第二十九章 ゴルドからの依頼、再び
デフィアーク共和国とサウノ商業国の二国は、近代的な街並みをしている。
地面や壁は石で組み上げて作られており、建物も色とりどりかつ頑丈な作りをしている。
それに対し、ガーウィンス連邦国だけは自然との共存を目指した姿を維持している。だからと言って住み難いわけではない。しいて挙げるなら町が広すぎるため、それに伴い様々な店や施設が散らばっていることくらい。
土の地面。
湖にかかっている木の橋。
あちこちに存在する林。
近代的な作りをしている建築物は、ギルド会館や宿屋程度だ。
そんな街並みをイリックは歩く。朝日が眩しく、時々しかめっ面になってしまうが、それでもマジックバッグを背負って歩みを進める。
エムム遺跡から戻ったのは昨日。今日は休日と定めた。
ロニアは喜び勇んでどこかの図書館へ出向く。調べ物をしたいらしい。
ネッテとアジールとトゥルルは観光へ。トゥルルにはフード付きの服、チュニックを深く被せて誤魔化す。
イリックはやることもないため、ガーウィンス連邦国の敷地内をぶらりと散歩する。念のため釣具一式は持ってきており、良さそうなスポットが見つかれば釣りを楽しむつもりだ。
当ても無く歩いていると、研究区に辿り着く。ガーウィンス連邦国の北東部分一帯にはいくつもの研究施設、図書館が存在する。
この付近は湖の水が流れ込んでおり、木の橋からそれらを眺めるだけでもどこか楽しめる。
糸を垂らしてみようかな。そう思い始めた矢先だった。
「おや、イリックさん? こんなところで何を?」
どこかで聞いたことのある男性の声に話しかけられる。落ち着いたそのやさしい音色には覚えがある。
「おはようございます。今日はオフなんで散歩中です」
挨拶も兼ねて振り向くと、緑色の制服をぴしゃりと着込んだガラハが立っていた。
人間について研究している水の図書館の館長だ。灰色の髪は長すぎず、短すぎず、清潔感のある髪型で整えられている。穏やかな顔つきも相まって、非常にもててしまう。若作りしているわけではないらしいが、見た目よりは年を重ねており、年齢をたずねれると、ギリギリ三十代、と笑って曖昧に答える。
「おはよう。旅に出てたんだって?」
「よくご存知で」
「君くらいになると国も把握したがるんだよ」
ガラハがさらりと言ってのける。
嘘か本当かわからないため、イリックは軽く受け流す。
せっかくだから、とイリックは館長室に招かれる。色々な世間話を聞かせてくれるらしい。
断る理由もなく、イリックはすぐ近くの水の図書館に同行する。
「そういえばシャルが君に会いたがっていたよ」
「またまたー」
通された館長室は今日も綺麗に整理整頓されている。高そうな本で埋め尽くされている茶色い本棚が部屋の両サイドにどかっと置かれており、奥にはこれまた高そうな机と椅子が配置されている。
空気から既に、いかにも偉い人用の部屋だ。
イリックは用意された椅子に腰掛け、散らかっていたゴルドの部屋を思い出しながら比較する。
「相変わらず色んな装置があるんですね」
水の図書館は他の図書館同様、そこそこ大きな建物だ。館長室は最も奥に存在する。途中、図書館と呼ばれる所以でもあるずらっと本棚が並ぶフロアを通るのだが、その隅にはいくつかの装置が飾られるように置かれている。
フラスコを三つ並べてそれぞれに線が這わせてある机。
赤や青の線がいくつも備え付けられた椅子。
これらの用途を想像したところで、イリックにはさっぱり思いつかない。こういう物を作れる人は頭がいいのだろう。それくらいのことならわかる。
「使いたい時は言ってくれれば使わせてあげるよ」
その提案はありがたいが、用途がわからないため、ガラハのお世話になることはおそらくない。
その後も他愛無い談笑が続く。
最近はゴルドの仕事を手伝うことが多く、忙しくてたまらない。これはガラハの発言。
ガーウィンス連邦国の近隣で異常な魔力反応が感知されたからだ。
すごい魔力を持ってる冒険者が現れたのでは? というイリックの推測はあっさりと棄却される。そういうレベルではなく、それこそシャルロットですら及ばない膨大な魔力量だ。
「国すら滅ぼせそうですね」
「確かに」
イリックの冗談はおもしろくないが、なんとかガラハを笑わせることには成功する。
この件でゴルドや他の館長が世話しなく動いており、そのしわ寄せはガラハにも及んでいる。
残業に継ぐ残業の日々。それでもやらなければならないのが館長であり、ガラハ達は毎日遅くまで自分達の使命に取り組んでいる。
会話が途切れたタイミングで、イリックとふと机の上を見てしまう。そこには何枚かの紙っぺらが置かれており、その一枚には殺人事件と書かれている。
