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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ガーウィンス連邦国に潜む影
28/100

第二十八章 エムム遺跡とトゥルル

 トリストン大陸。

 この世界に存在する大陸の一つであり、形は羽を広げた蝶に似ている。

 蝶の体部分にはサウノ商業国。

 右羽の上部にはガーウィンス連邦国。

 左羽の下部にはデフィアーク共和国。

 この三国が三大大国と呼ばれており、毎日がお祭りのように賑やかだ。

 左羽の上部分には、北の地と呼ばれる雪原地帯が広がっている。吹き荒れる大雪と強大なモンスターが生息しており、開拓は遅々として進んでいない。

 右羽の下部分には、近隣の地域からは考えられないほど豊かな土地がポツンと存在する。

 北に隣接するミラクス山地は、樹木はおろか草すらまともに生えない寂れた荒野にも関わらず、そこはこの大陸で最も生命に溢れている。


 サファ樹林。緑に覆われた土地であり、ここはまだ、今を生きる人間達の手垢がついていない。

 大量の大木が視界を遮るように立ち並んでおり、それらが天高くどこまでも伸びているため、日中でもどこか薄暗い。

 足元を眺めても、じめっとした環境を好む背の低い草と落ち葉のせいで土をなかなか視認できない。

 草木の濃い匂いが鼻を刺激するが、決して不快ではない。

 昨日までは砂を含む風に体を打たれていたため、それと比べればここは楽園のようにも思える。

 イリック達は空から降り注ぐ緑色の光や、じわりと薄い黄色の光に包まれながら、サファ樹林を歩く。

 目指すはエムム遺跡。サファ樹林の南東にひっそりと存在する古代人の遺跡だ。

 テレポートで風の洞窟に移動してから四日目。

 ここまでの旅路は順調だ。

 モンスターとの戦闘は少なく、随分平和な旅路だった。

 ここからは違う。決して油断してはいけない。

 サファ樹林は立ち入りを禁止されている。なぜか? モンスターが手ごわいからだ。エムム遺跡の存在も理由に含まれるが、こちらは公にはされていない。

 イリック達はそこを目指している。

 そのためにはサファ樹林を進まねばならず、強いと噂されているモンスター達との戦闘も避けられない。

 ゆえに油断せず、慎重に進むことをイリックは心がける。


「ゴーゴーネッテちゃーん」


 ネッテが歌いだす。


「ゴーゴーお兄ちゃーん」


 ネッテのかわいい声は深い森にどこまでも響き渡る。モンスターに見つけてくれと言っているようなものだ。


「ゴーゴーアジルさーん」


 だからと言って誰も注意しない。歌うネッテが楽しそうだからだ。


「ゴーゴーロニアさーん」


 女性陣からも自然と笑顔がこぼれる。


「ゴーゴートゥルルちゃーん」


 そう。今回は四人旅ではない。特別ゲストを迎えている。

 トゥルル。

 トゥルル遺跡で遭遇した未知なる存在、トゥルルガーディアンだ。一言で言えば機械娘だ。

 顔だけは肌色で見た目も非常に美しい。赤い髪もさらりと伸びている。

 しかし、体は機械だ。肘や膝、腰と言った関節部分は丸い球体となっており、人間と同等かそれ以上の柔軟な動きを可能とする。

 胸もいくらか膨れている。腰は大きな球体でしかないが、くびれている。

 太ももはがっつり太く、下にいくほど細い。

 トゥルルの同行はロニアの案だ。

 エムム遺跡は古代人の遺跡と言われている。未だに解明はされておらず、用途も何もわかっていない。

 北の地に存在するトゥルル遺跡もまた、古代人の遺跡と思われる。トゥルルのような存在がいるのだ、今となっては断言できる。

 トゥルルは古代人が作り出したトゥルル遺跡用の防衛装置のようなものらしい。

 したがって、たいした知識は与えられていない。自分の体の材質すら知らないほどだ。いささか頼りないところもある。

 それでも自分達よりはマシだろうという思惑のもと、ロニアはエムム遺跡への同行を提案する。古代人の遺跡を調査するにあたって、トゥルルほど頼りになる存在がいないのも事実だ。

 わからないならわからなくていい。わからないということがわかるのだから。もし、一つでも何かしらを発見してくれれば儲け程度の心構えだ。


「最短ルートではないけど、東に行きましょう」


 イリックは地図を見ながら提案する。

 自分達はサファ樹林の入り口、すなわち北西部分にいる。最短距離でエムム遺跡を目指すなら、南東に突き進むのがベストだ。

 それでもここからでは二日ほどかかる。

 一方、東には湖があるため、そこでなら野営も快適だ。なにより釣りが出来る。


「マスター。前方ニモンスターガイルデス」

「へ~、気づいてたんだ」


 トゥルルがイリックの隣で進行方向を指差す。その先には紫色の巨体が二本足で立っている。

 全身が紫色の鉱石でできているそれは、パープルゴーレムと呼ばれる希少なモンスターだ。

 背丈は二メートル以上。上半身はグンと太く、しかし、腹付近は不釣合いなほどにキュッと細い。すぐ下の腰は盛り返しており、体だけ見ても歪なバランスをしている。手足は細く、首は生えているのだが、まるでポロリと転げ落ちたように顔だけが存在しない。

 このモンスターは紫色の鉱石だけでできている。ゆえに非常に重く、足音は地面を揺らすような低音となって空気を振動させる。

 トゥルル遺跡にも色違いのモンスターがいたが、なぜ似たモンスターがサファ樹林にも生息するのか、それは誰にもわからない。


(絶対戦いたくない!)


 イリックは大木と大木の間に佇むパープルゴーレムを睨む。紫色の巨体は非常に頑丈そうだ。カッパーソードで倒せる相手とは到底思えない。

 まだ自分達には気づいていない。イリック達は遠回りをして戦いを避ける。

 モンスターに発見されたくないため静かに歩いて欲しいのだが、女性陣、とりわけネッテがトゥルルにちょっかいを出し続ける。

 抱きつく。

 貼り付く。

 それくらいなら構わない。トゥルルがどう思ってるかは知らないが。

 どこ行きたい?

 何食べたい?

 今まで何してたの?

