第三十二章 ゴルドとウーディ
終業時間。働く人間にとって非常に待ち遠しい時間の一つだ。
ガーウィンス連邦国を代表する研究機関で働く人間にとってもそれは変わらない。それを証明するように、古書の匂いで満ちる建物から、灰色のローブをまとった職員達が次々と去っていく。どこか疲れた顔をしているが、満足そうにも見える。
入れ違うように足を踏み入れるのはロニアとトゥルルの二人。
どちらも部外者だが、誰かに断りを入れることもせず、背の高い本棚をすり抜けながらずかずかと奥に進む。
目指すは館長室。茶色い扉をドカッと開く。
「おおう。もう戻ったのか」
「ええ。大収穫よ」
ノックくらいせい、と小言をもらすゴルドを無視して、ロニアは適当な椅子に腰掛ける。トゥルルもフードを頭の後ろにどかして隣の椅子に座る。
ゴルドの机は相変わらず散らかっている。過去最高の汚さかもしれない。数えきれないほどの書類が山積みになっており、それらは今にも崩れ落ちそうだ。読みかけの本も一冊や二冊ではない。置いてあるガーウィンスティー入りのコップが倒れたら大惨事だろう。
イリック達はつい先ほど、ビサラ山脈からガーウィンス連邦国に帰還した。
イリックは疲弊しており、宿屋でグッタリしている。
ネッテとアジールはそもそもこういった報告に興味がないため、一足先に食堂でお茶しながらくつろいでいる。
ゆえに、消去法で選出されたロニアがゴルドの元へ向かう。ついでにトゥルルも連れてきた。
「で、具体的には何があったんじゃ?」
目を通していた書類を机の上に置き、ゴルドがロニアに視線を向ける。
「ウーディに会ったわよ」
「何じゃと!?」
驚くゴルドを他所に、ロニアはつらつらとその時の出来事を話し出す。
黒いローブの男はウーディで正解だったこと。
風の洞窟でそうしたように、火の大精霊から魔力を奪い去ったこと。
サハハ遺跡で何かをしようとしていること。
そして、どこからともなくモンスターを呼び出せること。それがどこかについては既に検討がついている。
ロニアの口から明かされる事実に、ゴルドは愕然とする。
「あなたのこと、バカって呼んでたわよ」
「そ、そこまでは報告せんでいいわい……」
ロニアが言うと余計にグサリとくる。それはゴルドも例外ではない。
「まぁ、あれね。サハハ遺跡の件と繋がってるとは思ってもみなかたったわ」
「そうじゃのう。それだけでも御の字じゃ。こうなると本気でサハハ遺跡に潜らんといかんのじゃが、結界がのう……。まぁ、それについてはわしの方でなんとかしてみるわい。ところで、ドラゴンや火の大精霊についてはどうなんじゃ?」
「火の大精霊には会えたわよ」
ロニアは続きを話す。
モンスター三体に遭遇し、無事倒したこと。イリックが負傷したが、半分は兄妹喧嘩のせいだ。
そして、一同は火の大精霊がいると思われる横穴、通称、火の大穴に入るのだった。
◆
「暑いよー。汗でベトベトだよー」
ネッテの悲痛な声が洞窟に響く。湯気立ちそうな横穴は、当たり前だが天井も足元も、左右の壁もでこぼこだ。
縦横共に、自分達の三倍近くの広さを誇る岩の洞窟ゆえ、足元にさえ気をつければどうということもない。ただただ暑いだけだ。
最後尾を歩くイリックは色んな意味でグッタリしている。
肩の傷は癒えていない。
両目も痛い。
そして暑い。
なにより、上半身裸なのがちょっとだけ恥ずかしい。上着はマジックバッグにしまっていたため大丈夫だったが、肌着は風の魔法で粉々にされた。ゆえに裸だ。
いやん、エッチ。そんな冗談を口にしたいが、チラチラ視線を向けてくるのはネッテだけゆえ、そんな気にはなれない。
実はアジールも時折、さりげなく盗み見ているのだが、さすがのイリックもそのことには気づけていない。
二人がイリックの裸を眺める理由は、恋心なのか乙女の好奇心なのか下心なのか、それは誰にもわからない。
やがて、洞窟の天井と横幅が少しだけ広がる。そのタイミングで道がグネグネと曲がり始め、前方からはオレンジ色の光が届き始める。
道なりに進むとついに辿り着く。洞窟の最奥はやや広まっており、そこには赤い球体が空中に静止した状態で浮いている。
風の大精霊から感じられた、精霊に似つつも桁違いな魔力がそれから放たれている。間違いなく、火の大精霊だ。
球体の大きさは直径三メートル程度。オレンジ色の光を放っているため眩しいが、よく見るとわずかなヒビが確認できる。
「あなたが火の大精霊ね。安心して、外のモンスターは倒したわよ」
応答してくれるかはわからない。それでも話しかけるしかなく、ロニアは火の大精霊にとっての懸念材料を払拭することから始める。助けてあげたのだから答えなさい、ということだ。
ロニアが黙ると、そのまま沈黙が訪れる。
ダメか、イリックがそう思った矢先に沈黙は破られる。
「わざわざ言わなくてもわかってるぜー。おまえらが倒したのか……。やるじゃねーか」
声の発生元が一瞬わからなかったが、聞いたことのない声ということは、消去法でそういうことになる。
ロニアは嬉々として目の前の球体を見上げる。
一方、イリックは疲れているため、洞窟の壁に寄りかかりながら腰を降ろす。あちこちが痛む。本当に激しい戦いだった。とりわけネッテが手ごわかった。
「あなたが火の大精霊ね。その傷は風の大精霊のように治せるの?」
「当然だぜー。って、あいつも俺と同じ目にあったのか。人間ごときが俺達の魔力を集めて何しようってんだ?」
ロニアの問いかけに、火の大精霊はしれっと答える。しかし、やはりウーディの思惑まではわからないらしい。
「あの男の目的まではわからないの。サハハ遺跡で何かをしているようだけど……。あなた達はサハハ遺跡がどういった場所か知ってる?」
ロニアはダメもとでたずねる。スムルス平原の西に存在するサハハ遺跡。昔から立ち入りを禁止されており、その上、結界まで用いて厳重に封印されてきた。
そのため、調査は進んでいない。誰一人としてその存在理由を把握できていないのであれば、それはそれで構わない。
しかし、悪い事にウーディだけはサハハ遺跡について何かしらを掴んでいる可能性が高い。それが、膨大な魔力の観測に繋がっていると考えるのが自然だ。
「俺は神でもなんでもねー。知ってるとしたら、土の野郎くらいだろうな。まぁ、自分の居場所なんだから当然か」
「そう……。それじゃ、ここ、ビサラ山脈のドラゴンについて知ってたら教えてちょうだい。最近、ドラゴンの目撃情報が相次いでいるの? あなたの結界が傷つけられたことと関係あるのかしら?」
ロニアは本題に入る。自分達が遠路遥々ここまで来た理由がこれだ。ビサラ山脈に生息するビサラドラゴンについての情報入手。