「あぁ、これ? この世界にはモンスターが溢れているけど、残念ながら敵はそれだけじゃないってことさ」
ガラハがその紙を手に取る。そこに書かれている内容は、未解決の殺人事件についての分析結果だ。より正確な言い方をすれば、水の図書館はその犯罪者の人物像について、独自の分析を試みている。
口外無用だよ。ガラハはそう付け加えて話し始める。
一つ目は三十五年前にサウノ商業国で起きた連続殺人事件、通称マンイーター事件について。
マンイーターは一言で言えば短剣だ。しかし、ただの短剣ではないらしい。詳しいことは誰も把握できていないが、一説には持ち主の性格を凶暴にし、人殺しさえ実行させると噂される。
マンイーター事件もそれが原因の可能性が高いと言われている。
事件は犯人の自殺により一応の解決には至るが、問題のマンイーターは見つからず、噂では西の大陸に渡り、ついには要人を殺してしまったとさえ言われている。
マンイーターの厄介な点はもう一つある。これについても確証はないのだが、持ち主の身体能力を向上させる可能性が指摘されている。
マンイーター事件では冒険者やサウノ警備隊も殺されてしまう。普通ならそうそう殺されるような人物達ではないのだが、犯人は正面から襲い掛かり、何人もの実力者を殺してみせる。
マンイーターは現在どこにあるのか?
誰が持っているのか?
冒険者ギルドおよび三大大国は、今もなお調査を続けている。
二つ目は四十七年前にフキン港で起きた殺人事件について。
フキン港はガーウィンス連邦国のすぐ東に位置する小さな港町であり、重要な拠点だ。なぜなら、他国から定期船で送られてくる荷物は、フキン港に一旦降ろされ、そこから陸路で届けられる。
この殺人事件の被害者は、荷物の積み下ろしに関わる作業員の一人であり、殺害方法は未だ解明されていない。というのも、体のあちこちが潰されており、しかし、凶器が見つかっていないからだ。
重たい何かで叩かれたのだろうが、それにしても肉体の欠損は酷く、常人では到底不可能と言わざるをえない。ゆえに、強靭な肉体を持った冒険者の説が濃厚だが、犯人の特定には至っていない。
イリックはマンイーターについてなら、噂程度の知識を持ち合わせている。しかし、事件のことまでは深く知らず、物騒な話を二つも聞かされ、朝からアンニュイな気分になってしまう。
話題は変わり、その後もツラツラと雑談を続けていた両者だったが、長居し過ぎたかなとイリックが思い始めたタイミングで、館長室の扉が乱暴に開かれる。
その音に両者はビクンと体を震わせる。ガラハに至っては、口から心臓が飛び出す寸前だ。
ぜえぜえと荒い息づかいの方へ振り返ると、随分と背の低い女の子がすごい形相で立っている。幾何学模様のような模様が刻まれた黒いローブには見覚えがある。
「な、なんであんたがここにいるのよ?」
シャルロットだ。肩で息をしている。
「ガラハさんにばったり会ったから、世間話を少々」
「やぁ、シャル。もしかして、自分の図書館から走ってきたのかい? 若いって素早しいね~」
シャルロットは風の図書館の館長だ。そしてここは水の図書館。地理的にはそれほど離れてはいないが、全力疾走をし続けるには少々根気が必要な距離と言える。もし走り続けた場合、シャルロットのように膝が震えてしまうだろう。生まれたての小鹿のようだ。
「と、とりあえず座る?」
イリックは椅子から立ち上がり、すっとシャルロットに譲る。今にも倒れそうだ。見ている方が心配になってくる。
魔力はガーウィンス連邦国でもトップを争う少女だが、体力は人並みだ。目の前で倒れられても困ってしまう。
シャルロットはハァハァ言いながら、生暖かい椅子に座る。返事をする余裕すら無さそうだ。
「どういうわけか、シャルはイリックさんに興味を持ったみたいでね」
ガラハがアハハと本人を前にして暴露する。
さすがのシャルロットもそれにはたじたじらしく、顔を赤くして魚のように口をパクパクさせる。
「へ~。テレポートできる人間だからって実験対象にはならんぞ~」
イリックはシャルロットのぴょこんと横に伸びているツインテールを下からペシペシと叩き上げる。
テレポート以外にコネクトという類稀な魔法も使えてしまうが、それはトップシークレットだ。いずれは打ち明けなければならないだろうが、まだその時ではない。少なくとも、今はそう思っている。
「職員から聞いて、大方大慌てで走って来たんだろうけど……。いやはや、シャルのこんな姿を見れてしまうと感慨深くなっちゃうなぁ」
「な、何言ってるのよ!?」
