッ!


「『石眼』!! 止まれッ! 止まれェェェェエエエ!!」


 インターバルさえ終わっていない『石眼』が発動するはずもない。そもそも発動したとしても気休めにもならない一秒だ。

 なのに。

 そのはずだったのに。


「【左眼変質(ブレイク)】『石眼』ッッッ!!」


 何かがひび割れるような乾いた音が鳴り、視界が黒く濁っていく。同時に能力が起動する感覚が伝わってきた。

 これはつまり、一分間のインターバルを克服したということか? だが、不思議なことが二つある。


 まず一つ。一秒が過ぎても、まだ能力が起動している感覚があるということ。

 二つ。能力が起動しているのにも関わらず────、



「石、火? どうしたんだ?」



 ────親父が動いている、ということ。

 もしもインターバルも一秒制限も克服したのだとしたら、これは絶対におかしい。何が起きている……?


「おい! ズボンを脱がすぞ!」


 そもそもこの感覚自体が勘違いで実際は能力が使われていない可能性が現状では最も濃厚だ。

 そしてラスター化は腹部を越えてその先に進んでいる。今までの浸食速度からすればもう膝付近まで黒色になっていて間違いない。だからこそズボンを脱がせ、浸食具合を確かめた、そのはずだった。

 だが。


 そこにあったのは、青色のトランクスから伸びる毛だらけの肌色。おっさんらしい生足しか見えない。つまり、浸食が止まっている、ということだ。


「おいおい……。ここにきて自分の能力さえ訳が分からなくなったぞ……」


 思わず呟きが漏れた。

 左手を眼に当てようとして、やめる。まだ能力が続いている感覚は健在。親父のラスター化も止まったまま。ここで自分の視界を遮ることで何が起きるか分からない以上、しないに越したことはない。


「石火……、大丈夫か? お前、眼が……」


「ああ、黒くなりっぱなしだって言うんだろ? 大丈夫だ。親父はなるべく安静にしててくれ」


 いつ親父のラスター化が再開されるか分からないんだからな。

 瞬き一つせずに何分経っただろうか。左眼に何故か鋭い痛みが走り出した頃に。


「間に合ったか」


 黒ヘルメットは現れた。

 玄関をこじ開けたとかそういうことではなく、本当に俺の真横に突如現れたのだ。出現したと言い換えてもいい。


「やはりお前の能力は…………。いや、そんなこと、今はどうでもいい。とにかく親父に注射を頼む」


「ああ、そのために能力全開で来たんだからな。ただ一つ言っておくぞ」


「適合しなければ、って話か。覚悟はできてる。だから」


 俺の言葉に、黒ヘルメットは一つ頷きを返して懐から銀色のケースを取り出した。そのケースの中から注射器を取り出し、親父の元にしゃがみ込む。

 黒色に染まったのとは逆の、まだ無事である右手の方に注射器を挿し込んだ。

 ぐぐっと注射器の中の液体が減っていくのを見ながら、自然と拳に力が入る。もしも適合しなかったら、もしもここまで進行してしまった者には意味を為さなかったら。


 そんな頭の中を駆け巡るイフの可能性を掻き消しながら祈る。

 親父はこんな俺をここまで育ててくれたんだ。それにこんな俺でさえ適合したんだ。だから、だから、だから!

 失敗するなんてそんなわけが────!


 能力酷使の影響か、それとも緊張感が一気に高まったからか起きた目眩に眼を閉じる。

 割れるような頭の痛みに顔を顰めたその瞬間、能力が解けてしまったことを理解する。


「ぐっ……! 親父は、どうなった!? 俺の能力が解けたってことはラスター化が進み始めるはずだ! 早く注射を挿せ!!」


「落ち着け、もう注射は終わっている」


「じゃあ、親父は……!」


 黒ヘルメットはゆっくりとこちらへ振り向き、落ち着いた様子で言った。


「──成功だ。注射を打って一分、異常が起きていないところを見ると適合したと言っていいだろう」


 その言葉を聞いて、ようやく緊張感の糸が切れる。大きく息を吐き、床に腰を落ち着けて安堵した。


「ところで」


 俺を見下ろしながら声を掛けてくる黒ヘルメットに、眼を押さえたまま返事をする。


「なんだ?」


「『私の側に付く気になったら電話を寄越せ』、私はそう言ったな? そしてお前は電話をした。そういうことでいいんだな?」


 確かに電話番号を渡されたとき、そんなことを言っていたな。焦りに焦って何も考えずに電話をしたが、なるほど。


「見返りってわけか」


「別にそういうわけじゃない。その返答を聞く限り、特に考えず電話を寄越したみたいだな。ということはまだ俺を信用できないということか」


「……そうだな。まだお前を完全に信用できるとは言えない」


 そうか、と漏らし俺の横を通り過ぎ玄関口の方へ歩き出そうとする黒ヘルメット。俺はそちらに振り返らないまま、口を開く。


「だが、──恩はある。お前の名前は?」


 黒ヘルメットの足音が止まった。そのまま幾秒かの静寂を迎え、返答がくる。


「……安藤(あんどう)(かなめ)だ」


 立ち上がって、黒ヘルメット、いや安藤の方へ振り返り手を差し出した。


「安藤、お前の側に付こう。当然おかしな真似をしたら寝首を掻くがな」


 いつかの時とは正反対のシチュエーション。あのとき、俺はこいつの手を取らなかったが、しかし、安藤は。


「……よろしく頼む。お前の力を借りるぞ」


 俺の手を取った。

 その黒い革手袋の感触を受け止めた、そこで。


 俺の意識は途切れた。

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