初めての友人
「あなた、ガーディア伯爵令嬢ね?」
「…は、はい。そうですが…」
「ああ、突然声を掛けて、ごめんなさいね。
私は、ミランダ・ルナ・ボルドーと申します」
ボルドー?…う、嘘。
私より1学年上の侯爵家のご令嬢だわ。
え?どういう事?私、何かした?
しかも、この方、凄くお綺麗だわ。
私の憧れる…色香漂う、花の女王。妖艶なバラのような女性。
“尻尾” も上品にゆらゆら揺れている。
「わ、私っ、ライラック・エリザ・ガーディアと申します…初めましてっ」
「ええ、知っているわ。少しお時間よろしいかしら?」
放課後の図書館で、突然声を掛けられた。
今まで縁の無かった、高位の侯爵令嬢。
彼女は微笑んで、向えの席に音も出さずに静かに座った。
うわ…身のこなしが…綺麗。
「随分難しい事を学んでいるのね…それ4年生の課題だわ」
「はい、あのっ、卒業資格の単位取得の為なんです」
「まあ、そうなの。では学院には、もういらっしゃらないの?」
「はい、座学は在宅学習に移行します。
実技試験は流石に先に受けられないので、その試験の時だけ
出席する事になるかと…」
「そうなのね…なぜそんなに急ぐのかしら?」
「領地経営と管理を学びたいのです。
私、伯爵家の跡取りで…後継ぎも必要ですから、婿取りはするのですが、
その方に領地経営と管理も補助程度のお手伝いはしていただきますけど、
基本、私が領主としてやって行く事になると思いますので…」
「偉いわ、伯爵家の事を思ってのことなのね」
「いいえ、当然の事をしているだけです」
「当家は兄が後継だし、私は次女だから誰かに嫁ぐことになるし、
そんな責任感を背負ったこと無かったもの…立派な心がけだわ」
「え、あ、ありがとうございます…」
本当に綺麗な方だなぁ…
でも、何で急に私に話しかけてきたんだろう。
「それで、あの…少し聞きたいのだけど…」
あれ? “尻尾” が急に忙しなくパタパタし始めたわ。
「は、はいっ」
「お父様の再婚で…騎士のリアム様がお兄様になったでしょう?」
「あ、はい」
そっちかー…
デイジー男爵令嬢に引き続き…リアムお兄様モテるなぁ。
彼に近づきたい令嬢に利用される私にとっては、迷惑極まりないけど。
私が一瞬顔を硬らせたのに気がついたのか、
彼女は両掌をこちらに向けて、狼狽しながら手を振った。
「ち、違うのよ、下心があって、あなたに近づいたんじゃないの。
先日、婚約を断った方に絡まれて困っていた時に、彼に助けて貰ったの。
お礼をしたいって申し出たのだけど…お断りされて…
名前は何とか教えて貰ったのよ。
そして、同じ学院に義理の妹のあなたが居たので…その…それで、
お礼を渡して貰えないかと思って、お声がけしましたの」
「そう、だったんですね。私で良ければ、お兄様に渡します。
リアムお兄様は、騎士ですし仕事でやったことなので、
多分そんな風に言われたんだと思います」
「ええ…それでね…これも何かの縁だと思うのよ…良ければ、その…
私と友人とまでは言わないわ…知り合いになって貰えないかしら?」
「え…私と、ですか?」
「ええ、ガーディア伯爵令嬢さえ良ければ。
以前から、あなたの事…よく見かけていて、可愛いなって思っていて…」
「…あ、…えと……わっ、私で良ければ…」
「本当?ありがとう。これからよろしくね。
放課後は、いつも図書館にいるの?」
「はい。自習するので…」
「お昼のランチは?食堂に行っている?」
「いえ…サンドウィッチ持参で、中庭で食べています」
「そう、良ければ今度一緒にどう?」