ガーウィンス連邦国の最大戦力とすら言われるシャルロットを手玉に取れるのはガラハとススリリくらいだ。
両親を失ったシャルロットを引き取ったススリリ。
父親代わりというほどでもないが、男として可能な限り面倒を見てきたガラハ。
第二の両親だからこそできる業である。若干命がけだが。
「それじゃ、これ以上はお仕事の邪魔になりそうなのでおいとまします」
「え?」
イリックの突然の発言に、シャルロットの顔が曇る。
それをガラハは見逃さない。
イリックもその反応を不思議がる。
「どうせ残業するんだ。もう少しゆっくりしていっていいよ。募る話はいくらでもあるんだしね」
「はあ……。そういうことなら」
気を利かせたつもりが余計なお世話だったらしい。その理由はわからないが、イリックはガラハの言葉通り、もう少し話し相手を続ける。目を輝かせるシャルロットがどこか不気味だが、口には出さない。
その後、シャルロットの上から目線的な発言を延々と聞かされ、イリックは朝からストレスを溜め込む。開放までの三十分、ただただ耐えるしかなかった。
朝からテンションが下がったり胃に穴が開きかけたりと、なんとも不思議な一日の始まり方だ。
その後は釣りを満喫し、貯まったフラストレーションをいっきに解消する。
(あぁ、すばらしきかな、釣り)
◆
翌朝。
今日の天気は雨。だからと言って気分が落ち込んだりはしない。むしろガーウィンス連邦国の活気がそんな感情を抱かせてはくれない。
傘を持って歩く人々の喧騒と雨の降りしきる音を聞きながら、イリックは火の図書館を目指す。
雨と草と土の匂い。
そして、徐々に水の匂いが濃くなっていく。研究区を包んでいる湖が近づいている証拠だ。
「昨日は楽しかった?」
「ハイ。人ノ多サニ圧倒サレマシタデス」
イリックは一人ではない。トゥルルとアジールが同行している。
そもそもなぜ火の図書館に出向いているのか? それは昨晩のことになる。
夕食の最中、ロニアが話を切り出す。
ゴルドが会いたがってるそうよ、と。
さらにこう付け加える。
どうせならトゥルルを披露してあげなさい、と。
昨日に引き続き、今日も休みだ。
久しぶりの母国ゆえ、ロニアは調べ物に集中したいらしい。それを考慮して二日連続の休日だ。こういうところが冒険者の特権と言える。金は日々減ってしまうのだから、あまりのんびりするわけにもいかないが、これくらいの貯えはさすがに残っている。
ゴルドに呼ばれたのだから丁度良かったと思いながら、イリックは濡れた地面を踏み歩く。
ネッテはロニアと共にどこかしらの図書館へ向かう。ロニア先生に教わりながら本を読むためだ。
そうなるとアジールは暇になってしまうため、イリックについていくことを選ぶ。
イリック、アジール、トゥルル。珍しい組み合わせだ。
この三人が並ぶと、男のイリックが最も低身長だ。
イリック、百六十八センチ。
アジール、百七十七センチ。
トゥルル、二メートルちょっと。
アジールはともかく、トゥルルには絶対に敵わない。
三人は歩くだけで目立つ。主に二人のせいだが。
トゥルルは不審者のように、フードを深々と被る。
アジールは美人な上にその長身。そこにいるだけで目立ってしまう。
冒険者三人組に見えるだろうが、武器も持たず、街着な時点で謎の集団にも見えてしまう。イリックはソワソワと落ち着かない。
やっと辿り着けた大きな建物に、三人はそそくさと逃げ込む。
「ゴルドさんいますか?」
傘置きにズボッと傘を刺し、丁度入り口近くを歩いていた女性職員に声をかける。イリックの声と顔を覚えてくれている職員だったが、連れの二人に思わず仰け反る。それが自然な反応だ。イリックは何も言えない。
「おう。こっちじゃ」
やがて、本棚の向こうから白髪の筋肉隆々な年寄りが手招きをしながら現れる。ゴルドだ。
館長室に足を踏み入れた一同は、散らかっている部屋をじっくりと眺める。読み終えたと思われる本や、ペンや書類、用途のわからない小物が棚や机に散乱している。
トゥルルに指示を出して片付けさせたくなるも、そんな用途にトゥルルを使いたくないのも事実ゆえグッと我慢する。
「ほれ、三人分の椅子じゃ。ところで、こやつは誰じゃ? 新たな仲間か?」
ゴルドが椅子を三つ運んでくる。そのついでに、フードを深く被った大男の存在に初めて触れる。
ゴルドはイリック達四人のことを熟知している。それゆえに、アジールより背の高い仲間がいないことも把握しており、当然の疑問を口にする。
「いえ。トゥルル、服を脱いで」
「ハイ、マスター」
