24話 ハンバーグと姉妹
ルナックの中心区は高級なお店ばかりが並んでいてとてもじゃないけど入れない。全部が富豪観光客向けだ。
しかし少しずつ中心から離れていくと値段が安いお店がちらほら出てくる。
ゾンビ先輩のハンバーグ欲を満たせそうなこのレストランもお財布に優しい場所だった。
ゾンビ先輩はハンバーグが到着するや否や綺麗な動作でカットして大きな口で頬張っていく。
「美味い!美味いぞぉ!イヒヒッ!」
「それは良かったです」
「妹ちゃんも来るがいい。一緒にハンバーグを食べるのじゃ」
鉄板に乗せられた付け合わせの野菜をこれでもかと端に寄せながら、ゾンビ先輩はテーブルに置かれた通信端末に話しかける。
そうすれば残念そうにクロバラ先輩の声が聞こえた。
「今は真逆の方向に居るのよ。一緒に食べるのはまた別の機会にね」
「イヒ」
イヒ笑いのトーンが格段に落ちている。俺は向かいの席でいかにも拗ねてますよとチビチビとパンをちぎるゾンビ先輩に苦笑いした。
俺たちはレストランに来た時、最初にしたのはハンバーグの注文ではなくメイさんを追っている2人に連絡を取ることだった。
自由行動といえど情報を共有しないとやるべきことが明確に定まらない。
意外にもクロバラ先輩はあっさり連絡に出てくれたから食事をしながら話そうということになったのだ。
幸いオークションが近いせいでお客様は宣伝に力を入れた高級店に取られている。普通では無い話を聞かれる心配はない。
「そういえばクロバラ先輩はヤコウ店長と一緒に居るんですか?」
「いいえ、店長とは途中で別れたのよ。追うことについては私の方が適任だから。あの人足遅いし」
「あはは…」
「イヒッ!妹ちゃんの目を潜り抜けて追跡も逃れているとは女狐やりおるなぁ」
「やっぱりクロバラ先輩も怪しいって思っていたんですか?」
「店長からも教わったでしょう?誰にでも警戒しろと。私も店長もずっとメイを警戒していたわ。あの子が何かを企んでいることは察していたし、意識不明の兵士たちと少なからず繋がりがあるのではと」
「イヒヒッ!だから妹ちゃんはリメンバーの側に置くように仕向けたのになぁ。なのに油断するとは」
「クロバラ先輩が仕向けた…?」
俺の脳内にメイさんが酒場の従業員になった時の記憶が蘇る。確かメイさんを採用することにヤコウ店長は渋ったのだ。
あの時は単純に新規のお客様が来ないから必要ないと言っていたけど、実際は怪しい人物をリメンバーの懐に置いておくのを危険だと思っていたのかもしれない。
けれどそんなヤコウ店長の渋りをクロバラ先輩が後押ししたお陰でメイさんは採用されたのだ。
やっぱりこの人たちは凄い。意識しなくても警戒を張り巡らせている。
そしてそれを利用することが出来るのも強さの1つだ。
対する俺はそれすらも察せなくて能天気に採用を祝っていた。気付かなかったのは俺1人だったのか。
「でも姉さんの言う通り油断したわ。メイがヨザクラと共に襲われたって聞いて彼女は本当に一般人じゃないかと思ってしまったの。その隙を利用されて……私もまだまだね」
「イヒッ!ケツ青坊ちゃんよりはマシじゃ!」
「そうですね。俺なんてメイさんに警戒なんて抱きませんでしたから」
俯いて自分の甘さを反省していると俺が注文した大盛りナポリタンが届く。
空気を読んだのかクロバラ先輩は店員さんがテーブルから去るまで黙っていた。
すると向かい側の席から痛いほど突き刺さる視線が1人分。
「……少し食べますか?」
「イヒヒッ!」
ゾンビ先輩は嬉しそうに首を縦に振って自ら皿を差し出した。
「クロバラ先輩。奪われた機密書類ってどんなものなんですか?」
「さぁね。店長は顔を真っ青にしていたけど詳しいことは」
「ヤコウ店長が青白くするほど…?」
「イッヒッヒッ。ウインナーも欲しいぞ。ピーマンはいらん!」
「は、はい。了解です」
あのヤコウ店長がそんな顔色になってしまうくらいの重要な物だったのだろう。機密というくらいだから厳重に保管してあったはず。
しかしそれを取れる能力をメイさんは持っているわけだ。彼女は何者なのか。そしてどこに所属しているのか。もしくは1人なのか。