 そんなくだらないことを延々とたずねる。

 トゥルルの動力源は魔力だ。食事を必要としない。

 本来ならば主として認識されているイリックが魔力、正確にはマジックポイントを供給すべきなのだが、そんなことをすると空っぽになってしまう。干からびてしまう。

 このパーティにはイリック以上に優れた魔法使いがいる。ロニアだ。トゥルルへの魔力供給はロニアが行う。

 一度の供給で五日間の稼動が可能だ。

 起動して約二百年。トゥルルはその間、トゥルル遺跡の防衛を行っていた。侵入者を撃退すべく、日々黙々と見回りだけの日々。

 初めての侵入者はイリック達であり、そして主としての契約を結ぶこととなる。

 トゥルルを迎え入れてのこの三日間は普段以上に盛り上がっている。人間ではないが人間ぽい存在がいるのだから当然だろう。ネッテは終始楽しそうだ。

 久しぶりの長旅、そして未知の遺跡を目指している。そういうことも関係しているのかもしれない。

 冒険者らしいことをしている。イリックはそう思いながら、大木を避けつつ前進する。

 周囲は薄暗い。だからと言ってマジックランプを使うほどでもない。

 時折、太い大木が倒れていることがある。それが行く手を遮る場合、さすがに乗り越えることはできない。それほどの大きさだ。

 頭上を見上げると、木々がどこまでも空を目指している。葉ははるか頭上で広がっており、落ち葉は地面を覆うほどだ。


 慎重な進軍が功を成し、モンスターに襲われることもなく、一同は今日の目的地に辿り着く。

 巨大というほどではないが、ギルド会館を飲み込める程度の湖が、どんと目の前に広がる。

 日が沈むにつれ、周囲はさらに薄暗くなっていく。

 それでも、完全な暗闇に飲み込まれることはない。謎の光がぼんやりと周囲を照らしているからだ。白というよりは黄色っぽい色が、あちこちから発生している。

 その光は湖の底からも漏れており、中を覗くと、底の方で石のようなものが淡い光を放っている。

 そのおかげで、泳ぐ魚を数えることすらできてしまう。

 不思議な場所だ。イリックは静かに驚きながら、せっせとテントを設営する。

 ネッテは夕食の準備。

 アジールは見回り。

 ロニアは焚き火用の枯れ木集め。

 トゥルルはロニアに同行。

 やることを終え、イリックはトゥルル相手の模擬戦を始める。

 時刻は午後六時。夕食はまだできておらず、そもそも食べるには少し早い時間帯。

 模擬戦とは言え、イリックはかなり本気だ。しかし、どうやってもトゥルルを倒すことはできない。なぜならカッパーソードだから。

 トゥルルの表面は硬い。金属ではない謎の素材が装甲として使われており、触れても冷たくはないが、スチール以上に頑丈だ。

 そんな相手をカッパーソードで斬ろうものなら、あっさりと刃こぼれしてしまう。むしろポッキリと折れてしまう。

 ゆえに回避寄りの戦い方に徹する。攻撃するにしても寸止めだ。

 トゥルルの攻撃は速い。

 武器を持たず、己の肉体が武器となるトゥルルの攻撃手段は殴りか蹴りだ。その上、拳に強化魔法で属性を帯びさせて破壊力を増加させることも可能だ。

 コールオブフレイム。火属性の付与。

 コールオブアイスクル。氷属性の付与。

 コールオブストーム。風属性の付与。

 コールオブグラニート。土属性の付与。

 コーブオブスパーク。雷属性の付与。

 コールオブスプラッシュ。水属性の付与。

 コーブオブフレイムを使用すれば、拳に炎が宿る。

 そう、トゥルルは魔法を使える。自分専用の回復魔法と、強化魔法であるこれらともう一つ。

 魔法の扱いに長けた古代人が設計したのだから当然なのかもしれないが、こういったことからも古代人の技術力には驚かされる。

 アジールも加わった三人での鍛錬はネッテの声で終わりを告げる。


「ご飯よー」


 静かな森にかわいい声が響き渡る。

 イリック達は炎に引き寄せられる虫のように、ぞろぞろと今日の本拠地を目指す。

 焼けた肉の匂いと野菜か何かのスープの香りがイリックの鼻に届く。空腹がより一層加速してしまう。しかし、まだ盛り付けは済んでいない。今はお行儀良く待つしかない。

 イリックの願いは届き、焚き火の周りに次々と皿が並ぶ。

 ロールパン。美味しそうな小麦色をしている。

 ミエト風串焼き。焼かされた肉や野菜が串に刺さっており、肉汁がジュワジュワ踊っている。

 ソーセージ。太いのがドンと二本、ミエト風串焼きの皿に盛られている。

 サウノ風サラダ。酸っぱさと甘さを兼ね備えたドレッシングのかかった野菜の盛り付け。

 マーム風スープ。黄色がかったスープの中に青や黄色の野菜が小さく浸かっている。

 

「頂きます」

「いただきマーニョ!」


 イリックの掛け声に全員が続く。


「マーニョ? 何それ?」

「うわ、ひどいわね……」


 イリックの疑問はロニアをドン引きさせる。それもそうだろう、少なくともイリックは決して忘れてはいけない名前だ。


「ジャイル森林で出会った親子のお母さん!」


 ネッテに言われてやっと思い出す。


「ああ、そういえばそんな名前だったな。男の子の方が……」

「ドントン君ね!」


 イリックは当然のように、救った親子の名前をどちらも失念していた。


 誰かがソーセージをかじる度に、パキッといい音が響く。静かなサファ樹林を彩る音楽として、一同は素直に受け入れる。

 がっつくイリック。

 味わう三人。

 そして、その様子を体育座りで眺めるトゥルル。

 もう慣れたが、やはりどこか居心地の悪さのようなものを感じてしまう。イリックは何度目かのやり取りをもう一度繰り返す。


「一応、飲み食いはできるんだよね?」

「ハイ。溶カシテ排出サレマスデス」


 つまり、おままごとのような感じだ。トゥルルのエネルギーは魔力だけ。人間の真似事はできるが、真似でしかない。


「どんな技術なんだか……。トゥルルを作れる科学力を持ち合わせておきながら、なんで古代人は滅びたのかしら? あぁ、一応まだ生き残ってるのか」


 ロニアが言う通り、古代人は滅びかけている。少なくとも、一万年前にほぼ死に絶えてしまったらしい。原因などわかっているはずもなく、生存者に出会ってたずねる以外に調べる術はないだろう。