イリックは自分で言っておきながらドキリとする。女性に向かって服を脱げと言ってしまったからだ。トゥルルを女性とカウントしていいかどうかは、この際棚に上げておく。
顕わになった機械の体が、ゴルドの目を大きく見開かせる。
「な、なんじゃ、これは?」
「トゥルル遺跡を護っていたトゥルルガーディアンのトゥルルです」
この場にはロニアがいない。そのため、イリックが説明役を買って出る。今になってロニアが恋しくなってきたが、もう手遅れだ。
ゴルドは唸りながら、トゥルルの体を眺める。
一言で言えば機械。
白、灰色、黒、茶、赤、様々な部品が組み合わさってできているその体は、誰が見ても人間と見間違えたりはしない。間接部分は独立した球体で作られており、人間以上の柔軟性を実現している。
顔だけが人間のそれに近い。肌色。肌と遜色ない感触。
しかし、目や耳、顎はやはり機械であり、それでもなお綺麗な顔立ちをしている。異質さは拭えないが、それも誤差程度かもしれない。
長い髪は赤い。しかし、ロニア曰く人間の髪とは異なる素材らしい。男からしたらその違いはよくわからない。
「さ、触ってもええか?」
「変な場所じゃなければ」
ゴルドはトゥルルの腕や顔を眺めつつ触れる。館長にまで登りつめた人間からすれば、目の前の機械は最高の研究対象なのだろう。ロニアですら、今でも時折トゥルルの体を舐めるように観察するのだから。
(俺からしたら、アジールさんの体をじっくり観賞したいんだけどな~)
イリックはこっそりと隣に座るアジールを盗み見る。
今日は白いノースリーブニットを着ている。
袖なしのその服は柔らかそうな生地で作られており、ロニアのタイトワンピースほどではないが、ふわっとボディラインを表現している。
適度な大きさの胸がどの程度膨らんでいるのか、きちんと見て取れる。
下はだぼっとした少し長めのスカートを履いており、おしゃれなのだろうがイリックにはよくわからない。
「トゥルルじゃったか? どうしてここに?」
イリックは前回の旅の経緯を説明する。エムム遺跡に向かうにあたり、ロニアの提案でトゥルルにも同行してもらった、と。
なるほどのう、そう感心ながらも、ゴルドは機械の体をコンコンと叩いたり、ぐるぐる回りながらじっくりと観察する。
トゥルルについては北の地を調査中に報告してあるため、三大大国はその存在を把握している。
当然ゴルドも知ってはいたが、目の前に実物が現れれば、本題のことなど忘れてじっくりと熱中してしまうのも無理はない。
その結果、イリック達は十分近くも待ちぼうけをくらう。仕方ないため、イリックはゴルドを急かす。
「スムルス平原の土壌は作物を育てるのに非常に適した場所だと知っておるかのう?」
ゴルドが本題なのか前置きなのかわからないことを話し始める。
スムルス平原およびそこに建国されているガーウィンス連邦国では、野菜や果物の成長が著しく早い。他の土地と比べ、およそ半分の月日で収穫できてしまう。その上、味も濃厚で美味いときている。栄養すらも普通以上だ。
ゆえに、ガーウィンス連邦国は広大な土地を活かし、自慢の農作物を他国へ多く輸出している。その代わりに、魚や武器防具、薬等を他国からの輸入でまかなっている。
近くにあるフキン港でも漁は盛んに行われているが、大陸の南側や西側に生息している魚まではカバーできない。
スムルス平原は人が住む土地としては最適だが、およそ一ヶ月前からある異変が起きている。農作物の育ちが悪くなってしまった。たったの一ヶ月ゆえ、誤差や天候による影響の可能性も考えられるが、天候に関しては例年通りゆえ、その線は消え去る。全ての農作物が、一斉に育ちにくくなったことから誤差ということも無さそうだ。
この件に関して、早速二つの研究機関が調査を開始する。
土地、天候、そして天体についての研究を専門とする土の図書館。
野生動物や植物についての研究を行う雷の図書館。
土の図書館が土壌を、雷の図書館が農作物を調べ上げ、それぞれ同じ結論に辿り着く。
土地そのものが変化しており、その結果、植物の育ちが悪くなっている可能性がある。もっとも、他の土地と同じ水準に落ちようとしているだけであり、そういう意味では悲観する必要はないのかもしれない。これが本来の速度であり、むしろ今までがおかしかったと言える。
スムルス平原特有の豊かさが失われようとしている。
イリックとしては、ふ~ん、としか反応できないが、突然の収穫量低下は人間にとって大打撃だ。
自然のことゆえ対処のしようがないと思われる案件だが、ゴルドとしてはこれは前置きでしかない。
「この件と関係あるかはまだわかってないんじゃが……。スムルス平原に遺跡があるのは知っておるじゃろ?」
