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魔法が使えるだけの普通の女の子  作者: まるぱんだ
11.旅立ちの日に
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100.出立

 涙と桜の卒業式からの一ヶ月弱。

 書類を書いたり物を買いそろえたりで、飛ぶように時が過ぎていった。


 本棚には、卒業アルバム。

 ついつい手がのび、見返しては、懐かしいな、とため息をつく。



 もう間もなく、私はこの町を離れる。

 特急に乗って、隣の県へ行くのだ。


 しかし、全然実感が湧かない。


 だって、今はまだ、家に居られるから。当たり前のように、ここで寝起きしていて、当たり前のように、母に食事を作ってもらって。

 その日常さえも、もうすぐ塗り替えられる訳で。



 私は、自分の夢のためにこの町を出る。

 ルルーは、彼女の夢のためにこの町に残る。

 本質的には同じだが、場所は遠く離れることになる。


 しかし、二人は魔法使いとしての絆で結ばれているはず。


 それでも、やはり彼女から離れねばならない訳で。

 この日常もまた、覆されるということで。

 そんなことを考えてはいたが、ルルーはやはり、しばしば私を訪ねてきた。


 毎日はこの上なく忙しいのに、非日常という感じはなかった。前述の事が原因だろう。


 いつもどおりの日々を過ごしながら、これがいつまでも続くという錯覚をどこかに抱きながら、それでも頭ではこの錯覚を否定しているという、地に足のつかぬ時間が続いた。




 書類があらかた仕上がった。

 荷物も、大体はかばんに詰めた。

 忙しさが減っていくのに伴って、地に足がついていないという感覚は増していった。




 出立の日が来た。


 しかし、電車に乗り込む駅もまた、いつもどおりなのである。

 高校に行くのと同じ時間、同じ四両編成の電車。


 スーツケースに沢山の荷物を持ってはいるが。


 そんなときだった。


「ななみっ!」


 それは、この一年で幾度となく聞いた、ルルーの声。


「今日、出発、なんだよね……?」

 その息は上がっていた。

「……うん」

「だから……見送り、しようと思って」


 なぜだか、目を見開いてしまう。

 その言葉で、ようやく理解したのだ。


 この改札を通れば、私は彼女と離ればなれになってしまうということを。


 この改札の向こうに、今までとは違う世界が広がっているように見えた。


『一番乗り場に、普通列車が参ります。ご注意下さい』


 いつも聞く、駅のアナウンス。

「あっ、これ乗り遅れたら、特急乗れないんだよね? ……じゃあ……気をつけて、いってらっしゃい!」

 ルルーが、いつものように明るい笑顔で、しかしどこか寂しげな顔で送り出そうとする。

 その声は、少し震えていた。


 私の足は動こうとしない。

 それどころか、改札から離れようとしていた。

 駅のホームを見ていた顔と体は、突如くるりと向きを変え。



 気づけばルルーに抱きついていた。



 ルルーもまた、それに応えるように抱き返してくれた。そして、小さく、また絶対会えるから、と呟いた。


「ほらほら、もう電車出ちゃうよ!」

 彼女は、声の震えを振り切るように、大きく明るい声で、私を促す。

 背中をバシッと叩いて。


 それに押されるように走り出し、しかし振り返りながら、私はホームへと向かう。



「またきっと、必ずね」

「うん、またね!」



『一番乗り場から、電車が発車します。ご注意下さい』

 そのアナウンスと同時に、息を切らしながら電車に乗り込んだ。


 車窓から駅を見れば、ルルーが小さく見えた。


 しかし、景色は動き始め、私を引き剥がしていく。


 ゴトンゴトンという重い音と共に、風景が上下に揺れながら私の眼前を走り抜ける。


 私が毎日、見ていたようで見ていなかったもの。

 それを、半ば放心した目で見る。

 新鮮なのやら、馴染みきっているのやら。

 私は、ケータイでその写真を撮って、アルバムに追加した。ルルーとの散歩の写真も詰まっている、その中に。


 よく馴染んだターミナル駅に着く。


 そして、特急の乗り場に初めて立った。


 全然違う駅にさえ見えた。


 乗り込んだら、何の余韻に浸る間も与えずに発車してしまう。

 自分が指定した席に座り、酔わないよう、窓から外を眺める。


 初めは、いつものように重い音と共に、上下に揺れていた。窓の外は、どこまでも田畑や川だった。


 それが普通だと、思っていた。


 しかし、車輪はやがて、トトントトンというような、軽い音をたて始める。上下運動がなくなって、酔う心配も無さそうだった。窓の外は、ちらほらとビルが見えてきて、やがて群生する林の木々のようになった。


 あぁ、都会に来たんだ。

 隣り合った県のはずなのに、ここまで違うものなのか。


 もはや、私は、全く違う世界に来てしまったようだった。


 ケータイを開いて、ルルーとの散歩で撮ったいくつもの写真を見る。



 あの町で暮らした証。



 今はひとまず、別れを告げなければならない。

 少し前までは、私の町も、私の学校も、私の家も、私自身も、何もかも、大嫌いだったのに。


 今や、全てが好きになれた。


 魔法は、私を脅かす亡霊のように思っていた。

 しかし本当は、その全ての「好き」を見つけさせてくれた。

 そのほとんどは、ルルーと私を結ぶことによってだけれど。


 今は、この憧れの学校で学ぼう。


 でも、必ず。


 必ず、またこの故郷に帰ってくる。


 煩わしいけど温かい、我が家に。

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