 そもそも古代人については未だにそのほとんどが解明されていない。

 エムム遺跡に何かしらの手がかりが存在するかもしれない。それを調べるために、トゥルルを連れて向かっている最中だ。

 古代人が生き残っていること自体、つい最近判明した。風の大精霊がそう教えてくれたからだ。

 そして、ロニアは新たな目標を見出す。

 古代人が後一歩で辿り着けるはずだった神の扉を発見する。

 どこにあるのか。

 どんな形をしているのか。

 そもそもどうやって開くのか。

 手がかりすら無い状況だが、それでもロニアは諦めない。


「お兄ちゃん。この後釣りするの?」

「もちろん」


 しないはずがない。釣れるかどうかはわからないが、それも含めて楽しむのが釣りだ。ぼろぼろだが頼もしい相棒、ファイナルモード流中硬四百が火を噴く。


「それじゃ、四匹お願いねー」

「おう。お任せあれ」


 釣りはイリックの趣味だ。そして、食費を浮かす素晴らしい手段でもある。食後は鍛錬に励みたいところだが、今日は釣りに費やす。目の前に湖があるのだから当然だ。血が騒ぐ。


「マスター」

「ん?」


 もしゃもしゃとサラダとパンを食べていた時だった。トゥルルが機械の目でイリックを見つめる。


「アジールトロニア、ドチラト交尾スル予定デス?」


 全員が吹きだす。


(とんでもない爆弾を投下しやがった……。でも、おもしろいから許す)


 当事者ながらもイリックはこの空気を楽しむことにする。相手は機械娘、いちいち怒っていたら体力がもたない。


「私とです!」

「ネッテ……デスカ? デモ兄妹デス」

「いいんですです!」


 ネッテがトゥルルと張り合いだす。

 イリックは他人事のように串を手に持って肉と野菜の味を楽しむ。

 ふとアジールに視線を向ける。予想通りだが、いつもの無表情だ。こういう話題でも早々動じない。

 続けてロニアに視線を向ける。無関心なのか、興味なさそうにソーセージをパキリと折って夕食に集中する。

 トゥルルのせいでワーワーギャーギャーと夕食は進み、イリックは誰よりも先に食べ終わる。

 ネッテの皿にはまだ半分も残っている。トゥルルの相手ばかりしており、どうやらそれどころではないらしい。

 大変そうね、と他人事のように思いながら、イリックはマジックバッグから釣り道具一式を取り出す。

 背中に誰かからの視線を感じながら、イリックは湖に向かい、ささっと準備を進める。


(餌は……ミミズでいいか。そんなに深くないし、何より魚影が見えちゃってる。糸の長さもそれほど必要ないな)


 周囲の土をスコップで掘り起こし、さくっとミミズを入手する。無理な人間も多いが、イリックは余裕でミミズを掴む。うねうねと人間には真似できない動きを見せるが、そんなことはお構いなしにミミズの体へ針を突き刺す。針の形にそってミミズを通し、針が魚から見えなくするのがコツだ。

 右手で釣竿、左手で糸を持つ。釣竿を立て、糸を離してミミズを着水させればいよいよ楽しい釣りの始まり。後はひたすら待つのみだ。

 イリックは目を凝らす。

 ここからでも泳いでいる魚がわずかに見えてしまう。底でぼんやりと黄色がかった光が発光しているためだ。

 生息する魚は二種類らしい。サイズは同じくらいだが、片方はやや大きい。

 イリックは小さい方に狙いを定める。魚の種類がわからずとも、魚影が見えるからこそできてしまう。

 魚も眠いのだろう。なかなか食いつかない。それでも眼前でミミズを上下させれば、嫌でも食いつきたくなるらしい。

 一匹目がミミズをかじりだす。

 ツンツン。手ごたえはまだ弱い。ゆえにイリックは動かない。

 ツンツン。ミミズがかじられていく。

 グイッ。一段と強い手ごたえ。針ごと飲み込んだ証拠だ。

 イリックはぐっと釣竿を引く。手応えは継続中。成功だ、針がかかったらしい。後は釣り上げるだけ。


「お~、さすがね」


 背後から歓声が聞こえる。ロニアの声だ。

 強い引きだが問題ない。そもそも、釣竿が耐えてくれるならどんな魚でも釣り上げられる。イリックは冒険者であり、それくらいの腕力は持ち合わせている。

 一分程度の格闘の末、その魚は釣り上げられる。それにあわせて背後から拍手が沸き起こる。

 イリックは戦利品を眺める。マンルルスカープだ。トリストン大陸のあちらこちらにいる淡水魚。サイズは三十センチ、黄色寄りの茶色い体をしている。

 目と口が小さいため、釣り上げた瞬間にそうだとわかった。

 明日の朝食は、マンルルスカープの塩焼きで決定だ。


「後三匹ねー」

「あいよー」


 ネッテのリクエストに答えるため、イリックは次の準備に取り掛かる。

 釣った魚は網に入れ、湖で遊ばせておく。明日の朝まではこうしてもらうつもりだ。

 新たなミミズを掘り当て、針に通す。

 よし、気合を入れて二匹目を狙う。その姿はまさに釣り人だ。

 やる気満々のイリックを眺めながら、ロニアが夕食を食べ終える。アジールも食べ終えており、残りはネッテだけ。

 ロニアはお茶をすすりながらネッテに視線を向ける。


「イリックっていつから釣りにはまったの?」

「十年以上前らしいよ」

「生粋の釣り好きなのね」

「うんー」


 ロニアはネッテの回答に呆れていいのか、感心していいのか迷う。

 ロニアにも趣味はある。読書および未知の探求がそれに該当する。どちらも子供の頃からずっと続けており、そういう意味ではイリックの十年よりも長い。

 ネッテとアジールにも趣味はある。

 ネッテの趣味は兄にじゃれつくこと。趣味と呼ぶにはいささかあれだが、事実そうなのだから仕方ない。

 アジールの趣味は体を動かすこととぬいぐるみ集め。子供の頃から二人の兄と遊んでいたため、活発な少女に育つ。そして冒険者への道を選択する。モンスターと戦うことは趣味の一環と言えなくもない。

 また、二人の兄がかまってくれなくなったタイミングで、女の子らしい趣味にも目覚める。ぬいぐるみのような小さくてかわいいものが好きになった。父親とサラミア港に出向いた際に買ってもらったうさぎのぬいぐるみが一番のお気に入りであり、今でも腰から吊るして旅に同行させている。