火の大精霊と会ったことで、何となくだが推測できてしまったが、それでも話を訊ける内は教えてもらいたいのが本音だ。
「多分、そうだろうな。ついさっき、精霊界のモンスターを呼び出した張本人に俺の魔力を奪われるまでは、かなりの魔力が周囲に漏れちまっていた。ドラゴンの野郎がそれをわずらわしく思い、うろうろしちまったんじゃねーか?」
「そういうものなのね……。教えてくれてありがとう」
火の大精霊も確信があるわけではないが、その内容にロニアはいくらか信憑性のようなものを感じることができた。物的証拠は一切ないが、お墨付きをもらえたことから、ドラゴンの件はこれでよしとする。
何より、火の大精霊の結界を破ったモンスターも退治したのだ、解決と言って差し支えない。
「ところで、そこの男は暑いから裸なのか? この時代の男は裸が普通なのか? しかも寝てやがる」
「ん? あぁ、そういうわけじゃないわ。さっきの戦闘で服がダメになったの」
「男の人ってこういう時ずるいよねー。私も裸になりたいなー」
隅っこで上半身裸のまま、すやすやと寝息を立てているイリックに視線が集まる。ロニアは呆れながらも説明し、ネッテはうらやましそうに兄を眺める。
「そうかい。ちなみに、ただの人間だよな?」
「ええ、そうよ。ちょっと変わってけど……」
「マスターはテレポートを習得してイマスデス。それを不思議に思っているノだと思いマスデス」
「あぁ、そういうこと……」
ロニアが自信なく答える横で、トゥルルが火の大精霊の疑問を払拭する。
本来、テレポートを使える人間はこの時代にいない。なぜなら、テレポートは古代人が編み出した、古代人のための魔法だからだ。生き残りがどこかにいるらしいが、少なくともここにはいない。
しかし、イリックから古代人の魔法を感じ取れてしまう。ゆえに、火の大精霊は上半身裸のイリックに違和感を感じる。
「風の大精霊の仕業か?」
「ええ。今回のように助けたら、お礼ってことでイリックが授かったわ」
風の洞窟でモノケロスを倒した。その結果、風の大精霊を救うことに繋がり、その見返りとしてイリックはテレポートを授かる。
「ふーん。なら、俺もそうさせてもらうぜー。ただまぁ、やれるもんなんて限られてるんだよな……」
火の大精霊の口ぶりから、何かもらえるようだと一同はワクワクする。しかし、何をくれるのか全く検討がつかない上に、そもそも今はこれといって欲しいものがあるわけでもなく、うれしいことはうれしいのだが、物を提示してもらわないとどう反応すればいいのか困ってしまう。
「ふむ。その男にこれで服でも作ってやれ。火と氷に強くなれるぜー」
赤い球体とロニアの中間に、ふわっと布のような生地の塊が現れる。ただの赤色ではなく、深みのあるその色は、ただそれだけで火の攻撃に強そうだと感じさせる。
火の大精霊が言う通り、この布は火と氷の属性に対して高い魔法防御を実現している。
ロニアは折りたたまれているバスタオルのような赤い生地を受け取る。思っていたよりもずしりとした重量を感じるそれは、やはり想像していたよりも硬い。これで肌着を作るのは厳しそうだが、丈夫そうな上着を作ることには向いていそうだ。
「ありがたく受け取るわ。もし良ければ、もう少し話を訊かせてもらえないかしら?」
「あ、私も訊きたーい!」
「ん、別に構わないぜー」
ロニアとネッテの要望を、火の大精霊は快諾する。
赤い球体を見上げてピョンピョン跳ねるネッテが口火を切る。
「いつからここにいるのー? 一人で寂しくないのー?」
途端、火の大精霊は大声で笑い出す。
子供らしい良い質問ね、とロニアは内心感心する。寂しくないうんぬんはともかく、確信を突く絶妙な質問なのは間違いない。
「さすがに年月までは数えてなかったぜー。ウルフィエナが完成して、早々に呼ばれたことは覚えてるが、それだって昔のこと過ぎてなぁ。寂しいって感情は……、少なくとも俺は感じたことないぜー」
ほうほう、とネッテが頷きながら聞き入る。
「それじゃ、私からも……。神の世界にはどうやって行けるの?」
「知らん」
ロニアはその即答っぷりに仰け反ることすらできない。風の大精霊がそうであったように、火の大精霊も神が住まう世界への行き方までは知らないらしい。
「どうしてモンスターは人を襲うの?」
久しぶりに口を開いたアジールが、この世界の仕組みの根本に関わることを問いかける。
冒険者やモンスター研究に励む氷の図書館の職員は、常々思っている。
なぜ、モンスターは人間を見つけ次第、襲ってくるのか?
そうしない種族も少なからず存在するが、多くのモンスターは人間を敵視しており、その理由までは解明されていない。
人間を恐れているのか、憎んでいるのか、異なる生き物だから殺したいのか、ただただ殺したいのか、全く検討すらついていない。
野生動物も人間を襲う。しかし、それには正当な理由が存在する。
食べるため。
縄張りに侵入されたため。
怯えているため。
すなわち生きていくためであり、モンスターにも該当することなのかもしれないが、明らかに別の理由が存在すると研究者や冒険者は推測している。
「それこそ神に会って訊くんだな。あぁ、だから神界に行きたいのか? 今も昔も、人間の考えることは同じなんだな。ほんと、わかんねーなー。二世代以降の考えることは」
「二世代?」
聞いたことのない単語に、ロニアが首を傾げる。
「人間のことさ」
(おっと、この言い方は正しくはないんだったか? まぁ、構わねーか)
二世代が人間なら、一世代目は古代人を指すのだろう。ロニアはそう納得する。
「この娘の目について、何か知ってる? 魔眼って呼ばれているのだけど」
ロニアはアジールの顔に人差し指を向ける。黒目の中に赤い線で円が書かれており、見た目も独特だが、感知できるかできないかのわずかな魔力を放っている。
魔眼と呼ばれる目を持って生まれる人間は極稀に存在し、この大陸で確認されているのは、アジールの他には神の名代くらいだ。
不思議な力を持つものの、発生理由はおろか、その起源すらわかっていない。
「そこのガーディアン以上に気になってたんだよなー。わからん。というか、知らん」
「そう……。そういうこと……」
そしてロニアは一人納得する。火の大精霊すら知らないということは、それはそれで収穫だ。
「トゥルルのコトをゴ存知なんデスカ?」
「あぁ、氷の野郎がいる場所だろ? そこを守護させるために作られたのがガーディアンだ。こんなところにいることが不思議だったんだが……、まぁ、人間のやることはよくわからねーな」
クックックと、しかし、トゥルルやそもそも目の前の人間には興味なさげに、火の大精霊は静かに笑う。
「さて、ここらでお開きだ。俺は結界を回復させるために一旦内にこもるぜ」
