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14  やり直せた幸福

これで最終回になります。読んでいただきありがとうございました。

 この頃アレクシアに避けられている。何か気に障るようなことをしたのだろうか。セドリックは妻が恥ずかしさのあまり、無意識に距離を取とっているとは思ってもみなかった。


思い余ったセドリックは許可を取り、夕食後アレクシアの部屋を訪ねることにした。

扉をノックすると中から返事があった。


「セドリックです、少し良いでしょうか」

「はい、どうぞ」


夜の帳が降りたアレクシアの私室は、中央に艶のあるマホガニーのテーブルセットが置かれ奥の方に化粧台と天蓋付きのベッドがあり、花が何ヶ所か飾られている華やかで女性らしい落ち着きのある部屋だった。


「入っても構いませんか」

「どうぞ、ソファーにお掛けになってください。メアリーにお茶を用意させますわ」


侍女がさっとお茶を淹れ、部屋を出て行った。


「このところ貴女に避けられている気がするのですが、私は何か失礼なことをしてしまったのでしょうか」


貴方の色気が凄くてなどと口に出来ないアレクシアは何と答えればいいのか言い淀んだ。

セドリックは答えを聞くまで部屋から出て行かないつもりらしい。


「あ、あの、貴方の口説き文句に慣れなくて」


「以前の私は甘い言葉を囁かずに結婚生活を送っていたのですか?こんなに美しい人と暮らしていたのに?そうなら殴ってやりたいです」


「口では言われなくても態度が伝えてくれていましたので安心していたのです。

貴方はそういう方なのだと思っていましたので。

それに初めてお会いした時、貴方に一目で心を奪われたのは私ですわ。

一方的に好きになって父に話を纏めてもらうよう頼んだのです。圧倒的にこちらの片想いだと思っておりました」

最後の方は恥ずかしくて小さな声になってしまったがアレクシアはどうにか言い切った。




「では、嫌われた訳では無いのですね。あ~良かったです。嫌われたら生きていけないところでした。

帰って来て貴女を見た時から私の女神はこの人だと思いました。きっと出会った時に好きになったのは私の方です。

それなのに不安にさせて泣かせたのかと不甲斐なくて、帰還した時にあんな言葉を口にしてしまい申し訳なく思っていました。敵に隙を見せ、傷つけてしまった情けない私を許してくださいますか?」


「あれから敵の証拠を掴むために動いてくださったのですよね、ならばもう許します」


「それは泣かせたのですから当たり前のことです。人しては勿論夫として許されたいのです。口説いて貴女の心を手に入れたい、もう一度私に恋をしてもらいたいのです。駄目でしょうか?」


いつの間にかセドリックのぞくっとするような声が耳の側で響いてきて、アレクシアはくらっとした。

この声と顔にアレクシアは昔から弱かった。腰が砕けそうになったことを思い出した。ベッドの上で囁かれると何でも言うことを聞いてしまったのを思い出した。

いつの間にかセドリックがアレクシアの前で跪いていた。見上げている目は熱を持っていて妖しくなっていた。




今日のところはキャパオーバーだ。何とか体制を立て直しウイリアムのことに話を持っていった。


「ウイリアムに会ってやってください」


「ありがとう。嬉しいです。いつも遠くから見ていて、抱いてみたかったんです。父さまだよと言いたかった」

セドリックの目から涙が溢れそうになっていた。


「ごめんなさい、貴方の当然の権利を奪っていました」


「やり直せることが出来るなんて思っていませんでしたから、奇跡のようです。とても嬉しいです。そんなことは気にしないでください。元はと言えば私の甘さが招いたことですから」


「戦争という異常事態と記憶喪失が重なって、貴方がどこで癒しを求めても我慢するつもりでした。けれど愛しい人がいなくなってしまったようで、苦しくて仕方がありませんでした。だから忘れようとしましたの。貴族の妻としては毅然としていなければなりませんでしたのに、ごめんなさい」


「そんな悲しいことを言わないでください。貴女が私を想ってくださったのが分かってこんなに幸せなことはありません。もう一度貴女を口説くチャンスをください。私は貴女しか愛しませんし、生涯貴女だけだと誓います」