 四人は旅に出ようと、趣味も満喫できている。

 イリックは旅先での釣りを楽しむ。時々しかできないが、それはどうしようもない。

 ネッテは兄にじゃれつく。イリックは常に隣にいてくれる。

 アジールは移動とモンスターとの戦闘、そして鍛錬が趣味の延長上にある。ぬいぐるみも一匹連れてきている。

 ロニアは読書と未知なるものの探求。本はマジックバッグに入れておけばいつでも読める。旅をすれば初めての発見だらけ。

 そういう意味では、恵まれた四人と言えなくもない。


 食事の片付けも済み、釣りを終え、湖で体も洗い流し、後はしっとりと眠くなるのを待つだけの時間。

 イリックとネッテは初めてのサファ樹林を散歩中だ。

 残った三人はぽつりぽつりと雑談をする。


「トゥルルは魔眼って知ってる?」

「イエ。ソノ単語ハデータベースニ見当タリマセンデス」

「そう」


 ロニアは眉をひそめる。トゥルルは多くのことを知らない。必要以上の情報を与えられていないからだ。ゆえに、魔眼についても知らなくて当然なのかもしれない。

 しかし、こうも考えられる。

 魔眼は古代人が滅びかけた以降に発生した、と。真意などわからないため、ロニアはその可能性を頭の片隅にしまっておく。


「私のこれが魔眼」


 アジールが目を見開く。

 黒目の中に赤い線で描かれた円が存在する。普通の目には存在しない赤円が、この目の異質さを十二分に物語る。

 イリックとネッテに綺麗と褒められ、今ではすっかり気に入っているが、子供の頃は気持ち悪い、不気味と言われて傷ついたこともあった。そんな思い出は既に払拭できており、単なる過去の記憶に成り下がっている。


「ナルホド。ナゼ魔眼ト呼ブノデスカ?」

「さぁ? 誰が言い出したのかもわかってないわね~」


 言われてみれば、とロニアは感心する。

 魔法の眼。

 邪悪な魔の眼。

 どういう意味がこめられているのだろう? 着眼点としては悪くないような気がしたが、真実はまだまだ遠そうだ。

 トゥルルはアジールの魔眼をじっと見つめる。そして、そのまま視線を下にずらし、二つの膨らみに固定させる。水浴び後のため、アジールは寝間着を兼ねた薄着をしており、鎧を着ている時にはわからないことがわかってしまう。

 次いでロニアのそれを見つめる。自分達の中で最大戦力を誇るそれは、もはや凶器にしか見えない。


「ロニアノ胸ハナゼソンナニ膨ランデイルノデスカ?」


 トゥルルの唐突な発言に二人はギョッとする。

 トゥルルの胸はやや小ぶりだ。アジールもそんなに大きくはないが、決して小さくもない。トゥルルはそれよりも少し小さいくらいだ。

 一方、ロニアは違う。トゥルルとアジールなど到底及びもしない領域に達している。

 トゥルルの中には人間についての情報がある程度インプットされている。それでもわからない。ロニアの胸は文字通り規格外だ。


「母親ゆずりかしら? それにしても、イリックじゃあるまいし、そんなことに興味持たなくてもいいじゃない」

「マスターハ確カニロニアノ胸バカリ見テイマスデス」


 ロニアの母親も胸が大きい。ゆえに遺伝だろうとロニアは推測している。

 トゥルルの発言を受け、アジールは自分の胸に手を当てる。


(普通くらい? もっと大きくなってくれないかな)


 イリックの視線を集めるには何が必要か、アジールはついに気づく。もっとも、イリックはアジールの太もも観賞も日課にしている。そういう意味では十分なのだが、今以上を望むのが乙女心と言うものだろう。


「ところで、イリックに変なことされてないわよね? 胸触らせろとか」

「先日、頼マレタタメ、胸ヲ触ッテ頂キマシタデス」


 ロニアは会話のノリで訊いてみただけだった。しかし、まさかの返答に崩れ落ちる。


 時は遡る。

 サウノ商業国を出発したイリック達は、ロニアの提案でトゥルル遺跡に向かう。トゥルルとの合流を果たすためだ。

 マジックポイント回復後、テレポートで風の洞窟に移動した五人は東へ進み、その日の内になんとかミエト村に辿り着く。

 村にいるのだから宿に泊まるのは必然であり、しかし、五人部屋は存在しないため、四人と一人に分かれることになった。一人はもちろんイリックだ。

 遅めの夕食後、イリックは部屋にトゥルルを呼ぶ。もちろんパイタッチのためだ。

 契約の際に一度触れてはいるが、もう一度触りたいという衝動を押さえきれず、硬いとわかっていても欲望に忠実な行動を取ってしまう。

 結果はもちろん硬いのだが、それでもイリックは満足する。女性の膨らんだ胸に触れる機会などなかったため、その行為自体で満足できてしまう。例え相手が機械だろうと、それは変わらない。

 イリック、十八歳。童貞ゆえの暴走と言える。


 トゥルルによって明かされたイリックの悪事。これにはさすがのロニアも青筋を浮かべる。

 散歩から戻ったイリックは、ロニアに暴かれ、ネッテから高速手刀をおみまいされる。


(な、なぜ……。それくらいいいじゃん……)