「あ、ええ、わかったわ。色々ありがとう」
「バイバーイ」
ロニアとネッテの返事を聞くや否や、目の前の球体からすっと存在感のようなものが薄まる。
仮に問いかけたとしても、もはや返答は来ない。
そして一同はイリックを叩き起こし、テレポートでガーウィンス連邦国に帰還する。
洞窟の中はサウナのように暑く、トゥルルを除く全員は汗だくだ。
宿屋に着いた四人は、競うように風呂に入る。
その後、ロニアとトゥルルは火の図書館に向かう。
これが、戦闘後の一連の出来事だ。
◆
「なるほどのう。これがその生地というわけか」
「ええ。イリック用の服を作ってあげるつもりよ」
ゴルドは、ロニアから手渡された赤というよりは真紅に近い生地をまじまじと見つめる。柔軟性と硬さを兼ね備えており、防具を作るのに適していると直感的に理解させられる。何より、特殊な魔力が施されており、火の大精霊の加護なのだろうとゴルドは想像する。
「ふむ。明日、イリック共々、雷の図書館に持っていくとええ。館長のコドウンが力になってくれるじゃろう。わしからも話をしておくわい」
「そう。助かるわ。イリックったら、ただの服で今まで戦ってきたから、攻撃を食らう度に致命傷だったのよね。これで少しはまともな冒険者になれるでしょう」
「ガッハッハ。違いない」
ロニアの言う通り、イリックは防具など装備したことがない。
金が無かったから。
鎧の類は動きづらそうだから。
そういった理由で、イリックはただの街着を着て、モンスターと七年以上も戦ってきた。
冒険者にとって、魔法を使用するモンスターは厄介な相手と言わざるをえない。攻撃魔法の回避は困難だからだ。速く、読みづらいその攻撃は、命中すると軽症では済まない。
しかし、そのために防具がある。イリックはついにそれを入手することになる。
「で、私達はこれでお役御免ってことかしら?」
「ん、そうじゃのう。今は……じゃが」
「そう。まぁ、お金さえもらえれば何でもやるのが冒険者だもの」
「う……」
ロニアが手のひらを前に突き出す。
ゴルドはそっと赤い生地を返す。
それを受け取りつつ、もう一度手のひらを前に出す。そうじゃない、そう無言で訴える。
「ま、待ってくれ! 今は予算がないんじゃ!」
「なんですって!」
そして喧嘩が始まる。ロニアが一方的に攻め立てるため、喧嘩ではないかもしれない。
「勘弁してくれー!」
「搾り出しなさい! あんた達の人件費でも削ればいいでしょ!」
「そ、そうもいくかー!」
そのまま五分ほど問答が続き、今日のところはマジックポーション二本で手打ちとなる。一本一万ゴールドもする薬品を二本。実はかなりの報酬だ。
もっとも、五人がかりで働いたクエストの依頼と考えると少ないが、今回はこれ以上絞れないため、妥協せざるをえない。
「はぁはぁ……。鬼のような娘じゃ」
「なんですって!」
ロニアの顔に血管が浮かぶ。
「ウーディという人間ハ何を計画しているのデショウカ?」
機械娘が一番まともなことを言い出す。この発言により、バカ騒ぎは収束する。そもそもこれを議論しなければならない場であり、そのことに気づいた二人は大人しく考え始める。
「大精霊の魔力を集め、サハハ遺跡に溜め込んでおる……。そういうことなんじゃろう」
「それは手段であって目的ではないでしょ? 何を企んでるの?」
「……わからん」
そう、わかるはずがない。ゴルドとウーディの因縁は長い。しかし、それでもなお、ウーディという人間のことなど、何もわからない。
ゴルドとウーディの出会いは三十四年前まで遡る。
当時、ゴルドは三十二歳。火の図書館で一職員として研究に没頭していた。体には筋肉などついておらず、学者か魔法使いにしか見えないすらっとした風貌だ。頭の上には黒い髪がごわごわと生えており、将来これらが失われるとは想像できない。
ある日、根暗でひょろっとした若者が火の図書館に配属される。魔法学校を卒業し、風の図書館で働いていたウーディだ。魔法の才覚を認められ、晴れて火の図書館に移籍したのだった。ウーディ本人はそれを望んでいなかったのだが、生い立ちに負い目を感じており、断ることができずに新たな職場を受け入れる。
こうして二人は出会うのだが、だからと言って意気投合することもなければ、ぶつかりあうこともなく、月日は刻々と過ぎていく。
ゴルドは女性職員の尻を追いかけながらも、魔法の研究に没頭する。
ウーディは仕事ということで、寡黙に研究に励む。
両者は共に優れた感性を持っており、やがて、最前線を走る研究者として、他者から一目置かれるようになる。
変化が訪れたのは二人の出会いから十一年後。
それに気づけたのはゴルドだけだった。
ウーディには魔法の才能がこれっぽっちもない。後衛攻撃役に当てはまる人間ながら、攻撃魔法を一切習得できずにいた。
しかし、魔力が非常に高く、何より、魔力を具現化し、手足のように操ることが可能という稀有な才能を持ち合わせていた。そう、魔力が高いだけではなく、魔力制御に関して誰よりも秀でた才能の持ち主だった。
そんなウーディがある日突然、氷の魔法を習得する。社交的ではなかったウーディも、その事実には胸躍らせ、嬉々として職員達に自分の魔法を披露した。
皆が祝福する中、ゴルドだけは違和感に気づく。
ウーディが使う魔法の波動はどこか歪だった。一見するとただの攻撃魔法であるアイスクルにすら、異質な魔力が見え隠れすることをゴルドは見逃さなかった。
ただの魔法だが、そうではない。では、何か? それがわからない以上、本人に問い詰めるしかなく、しかし、それは悪手だと察し、ゴルドは以降、ウーディに目を光らせるようになる。
何も起きないまま時は過ぎ、ついにその日が訪れてしまう。
火の図書館の館長候補として、ウーディが指名されたのだ。
ウーディに人望はないが、実力と研究成果は誰よりも認められており、反発する者は一人しかいなかった。そう、ゴルドである。
なぜか? ゴルドだけが、ウーディの抱える闇に気づけたからだ。
氷の魔法を習得して以来、ウーディの研究内容は変化した。破壊に特化した魔法の研究である。それ自体は悪いことではない。知識として必要不可欠なことであり、モンスター討伐に役立てる可能性すらある。
しかし、ゴルドだけは見抜いていた。その攻撃対象がモンスターではなさそうだと。
まるで、スムルス平原に住まう生き物を殺すためのような。
突き詰めれば、ガーウィンス連邦国の国民が標的にされているような。
ウーディの研究の裏には、そういった殺意が見え隠れした。勘ぐった見方、もしくは先入観のせいだとゴルドは何度も視点を変えてウーディの研究を調査したが、行き着く先は変わらない。
ゆえに、ゴルドはウーディの館長指名に反発する。終いには、自ら立候補し上層部を困らせる。