「は、はいっ、是非!」
“尻尾” は忙しなくあっちへパタパタ、こっちへパタパタ。
緊張しながらも、誘ってくださったのだ。
食堂は、みんな連れ立って食べる人が多く、
テーブルも複数人用ばかりで、一人で食事するには肩身が狭いのだ。
だから、私は食堂でのランチは避けていた。
でも、ランチセット美味しそうなんだよなぁ…
温かい食事を食べられていいなぁとは、思っていた。
ボルドー侯爵令嬢から、リアムお兄様にとお礼の品を手渡され、
今度から、私たちはランチを一緒にして、放課後は図書館で会う事になった。
これは…リアムお兄様に感謝だわ。
初めて同性の友人が、出来そうなのだ。
* * * * * * *
「何?これ」
「ボルドー侯爵令嬢のミランダ様からのお礼の品です。
リアムお兄様にって、渡されました」
「ボルドー…ああ、あの美人さんか」
「助けていただいた、お礼だそうです」
「へー、ありがと。…何でライラックちゃん嬉しそうなの?」
「ボルドー侯爵令嬢と知り合いになりました。
ランチも一緒に食べることになって、放課後も図書館で一緒しますの」
「ふーん、友達になったんだ?」
「まだ、そこまでは行ってませんけど…なれるかも知れませんわ」
「そっか、良かったね。お?革の手袋だ…」
「綺麗な青ですね。リアムお兄様の瞳の色と同じです」
「流石、侯爵家だなぁ…上等な品だよこれ」
嬉しそうに微笑んでいるけど、
相変わらず “尻尾” はピクリともしない。
「モテますね、リアムお兄様」
「ああ…騎士とかやってると、格好良く見えるんじゃない?」
「嬉しくないんですか?」
「こういうモテ方は、ライラックちゃんは嬉しい?」
「…感謝されるのは、悪い気はしないですけど…」
「俺の側だけ見てるんだよ。この顔をね。ご令嬢方は」
リアムお兄様は、自分の頬に指でトントンして不敵に笑った。
そして彼の “尻尾” は、突如乱暴に動き出した。
ヒュッ、バンッ‼︎
ヒュンッ、バシンッ‼︎
何度も何度も、“尻尾” を振り上げて、床を力一杯叩いている。
これ…怒ってる? 多分、苛立っている動きだ。
少なくとも、いい感情ではない。
「どうしたの?ライラックちゃん。俺の後ろに何かある?」
「い、いえっ。少しボーとしてしまって…じゃあ私、失礼しますね」
「うん。これ、ありがとねー」
平静を装い、足早に自分の部屋に戻る。
やっぱり私…リアムお兄様が怖いわ。
* * * * * * *
伯爵邸の図書室の広い机の上で、教科書と参考書とノートを広げ、
貴族学院の卒業資格の単位取得の為に、猛勉強中だった。
そして、雑然とした机の上で問題が解けなくて、頭を悩ませていた。
あー、数学難しい…積分苦手だわ…
「ライラック?」
「あ、ルイスお兄様。ごめんなさい、図書室使います?」
「いや、本を返しに来ただけだよ。頑張ってるね」
「はい、もうすぐ卒業資格の単位取得試験なので…
でも、ちょっと行き詰まってしまって…苦手なんです数学…」
「ああ、積分か。ここは置換積分で解くんだ」
「えっ⁉︎ あっ…こう…で、こう?」
「そうそう、ほら解けた。呑み込みが早いなライラックは」
「ルイスお兄様、凄い!ありがとうございます!」
「他に困ってることある?よければ教えるよ」
「本当ですか?でも、お忙しいのでは?」
「ほら、あの植物図鑑のプロジェクト、無事通ったから、
他の担当たちに交代で、今材料や資料集めにシフトしているんだ。
それがある程度集まったら、また地道な付与作業があるけど、
それまで俺たち魔術師は、余裕があるんだよ」