 薄れ行く意識の中、イリックはそれでもなお反省しない。おっぱい道が険しいことなど重々承知している。

 悔いなどない。



 ◆



 二日後、一同はついに辿り着く。

 サファ樹林の南東にひっそりと存在するそれは、一目で人工物だと理解できる。

 トゥルル遺跡を知っている五人からすれば、これが古代人の遺したものだと察することさえできてしまう。

 石のような、しかし質感や温もりが全く異なる鉱石をイリック達は知っている。トゥルル遺跡でも同様の素材が使われていたからだ。

 太陽から降り注ぐ日差しによって、遺跡の彩りがより鮮明になる。白と紫の中間色と、影が作り出す黒。この二色だけで構成される景色が目の前いっぱいに広がる。

 トゥルル遺跡がそうなるのなら、ここも間違いなく古代人が作った遺跡で間違いない。

 エムム遺跡。

 巨大なその建設物が、イリック達の眼前に広がる。

 空から見たこれは、一寸の狂いも無い正方形の形をしている。

 イリック達が立っている場所は底辺の真ん中。そこが入り口だ。

 屋根のようなものは部分的にしか存在せず、壁や柱だけで構成されており、まるでシンプルな巨大迷路のよう。

 老朽化なのだろうか。あちらこちらで柱が倒れていたり、壁が欠けている。そうでない部分はちょっとはそっとの衝撃ではビクともしない。

 作りが頑丈。そういう次元ではなく、素材がそれだけ優秀なのか、他の要因があるのか、ロニアはまじまじと壁を見つめながら考える。

 コンコン。硬いが石の感触とはどこか異なる。

 転がっている壁の欠片を持ち上げる。想像よりも軽い。


「トゥルル、何かわかる?」


 とりあえず自分ではわからない。匙を投げたわけではないが、ロニアは早速切り札に頼る。手っ取り早い手段なのは間違いないのだから。


「タシカニトゥルルト似テイマスデス」


 ここで言うトゥルルとはトゥルル遺跡を指している。

 似ている。その感想なら全員が抱いている。

 使われている謎の鉱石以外にも共通点は存在する。

 全体的に丸みを帯びた壁や柱。

 石のようなモンスター、ゴーレムの存在。

 人間が生活する場所とは思えない生活臭の無さ。

 一方で、トゥルル遺跡とここでは構造そのものが異なっている。

 トゥルル遺跡は、直線的な長い廊下と大小二種類のいくつもの広場で構成されている。

 エムム遺跡は、曲がりくねった廊下とたった二つの広場で構成されている。

 イリック達が立っている場所は壁で覆われた一つ目の広場だ。そこから右と左に道が伸びており、その先はうねうねと折れる廊下地帯だ。

 試しに右の通路に近寄ると、パープルゴーレムが立ちふさがっている。ただそこにいるだけなのだが、その存在感が行く手を遮っているように思わせる。

 ゆえにイリック達は左へ進む。元より進み方など検討すらしていない。行き当たりばったりで構わない。

 ぐねぐねと壁沿いに進む。壁の高さは自分達の三倍くらいの高さだ。いつか戦ったヘカトンケイルよりは高いかもしれない。すなわち、どうということはない。

 ピョーン。イリックは垂直に飛ぶ。


(ふむ……、すごいなこれ!)


 ここの構造がある程度観察できた。複雑ではないが自分達が今いる場所がいかに入り組んでいるか思い知る。

 ピョーン。ネッテも真似る。楽しそうに笑うだけで状況把握には至らない。


「そういうことができるのって本当にうらやましいわ」


 ロニアが呆れながらも感心する。褒められているように思えるが、素直に喜べない。イリックはそんな不思議な感情に支配される。

 一見すると迷路に見えた。しかし、ここは迷路ではない。ただ複雑なだけ。どこをどう進もうと、決して行き止まりにはぶつからない。

 そもそも迷路のようなこの道は、無作為に道が分かれてはいない。それぞれの道に意味がある。

 いずれ、もう一方の広場に辿り着ける。イリックは跳躍でそれを確認する。同時に、遺跡をうろつくモンスターもいくらか見えてしまう。

 さて。どうしたものか。イリックは足を止める。


「どうせ余裕でしょ? 行くわよ」

「あ、はい」


 慎重なのはイリックだけらしい。ロニアはずかずかと前進を開始する。

 高い壁に阻まれた通路を右へ左へ折れながら進む。時折二手に分かれることがあるが、自分達には関係ない。迷ったら迷ったで奥の手を使えばいい。

 そう。イリックは既にエムム遺跡の入り口をテレポートの移動先に登録している。いざとなればそれで戻ればいいのだ。

 道を覚えることよりもモンスターとの遭遇だけに気を配ればいい。元より迷宮のような場所、一度や二度で覚えられるものでもない。

 いかに気をつけようとモンスターとは出くわす。曲がり角ばかりなのだから、当然と言えば当然だ。

 目の前に現れたのは骨だけのモンスター、スケルトン。しかし、今は昼間。ゆえに、イリック以外は驚く。


「なんでいるのかしら?」

「夜だけ現れるモンスターってわけじゃないんですね。って、考えてみたら北の地でも普通にうろうろしてたか」


 ロニアの疑問は至極当然だ。アンデッドモンスターは太陽が沈んでから現れる。スケルトンとてそれは例外ではない。

 しかし、北の地に生息するスケルトンは日中から活動していた。厚い雲のせいでなかなか日が射さないからだろうとロニアは考えていたが、どうやらスケルトンの生息と日差しは関係ないらしい。

 太陽が照りつけるエムム遺跡をスケルトンがうろついていることが、それを証明している。

 これだけでもなかなかの大発見だが、これくらいのことはガーウィンス連邦国の研究機関も掴んでいそうだ。そう考えながらロニアは一歩下がる。

 イリックは任されました、と入れ替わるように前へ出る。


「オ任セ下サイデス」

「あら、そう? ならよろしく」


 トゥルルがイリック以上に前へ出る。


「コールオブフレイム」


 トゥルルの両手が炎をまとう。


 モンスターとの戦いにおいて、重要な要素が存在する。

 自分達の攻撃手段とモンスターの特性だ。

 斬る。

 叩く。

 刺す。

 魔法。

 攻撃手段は大きく四つに分類される。

 剣なら斬るか刺す。

 拳や鈍器なら殴打する。

 魔法はさらに細分できるが、それについてはここでは考えない。

 イリックの武器は片手剣である。ゆえに、相手を斬るか突くことに長ける。

 一方、トゥルルの武器は拳か足であり、殴打に特化している。


 目の前のモンスターはスケルトン。骨だけで構成されることから、斬る、突く、より殴ることが最も効果的にダメージを与えることができる。

 さらに、アンデッド全般に言えることだが火にも弱い。

 以上のことから、コールオブフレイムで拳に炎を宿せるトゥルルが最も相性が良い。

 それを証明するように、構えたトゥルルがその姿勢のままいっきに急加速する。足の裏から発生した推進力が重たい体を瞬く間にスケルトンの目の前へ運んでみせる。


(やっぱり速いな)