まさかの事態に代理議会が検討を続ける裏で、ゴルドとウーディはついにぶつかり合う。
問いかけるゴルドとはぐらかすウーディ。
ウーディの嘘をつけない性格が災いし、結果、喧嘩を通り越して戦いにまで発展してしまう。
ゴルドは弱体魔法と強化魔法を主体に、ウーディは氷魔法と魔力の塊そのものを武器に戦う。
結果はゴルドの勝利に終わるが、最後の最後でウーディはゴルドの魔力を半分奪ってみせる。
まさかの術に驚くゴルドだったが、負けたことと何より野心を見抜かれていたことから、ウーディはガーウィンス連邦国から立ち去ることを選ぶ。
その後、ゴルドはウーディの目論見を暴き、晴れて火の図書館の館長に任命される。二十五年前のことになる。
その後、ウーディの姿は目撃されることなく、今に至る。
火の図書館に危険な人物が潜んでいたことも、やがては人々の記憶から消え去り、ゴルドは魔力を大きく失ったことから、武器を杖から両手斧に変化させ、気づけば筋肉隆々の年寄りになっていた。
平和を取り戻した火の図書館では、ゴルドが女性職員やタイトワンピースを着た黒髪の女教師にセクハラする光景が日常となった。
「最後以外はいい話ね」
「ほんと、ええ体しとるのう」
呆れるロニアの体を、ゴルドはまじまじと見つめる。眼福じゃー、眼福じゃーと繰り返しお経のように唱える。
「三百年前ノ惨状ヲ繰り返すタメだと思ワレますデス」
「まぁ、そうじゃろうな~」
「でしょうね。つまり、この国を滅ぼしたい、と……」
トゥルルは約三百年前にサハハ遺跡で起こった出来事の再来を予感する。
真歴256年。サハハ遺跡から漏れ出た膨大な魔力が周囲を焼き払い、大災害を引き起こす。
ウーディの目論みは、これを真歴550年、つまり現在で実行しようとしている。一同はそう予想する。
三百年前の出来事がささいな事故だとしたら、狙って引き起こした場合、その規模は計り知れないことになる。それこそ、ガーウィンス連邦国を完全に焼き払うことも可能かもしれない。
「ウーディは実に頭の切れる奴じゃった。ガーウィンスの結界を素通りするための札も、あやつの手によって利便性が向上したくらいじゃ。サハハ遺跡の存在理由、稼動方法、そして己の能力、それらをきちんと把握し、計画として実行しているのかもしれんのう」
ゴルドは昔を振り返るようにしみじみと考えを述べる。ウーディの能力は魔力の吸収および貯蔵だ。同時に、人並み外れた魔力制御による魔力の具現化と氷の魔法を持ち合わせている。
ゴルドはちらりと机の引き出しに視線を向ける。その中には先日役立てた長方形の白い紙切れがしまってある。
ウーディの成果の一つに、結界を通過するための札の改善が挙げられる。従来は数回の通過で札が破れてしまい、下手すると結界内に閉じ込められる場合もあった。
ウーディは札を消耗品から恒久的なものへ進化させる。誰もが実現できなかった利便性の大きな向上だ。
「おもしろい奴だったけど、まぁ、これだけのことをやらかそうとしているのだから頭はいいのでしょうね」
「憎みきれない男だったのは間違いないんじゃがなぁ。飲みに誘えば普通についてきよるし、話しかければ会話もそれなりに弾むしのう」
しかし、ゴルドは気づいていた。ウーディが時折見せる、凍りつくような目を。どういうわけか、他人を見る時にその目を見せることが多かった。とりわけ、不真面目な職員を見る時の目には寒気すら感じられた。
「そんなことはどうでもいいから、さっさとあの結界をどうにかしなさいよ」
「わ、わかっとるわい。じっくりねっとり解析中じゃ!」
「あぁ、気持ち悪い」
「なんじゃと!」
ワーワーギャーギャー吠え出す二人を尻目に、トゥルルはちょこんと座ったまま、表情を少し崩す。
「ふふ、楽しソウデスネ」
ゴルドは見逃さない。
「なぁ。トゥルル、少し変わっとらんか?」
「え、そう?」
喧嘩を一旦止め、ゴルドとロニアはトゥルルを見つめる。やさしい笑顔をしており、確かに以前とは違うように見える。
もっとも、毎日一緒にいたロニアは気づけていないが、ゴルドの言う通り、顔つきや喋り方が少し人間に似てきている。
「何かあったのか?」
「一緒ニ冒険ヲしましたデス」
ふむ、とゴルドは髪の毛の少ない頭をクシャクシャをかき混ぜる。
(こやつらと一緒に過ごして、人間性が高まってきた……といったところかのう。機械に人の魂を宿す。古代人はとんでもないわい)
人知を越えた存在が目の前にいることをうっかり忘れていた。ゴルドはそう認識し、ロニアとの喧嘩がバカらしくなる。
「それじゃ、報告も済んだし帰るわよ。明日は雷の図書館にイリックを連れていくから、よろしく言っておいて」
「ああ、わかっとるわい」
「失礼シマスデス」
そして館長室から二人がいなくなる。
途端に静まり返ったことにゴルドは小さく戸惑うが、本来はこれが正しいあり方だとすぐに理解し直す。
背後の壁に取り付けられている四角い窓に移動し、ふぅと息を吐きながらカーテンをシャッとどかす。
外はすっかり暗くなっており、夜空の月が研究区の湖にも映りこんでいる。
(今日も残業だのう……)
どっこいしょと椅子に腰かけ、ロニアからもたらされた情報を一つずつ精査し直していく。
館長の仕事は、机の上の書類のように、まだまだ山積みだ。
◆
「ウーディはそういう男みたい」
「へ~」
掃除が行き届いている少し広めの四人部屋で、イリックはロニアの話に耳を傾ける。
ベッドは四つ。白いシーツと掛け布団が綺麗に敷かれている。
窓の外はすっかり暗くなっており、それと連動するように腹もグーグー鳴る。
五人は夕食前に、今日の成果および報告を話し合っていた。
ロニアがゴルドへの報告についてイリック達に話す。ネッテは途中から飽きて兄にちょっかいを出し続けるが、誰もつっこまない。
「他人の魔力を吸収……。初めて聞いた」
アジールが表情を変えずに驚く。それも当然だ。そんな芸当は、人類史上、ウーディくらいしか行えない。魔眼よりもはるかに稀有な能力と言える。それこそ、イリックのコネクトやテレポートに匹敵するかもしれない。
「そういう天性の素質を持ち合わせていたのでしょうね。その上、氷の魔法まで使うらしいわ。次出会ったら戦うことになるかもしれないから、用心しておきましょう。というわけで、イリック。明日、あなたの服を作りに行くわよ」
「へ?」
ロニアの突然の提案にイリックは間抜けな顔で反応する。イリックは知らない。火の大精霊とのやり取りを。それも当然だ。寝ていたのだから。ゆえに、服を作る件についても初耳だ。
「いいから、明日は雷の図書館に向かうわよ」
「はぁ……」
心底どうでもよさそうなイリックの生返事に、ロニアの眉がピクリと動く。