悩めば悩むほど絡まる糸が締め付けてくる。
俺はほぼスパゲッティとウインナーで盛られた小皿をゾンビ先輩へ返せば待ってましたと言わんばかりにフォークを回した。
「ヒヒッ。リメンバーから奪って何に使うのやら」
「さぁね。でもあの子は只者じゃない。奪われて面倒なのは確かよ」
「………」
「イヒヒッ!また悩んどる」
「まぁメイの方は私に任せるとして。ヨザクラ?貴方はどうするの?」
本心を言えば俺もメイさんを探したい。
でもクロバラ先輩が単独行動で追った方が捕まえられる確率は高いのだ。
ここは自分の欲を抑えて別の糸に手を伸ばさなければ。そうなると俺が触れられる糸は2つ。
「レイ団長に会って話を聞くか、捕らえられた兵士に尋問するかです」
「なら後者ね」
「何でそう思ったんですか?」
「ヨザクラと兵士団長で口喧嘩したら貴方が確実に負けるからよ。いくら姉さんという手札があってもこの人の大半は何言っているかわからないし」
「イーヒッヒッヒッ!……妹ちゃんの毒舌はどんな薬よりも効くなぁ」
「それにさっき会ってきたばかりなんでしょう?怪しまれるわ。少なくても1日は置くことをお勧めする。これからするのは調査なのだから」
「わかりました」
クロバラ先輩の言う通りこれは全員を疑った調査だ。そしてレイ団長は口も上手いし頭も切れる。
若干の隙でさえ読み取るし、誤魔化すのなら巧みに躱すだろう。
仕事でもプライベートでも嫌ってほど手のひらの上で転がされた。
俺はからかいながらペラペラと喋るレイ団長を思い出して高速でナポリタンを巻く。
そして玉のようになったスパゲッティを頬張った。
「それに尋問なら元から私たちに権利があるわ。特にヨザクラにはね」
「襲われたからなぁ。イヒッ」
「1番怪しまれずに手をつけられるのはそれからだと私は思う」
「その答えに納得です。流石に今からでは遅いし明日にでもゾンビ先輩と一緒に尋問に行ってきます」
「イヒヒッ」
「姉さん?逃げちゃダメよ」
「ヒッ」
通信端末から低い声が聞こえてゾンビ先輩の食事の手が止まる。
この人、まさか逃げるつもりだったのか?あれだけ俺に従うとか言っておいて。
俺はジト目をゾンビ先輩に向けると肩をピクリと上げたが視線を無視して食事を再開した。
渡したナポリタンは綺麗に完食してまたハンバーグに手をつけている。
「クロバラ先輩も気を付けてくださいね」
「ええ。今回ばかりは単純なものではなさそうだから苦労しそうね」
「錆人狩りではなく探偵じゃな!イーヒッ!」
「そうかもしれないわ。ヨザクラの言う通り、この件は解くところから始まる。全部が別関係とは思えないし店長にも言っておくわね」
「はい。大変ですが巻き込まれたからには終わらせなければ」
「ヨザクラ、信じるという優しい心は捨てなさい」
「…はい」
俺は静かに返事をしてナポリタンを食べ進める。
もしも今、メイさんに遭遇したら容赦なく捕まえられると思う。
でももしメイさんが殺意を向けて武器を振るってきたら俺は刀を抜けるのだろうか。
これまで教えてくれた過去の話はきっと騙すためのものだったに違いない。
けれど謎の違和感があるのだ。
俺はリメンバーの先輩たちと比べて人生経験は浅いし出会った人も少ない。
だからみんなの前では口にできないが………少しだけ生きてて良かったと演技する人間があのような表情をするのだろうか。
「ご馳走様ぁ!イヒヒッ、美味かった!」
すると元気な声が聞こえて俺は俯いていた顔を上げる。ゾンビ先輩は無事ハンバーグ欲を満たせたようで満足そうに口元を拭っていた。
そして意外にも使った食器は綺麗に揃えられている。
「ゾンビ先輩っていつも綺麗に食べますよね?テーブルマナーがちゃんとしているっていうか」
「イヒッ!ゾンビの嗜みじゃ」
「ゾンビって嗜む種族なんですか?」
「姉さんはエリートゾンビなのよ」
傍から見れば意味のわからない会話だと思う。もしここにヤコウ店長も加わったらより理解しにくい話になるはずだ。
でも俺は時折挟まれる仕事を抜きにした会話に癒されている。それは今この瞬間もそうだった。
たぶん俺はまだ、この人たちに疑うという心を持つことは出来ないだろう。