 イリックの感心を他所に、トゥルルの右ストレートがスケルトンの顔を一発で砕く。余韻と共にそのまま通り過ぎると、スケルトンもワンテンポ遅れて背後へ倒れこむ。

 一発ノックアウトだ。

 おー。

 ヒューヒュー。

 歓声があがる。

 その調子で一同は迷路のような道を進む。道中、何度かスケルトンと遭遇したが、ことごとくトゥルルが倒してみせる。

 しかし、広場まで後少しというタイミングでついに遭遇してしまう。

 全身紫色のモンスター、パープルゴーレムが通路を塞ぐように立ち塞がる。

 ドシン、ドシンと重厚な足音は聞こえていたため、いるのだろうと予想していた。

 二メートルを越えるトゥルル以上に大きなそれは、紫色の巨大な鉱石を人型に削って作り上げられたようにしか見えない。

 首は生えているが肝心の頭が無い。その異形さもどこかおぞましい。


「ロニアさん、お願いします」

「あ、そうなるのね」


 それは当然だろう。石よりも硬そうなモンスターに斬りかかっても、勝算があるとは思えない。ここは攻撃魔法の出番だ。


「ウォーターインカーネイト」


 ロニアの掛け声と共に、水の柱が二本、足元からぞわぞわと浮かび上がる。

 それを合図にパープルゴーレムがこちらに向かってくる。こちらの殺気に気づいたのか、早歩きで地響きのような音と共に近づいてくる。


「ウォーシャウト」


 アジールがそれを阻止する。壁を背に、盾を構えて攻撃に備える。

 アジールが殴られている間にロニアは攻撃準備を整える。呼び出した水柱の一本が、モンスターを仕留めるために変形する。

 太い柱は急激にやせ細り、水の塊を支えるスタンドに姿を変える。水の塊もまた、スタンドの上で細く、長く伸びていく。

 先端は螺旋を描く刃となり、そこから伸びる柄はひたすら細い。


「ジャベリン」


 水の槍が紫色の巨体に突き刺さる。しかし、硬さはパープルゴーレムが勝っているらしい。石の体をいくらか削ることはできたが、水の槍は弾け散ってしまう。


「ジャベリン」


 それでもロニアは二本目の槍を発射する。

 同じ場所に命中したそれは、再び水に戻って飛び散るものの、パープルゴーレムの体に亀裂を作ることに成功する。

 そこに追い討ちをしかけたのはトゥルル。百七十キロの体重を乗せた重い回し蹴りをおみまいする。

 紫色の鉱石が一斉に飛び散る。体をえぐられたパープルゴーレムはこれがトドメになったのか、その場でボロボロと崩れ落ちる。


「お~、さすが」


 ガラガラとやかましくモンスターが崩れる中、イリックは拍手を送る。やはりカッパーソードではどうにもならないだろうと、今の戦いから学ぶ。

 ネッテも真似て拍手する。


「もう。私達がいない時に遭遇したらどうするのよ?」


 ロニアがもっともなことを言う。


「その時は逃げます」

「あ、そう……」


 さらっと言ってのけるイリックにロニアは小さく息を吐く。勝てないなら逃げる。当然のことだ。

 足元に転がっている紫色の鉱石を避けて五人は進行を再開する。

 狭かった道が終わりと告げると、ぱあっと広い空間が目の前に現れる。その広場にはいくつもの道が繋がっている。今来た道をどう進もうと、ここに辿り着くという構造だ。

 広場にはあちこちにスケルトンやパープルゴーレムが闊歩している。

 ゴーレムは視野が狭く、かつ短いため、ある程度離れてさえいれば襲われることはない。

 一方、スケルトンは遠くからでも人間を認識し、襲いかかる。

 イリックはその特性差を利用することで、広場に救うモンスターの数を減らす算段を立てる。

 現れたイリック達に見向きもしないゴーレム。

 対照的に比較的近くにいたスケルトンはカタカタと鳴らしながら駆けてくる。

 当然のようにトゥルルがさくっと迎撃する。これを繰り返す。

 エムム遺跡はそれほど広くはない。そして、ここは二個目の広場なことから、調べるならここしかないと推測できる。

 広場の形は楕円をしており、遺跡の左側を歩いてきたイリック達は円の左に辿り着く。

 反対側は随分先だ。

 そう、イリック達から見れば楕円が立っているように見える。エムム遺跡の入り口からなら楕円はゴロンと寝そべっている。

 広場には十前後のモンスターがうろついており、これからそれらを全て倒さなければならない。

 なぜなら、ここの中央には小さな突起物が確認できる。明らかに怪しい。ロニアもキラーンと目を輝かせている。

 次に倒すべきモンスターは紫色のゴーレム一体とスケルトン三体。


「さて、全部倒すにしてもどうしようかな?」


 イリックはつぶやく。倒す手順は決めたものの、倒し方そのものはまだ考えていない。方法はいくらでもある。しかし、リスクも伴う。というのも、パープルゴーレムは体そのものが鉱石のように硬い。

 石を斬る。この行為には危険が伴う。片手剣や短剣の刃が欠けるどころか折れてしまう可能性すらある。そういう意味で、パープルゴーレムと戦うことにはリスクを伴う。そもそもカッパーソードではどうすることもできない。

 先ほどのようにアジールとロニア、トゥルルの三人で一体一体倒してもらうしかなさそうだ。必要とあらばネッテを投入する。イリックはそう結論づける。


「私倒そうか?」

「言ってろ」


 ネッテがブーブー言い出すが相手をしている暇はない。

 イリックは即興で思いついた作戦を全員に伝える。

 自分達が戦う場所は広場の隅。今は通路を背に広間を見渡している状態だ。少し前進してそこに陣取る。

 なぜか? 通路を背にしていると、背後から突然現れたモンスターに気づきにくいからだ。

 戦闘準備が整い次第、イリックが広間のモンスターに自身の存在を気づかせ、待機している皆の元まで誘導する。そして、迎え撃ってもらう。

 ただただシンプルな、そして冒険者にとっては王道とも言うべき方法でモンスターを倒すことにする。


 冒険者が何体ものモンスターを相手にする場合、主たる戦い方は二つ存在する。

 安全そうな場所に陣取り、そこから動かず、誰か一人がモンスターを一体、仲間の待機場所まで誘導して迎え撃つ方法だ。仲間の待っている場所までモンスターを連れて行く行為は釣ると表現し、それを実行する者を釣り役と呼ぶ。


 もう一つの戦い方は移動狩りだ。全員がモンスターの場所に移動しながら一体一体倒すのだが、これは高度な戦法と言われており、誰でもできるわけではない。

 モンスターがまばらに存在しており、目の前の一体に集中できる状況なら話は別だが、そうでない場合、戦闘中に別の固体が襲ってくる。それに対応可能なパーティでなければ、瞬く間に危機的状況に陥ってしまう。

 対応方法はいくつかある。モンスターの動きを束縛する魔法を使うか、誰か一人が途中参戦したモンスターの相手をし続ける。


 安全な戦い方と言えば前者の陣地を構えて戦う方法なため、今回はそれを選ぶ。何より、自分達に最も適した戦い方はこちらなのだから。

 なぜなら、ロニアは自身の周囲に水の柱を作り出して戦う後衛攻撃役だ。この水柱は呼び出した後、動かすことができない。そういう理由から、自分達には移動狩りが適していないとイリックは察している。