「お兄ちゃん、服なんかどうでもいいもんね」
「そこらへんの服でいいんですけど……」
ネッテが兄の心情を語り、イリックが興味なさげに追従する。
はぁ~、と大きなため息と共に、ロニアが事のあらましを説明する。聞いたところで、イリックとしてはやはりどうでもよい。
「つまり、フレイムやアイスクルに対して高い耐性を得られるのよ」
「そういうことなら、ネッテやロニアさん用のを作ってくれていいですよ」
のれんに腕押し。イリックはロニアの言い分をありがたく思いはするが、自分以外を優先してくれていいと突っぱねる。
「あぁん、さすがお兄ちゃん!」
「腰を振るな、腰を」
ベッドに腰かけていたイリックに飛びつき、ネッテはカクカクと腰を振る。
「ネッテちゃんはムーンハーネスがあるから。あなた、あまり把握できていないでしょうけど、十二万ゴールドは伊達じゃないのよ? 調べてみたんだけど、かなりの魔法防御を実現してる防具だったわ。ちなみに私のワンピもなかなかのものよ。だから、消去法であなたなの。今日だって思いっきり魔法でやられてたじゃないの」
「うぐぅ」
理詰めで責められると何も言い返せない。それがイリック。
「というわけで、明日は雷の図書館へ行くわよ。それじゃ、そろそろご飯に行きましょう」
「わーい!」
ロニアがこの場を締める。現在の時刻は午後八時。普段よりは少し遅い時間だが、日中の暑さのせいで食欲は若干減退している。丁度よい頃合いと言えるかもしれない。
ぞろぞろと四人はギルド会館に向かう。こういう時、トゥルルは留守番だ。混んでなければ連れて行くのも構わないのだが、食事をしないにも関わらず椅子を一つ占有する行為は申し訳ない。
冒険者の往来が多い建物の扉を開けると、もわっと料理の匂いが漂ってくる。
右半分はギルドとしての機能を、左半分は食堂となっており、どちらも男と女で賑わっている。
料理と酒で夜を満喫する荒くれ物達をかきわけ、イリック達は空いている四人用の席に腰かける。
イリックは常々思うことがある。
ネッテはともかくとして、アジールとロニアは美人だ。しかもスタイルまで良いときている。ゆえに、こういったシチュエーションでは、決まって男達の視線を自然と集めてしまう。
それが恥ずかしく、そしてこそばゆい。
男一人、女複数人。こんなパーティは少ないなりにも存在する。しかし、やはり少ない。そもそも、冒険者の半分以上は男だ。男女比の算出は難しいが、このギルド会館内だけで比較した場合、男七の女三といったところだろう。
ゆえに、男三の女一や、それこそ男だけパーティの方が圧倒的に多い。
つまり、イリックには嫉妬の目が向けられる。
うらやましい。
ずるい。
俺と代われ。
そんな感情がイリックの周囲で渦巻く。
だからと言って暴力沙汰に発展することは決してない。冒険者を目指す者、冒険者になった者は、えてして人としての器が大きい。嫉妬くらいはするが、酒が入れば笑って吹き飛ばせる安い感情だ。
小心者のイリックが他人の視線を感じ取って敏感になっているだけとも言える。最近ではあまり気にならなくなったが、ガーウィンス連邦国のギルド会館では、突き刺さる視線がいつもより痛いと感じてしまう。
もちろんそれには理由がある。
ロニアはガーウィンス連邦国の人間だ。ここを拠点に冒険者としての活動を始めたのだから、このギルド会館にロニアを知らない冒険者はほとんどいない。
タイトワンピースを着こなす美人。
パーティに誘っても必ず断られてしまう。
そんな孤高ぶりがロニアをより一層神秘的な存在に変えていく。
ある日突然ロニアがギルド会館に姿を見せなくなっても、男達の記憶には残り続けた。
その後、高嶺の花だったロニアが仲間を引き連れてガーウィンス連邦国に戻ってきたのだから、男達の視線を集めるのは仕方がないと言える。
「お兄ちゃん、何食べるー?」
「ん~? これで」
ネッテがメニューをイリックに見せる。
そんな二人を見て、ロニアはふと不思議に思う。
「あなた達、そういえば喧嘩してなかったっけ?」
「一緒にお風呂入ってくれたからそれで許した!」
「ぶわっ!」
イリックは泣く。この年で妹と風呂に入らされるとは夢にも思わなかった。ちょっとロニアのショーツを盗み見ただけでこの仕打ちだ。
キャッキャと楽しそうなネッテとロニア。
イリックだけは泣く。
そんな仲睦ましい様子を見せつけられれば、周りの男達も嫉妬がいかに陳腐なことかと思い知らされる。
ギルド会館では決して笑顔を見せずに独りで佇んでいたロニアが、今では満面の笑顔で仲間達と笑っている。
良い仲間に巡り会えたんだな。
お幸せに。
男達の心から、邪気が払われていく。
しかし、事件は起きてしまう。事件というほどでもないが、彼女いない歴イコール年齢のイリックにはショッキングな出来事だ。
いくつもの料理が運ばれて来た頃、一人の男がすっとイリック達のテーブルに歩み寄る。それに気づいたのはネッテとアジールであり、イリックとロニアはガーウィンス風サラダを口に運んでいたため、すぐには反応できなかった。
「な、これ私が注文した料理よ」
「知ってます。ちょっとください」
そんなロニアとイリックの言い争いを中断するように、その男がロニアの名を口にする。
「ロニアさん。お久しぶりです」
聞き覚えの無い声に、一同は固まる。否、ロニアだけは平然とドレッシングのかかった野菜を口に運び続ける。
(誰だろう? 金持ってそうだな)
(二枚目~)
(良い鎧着てる)
三者三様の感想とは別に、ロニアだけが真実に辿り着く。
「久しぶりね。まだ後衛攻撃役を探しているの?」
「いえ。ロニアさんほどではないでしょうけど、良い仲間を見つけることができました」
「そう、おめでとう」
ロニアの社交辞令的な反応にも、その男はくじけず笑顔を向ける。
身長は長身だ。アジールくらいはあるだろう。つまり、イリックより一回り高い。
短い黒髪は若干野暮ったくツンツンとしており、ネッテがそう思ったように二枚目な顔立ちをしている。
着ている鎧はあちこちに傷が見られるが、それでも青い光沢をある程度維持しており、その色合いからアダマン製ということがうかがえる。
アダマンは最高クラスの素材であり、この鎧を身に付けているということは、かなりの金持ちということになる。金を稼げるということはかなりの実力者とも言える。
「ロニアさん、実はお話があります」
「見てわかる通り、私、もう仲間を見つけたわ。悪いわね」
「いえ。その件ではないんです」
この男の名はナロマス。とあるパーティのリーダーを務めており、実力と教養を兼ね備えた二枚目として、ガーウィンス連邦国のギルド会館では有名な存在だ。