「そうなんですね、おめでとうございます。
では、お言葉に甘えて…この辺も教えていただけますか?」
「いいよ、どこ?」
ルイスお兄様の “尻尾” は、ずっとフワンフワン揺れている。
彼は教えるのが上手くて、分かりやすくヒントを出してくれて、
そして、解けると凄く褒めてくれるのだ。
「り、理解できました!ルイスお兄様、ありがとうございます」
「ライラックが、頑張ったんだよ」
「いえ、私、変な所を気にしすぎて、頭が固くなっていたんです。
ルイスお兄様のおかげで、柔軟な考え方が出来て、視野が広がり、
苦手な数学が大体理解できました。今日は良く眠れそうですわ」
「…ん?もしかして、睡眠時間削ってたの?」
「す、少しだけです…」
「ダメだよ。睡眠不足は、集中力や記憶力が低下するし…体や心にも悪い」
「は、はいっ!数学打破出来たので、ちゃんと寝ます」
「俺も、無理して働きすぎて、結果ミスして、
凄く周りに迷惑かけたことがあるんだ。
それから、睡眠はキチンと取るようにしてる」
「分かりましたわ。約束します」
「ははっ、素直で可愛いな、ライラックは」
ルイスお兄様は、ふんわり微笑んで、
手を伸ばし、私の耳の上あたりの髪を撫でた。
ドクン…
心臓が大きく鼓動を打つ。
そして、銀色の瞳としばし視線が合った。
あら?…何かしら…これ…
…何だか照れくさい…心臓も煩い…
私は我に帰り、目を逸らして手元の参考書を掴んだ。
「さ、参考書片付けなくてはっ…」
「俺も手伝うよ。もうすぐ夕食の時間だ」
「そ、そうでした。今日はお父様もご一緒するので、遅刻できませんわ」
ゴソゴソと書籍を片付け、本棚に仕舞う。
な、何だったの…今の…
ルイスお兄様も、書籍片手に次々本棚に戻してくれる。
姿勢良く本を仕舞う美しい仕草に、思わず見惚れてしまう。
見た目の派手さと目立つ職種で、リアムお兄様の方が注目されがちだけど、
ルイスお兄様、素敵だわ…落ち着いているし…上品な色気がある。
「ライラック、その本も貸して。上の方の棚だろう?」
「は、はい。でも梯子持ってくれば、自分で出来ますわ」
「いいから、ほら。俺は届くから」
「で、ではお願いします…」
ルイスお兄様に本を手渡す。
スラッと背の高いルイスお兄様は、難なく本をコトンと仕舞った。
背が高いと便利だわ…羨ましい。
「ああ、そうだ。“冬至祭” には参加するかい?」
「あ、そうですわ。そろそろでしたわね…」
「俺、最後の催しの魔法で花火を打ち上げる担当なんだ。
良かったら、ライラックも一緒に参加しないか?
試験終わった後だし、頑張ったご褒美に案内するよ」
「ほ、本当ですか?ぜひ行きたいです‼︎」
「よし、決まり。片付いたね。食堂に行こうか」
一緒に廊下を歩きながら、私はドキドキを隠すために話を続ける。
「あ、そうだ、私、同性のお友達が出来そうなんです!
ランチの約束もしたんです」
「そうか、良かったね。ライラック」
ふんわり微笑むルイスお兄様は、“尻尾” がゆらゆら優雅に揺れて、
窓から入ってくる夕日を背にした姿は、絵画のように美しかった。
夕食時に、ルイスお兄様と “冬至祭” に参加すると報告すると、
お父様とミュレルお母様は、凄く喜んでくれたが、
リアムお兄様は、黙って “尻尾” を振り上げて床を叩いた。
ヒュンッ、バシンッ‼︎
ヒュッ、バシッ‼︎
私は一応リアムお兄様も誘ったが、
その祭りは、仕事で警備する事になっているからと断られた。
表面的には、気にしていない風だったが、
“尻尾” は、何度も何度も、床を力一杯叩いていた。