 釣り役はイリック。

 モンスターを倒す役目はイリックとネッテ以外。

 そして、ネッテには世話しなく動いてもらう。

 自分達にとって脅威なモンスターはスケルトンではなくパープルゴーレムだ。しかし、数はスケルトンの方が多い。

 スケルトンは遠くからでもイリック達を感知して襲ってくる。ゆえに、パープルゴーレムを釣りつつ、時にはスケルトンの相手もしなければならない。

 必要に応じて、スケルトンの対応をネッテに任せたい。そういう作戦だ。

 一同は広場に足を踏み入れる。前方で背を向けているパープルゴーレムの立ち位置が今回の陣地だ。ゆえに、初戦だけは移動狩りの体を成す。

 イリックとネッテが先行、そのすぐ後ろをトゥルルがついていき、最後尾をアジールとロニアが追尾する。


「トゥルル」


 イリックの合図で戦闘が始まる。

 トゥルルがイリックとネッテを越え、紫色の巨体に殴りかかる。アジールとロニアは広場の壁を背に、戦闘体勢に移行する。

 一方、周囲のスケルトンがわらわらと集まり始める。これの掃討はイリックとネッテの役目だ。


「ウォーターインカーネイト」


 ロニアは四本の水柱を呼び出す。

 アジールはウォーシャウトを待機。パープルゴーレムがロニアに向かって走り出したら、自身に注意を向けさせる。

 トゥルルはロニアの合図まで一人でパープルゴーレムと殴りあう。機械の拳が軋むが、どうということはないと表情で語る。

 イリックとネッテは各々スケルトンの相手を開始する。

 スケルトンの手には切れ味の悪そうな片手剣や茶色い棍棒が握られている。

 振り下ろされた攻撃を避け、イリックはスケルトンへの反撃としてカッパーソードの柄で鎖骨を殴る。刃の方で斬りかかろうものなら、おそらく欠けてしまう。それは避けたい。

 ネッテは涼しい顔で一体目を倒すが、イリックは思わず顔をしかめる。


(このスケルトン、強いぞ)


 イリックは様々な土地でスケルトンと戦ってきた。スケルトンは比較的どこにでも出現するため、夜に活動しようものならすぐに遭遇する。

 日中に現れるケースは通常ありえないのだが、どういうわけかここと北の地は例外らしい。そして、それらは強い。少なくとも、イリックにはそう思えてしまう。

 動きの機敏さ。

 骨の丈夫さ。

 どちらも夜に出現する固体より、一回りか二回りくらいは上回っている。

 夜しか活動できない不健康な固体より、太陽の日差しを浴びてカルシウムを多く蓄積する固体の方が強いのかもしれない。そんなことを考えながら、イリックも一体目を倒してみせる。

 少し強かろうがスケルトンはスケルトン。背骨をへし折るなり、頭蓋骨をかち割るなり、いくらでも倒しようはある。

 ネッテに三体目のスケルトンを譲り、イリックは後方の戦いに視線を向ける。

 ロニアの槍が確実にパープルゴーレムを削っていく。

 アジールがウォーシャウトを使い、殴られる役目をトゥルルから交代する。

 紫色の細い腕がアジールの白い盾を殴りつける。巨体から繰り出される攻撃ゆえ、衝撃はすさまじく重たい。しかし、それに耐えられるアジールの筋力もまた素晴らしい。

 その間に、水槍がパープルゴーレムの太い体を突き破る。

 無事勝利だ。


「この調子で倒しましょう」

「カシコマリマシタデス」

「ふ~」


 勢いづくイリックとトゥルルを他所に、ロニアは大きく息を吐く。いかに豊富なマジックポイントを保持していようと、集中力は無限ではないため、いくらか疲れてしまう。

 しかし、イリックは容赦なく次々とパープルゴーレムを釣る。釣り人ゆえ、この行為はどこか血が騒ぐ。

 その度にスケルトンも釣れてしまうのだが、それはネッテに処理させる。兄は釣りで忙しい。

 殲滅速度と釣りを早めるため、パープルゴーレムが射程に入るとアジールはすぐにウォーシャウトを使用する。これでイリックはすぐに次のパープルゴーレムを釣りに行ける。トゥルルとロニアも攻撃に専念でき、良いこと尽くしだ。

 このペースで狩りを続けた結果、一時間もかからず広場のモンスターを掃討し終える。走り続けたイリックは汗だくだが、良い運動ができたと思うことにした。何より釣りという行為が非常に楽しく、つい夢中になってしまった。

 五人は広場の中央へ向かう。そこにはスタンドのようなものが地面から生えている。楽器を演奏する際に演者が楽譜を置く楽譜台のようなそれは、地面や周囲の壁と同様の素材で作られている。

 ロニアはそっと楽譜台のような平面を触る。しかし、これといった反応はない。石のような何かでしかないのだから当然か、と残念がりながら周囲に視線を向ける。

 イリックは、ドンドン、と違和感のある場所を強く踏む。その物体の正面だけ、地面の色が異なる。灰色がかったそこは、まるで扉が寝そべっているようにも見える。


「そこで何かしたらこれが開くのかな?」

「まさかー」


 イリックの予想をネッテは笑い飛ばす。

 イリックが扉と考える足元の領域は、縦横共に五メートル近くある。完全な正方形ではないが、縦横の寸法は比較的近い。人力で開けるにしても、自動で開くにしても、大きさと重さの観点からありえないように見える。


「トゥルルはどう思う?」

「ワカリマセン。ココハ明ラカニトゥルルトハ異ナル機能ヲ備エタ設備デス」


 トゥルル遺跡の設計用途を知らないトゥルルですら、そう思えてしまう。なぜか? 遺跡の構造そのものが全く異なるからだ。道といくつもの広間で構成されるトゥルル遺跡に対して、ここは迷路のような道を越えるとこの場所に集約される。

 また、安直だが場所が全くことなる。トゥルル遺跡は大陸の北西に存在する岩山の中。ここは大陸の南東の森の奥。

 何より、漂う魔力の差が大きい。トゥルル遺跡は氷の大精霊が放つ魔力で満ちている。

 対して、ここはそういったものがほとんど感じられない。何かが存在する、そう思わせるだけのわずかな魔力が漂っていることは間違いないが、それが何なのかまでは残念ながらわからない。

 この広場は既に安全であり、ロニアとトゥルルは片っ端から調べていく。

 もうすぐ昼食時ということもあり、ネッテはその場で昼食を作り始める。

 イリックは疲弊したため、白いシートの上で寝転がり、ロニア達のがんばりっぷりを眺める。


「イリックはどう思う?」


 アジールは普段腰にぶら下げているうさぎのぬいぐるみをとことこと歩かせる。行き先はイリックの顔だ。


「明らかにあの地面が怪しいんですよね~。あそこだけ色が違いますし」


 トゥルル遺跡は若干紫色を帯びている白い石で建設されている。しかし、イリックが視線を向ける地面だけは別の材質で作られており、スライドするのか上下するのかはわからないが、動く気配がする。

 とことことこちらに向かってくるうさぎのぬいぐるみに握手をして、イリックは完全にゴロンと倒れこむ。

 そしてイリックは気づく。

 すぐ横にアジールが座っている。女の子座りで座っている。こちらを向いて座っている。

 顔を左に倒せば、アジールの太ももとご対面だ。下手をすれば、ミニスカートの中も覗けてしまうかもしれない。

 だからと言って露骨にそんなことはできない。でもしたい。

 イリックは考える。全力で考える。そして思いつく。


「あ~、疲れたな~。柔らかい枕で寝たいな~」


 自分でもバカなことを言っていると自覚している。しかし、本能には逆らえない。


「いいよ」


 とんとん。アジールは自身の太ももを叩く。


(マジで!?)