以前、ロニアをパーティに誘った経験がある。その際はあっさりと断られたが、その時から胸にある感情を抱いていた。
「それじゃ、何?」
「好きです」
ナロマスの発言にロニアはピシャリと固まる。
童貞のイリックは野菜を吹きかける。
子供のネッテはキャーとうれしそうに悲鳴あげる。
無口なアジールはこの話題に興味ない。それよりも目の前の肉料理だ。
「お兄ちゃん、どうしよう!」
「少し黙ってなさい」
ネッテのテンションが際限なく高まる。
イリックもソワソワと落ち着きない。はしゃぐネッテのおかげで幾分落ち着きを取り戻すことには成功したが、それでもハラハラドキドキしている。告白をしたこともなければされたこともなく、その場に居合わせたこともないのだから、当然の反応と言えるかもしれない。
「申し訳ないのだけど、見た目だけで人を判断する人って嫌いなの。ごめんなさいね」
驚きはしたが、ロニアは自分の意思をはっきりと伝える。
この美貌から、こういった場面には過去何度となく出くわしている。場慣れしているからというわけではないが、自分の考えを異性に伝えられるだけの強い意思をロニアは持ち合わせている。
「そうですか、残念です。でも、まだ諦めません。また近いうちにうかがいます」
「こ、こりないわね、あなたも……」
ナロマスはくったくない笑顔と共に立ち去る。
さすがのロニアも怯まずにはいられない。
仲間と思われる気さくそうな冒険者達に肩を叩かれ慰められながら、ナロマスはギルド会館を後にする。
そして、イリック達のテーブルはわっと湧く。
主にネッテ一人がロニアに質問責めを始める。
「いつ知り合ったの!?」
「冒険者になった頃よ。一人でいるところをパーティに誘われたの。断ったのだけど、今更こんなことになるとは思ってもみなかったわ」
「二枚目だったよ!?」
「そうね。顔だけならイリックより上かしら」
「お、お兄ちゃんの方がかっこいいよ! 多分!」
「いや、そういうのいいから……」
妹に慰められたところで、うれしくもなんともない。
男から見てもナロマスは二枚目だ。
長いまつげや整った鼻のライン。
色気を感じさせる口元。
部品一つ一つが美男のそれだ。
自分が敵わないことなどイリックは重々自覚している。勝負をするつもりもないが。
その後もネッテが一人でギャーギャー騒ぎ、ロニアは軽くあしらう。
イリックとアジールは適宜料理を注文し、皿を一つずつ片付けていく。
(アジールさんもこういう話、興味ないんだな。というか、ネッテの食いつきっぷりが異常なだけか?)
鼻息荒く、ネッテはコイバナを続ける。その様子を見ていると、女性はこういった話が好きなのだろうと思えてくるが、一言も話さずにもしゃもしゃと料理をほうばるアジールを見ていると、そんなこともないのかと考えを改めさせられる。
「お兄ちゃん! もしロニアさんがあの人の恋人になっちゃったらどうする!?」
「――え、何その質問?」
「抜けちゃうかもしれないんだよ!?」
「そうなんですか?」
「まぁ、普通はそうなるのかもしれないわね~。パーティ間での引き抜きなんて、冒険者ならよくあることだし」
ロニアの言う通り、いつまでも仲間が固定されるパーティは稀にしか存在しない。理由は数多く存在する。
仲間が冒険者を引退。
方向性の違いによる意見の不一致。
報酬や戦い方をきっかけとする喧嘩。
より強い冒険者のスカウト。
今回のケースのような引き抜き。
仲間の死亡。
そもそも、その都度仲間を募集して冒険に出発するというスタイルをとっている冒険者も少なくはない。
冒険者達は気さくで良い人間ばかりだ。しかし、癖が強いのも事実であり、合う合わないといった相性は必ず存在してしまう。
冒険者と言っても様々な戦い方が存在する。
モンスターに接近して戦う盾役や前衛攻撃役。
少し離れて戦う中衛攻撃役や中衛補助役。
完全に離れて戦う後衛攻撃役や後衛補助役、そして後衛回復役。
活動の仕方も様々だ。
完全に一人で活動することを好むソロ派。
仲間とだけ活動したがるパーティ重視派。
普段は一人だが、美味しい募集があれば乗っかる野良派。
さらに性格や方向性が加わる。
ひたすらモンスターと戦いたい戦闘主流派。
金が稼げるなら何でもいい派。
戦闘は極力避け、素材集めやお宝発掘で金を稼ぎたい派。
最低限の稼ぎを維持しつつ、探検に興じたい派。
そして、冒険者としての素質が加わる。
冒険者歴が長いか短いか。
十分な魔法や戦技を覚えているかそうでないか。
装備は整っているか貧弱か。
そして、男か女か。
大人か子供か。
活動拠点はどこか。
活動時間はいつか。
遠出が可能か否か。
冒険者にはこれだけの事情と組み合わせが存在する。ゆえに、冒険に出発するため仲間を募集したとしても、なかなか見つからないというケースも珍しくはない。
どこどこにこのクエストをやりに行くため、盾役一人、前衛攻撃役一人、補助役一人募集。
こういった募集があった場合、まっさきに前衛攻撃役が埋まる。なぜなら、ここに該当する冒険者の人口が多いからだ。
募集要項に当てはまるからと言って声をかけたとしても、戦闘力や装備面、戦技の習得具合によっては主催者に断られる可能性がある。
実力の見合わない冒険者をパーティに加えることは、仲間を危険に晒すのと同義だからだ。そのせいで死人が出てしまったら、それこそ大惨事と言える。
そしてこの募集の場合、補助役がなかなか集まらない。タイミングによっては盾役も難しいだろう。
なぜなら、盾役と補助役は他の分類と比べ人口が少なく、その結果、既に専属のパーティに入っている可能性が高い。
盾役はリーダー気質な人間が多く、リーダーとなってパーティを作ってしまうという背景も存在する。
一方、補助役には二つの側面が存在する。
一つ目は、その役割が地味なことだ。冒険者を目指していても、自分が補助役だと判明した時点でその夢を諦めてしまう者が最も多い分類と言われている。
武器で戦うわけではない。
魔法で攻撃できるわけでもない。
淡々と味方を強化し、モンスターを弱体するだけの役割。ゆえにやりがたる人間は少ない。
二つ目は、その人口の少なさとパーティにおける重要性から、専属のパーティに勧誘されやすい。とりわけ、中衛補助役は最も声がかかり易いと言われており、ソロで活動している中衛補助役は極めて少ないと言われている。
冒険者には様々な事情が存在する。
アジールやロニアも冒険者だ。
イリックはそのことを忘れたことはない。
しかし、考えたこともなかった。アジールやロニアが脱退する可能性など。
ネッテについては、引退したいと言うのなら、どうぞどうぞと首を縦に振る。それがイリックのスタイルだ。こんな危険な職業、本当はネッテにやらせたくない。
