36話 ゴーマ・ヴァイス・ミュラーの疑い
「ど、どう言うことなんですの?!だってゴーマは…。」
「とやかく言っている暇はない!今すぐに奴を止めなければ大惨事になるぞ!!」
エグモント卿は現在中途半端な長さの翼を背中にはやし、大きさにして二階建ての建物と同等の体を地下の狭い空間に押し込めている状態で、一時的に変化が止まっているが、赤黒いオーラを纏い、まるで力を蓄える様に静止している。
まさか…これ以上大きくなるの…?
想像したくもない。
ただでさえ知人が化物へと変貌する姿を見たと言うのに、これ以上異形の姿へ変わってしまうかもしれないなんて…。
それに…
「あの背中から生えている黒い翼…あれは確か『7つの原罪』の一人、傲慢のルシファー?!」
「ああ…おそらくルシファー本人の人格はまだ出て来ていないが…このままでは依代の人格を壊し、ルシファー本人が暴れまわることになるやもしれんぞ…!」
最悪だ…。真に力を取り戻したゴマちゃんですら敵わないかもしれないと言っていた7つの原罪…それも本人の人格が依代であるエグモント卿の体に宿るかもしれないなんて!
そんなことになったら…力を取り戻せていないゴマちゃんでは絶対に倒せっこない。
それに…
「わ…私たちも…」
『死』、その言葉がリリの脳内を過ぎる。
しかし、何故エグモント卿が7つの原罪の依代になっているのか、リリには意味がわからなかったが…。
「大方、奴の裏に7つの原罪を使っている人物がいたのだろうよ‥。」
「?!…そ、そうですわよね。でなければ…エグモント卿が個人的に保有、及び扱っていたことになるものね…。」
流石に大昔、悲惨な厄災の数々を起こして来た元凶の一角を個人が簡単に取り扱える物とは到底思えない。
だからこそ、今ここでエグモント卿を殺さずして捕らえ、情報を聞き出すことができれば一歩前進できる。
「愚直に攻撃を当てるしかあるまいか…『アイスベルク』!」
ゴマちゃんの威勢のいい声と共に、エグモント卿ともルシファーとも言えない化物が氷の中に閉じ込められる。
化物よりひとまわり大きな氷は段々小さく萎縮していき、中にいる化物を押しつぶそうとしていたが…
バキバキバキ!!!
と、氷の割れる音と共に化物を覆っていた氷が細かい粒となって辺りに舞い散る。
有り余るパワーによる物なのか、それとも氷が化物の周りを漂う魔力に耐えきれなかったのか、どちらにせよ高々魔法でできた氷如きでは化物を倒すことなど出来ないと言う事実だけが明らかになった。
「やはり無理か…。」
「そ、そう言えば……この前読んだ資料の中に、『傲慢のルシファーは如何なる魔法をも無に返す』と書いてありましたわ!」
「では如何にして倒せばいいのだ…!」
ゴマちゃんは低く唸る様な声で不満を口に出す。
明らかにゴマちゃんが不機嫌になっているのがわかる声色だった。
しかし…不満を言ったからと言ってこの状況が良い方向に動いてくれるわけでもない。
だけど…
「魔法が通じないなら…一体どうすればいいの?」
「…封印するしかあるまい。しかし、あの化物を閉じ込めて置けるだけの純度の高い封印具なんぞこの場に…。」
「ゲホゴホ!…ふ、封印するための、純度が高い石があればいいのね?」
先程までダランと力の抜けた腕を垂らし、うんともすんとも言わなかったアンゲリカがここに来て意識を取り戻した。
彼女は胸からヒューヒューと音を出し、絶えず咳をして胸元を苦しそうに抑えながらゴマちゃんに問う。
ゴマちゃんは覚醒したアンゲリカを気遣うでもなく、一つ首を縦にふった。
だが、顔にこそ現れないものの困り果てているであろう事が伺えた。
ほんの少しの間考えるそぶりを見せた後、ゴマちゃんは言いづらそうに言葉を放つ。
「…先ほども言ったが…ただの封印具ではダメだ、極めて純度の高い医師でなければ奴を閉じ込めることなど…。」
「石ならあるわ。」
「なに?」
アンゲリカの思わぬ返答にゴマちゃんは反応し、その先を話す様促す。