そう言うとアレクシアの手を取って指先にキスを落とした。愛しい人は真っ赤になって俯いた。








 アレクシアと一緒に子供部屋にウイリアムに会いに行くと最初はコテンと首をかしげていたが、父さまだよと言うと、本能で父だと分かったのか

「とうちゃま」

と呼んでくれた。

「可愛いウイリアム、これからたくさん遊ぼうね」

「遊ぶ、遊ぶ、お外行こう」

ぷくぷくの手を伸ばしてきたウイリアムをセドリックは危なげなく抱き上げた。

目線の高くなったウイリアムはびっくりして目を丸くし、きゃっきゃっと笑った。

「とうちゃま高いね」

「ああ、高いね。外に行こうね」


後ろから付いていったアレクシアは親子の幸せそうな姿に、込み上げるものを我慢した。振り返って母を確認したウイリアムが

「かあちゃまも一緒ね」と言ったので泣き笑いのような顔になってしまった。





それからは執務の間に外でウイリアムと遊ぶのがセドリックの楽しみになった。

三人で公園に行ったりピクニックに行くのは恒例のことになった。







 セドリックは離れかけていたアレクシアの心を猛烈なアタックで落とし、夫婦としてやり直すことが出来た。

ウイリアムを義父母に預けて観劇に出かけたり、夜会に行くときは有名なドレスメーカーで自分の色のドレスを作り、妻の美しい姿に見とれ傍を離れようとしなかった。




記憶は二年後のある日突然に戻ってきた。

初めて会った日から結婚式のことやデートに行った場所まで思い出し、アレクシアを抱きしめてくるくると回って喜びを爆発させた。


その後ウイリアムに弟や妹ができたのは自然な出来事だった。ハサウェイ伯爵家は賑やかな笑い声の絶えない家になった。







「お姉さま、幸せそうで良かったですわ。あの時はどうなる事かと心配しましたのよ」

今日は久しぶりのメロディの里帰りの日だ。


「ありがとう、幸せでずっと昔の事のようだわ。

あの人を忘れなければと思ったときは世界が終わったと思ったけど、皆のおかげで助けて貰って、今日という日があるのだと思っているわ」


「ごちそうさまです。お姉さまの初恋の人ですものね。お義兄様もでれでれですものね。まだ春なのに暑くなってきたわ」


「姉をからかうものではなくてよ。アンソニー様も良い方で幸せそうじゃないの。私たちは本当に恵まれているわね」


そこへ六歳になったウイリアムが弟妹と従兄妹達を連れてやって来た。


「母様、おやつを頂きに来ました」


「良いわよ、メアリー皆におやつの用意をお願い。ウイリアム皆に手を洗わせてね」


「はい、皆手を洗いに行くぞ。兄さまに付いて来て」


「「「は~い、今日のおやつは何だろう。たのしみだな」」」



「ウイリアムが頼もしいから助かるわ」


メロディが微笑みながら姉に向かって呟いた。アレクシアも穏やかな幸せを噛み締めていた。


その時東屋に近づく足音がした。愛しの夫だった。


「ごきげんよう、お義兄様」


「ようこそおいでくださいました、侯爵夫人。お元気そうですね。僕の悪口を言ってたのですか?直ぐに失礼するからお茶の仲間に入れて貰っても良いでしょうか」


「どうぞそこにお掛けになって」


メアリーがさっとお茶を淹れて後ろに控えた。


「愛する家族の姿を見ながらのお茶は格別です。せっかくの姉妹の語らいの場に無粋にお邪魔しました。お許しください。ではごゆっくり」


お茶を飲むとさっと仕事に戻って行った。

「義兄様って雰囲気がすごく柔らかくなったわね。家族限定みたいだけど。社交界では氷のナイトと呼ばれているのよ」


「そうなのかしら、いつもあんな感じなのだけど」

メロディは姉夫婦の今までを思い出し姉に笑顔を向けた。


暖かな春の日のことだった。






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