UNKNOWN
探偵倶楽部部員沢村かごめは、黒い手帳に何やら書き込んでいる。どうやら書ききれなくなった手記を、新しい手帳にまとめているらしい。近年さまざまなデバイスがある中で、あえて手書きにこだわっているのは、単にお手軽であるからだ。
一方部長の大崎レイは、部室に来た時からどうもにおかしい。いつもおかしいが、今日は特におかしいと、かごめは感じていた。右に歩いては難しい顔、左に行ってはにやけ顔と、かごめが訝しむのも無理はない。大きくもない探偵倶楽部の部室で、目の前をうろうろされては作業に集中できない。落ち着きのない大崎を目で追いながら、かごめは尋ねるのだった。
「部長、コーヒーでも淹れましょうか?」
かごめの問いかけに、大崎は立ち止まり顔を上げた。
「ああ、いや、僕が淹れよう」
大崎は、コーヒーを淹れに行くのかと思いきや、かごめに対面する椅子に腰かけた。小首を傾げるかごめをしり目に、大崎は手鏡を取り出し、前髪を弄り始めたのだった。
「部長?」
かごめの知る限り大崎は、人前で髪型を気にする性格ではない。もちろん年頃の男子ならば、気にして当然なのだが、大崎に関してはこの時点で異常だ。かごめとの会話どころか、対面しているかごめの存在すらも、忘れてしまっているように見受けられた。
「部長?……。部長!?」
悲鳴にも似たかごめの呼びかけに、大崎の体に電気が走った。
「ど、どうしたかごめくん?」
「どうかしているのは部長です。心ここにあらずというか、自分の世界に浸っているというか。コーヒーの事は、もうお忘れですか?」
「コーヒー? ああ、そうだったな」
コンコンッ。
大崎が立ち上がろうとした時、探偵倶楽部のドアを何者かがノックする音がした。
「来た……」
大崎は、ドアが開く瞬間を、かたずを飲んで見守った。
「誰でしょうか? もしかして依頼人?」
かごめがどうぞと言う前に、部室のドアが開け放たれた。
「よう! 大崎、来たか?」
遠慮無く、ずかずかと部室に入り込んで来たのは、小谷圭祐だった。
「小谷か」
大崎は肩を落とすと、給湯何処に向かった。
「なんだ、まだ来てねえのか? とっくに来てるもんだと、思ったんだがな」
「小谷さん、誰が来るんですか?」
かごめの問いかけに、小谷はよくぞ聞いてくれたと、嬉しそうな顔をした。
「今朝方、大崎の靴箱に、ラブレターが入ってた」
「ラブレター?」
「それが変な文面でさ」
「小谷! おしゃべりが過ぎるぞ!」
大崎が大慌てで戻ると、小谷の口を塞いだ。
「なんだよ。別にいいじゃねえか」
「かごめくんには関係の無い話だ」
瞬間、かごめが目を吊り上げた。
「部長。その手紙、見せて貰ってもいいですか?」
静かにして重い口調。漆黒に濡れたかごめの目には、嫌と言えない迫力があった。
「か、かごめ、さん?」
さっさと見せろとばかりに、かごめは手を差し出す。大崎は蛇を前にした小動物のように怯えながら、ポケットから手紙を取り出し、震える手でかごめに手渡した。
「思えかし……」
かごめは手紙に書かれた文字をなぞる。一通り読み終えると、机の上に置いてじっと見つめている。小谷の目にも、かごめの肩越しに得体の知れないオーラが見えた気がした。
「部長に心辺りは?」
「い、いや、ない。もしかしたら、ただのいたずらかも知れない」
「よく言うぜ大崎。大和撫子の心がどうとか言ってたじゃないか。いたずらだったら坊主にする約束を、忘れたわけじゃないだろうな?」
「小谷! これ以上余計な話をするなよ」
「坊主? そんな掛けをしていたんですか? 部長の先程からの奇妙な行動に、ようやく納得いきました。随分と、楽しみにしてらしたようですね?」
地獄の瘴気が満ちたような思わぬ展開と雰囲気に、小谷はゆっくりと部室のドアに歩み寄った。
「小谷さん? 何処に行くんですか?」
「へ? あ、いかんいかん。用事があるのをすっかり忘れてた。ナハハハハッ」
苦しくも笑う小谷に、かごめの視線が鋭く突き刺さる。
「この手紙、小谷さんが部長をからかう為に書いたものではありませんか?」
「そ、それは違うぞかごめちん。神に誓ってそれだけは言える」
「本当ですか? もし、そうなら……」
そうならよかったのに……。かごめの表情と体から、力と共に黒い何かが抜けた。
コンコン。
二人の男が金縛りにあう中、部室をノックする音が再び鳴ったのだった。