「あ~……。以前、ロニアさんから聞かされたような……」
「まぁ、あるんじゃよ。サハハ遺跡と言うてな。かれこれ三百年以上、誰も足を踏み入れてはおらん」
ゴルドがつらつらと説明を始める。
イリックは途中で寝てしまわないか心配になったが、とりあえずがんばってみる。
サハハ遺跡。ガーウィンス連邦国のすぐ西に存在する古代人が遺した遺跡。
三百三十五年前、国家元首である当時の神の名代がサハハ遺跡への立ち入りを未来永劫禁止すると宣言した。
それ以降、その掟は固く守られたはずだが、宣言から数十年後、突如として謎の大災害が発生する。
サハハ遺跡から漏れ出した大量の魔力が周囲を焼き払い、スムルス平原の西側および、ガーウィンス連邦国の一部は焦土と化してしまう。
この現象は宣言を守らなかったためだ、と決め付けられ、ガーウィンス連邦国はサハハ遺跡の入り口に結界を張って再発に備える。
それ以降、サハハ遺跡からは魔力の増加が観測されず、ガーウィンス連邦国は豊かな土壌と共に平和な時を三百年近く謳歌する。
サハハ遺跡。
この遺跡はどういった用途で作られたのか?
そもそもいつ、誰が作ったのか?
実はまだ何もわかっていない。
古代人が作ったことは間違いない。なぜなら、自分達人類が文明を築く前からそこに存在しているのだから、そうとした考えられない。
「この遺跡なんじゃが、ここ最近、魔力の増加が観測されておる」
ゴルドは真剣な顔つきだが、何もわからないイリックは気の抜けた顔をしてしまう。何を言いたいのかよくわかんない。
「三百年前ノ大災害が再ビ起オコルコトヲ危惧シテイマスデス?」
「おぉ、お主は賢いのう。それに引き換え……」
「言いたいことがあるなら言ってください」
トゥルルに笑顔を向けるゴルドだが、イリックに向けるそれは険しい。バカにされている、イリックでもそれくらいのことはわかる。
「三百年前に何が起きたのか、それは今なおわかっておらん。しかし、おそらく魔力の増加が前触れとして発生したはずなんじゃ。当時の記録、災害の規模、今までの観測記録、それらがそうだと裏付けておる」
「へ~。そこまでわかってるなら調べればいいのでは?」
ゴルドの説明を聞いて、イリックは誰でも思いつきそうなことを口にする。
サハハ遺跡がおかしい。
なら調べる。
当然の帰結だ。
「つい先日、ようやっと名代様が許可してくださっての。これは個人的な勘でしかないんじゃが、作物が育ちにくくなったこととも関係あるような気がしているんじゃ。タイミング的にも近い」
サハハ遺跡は神の名代による宣言で立ち入りを禁止されている。
それを破ることは本来叶わず、ゴルド達は神の名代の説得に時間をとられてしまった。今がどれほど非常事態かをデータや証拠を集めて提示しつつ、農作物の育ちの悪化が関連する可能性も唱え続け、やっとのことで立ち入りを許可してもらえたのがつい先日のことになる。
「それで、何かわかったんですか?」
「調査に向かった部隊が全員殺された」
まさかの返答にイリックは軽く仰け反る。訊くんじゃなかったと後悔したが、そうしなければ話が進まないのも事実だ。
「この出来事を受け、名代様はサハハ遺跡への立ち入りを再度厳粛に禁ずると言い出してな。なんとかもう少しだけ猶予をもらうことに成功したのが昨日のことなんじゃ」
「大変そうですね」
「ソウデスネ」
ゴルドが熱く語る一方、イリックとトゥルルは他人事のように振舞う。アジールだけはこの時点でなんとなく察しているが、無口ゆえ、何もしゃべらない。
「そこでお主らに頼みたいんじゃ」
「あぁ、そういう流れですか」
さすがのイリックも理解する。
つまり、次はイリック達がサハハ遺跡を見て来い。そういういことだ。
「軍隊を動かせばもっと確実だと思うけど」
「そうだそうだー。アジールさん、もっと言っちゃって!」
アジールの発言にゴルドは小さく唸る。イリックはたきつけることしかできない。
「それに関しては、名代様に禁止されてもうてのう。そもそもあのお方はこの件に乗り気ではないんじゃ。掟は絶対厳守、そういう信念ゆえ、サハハ遺跡への干渉自体を酷く嫌がっておる」
何を悠長な。イリックはゴルドの説明に首を傾げる。
国の安全と農作物の収穫よりも決まりごとを優先する。その心理がイリックにはこれっぽっちも理解できない。それどころか、その思考回路に腹が立ってしまう。神の名代がどれほど偉い人物かはわかっていないが、イリックはゴルドの依頼を受けることにする。
「なら、俺達が行って来ます。ミョウガだかショウガだかわかりませんが、任せてください」