そして、ロニアが引き抜かれようとしている。それはロニア自身が否定したが、確率が上がったという意味ではよろしくない状況と言える。
ロニアはこのパーティにおける頭脳枠だ。魔法枠でもある。今となっては無くてはならない存在だ。
だからと言って、自分の進路を決めるのは自分であり、どうしたいかを決めるのはロニア自身だ。
リーダーとして、やれることは少ないのかもしれない。
「それは残念だな~。アジールさんとロニアさん抜けちゃったら、二人で冒険続けるか?」
「続ける! でもやだ!」
イリックの意地悪な質問に、ネッテが本心をぶつける。言いたいことはわかる。冒険者を辞めるつもりはない。一方でアジールとロニアの脱退を認めたくもない。そういうことだ。
「私は絶対にいなくならない」
「わーい! ロニアさんは?」
「私もそのつもりよ」
「わーい!」
どうやらいらぬ心配をしてしまったようだ、とイリックは安心する。そのついでに、ロニアのガーウィンス風サラダをもしゃりと口に含む。あ、無くなってる! とロニアが悲鳴をあげたが聞き流す。
「でも、さっきの男。またアタックしに来るみたいですよ」
「そのようね。彼だけは絶対にありえないのだけど……」
イリックがギルド会館の入り口方面をちらりと見る。ナロマスはもう見当たらない。
ロニアはふぅとため息をつき、ガーウィンス風サラダをおかわりする。
「何で何でー? かっこいいのに」
ネッテが言うように、確かに二枚目な男だ。立ち振る舞いにも、どこか優雅さのようなものが漂ってくる。
「だって……ね~。まぁ、次来たら、バシッともう一度断ってやるわ」
「モテる人は大変ですね~」
何かを含みつつロニアが決意する一方、そんな経験は一度もなかったため、イリックは他人事のように振舞う。
「お兄ちゃんもかっこいいよ!」
「はいはい」
「イリックと結婚したい」
「はいはい」
妹と仲間に慰められてもたいしてうれしくない。イリックはさらりと受け流し、エビフライをさくっとかじる。
イリックは魚だけに限らず、海の幸全般が好物だ。それはエビも例外ではない。
トリストン大陸の南側面の海底で取れるトリストンエビは、体に黒い線が模様のようにいくつも走っており、火を通せば黒い体は赤く染まる。適度な大きさと味から食用として人気のエビであり、エビフライを筆頭に、様々な形で食べられている。
「イリックはともかく、ネッテちゃんとアジールはモテたんじゃないの?」
(ともかく!?)
イリックは涙を流しながらエビフライを食べきる。涙が隠し味として加わろうと、美味いものは美味い。
「私は告白されたことなんか無いな~」
「私も」
ネッテとアジールも悲しい青春時代を過ごしている。その事実がイリックの荒んだ心を癒す。
「ネッテちゃんはお兄ちゃん好き好きオーラのせいでしょうけど、アジールは不思議ね。その顔、背の高さ、スタイルの良さ、どれも一級だと思うけど」
「性格のせい?」
ロニアがいかに褒めようと、アジールの過去は変わらない。子供の頃から人見知りで、外に出る時は二人の兄の後ろをついて歩くだけだった。兄が構ってくれなくなってからは、自分の部屋で遊ぶ時間が増えたが、冒険者を目指すようになってからは一人で体を動かすようになった。
他人との接点がなかったことが、アジールを色恋沙汰から遠ざけた。
「そ、そう……」
普通なら盛り上がるはずの恋愛体験に、これっぽっちも花が咲かない。興味無さそうに料理を味わう三人を眺めながら、ロニアはこの話題を二度と振らないと大きな胸に誓う。
◆
翌朝。
ガーウィンス連邦国を満たす樹木の葉に朝露が滴る中、トゥルルを除く四人は眼下に湖を眺めながら土の地面を歩く。火の大精霊から譲り受けた真紅の生地で、イリックの上着を作ってもらう。そのために、雷の図書館を目指している最中だ。
雷の図書館は植物や動物といった、人間やモンスター以外の生き物を専門としている研究機関であり、植物繋がりで繊維についての取り扱いにも長けている。
トゥルルもつい先ほどまでは同行していた。遺跡について調べたいらしく、一人氷の図書館へ向かう。
「こんなに大勢で行くなら、俺は行かなくてもいいのでは……」
「何言ってるの。あなたが主役でしょ」
「あ、はい」
イリックの案はロニアに却下される。今回の目的はイリックの上着作成を依頼することであり、イリックがいなければ話にならない。
ネッテとアジールは興味本位でついてきているだけだ。終わり次第、ネッテはロニアと共に、トゥルルがいるであろう氷の図書館へ向かう。
アジールは冒険者らしくギルド会館で情報収集を行うつもりだ。
やがて、黒に近い茶色の建物に辿り着く。屋根は丸みを帯びており、左右には別棟とも言うべき小さな建物が連なっている。雷の図書館だ。
茶色い扉を開けて、四人はぞろぞろと建物に入る。
中は本棚で溢れかえっている。もちろん、本棚には本がびっしりと詰まっており、黄色に近い小麦色のローブを身にまとった職員達が、難しい顔で難しい本に目を通している。
「あ、丁度良かったわ。あの人よ」
ロニアの視線の先には、正装と思われる茶色い服を着た男性が、ずり落ちる眼鏡の位置を直しながら本棚に向かって本を探している。
手の甲や顔のしわから年齢は五十代だろうか。短い黒髪にはまばらにしか白髪が見当たらないが、その中心には大きな肌色の円が形成されている。むしろテカテカに輝いている。
ネッテが何か言いたそうだが、イリックはそれを無視してその男性に歩み寄る。
「おはようございます。イリックです」
「んん? おう、お前がそうか。よく来たな。後ろのべっぴん達が仲間というわけか」
この男の名はコドウン。雷の図書館館長であり、今はゴルドとヨールモールの三人でサハハ遺跡の異常な魔力について調べている。忙しい中、ゴルドに頼まれたということもあり、イリックの上着作りに協力してくれる運びとなった。
「初めまして。ロニアです。これが火の大精霊から譲ってもらえた布地よ」
「ほう……。すごい魔力じゃな」
「ええ。火と氷に耐性があるらしいわ」
コドウンとはこれが初対面となる。他の館長達とは、サウノ商業国での緊急会議で顔合わせを済ませている。その際、欠席者したコドウンとは今まで会う機会がなかった。
「これでこやつの服を作ってやればいいんのか」
「お願いします」
コドウンは眼鏡越しにまじまじと生地を観察する。濃い赤色の生地はほんのりと硬く、そして少し重たい。繊維一本一本もロニアのタイトワンピースに使われている布地と比べれば太く、素人目にもこれで服を作るのは大変そうだ。
「ゴルドからは上着と言われたが、具体的にはどうする? 今風にブルゾンチックにするか? 防具としてならコートの方がいいような気もするが……」