アンゲリカは苦しげに呼吸をしながら掠れた声で一生懸命に説明する。
「父上は何かを作るために私を生贄にし、できたものをあそこにあるカイヤナイトの中に閉じ込めるつもりだったみたいです。」
「カイヤナイト…宝石言葉は『清浄』か…。適切だな。」
とゴマちゃんは呟くや否や、隅っこの机に置いてあるカイヤナイトを取りに駆け出す。
しかしゴマちゃんが駆け出した時、今まで微動だにしなかった化け物の目から赤い光線が放たれる。
赤い光線はゴマちゃんをやけ焦がさんとばかりにゴマちゃんに迫っていく。
しかし、ゴマちゃんはそれを紙一重で避けながら、後少しでカイヤナイトを手に入れられる!と思った時。
「ゴマちゃん!!」
リリは思わず叫びの声をあげた。
赤い光線がゴマちゃんに直撃したのだ。光線はゴマちゃんの体を打ち抜き、ゴマちゃんは口から血反吐を吐き出す。
だが…ゴマちゃんは深い傷を負いながらも諦めずに、蛇特有の長い体を生かしてカイヤナイトを手に入れることに成功した。
「『我ここに、不浄なるものを排除せしめん。御身の力を使い、汚濁されしかのものを浄化されよ。』」
詠唱を始めると共に、化け物の体が見る見る内にカイヤナイトの中に取り込まれていく。
化物は一切動かさなかった体を、流石に不味いと思ったのか動かし始める。
ギリギリの所で地下室に収まっていた体のうち、頭は突き出て羽は壁を突き破る。
動かせる限り体を動かし抵抗するものの、その努力は虚しく、最後には全身をカイヤナイトの中に入れ込まれてしまった。
終わった……。
エグモント卿を捕らえることに成功し、ホッと一息ついた時……天井から瓦礫のかけらが落っこちて来た。
あれだけ暴れたのだ、壁の一つや二つに穴は空いているし、地上にある床を支えている天井にも穴ができている。
そう、建物自体が崩壊し始めているのだ。
「二人とも早く掴まれ!!」
リリとアンゲリカはゴマちゃんの怒声に素早く反応し、サッとゴマちゃんの体の一部に触れる。
流石に…流石に深い傷を負っているゴマちゃんの体を無遠慮に思いっきり掴む様な事は両親が痛むし、ゴマちゃんの傷にも触るのでしなかった。
そして次の瞬間、ゴマちゃんたち3人はその場から姿を消した。
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ゴマちゃんは崩れ去る屋敷の中から確実に脱出するために転送魔法を使った。
おかげでゴマちゃん含む3人は瓦礫で傷を負う事なく、屋敷から十分に離れた地上に転送された。
転送した先にはライリーとアルフもいて、二人はリリとアンゲリカを見つけるや否や駆け寄って来た。
「大丈夫だったのか?!」
「え、ええ。なんとか…。」
「そうか…よかった。」
少し取り乱した様子を見せながらも、ライリーはリリの事を心配してくれた。
そんなライリーの姿を見てリリは震える声で…
「ごめんなさい…。」
「え?」
「きょ、今日……私の部屋で会議していた時…怒鳴ってしまった事…。」
「ああ、あれの事か。」
「焦っているのは私だけではないのに…一人で勝手に怒ってしまった事…謝りたくて。」
「…素直に謝れるのはいい事だ。」
ライリーは俯いて不安げな声を出すリリの頭に自分の片手をポンと置き、そして撫で回す。
「?!ちょ!ちょっと!髪が乱れてしまいますわ!」
「まあまあ!…ともあれ、何事もなくてよかった‥。」
リリの髪を思う存分撫でまわしながら、リリに子消えないくらいの小声で呟くライリー。
そんな微笑ましい光景の数歩後ろ、ただ一人深い傷を負ったゴマちゃんだけがいる場所で。
「…おそらく、今回の件だけではない。レヴィアタンの件に関しても関わっている事であろう。」
フーっと一つ息を吐いてから、真上を見上げ一言。
「そうだろ?我が親友にして共犯者である天使長殿?」
カイヤナイト;青色の綺麗な宝石なので、よかったら調べてみてください。