「ミョウダイ。神ノ名代デス」
機械娘に訂正され、イリックは顔を赤らめる。
「ほっほ。すまんのう。実はもう一つあっての」
「もう一つ?」
ゴルドは続けて別の案件も口にする。
ガーウィンス連邦国のはるか南西に巨大な山がそびえ立つ。
ビサラ山脈。
火を司るドラゴン、ビサラドラゴンの縄張りがあると言われており、その険しさも相まって、登ろうとするものはいない。
そもそもここは立ち入り禁止区域の一つとされており、腕の立つ冒険者であっても登ることは許されない。
この山にはもう一つ重要な要素が存在する。
火の大精霊が存在する。
ドラゴンと火の大精霊。片方だけでも禁忌とされる事柄が二つも重なっており、このような危険地帯は他に類を見ない。
このビサラ山脈に異変が起きている。ここ数週間、飛翔するビサラドラゴンの姿が確認され始める。
元来、ドラゴンは温厚なモンスターと言われている。刺激しなければ敵対行動をとることはない。しかし、一度でも機嫌を損なうと、どれほどの被害がもたらされるかは想像することすら難しい。
ドラゴンが人間の前に姿を現す時、それは攻撃態勢であると言われている。
すなわち、ビサラ山脈で何かが起きている。険しい山を登れるほどの冒険者、もしくはそれ以外の何かがビサラドラゴンを刺激したとゴルド達は推測している。
「つまり、これも俺達に見て来いと?」
「そうじゃ。もちろん先にサハハ遺跡を調べてもらいたいんじゃが……」
順番はイリック達にとってどうでもいい。重要なことは、突然二つも仕事を依頼されたことだ。
(こちちにも都合があるんだけど……)
イリックは悩む。しかし、冷静に考えると予定など何も無い。
ゆえに首を縦に振る。どちらも重たそうな案件ゆえ、断るのも気が引ける。
「ちなみになんじゃが、サハハ遺跡へはわしもついて行くぞ」
「お、ルークス洞窟以来ですね」
「そうなるのう」
ガハハと二人は笑う。
先日、イリックとゴルドはルークス洞窟へ向かった。ススリリやシャルロットを引き連れての、結界の張り直しだ。
その際はゴルド達のグループにイリックが加わった形だが、今回はイリックのパーティにゴルドが加わることになる。
(新鮮な旅になりそうだ。)
イリックは賑やかな旅路を素直に喜ぶ。
もっとも、サハハ遺跡までは数時間で辿り着いてしまう。そういう意味では、一つ目の依頼は味気ない。
◆
「急な話ですまんのう」
「ほんとよ、もう。まぁ、うちのリーダーがそう決めたのなら従うまでだけど」
六人はスムルス平原を西へ向けて歩く。
緩やかな丘はあるものの、そのほとんどが青々とした平原で構成されるここは、今日も駆け出し冒険者達が腕を磨く場所として賑わっている。
先ほど昼食を食べ終えたばかり。
太陽から降り注ぐ日差しの強さはこの時間帯がピークゆえ、足元の草達もどこか元気そうに揺れている。
突然の依頼を引き受けてくれたことには感謝しつつも、同時に申し訳ないという気持ちも持ち合わせており、ゴルドはそのことを一番怖そうな女性に謝る。
ロニアはチクリと嫌味を言いつつも、イリックの意思を尊重して午後からの出発に対応してみせる。本音は別にあるのだが。
ゴルドの姿は戦うつもり満々だ。背中には真っ黒な両手斧。体には丈夫そうな皮と黒い金属があしらわれた軽鎧。筋肉のついた太い体にフィットさせるための特注品だ。
今回の依頼には六人で挑む。
イリック。
ネッテ。
アジール。
ロニア。
トゥルル。
そしてゴルド。
大所帯かつ、どこか不思議な顔ぶれだ。
冒険者風に言うなら、次のようになる。
後衛回復役。
前衛攻撃役。
盾役。
後衛攻撃役。
前衛攻撃役。
後衛補助役。
上辺だけを見ればバランスは非常にいい。
盾役、攻撃役、回復役、補助役が満遍なく集まっている。本当に素晴らしい。
しかし、回復役と補助役は実質前衛攻撃役だ。
イリックはキュアしか使えない上に、ほとんど斬りこみ隊長。
ゴルドは弱体魔法と強化魔法を使えるが、魔力がピーク時の半分しかなく、両手斧で戦う気満々だ。
ゆえに、盾役一人に攻撃役五人。とんでもないパーティの結成だ。やられる前にやる。ただそれのみ。
一行はサハハ遺跡を目指す。ガーウィンス連邦国からおよそ三時間の道のり。たいした距離ではない。
「しかし、あれじゃな……。お主も丸くなったのう。おっぱいのように」
「わけのわからないことを」
ゴルドの意味不明な発言をロニアは軽く受け流す。
「んで、あの子はなんで耳を生やしておるんじゃ?」
「リーダーの趣味よ。ただ、調べてみたところ、性能も抜群なのよね。この世の不条理を感じるわ」