コドウンの発言にイリックは固まる。何を言っているのかさっぱり理解できない。今までネッテに服を決めさせてきたため、服の名称など把握できていない。上着なら上着。肌着なら肌着。そんな知識レベルだ。
「……なんか言いなさいよ」
「あ、それじゃ、お任せで」
ロニアに急かされ、そういうことにした。わからないのだから、そうとしか言いようがない。
「ふむ。なら、ピーコート風で攻めてみるか」
さらに意味不明な単語が飛び出す。イリックは帰りたい衝動を抑えるのに必死だ。
「ア、ハイ……」
そうとしか言えない。言えないのだ。
固まって動けないイリックを他所に、ロニアとネッテがこそこそと話し合う。
「ネッテちゃんが甘やかした結果があれよ。少しは自分で服選ばせた方がいいんじゃないの?」
「え~、見ててかわいいじゃーん」
「まぁ、わからなくもないけど……」
コドウンが何を言っているのか理解できないため、イリックはギクシャクと当たり障りのない応答でその場を凌ぐ。その様子が女心をくすぐるのだが、ロニアとしてはもう少しシャンとして欲しいと思えてしまう。
その後、マネキンのように固まったまま、イリックは体の寸法を職員達に測られていく。
(う、なんかかわいそうになってきたわ……。本でも読んでようかしら)
リーダーの情けない姿を見かね、ロニアが本棚に歩み寄ろうとした時だった。いつの間にか背後に立っていた若い女性職員がそっと口を開く。
「あなたとあなた……。それ、何の呪い?」
「えっ?」
振り向くと、そこには小麦色のローブをまとった女性がネッテとアジールを見比べていた。
身長はロニアと同じくらい。すなわち、ネッテよりは高く、アジールよりはグンと低い。真っ赤な髪はどこまでも伸びており、背中を撫でるように揺れている。くりくりと動く大きな目も、髪に負けじと真っ赤だ。
「二人共、呪われてるよ」
アジールよりは年上だが、どこか子供っぽさも持ち合わせているその女が、ネッテとアジールを順に指差す。
ロニアは指差された二人以上に驚く。
呪われている。これは以前、北の地でも指摘された。
相手は煉獄のモンスターを呼び出せるネルであり、その際はネッテが呪われていると指摘されたのだが、その詳細までは明らかにされなかった。
しかし、目の前の女はネッテだけでなくアジールもそうだと言ってのける。
ロニアはこれを受けて、抱いていた推測を確信に変える。
「私も?」
「ええ。どうしたの、それ?」
アジールが問いかけると、その女は小さく頷く。
「実は私達もわからないのよ。この呪いについて、何か知らないかしら?」
ロニアがずいっと一歩近寄り、相手から知識を引き出そうとする。それも当然だ、この職員は何かを知っている。もしくは、特別な感性を持ち合わせている。
しかし、首を左右に振り、知らないと態度で答える。
「お、どうしたんだい? イリンさんの知り合いだったのかな?」
「いえ、違います」
コドウンがロニア達に歩み寄る。
この女の名前はイリン。つい先日、雷の図書館に職員として採用されたばかりだ。魔法に対する見聞と高い魔力制御を評価され、その上、神の名代の推薦まであり、採用が決まった。
「もう少しで終わるから、ちょっとだけ待っててくれ」
コドウンはイリックの元へ戻る。
ゴルドを見習って少しは肉をつけたらどうだ? い、いや~、多少鍛錬は積んでるんですけどね~、とたわいないやり取りが聞こえてくるが、ロニア達はそれよりも目の前の職員、イリンと呼ばれた女に注目する。
「少し前に、この子が呪われてるって言われたことがあるの。その時は、この娘までは呪われていなかったらしいのだけど……。今は二人がそうなのね?」
アジールの肩にポンと手を乗せながら、ロニアが事情を説明する。
「そうみたい。私もこんな呪いは初めて見たわ。どこで何をされたの?」
「それが全く見に覚えがないの」
そしてロニアは嘘をつく。実は、自分だけ検討がついている。むしろ、ほとんど確定だとすら思っている。しかし、明かさない。明かせないだけの理由があるのだから。
「体に異変とかないの?」
「ないよー」
「なんとも」
イリンの問いかけに、当事者は涼しい顔で答える。そう、この呪いは苦痛や不幸と言った本来の作用を一切もたらさない。症状がまだ表に出ていないだけかもしれないが、現状、そういったことは確認できていない。
ゆえに、ネッテとアジールは呪われていることを自覚できずにいる。
「不思議な呪いね。しかも、自然と解ける気配すらない。それほど強力なのに、症状が表に出てこないなんて……」
「ところで、なんであなたにはこの子達の呪いがわかるの? 他の館長に訊いたこともあるのだけど、わからないって言われたわ」
「そう……。なら、偶然ってことで」
途端、イリンはくるりと背を向け、三人から離れていく。
ばいばーい、とネッテが手を振る横で、ロニアは考えを巡らせる。
(偶然でこんなことはできないのだけど……。まぁ、いいわ。二人続けて呪いという表現を使ったことからも、何らかの副作用があるってことで確定ね)
ロニアは結論付ける。ネッテとアジールの呪いの正体は、コネクトにおけるイリックとの接続だろうと。
北の地でフブキと戦った際は、コネクトの対象にネッテしか選択できなかった。ゆえに、その時点で呪われているのはネッテだけ。
その後、アジールもコネクトの対象となり、その結果、イリンにはアジールも呪われているように見えた。
一緒に旅をしてきたにも関わらず、ロニアだけが呪われていないことにも納得できる。
もしその機会を得られるのなら、自分がコネクトでイリックと繋がってから、もう一度イリンに会って話をしよう。ロニアはそう考える。
その後、イリック達は雷の図書館を後にする。
コドウン曰く、イリックの防具作成には一週間近くかかるらしい。
また、別れ際に結界の件についても話してもらえた。結界には土の大精霊の力が転用されており、突破方法の解明にはもうしばらく時間がかかってしまう、と。
この先、自分達の出番があるのかどうかは、イリック達にはまだわからない。今日はビサラ山脈の調査明けということで休暇に当てたが、明日からは金を稼ぐため、クエスト三昧の日々が再開される。
イリックは釣り糸を垂れに研究区の人通りの少ない場所へ。
ネッテとロニアは氷の図書館へ。
アジールはギルド会館へ。
それぞれの目的のために歩く。
(トゥルルは今頃、本でも読んでるのかな? 機械娘なのに偉いなぁ)
感心しながらも、イリックは釣り場を目指す。
明日からはまた忙しい毎日が始まる。今日くらいはゆっくりと趣味に没頭しても文句は言われないはずだ。そう自分に言い聞かせ、橋の上を歩きながら湖を覗き込む。釣れるものなら釣ってみろ、と大小様々な魚が優雅に泳いでいる。