 イリックはゴクリを生唾を飲む。


「え~。さすがに悪いですよ~」


 棒読みだが仕方ない。演技力なんて無いのだから。

 そんなイリックの顔をそっと持ち上げ、アジールがするするっと体を寄せる。

 あっという間に膝枕の完成だ。イリックは心の中で歓声をあげる。

 後頭部には太ももの感触。柔らかいが、どこか硬い。なにより暖かい。

 視界はアジールの上半身で占領されている。胸の形にそって膨らんでいる鎧の輪郭を下から見上げているという事実が、イリックをどこまでも昂ぶらせる。

 なにより、左に向きを変えればそこはもう追い求めた理想郷だ。

 この時点でどこか甘い香りが鼻に届いている。辛抱堪らない。


(よ、欲望に勝てない……。南無三!)


 イリックは体を左へ回転させる。ゴロンと転がり、アジールの腹部へ向き直す。

 ミニスカートとハイニーソが作り出す肌色の領域が眼前どころか左頬と接触する。

 残念ながら中身までは見えない。見えないが、そんなことはどうでもいい。

 ミニスカートとそこからチラリと露出している太い太ももが目の前にあるのだ、それ以上を望んでは男として恥でしかない。

 すべすべな感触。

 脳を刺激する匂い。

 自分以上の体温。

 二度と立ち上がれない、そう錯覚してしまう。

 イリック、十八歳。生まれて初めて、死んでもいい、そう思えてしまった。

 しかしさらなる追撃がイリックを襲う。

 なでなで。


(!?)


 アジールがイリックの頭を撫でる。


(ほ、惚れてしまう! いや、ほんとマジで!)

「いい子いい子」

(あぁ、陥落する~)


 この状況がアジールの母性本能を刺激する。そしてイリックの脳みそを溶かす。


(なんかもう……、二度と立ち上がれない……かも)


 しかし、幸せは長くは続かない。


「兄上!」

(しまった!?)


 もの凄い殺気が迫ってくる。いつぞやのデーモン以上だ。このままだと確実に殺される。

 イリックはゴロンとアジールの体から離れ、そのままの体勢でロケットのように飛んでいく。起き上がる時間などこの妹が与えてくれるはずもない。

 最近、どういうわけかアジールが今まで以上に心を開いてくれる。そして、ネッテもそのことを許容してくれていたのだが、これはさすがにやり過ぎだったらしい。妹の顔が鬼にしか見えない。


「待て!」

「誤解だ!」


 誤解ではないのだがそう言ってみる。二十秒後、普通に捕まって酷い目にあわされたが自業自得だ。



 ◆



 一時間後。

 イリックの処刑と昼食が済んだ後も、ロニアとトゥルルは調査を続行する。

 ネッテとアジールはうさぎのぬいぐるみで楽しそうにじゃれあう。

 イリックは渋々調査に加わる。

 ロニア達のようにやる気があるわけではないため、怪しいと決め付けている灰色の床付近を重点的に睨んでいく。

 色が違う。それくらいのことしかわからない。

 トゥルルを見てみる。

 足を動かさず、すいーっと前傾姿勢で移動中だ。エネルギーの消耗が多そうな、そうでもなさそうな、よくわからない移動方法だと感心してしまう。

 もう一度おっぱい触らせてくれないかな? そんなことを考えているとトゥルルがこちらに近づいてくる。見つめていたのがばれたらしい。


「ドウシマシタ、マシター?」

「いや、何でもないよ。手がかりとかあった?」

「イエ。疑ワシイ箇所ハアソコクライデス」


 トゥルルが指差すのは楽譜台のようなでっぱり。誰が見てもこれが怪しい。しかし、これが何なのか、どう使うものなのか、それがわからない。

 イリックもそれを見つめる。

 何かを乗せる? 傾いているためずり落ちる。

 叩く。ペシペシ。石っぽいが少し違う触り心地だ。

 引っこ抜いてみる。無理。

 他にできることはへし折るくらいだが、それはさすがに止めておく。ロニアに殴られそうだから。


「マスター。テレポートヲ詠唱スルノハドウデショウカ?」

「あぁ、なるほど」


 テレポート。転送魔法。古代人が編み出した魔法であり、古代人の残り香のような魔力がわずかに発生する。

 トゥルルの場合、イリックのテレポートを感知してマスター登録が可能となった。

 トゥルルがそうであったように、ここもテレポートの詠唱による魔力の波動で何かしらのリアクションが期待できるかもしれない。

 そういうことなら、とイリックはテレポートの詠唱を開始する。

 実際に移動するわけではない。詠唱が完了するまでに中断すればいい。そもそも詠唱時間は十一秒と随分長い。


「サスガマスターデス」

「何のこと?」


 トゥルルが何を言い出したのかわからないため、イリックは予定通りテレポートを中断しつつ、トゥルルの視線を追う。

 楽譜台の譜面台部分が淡く光っている。

 よく見ると、文字のような、記号のようなうねうねとした何かが光輝いている。


「ふむ、わからん! こういう時は……ロニアさーん」


 ロニアが鬼の形相で走ってくる。どうやら遠目からでも異変に気づけたようだ。


「何よこれ!?」

「光りました」

「何で!?」

「テレポート使ってみたからかも」

「なるほど!」


 これでイリックはお役御免だ。そそくさとその場から撤退する。ここから先は頭の良い人間の領分だと察する。

 ロニアとトゥルルが意見をぶつけあうが、イリックにはこれっぽっちも理解できない。シートに再び寝そべる。


 三十分後、ロニアはついに降参する。これ以上粘ったところでわかることはないだろうと一旦諦めることにした。

 しかし、手がかりは得られた。テレポートの詠唱が古代人の遺跡ではキーになる。それだけでも十分だ。


「それじゃ、今回の長旅はこれにて終了ということで」

「ガッテン!」


 片道一週間のエムム遺跡観光旅行はこうして終わる。

 成果は上々。ロニアは鼻息荒く胸を張る。

 次の目的地はガーウィンス連邦国。

 テレポートの発動と同時に、五人の姿はぱっと消える。

 今回は見送ってもらえる。なぜならその装置にはこう書かれているのだから。


 行ってらっしゃいませ、と。


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