最終章 真のコネクト(Ⅰ)
二人だけの空間には、彼ら以外何一つ見当たらない。
無限に続く空虚な世界は泡のように揺らいでおり、まばゆい光が充満するも、視界は驚くほどに明瞭だ。
天井もなければ床もない。だからこそ、眼下に広がる世界を分け隔てなく見下ろすことが出来る。
「今回も私の望んだ結末になりそうです」
「どうかな」
無音のようで、エネルギーに溢れた空間に声が走る。
そこにいるのは二人だけだ。
女と男。
女神と男神。
ネゼオルとロイロル。
どちらも人間に近しい風貌だが、サイズと存在感は比較にならない。
「私のコマは優秀です。ご覧ください。あっさりと片腕をへし折りました」
「けれども、ニンゲンは諦めていない」
「表情が歪んでいます。痛みというものを感じているのでしょう。我らには理解できない感覚です」
女の声とその姿は恐ろしいほどに美しい。黒い光をまといながらも、ベールのような透き通る衣を羽織っており、その隙間から覗く肌はただただ扇情的だ。
「大きな隔たりはない。だからこそ、命はまだ途切れない」
「時間の問題です。確かに、このニンゲンはしぶといです。それでも、ただの延命にしか映りません」
「煉獄から呼び寄せた多数の蒼炎を、片腕で全て払いきってもか? 行く末はまだ見えないぞ」
男の声とその姿は厳格だ。老人とも若者とも見て取れる顔立ちは、隣に浮かぶ神にとってどこまでも魅力的だ。
「三度目の再訪は確実です。そのためのコネクト、新なる魔法です」
「戦いに直接関与するとは思わなかった」
「さぁ、次はあなたの順番です」
「今は不要だ。いずれ使わせてもらおう」
「ニンゲンが滅びますよ」
「私は信じている。そのためのコネクト、神なる魔法だ」
「ええ。我らの領域に踏み込んでいます。とりわけ、私のコマは優秀です。思った通り、良い働きをします」
「我らにとっての、初めての魔法だ」
「ニンゲンの手には余ります。あれらが最初で最後です」
「おまえが望むのなら、そうしよう。だが、三度目は回避させてもらう」
「決定権は私のコマが握っています。残念ながら、ニンゲンはウルフィエナから消滅します」
「そうならないためのコネクトだ」
「そうするためのコネクトです」
そして、刹那の静寂が空間を満たす。
彼らの眼下では、丸いキャンパスの上に雲と海と大地が描かれており、二人の視力をもってすればそこに根付く生物の生活を一部始終観察することも可能だ。
ましてや、空の上での決戦など、客席の最前席にも等しい。
「ニンゲンの意志は戦うことを選んでいる」
「キュアを使おうと、わずかな延命にしか成りえません。ご覧ください、完全に翻弄されています」
「傷つきながらも反撃を忘れない。素晴らしい」
「どれも空振りです。私のマンイーターを転用しようと、無駄に終わりましたね」
「奇策か否かはこれからだ」
「その前に命が潰えます。私のコマは秀逸です」
「フェアではない、などと今更述べるつもりもない。それでも足掻けるその精神こそ、まさしくニンゲンの宝だ」
「あなたは我が子達の成長をそれほどに喜べる。その一点においてはうらやましい。私には不可能です」
「今からでもどうだ?」
「いいえ。私はあなたさえいてくれれば」
神と神。彼らの望みは一致しない。
司る属性が真逆ゆえの宿命とも言えるが、それでもなお二人でいられる理由は男と女だからだ。
白き光をまとう男神、ロイロル。
黒き光をまとう女神、ネゼオル。
生を担当する神と、死をもたらす神。
両者はここから無限に見守り続ける。
視線の先にある巨大な球体こそ、人間や動物、モンスターが住まう世界、ウルフィエナだ。
周囲に広がる漆黒の闇では命を育めず、生ある物は神に守られなければ生きてはいけない。
その世界が終ろうとしている。
否、人間だけが滅びるだけゆえ、他の生き物はその後も生き続けるだろう。
男神は望む。人間に生き続けて欲しい、と。自分達の生き写しとして命をわけ与えたのだから、どうしても感情移入してしまう。厳しい世界で力強く生きていこうとするその意志には感銘させ受けている。
女神は望む。人間の滅亡を。自分達の生き写しとして命を与えたものの、二人だけの世界には絶対に干渉されたくない。ましてや、男神の関心が自分に向かないことがどこまでもおもしろくない。
「もうすぐだ」
「もうすぐです」
両者は望む。この戦いの決着と、その果ての光景を。
「我が子達に祝福を」
「我が子達に決別を」
根底は愛だ。その一点においては共通項と言える。
しかし、向けられる先が異なるのだから、人間はどこまでも振り回されてしまう。
