59話 最奥の向こう
「ちょっと?!アンゲリカ…これ、大丈夫なんですの?!」
あまりにも自然に…まるで、死の眠りに着くかのように、安らかに眠るものだから…リリは咄嗟に、二人の鼻先に手を当てて、呼吸をしているかどうかの確認をし始める。
『風の流れが感じられない』
それはつまり…ライリーの両親が息をしていない事を指していて‥。
まさか…まさかアンゲリカが誰かを殺しただなんて信じたくなくて…リリは徐々に青ざめていく自分の表情を確認する事すら忘れて、アンゲリカに問いただす。
「あ、アンゲリカ…二人の息が‥。」
「ああ…それなら大丈夫よ。」
「だ、大丈夫なわけありませんわ?!だって…二人は呼吸してないのよ?!」
なんでもないかのように振る舞うアンゲリカが怖くて、リリは震える声で必死にアンゲリカに語りかける。
しかし、尚もアンゲリカは落ち着いていて…本当に、魔族一人殺した事が嘘の様だ。
「だって…『二人は死んでいないもの』」
「へ…?死んで…ない?」
「ええ。…そういえば、私のユニーク魔法についての説明はしていないんだったわね。」
だが、アンゲリカの口から発せられた言葉は、リリの想像とは違っていた。
キョトンとした表情を見せたアンゲリカ、少し考えるそぶりを見せた後、『ああ…そう言う事』とでも言うかの様に、理由を説明し出した。
「私のユニーク魔法『沈黙の誘い』は、相手を一定時間仮死状態にする事ができる魔法なの。だから、二人は一時的に死んでいる‥これだと誤解を招くわね…。まぁ、強制的に動けない状況にさせただけ。」
「つ、つまり…しばらくしたら、元に戻る…と言う事ですわね?」
「ええ。その通りよ。」
アンゲリカが誰かを殺したわけじゃないと知って、明らかにホッとした表情を浮かべるリリ。
その様子を見たアンゲリカも、少し表情を緩ませて笑った。
しかし…よくよく考えてみると、大人二人が死んだ様に眠っている横で、子供二人が笑っていると言う…なんともシュールな光景だ。
「…倒れてる人のそばで笑っているのは不謹慎ね。」
「まあ細かい事はあまり考えない方向でいきましょう。…さあリリ、研究室へ向かうわよ。」
先に研究室に向かって歩き出したアンゲリカの背中を追う様にして、リリも研究室への道を歩き出した。
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シン…と静まり返った廊下を歩き、ようやくお目当ての部屋の前までたどり着いたリリとアンゲリカ。
万が一の場合に備えて、アンゲリカが先頭に立ち、ライリーの父親の研究室へと入っていく。
部屋の中は薄暗く、部屋の奥の方から青白い光が漏れ出している。
奥へ奥へ…慎重に足を進めていく。
不意に、リリの足元に柔らかい何かを踏んだときの様な感触が広がった。
一体なんなのだろうか?不思議に思い、リリは一度進めている足を止めて…そして後悔した。
「ヒッ‥!」
『魔族の腕』…リリが踏んでいたのは、誰かの腕だった。
(なんで…こんな所に腕が‥。)
怖くなり、思わず後退りをしそうになった時。
「落ち着いてリリ。…それはただの『ホムンクルス』よ。」
「ほ、ホムンクルス…?で、でも…こんなに柔らかいのに…?」
「…どうやら、レスター家の技術は私たちの想像より上を言っていたみたいね…。」
アンゲリカがリリを安心させようと、リリが踏みつけている『素材』を言い当てる。
だが、リリは信じきれずに、尚もアンゲリカに疑問をぶつけた。
その声は引きつっていて…かわいそうに、怖がっているのだろう。
しかし、こんな所で立ち止まっている時間はない。アンゲリカのユニーク魔法も、後数十分ほどで切れてしまうのだ。
先を急ぐより他はない…。アンゲリカはリリの右手に自分の左手を重ね、安心させる様に優しい声で言葉を紡ぐ。
「ほら…こうしていれば、怖くないでしょう?」
「え、ええ…ちょっとだけ、安心したわ…。」
安心した、などと言いながらも震えているリリの手を引き、アンゲリカは部屋の最奥を目指す。
しばらくすると…リリたちの目の前に、大きな扉が現れた。
いくつもの難解な結界が貼られた扉の様で、魔法をかけた本人が結界を解かなければ、開ける事は不可能だろう。
しかも最悪な事に、扉は分厚く、とてもじゃないが女の子二人の力では壊せそうもなかった。
「ど、どうしましょう…こんなに難しい結界…私の力じゃ‥。」
「…さがっていて。」
動揺するリリを横目に、アンゲリカは自分から離れる様、リリに言い放つ。
リリは動揺しながらも…アンゲリカの言う通り、少し後ろまでさがって、事の成り行きを見守る。
アンゲリカは結界の貼られた扉に片手をかざし、呪文を唱え始める。
「『明日を願うは我が身なり、この願いを受け止め、力を解き放ちたまえ…。』」
すると…複雑に絡み合っていた結界たちが、みるみる内に解けていき、そして…
「け、結界が完全に無くなった…?」
「さあ、先へ進みましょう。」
今目の前で行われた事に理解が追いつかず、リリはただただ困惑するのみだった。
しかし、アンゲリカはリリに、何が起こったかを話すわけでもなく、リリの手を引き、研究室の最奥の、さらに先へ誘うのみだった。
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結界がかかった扉から、さらに先へ進んでいくと…一つの階段があった。
階段は地下へ伸びており…その時点で、リリは何か、嫌な予感がした。
…しかし、ライリーのため…果ては自分のためにも、この先へ進むしかないのだと自分に言い聞かせ、奥へと進んでいった。
その先で見たものは…
「うそ……。」
開いた口が塞がらない…一体なぜ、彼がこんな所で…。こんな状態にさらされているのか、意味がわからなかった。
「ライリー?」
ライリーの体全体が、培養カプセルの中で水色の液体に浸され、浮かんでいるのだった‥。




