49話 正義と正義
これでは説得は無理だ。というか説得が通用する状態はもう通り過ぎている。
今は大人しくさせるのが最善策か。俺は放たれ続ける弾丸を避けながら椅子と椅子の間を潜り抜けていく。
「止めるなら容赦しない!安心してくれ!ここは防音だから拳銃の音で駆けつける兵士もいないだろう!」
「ここに来たのは俺たちを誘い込むためですか!」
「昨日の夜、ヤコウさんが僕に会いに来たんだ」
「え?」
俺は身体を椅子の背につけながらレイ団長の話を聞く。カチャリと音が鳴ったのは弾を交換したのだろう。
「彼は機密書類を奪われてからずっと僕を見張っていたらしい。そして君と同じようなことを言っていた。でも僕は拒否した。そしたらなんて言っていたと思う?」
「わかりません」
「ならば明日、オレの狼がお前に飛び掛かるだろう……だってさ。まさかその狼がヨザクラくんだったとはね!」
風を切る音が耳元でしたと思えばオレの目の前の椅子に銃弾が抉り込む。
銃の扱いも天才なのかこの人。クロバラ先輩に負けない射撃センスだ。
ここは下に降りるように椅子が段になっている。そしてステージは最前列より高めの位置。下に行けば行くほど狙いは定まりやすくなる。
本気のレイ団長ならいくら俺でも容赦なく貫こうとしてくるだろう。
「ヤコウさんなら無理矢理にでも僕から取り上げることが出来たはずだ。でもそれを敢えて君に託した!君は感情を制御できずハニトラもままならない可愛い子だが戦闘面で本領を発揮することを知っている!」
「…………」
「仕事を遂行したいのなら飛び掛かってみろ。狼」
レイ団長は俺が思っているより強い覚悟を持っている。色んなことが曖昧で生ぬるい俺とは正反対だ。
でもその言葉で、その声で決心がついた。貴方を救うためには同じ熱量で向き合わないとダメだと。
「言っておきますが」
俺はゆっくりとしゃがんでいた身体を上げる。
「俺は飛び掛かるだけでは終わりませんよ」
その瞬間、俺に向けて弾丸が放たれた。しかし俺は直立の体勢で抜刀し真っ二つに斬る。
レイ団長の目が一瞬見開いた気がした。
「アハハ。いいね。その姿、メイにも見せてあげたいよ」
俺は椅子の笠木に片足を乗せて蹴り上げる。空中にいる間も無慈悲に銃弾は飛んでくるが1つ1つを丁寧に叩き斬った。
そして下側の椅子に着地し、すぐさま横へ移動する。レイ団長がステージ上から動く気配はない。真っ向勝負を挑んでくれるつもりだ。
意外と真面目なところあるんだよなと俺は口角を上げる。
そんな俺の表情にイラついたのか次々に引き金を引くレイ団長だが俺に掠ることも貫通することもなかった。
「チッ」
するとレイ団長は視線を俺ではなく別の場所に向ける。しかし特に何もすることなく片手で拳銃を操っていた。
違和感を持った俺だが着々と近づく距離により神経を研ぎ澄ませて加速する。
次々に椅子を足場にして放たれる弾丸の数と目の動きを増やしていった。
いつも錆人を取り締まるだけなのでこんな戦闘はいつぶりだろう。
「いいな」
場違いにもそう呟いてしまうほど俺の心は躍っていた。
弾丸が1つずつスローモーションで俺へ撃ち込まれていく。それを素早く正確な刀捌きで斬った。
そしてそれは弾丸だけが対象ではなかったようだ。
俺が最前列の椅子の笠木に乗り移ろうとした時、レイ団長は試験管を取り出して投げつける。すぐさま火薬を使うための油だとわかった。
このままでは俺の着地と同時に足にぶつかるだろう。割れて弾け飛べば服の広範囲に染み込んでしまうはずだ。
ならタイミングをずらせばいい。
弾丸を斬った後の刀を勢い残したまま着地地点に突き刺す。それを軸に俺は身体を海老反りさせ宙返りするように回し、手を離した。
やがて試験管は刀の刃の部分に当たり無様に割れる。それを追いかけるようにレイ団長が持っていた火球も投げ込まれたが炎を纏ったのは刀だけで俺は火柱に包まれることは無かった。
「猿かよ…」
「狼ですよ」
俺はレイ団長が気を取られた間にステージ上へ登り飛び掛かる。
天才の彼でも目の前で起こっていることに理解が追いつかなかったのだろう。
そして天才でも焦りという感情は湧き上がる。それが次に放った弾丸に現れていた。
「外れです」
俺はレイ団長を仰向けに押し倒して手足を押さえつける。その拍子に手から銃が離れ、一旦決着がついたことを示していた。
「あ…あれ?ヨザクラくんが僕の上に乗っているな」
「はい。捕まえました」
「君、そんなに強かったのかい?クロバラちゃんが変装しているだけじゃないの?」
「俺は強いですよ」
「…………」
自分が勝つと思っていたのだろう。ずっと舐めていた相手に押し倒されて表情が険しくなっていく。
「君の本当の牙が誤算だったな」
「褒めてくれているのなら嬉しいです」
「………僕は君たちに危害を与えた。なら放っておいて大人しく僕が上層部に消されるのを見ていればいいのに」
「ヤコウ店長はそれを望んでいません。もちろん俺も」
「お人好しなグループだ」
次第に抑えている手足に力が抜けていく。それでも俺は逃がさないように拘束し続けた。
「なんで正義同士が戦っているんだろうね」
「2つの道がぶつかってしまっただけです。そしてその道はいつか1つになります」
「君も詩的な表現をするじゃないか…」
「貴方たち兄妹に影響されたのかもしれません」
「ハハッ」
乾いた声だけがステージ上に広がる。先ほどまで銃声が鳴り響いていた第二シアターホールが嘘のように静かだった。