愛する者達を見守りたい。
愛する者だけと共に居たい。
どちらの願いが叶うのか、それを決めるため、二人の人間が舞台に立たされている。
結末を見届けたい。ゆえに、神は目を離さない。
宣言通り、この戦いはもう間もなく終わりを迎える。
圧倒する女と、追い詰められた少年。
ここまでは女神の用意したシナリオ通りだ。演劇は順調に進んでいる。
最後はもちろんハッピーエンドだ。
当然だが、筋書きを用意した者にとっての幸福であり、部外者は単なる踏み台だ。
そんなことは露知らず、少年は血を流しながらも歯を食いしばる。
無駄な足掻きかどうかは関係ない。
やるべきことを果たさなければならない。そうでなければ、死のうにも死にきれず、突破口を見いだせないままだが、命の鼓動が止まるまでは策を講じるつもりだ。
それすらもさせない。相対する女は絶望を突きつけるように襲いかかる。見守られている以上、無駄に戦いを長引かせるつもりなどなく、与えられた能力と使命が彼女をどこまでも湧き立たせる。
激しかった攻防は次第に静まり、勝者と敗者は互いに見つめ合う。
その様子を眺める彼らもまた、今は黙って見下ろし続ける。
ここは神界。
ウルフィエナの始まりを司り、命を作り出した絶対者の根城だ。
最初の子供達が存在を発見し、行き交う手段を確立する。
二番目の子供達が訪問を試みるも、その夢は阻止される。
三番目の子供達には伏せられていたが、ついに扉の場所を解き明かす。
この世界は自分達だけの領域だ。部外者が土足であがることを許さない。
女神の意志は揺るがなく、だからこそ、人間達は二度に渡って地上から消し去られる。
三度目だ。男神が悲しもうと、これだけは絶対だ。
愛する者の隣に寄り添い続けるため、そして誰にも邪魔させないため、ウルフィエナから人間を滅ぼす。
わがままかつ身勝手な願望だが、神だからこそ許されるのか。
戦いは終わる。
地上から人間が消え去る。
女神の望む結末を迎える。
リインという神の代行者がその少年を殺すことで、世界は予定調和と共に、次なる時代へ突入する。
イリック。
左腕はもはや動かない。肩を大きく切り裂かれており、鮮血は腕を伝って指からポタポタと滴る。
おでこから右目にかけても出血がひどい。左目だけが情報収集の要だ。
右足で体を支えることはできない。膝を破壊され、自立を封じられた。
右手の短剣は赤く塗れている。相手の命を何度か絶つことはできたが、所詮はその程度だ。勝敗を決するには至れない。
上半身の前面および背中からの出血も止まらず、赤いコートは当然だが、その下の衣服もびっしょりと赤黒い。
無傷の女と満身創痍の少年。
決着だ。女神はおろか、当事者達も既に受け入れている。
ただ一人、男神だけが諦めていない。イリックの心がついに折れてしまったにも関わらず、白い光は煌々と輝いたままだ。
新なる魔法、コネクト。
神なる魔法、コネクト。
これの可能性を誰よりも信じているからこそ、この神だけは諦めない。
押し付けられた宿命は、人間一人が背負うにはあまりに重すぎる。
それでも二本の足で立っていられるリインは、まさしく逸材だ。
一方、イリックは跪くように屈んでいる。あちこちの負傷が原因でもはや立つことも出来ない。
勝負ありだ。そう思わない方がどうかしている。
一対一の殺し合いは終盤に差し掛かり、後はほんのひと押しという場面。誰の目から見ても優劣は明らかだろう。
女は女神に支えられているため、そういう意味では二人がかりの不公平な死闘だ。それでもこれは試合ではなく、ゆえにフェアである必要はどこにもない。
必然。
数の上でも劣るのだから、この冒険者に勝ち目などない。
心も体も朽ち果てた。マジックポイントも底をつき、いよいよ万策尽きたため、ついには心も折れてしまう。
不公平だ。
リインは女神に支えられ、イリックは単身戦っている。
それでもなお、男神は何もしない。空よりも遥か高みから、じっと見守ることしかしない。
人間同士の争いゆえ、自分達は過剰に関与するべきではない。そういった信念もあるのだが、今回に関しては別の理由がある。
仕込みは既に終えている。
後は発芽を待つだけ。
そのことを知る者は他にいない。そう、共同でこの魔法を発明した女神さえも把握できていない。
それが勝利に結びつくのか、意味を成さないのか、そもそも発動するのか。
それは、今までの道程に集約される。
コネクト対コネクトの戦いは最終章へ進み、舞台上の役者達はついに出揃う。
美しき世界の上空で、人間と神々は己の信念をぶつけ続ける。