ゴルドとロニアはヒソヒソとアジールの頭を眺める。茶色い髪から、ピョンと一対の猫耳が生えている。
ナムルークラウンと呼ばれる立派な頭装備だが、どこからどう見ても猫耳だ。
「あやつもわかっておるのう」
「うわ、だから男って……」
そんな雑談を繰り広げながら一同は西を目指す。
遡ること数時間前。
イリックはゴルドから話を聞いた後、すぐにネッテとロニアの元へ向かう。午後からサハハ遺跡に行けるかどうか確認するためだ。
急な申し出だったが、ロニアは同意する。イリックは自分達のリーダーであり、この程度のことなら許容すべきというのがロニアの信念だ。
昼食を済ませた一同はたいした準備も無しに早速向かう。遅くなったとしても夜には帰れるのだから準備など不要だろうとイリックは考える。
しいて挙げるなら、トゥルルを同行させることが準備と言える。
サハハ遺跡は古代人の遺跡と思われており、そういうことならトゥルルが役に立つ可能性が高い。
午後の出発に間に合わせた一同は、六人でガーウィンス連邦国の西門から旅立つ。そして今に至る。
「モンスターがいるかもしれないんですよね? ゴルドさんの活躍に期待してます」
「ほっほ。わしのシュバルツアクストが火を噴くぞ」
サハハ遺跡に向かった調査部隊は全滅した。ゆえにイリックの発言通り、モンスターの存在はほぼ間違いない。
イリックの武器はカッパーソード。強敵を相手にすることはできない。
それに対しゴルドの武器は真っ黒な両手斧。片刃のそれは、刃はおろか柄の部分も含めて全てが黒く、いかにも高そうな武器に見えてしまう。
ダーク製じゃ、とゴルドは笑う。
ダーク。素材の貴重性はずば抜けて高い。
スチールの上位がミスリルであり、さらにその上がダークということになる。
ゴルドが愛用している斧、シュバルツアクストはアダマン製にも匹敵する最高クラスの武器と言っても過言ではない。
ゴルドの背中で片刃の両手斧が黒光りする。イリックは指をくわえてそれを眺める。
今回はトゥルルもいる。戦力としては申し分ない。イリックは不甲斐ないが、それを相殺して余りあるほどだ。
「なんだかんだ言って、ロニア、うれしいんじゃないの?」
「ギクッ」
アジールのつっこみにロニアはドキリとする。それも当然。
サハハ遺跡。本来なら絶対に足を踏み入れることができない禁止区域であり、結界が張られている。こんな機会でもなければ、中を拝むことすらできない。
知識欲が誰よりも強いロニアにとって、これは千載一遇のチャンスであり、実は誰よりも喜んでいる。
トゥルル遺跡。
エムム遺跡。
そしてサハハ遺跡。
古代人の遺跡はこれで三つ目。冒険者になって良かった。ロニアは心底実感する。
ネッテやゴルドも加わり盛り上がる横で、イリックはトゥルルにそっと近寄る。実は昨日くらいから気になっていたことがあった。
「トゥルルはさぁ。トゥルル遺跡に戻りたいとか思わないの? こうやって俺の命令で連れ出しちゃってるけど」
トゥルルはトゥルル遺跡を守護するために作られた意思を持つ機械だ。二百年前に何らかの理由で起動後、トゥルル遺跡を警備し続けてきた。
にも関わらず、自分達の都合で外に連れ出してしまったことに、イリックはほんのわずかだが罪悪感のようなものを感じてしまう。
「私ノ最優先事項ハマスターノ命令ニ従ウコトデス。ゴ安心下サイデス」
「そうなんだ。トゥルル遺跡はもういいの?」
「ハイ。最優先ハマスターデス」
トゥルルの返答はイリックの気持ちを幾分軽くさせる。これで心置きなく旅に同行させることができる。もっとも、いつまでトゥルルを同行させるかは全く決めていない。
本来ならば、今頃はトゥルル遺跡に帰すつもりでいた。エムム遺跡を調査するにあたってついてきてもらっただけであり、ことのついでにガーウィンス連邦国を満喫してもらったが、そろそろ意思を確認しようと思っていた矢先にゴルドからの依頼が舞い込んできた。
次の目的地はサハハ遺跡。おそらく古代人の遺跡。
再びトゥルルについてきてもらったが、その後については未定のままだ。
トゥルルは意思を持つ機械だ。しかし、本人の言い回しでは意思を持たないと主張している。イリックの指示が絶対だ、と。
しかし、イリックはそう思っていない。トゥルルは自分の意思を持ち、考えて行動する機械だ。ゆえに、トゥルルの考えを尊重すべきだとも思っている。
今は少しでも戦力が必要なため同行してもらうが、落ち着き次第、話し合う必要がある。ゴルドの依頼が二つ片付いたらの話だが。
「ア、ゴルドガロニアノ尻ヲ触ロウトシテイマスデス」
「ほんとだ。よくやるなぁ」
「殴ラレマシタ」
(ちょっとうらやましい!)
ロニアに殴られたゴルドはどこか満足気に見える。イリックとゴルドは決してMではない。しかし、ロニアほどの美人になら殴られたいと思ってしまう。
「そういえばさ。マスター契約って途中で他人に変更できるの?」
「ハイ。マスターガ許可スレバ可能デス」
「ふ~ん。その前に俺が死んだら?」
「ソノ時ハ契約ガ解除サレマスデス」
今日明日で死ぬつもりはない。当然殺されるつもりもない。しかし、いつかは必ず死ぬ。人間なのだからそれは当然だ。
ふと、新たな疑問が浮かび上がる。
「トゥルルは後何年くらい動き続けられるの?」
「ワカリマセンデス」
疑問は疑問のままらしい。
トゥルルは既に二百年稼動している。現時点はピンピンしているため、すぐに活動停止には至りそうもない。この調子で百年、二百年動き続けるのか、故障しない限り永遠の時を生き続けるのか、それは誰にもわからない。
「トゥルルはさぁ。なにかやりたいこととかないの? 釣りをしたいとか、冒険に出たいとか」
「アリマセンデス」
あまりの即答っぷりに、イリックはガクッと首を落とす。
(人間性みたいのを時々感じるんだけどな~。やっぱり気のせいなのかな……。ん?)
ふと気づく。前進しながらも、トゥルルがネッテ達を眺めている。
次々とセクハラをしようとするゴルドに対し、女性陣三人は楽しそうに、時折本気で嫌がる。
そんな喧騒を、トゥルルはじっと目で追っている。
イリックは確信する。トゥルルはやはりただの機械ではない。意思を持った機械だ。そして、やりたいことがないのではない。知識も経験も無いため、何も見出せていないだけだ、と。
興味を持たないのではない。興味を持てないのだ。
やりたいことがないのではない。やりたいことを見つけられていないだけだ。
「トゥルル、一つ教えてあげる」
「ナンデショウカ?」
イリックはアドバイスを送る。あの四人の輪に加わるための最善手を。
「ネッテ、アジールさん、ロニアさんが騒いでいる時は……、とりあえずロニアさんをいじるのが正解だ」
「ナルホドデス」
イリックはニヤリと口角を釣り上げる。
「あの三人がゴルドさんをいじってる今こそチャンスだ。そっと近づいて、ロニアさんのおっぱいを背後から揉みしだけ」
「カシコマリマシタデス」
イリックの指示通り、トゥルルは音も無く、ス~っとロニア達に近寄る。ホバー走行は伊達ではないらしい。
ロニアはゴルドに向かってワーワーギャーギャー文句を言っている。隙だらけだ。ゆえに、トゥルルにとっても容易い。
むんず。キャー!
ロニアのかわいい悲鳴がイリックを満足さえる。
「ちょっと! トゥルル! 何してるのよ!?」
ロニアが驚こうとも、トゥルルは背後からロニアの豊満過ぎる胸を揉みしだき続ける。
イリックは鼻血を耐えながらも絶景を眺める。
「マスターノゴ指示デス」
(あ、黙ってろって言うの忘れてた)
イリックは失態に気づかされる。
「ウォーターインカーネイト!」
ロニアの周囲の二本の水柱が発生する。四本ではないため、加減はしてくれるらしい。
「スカウリングドロップ!」
ロニアは胸を揉まれながらも的確に攻撃を開始する。弾丸のように発射された大量の水滴が、イリックを容赦なく責め続ける。
(そんな攻撃、避けられるはずないんだよな~)
イリック、十八歳。スムルス平原で死す。




