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黒い創機の顔面が刃に巻き込まれながらひしゃげた。
その頃、船上で戦っていたセクトトールは最後の一機の頭をチェンソーで切り潰したところだった。
『ようやく終わったか……』
さすがの龍介も度重なる戦いの中で疲労が激しいのか、短い呼吸を繰り返している。
本来、創機には動力としての液体は流れていないが、セクトトールの全身を汚しているのは間違いなく黒い創機を稼働させていた液体の一種だった。澪音ほど、鋭い神経を持っていなくても、龍介にも亜里沙にも今まで自分が倒してきた創機が完全に人工的に作り出したものだということが分かった。
船の上や海中に散らばる敵機を見れば、次の敵機が来る様子はない。
『ねえ龍介ちゃん、もしかして最初に出てきたあの十機が残った全部だったんじゃないの?』
『かもしれねえな。……でも、この静けさて不気味過ぎやしねえか?』
『龍介ちゃん、音楽とかも騒がしいのが好きだもんねー』
『いや、そういうことを言ってるんじゃ――』
――セクトトールが船から追い出されるように、大きく吹き飛ばされた。
『亜里沙……! 体勢!』
龍介は自分の操縦技術だけでは、どうしようもないと判断し亜里沙に指示を送る。そして、落ちる前にぐるりと宙で反転したセクトトールは地面に足裏を削られながらようやく着地に成功する。
『大丈夫、龍介ちゃん!?』
『問題ない……と言いたいところだが、片腕をやられた』
左側から謎の衝撃を受けたせいで、左手代わりのチェンソーの刃は力任せに折れたように曲がっていた。剥き出しの武器とはいえ、創機の腕だ。それなりに頑丈にはできているので、乱暴な使い方をする龍介でさえも、問題なく使用できてきたが、ここまで壊れた腕を見るのは初めてだった。同時に、規格外の存在に出現を証明していた。
『――やるじゃない。私の攻撃を受けて、受け身をとるなんて』
声が空から聞こえた。
突き飛ばされた船の上に、氷の上に立つようにそっとつま先が地に足をつけていた。
その創機は森林のような緑色をしていた。ただ、そこに自然を感じさせるのではなく、周りとは溶け込むことを知らない彼らの姿を体現しているようにも見える。
顔はカラスのように尖り、背中には小さくした盾のようなものを十数本くっつた姿は背びれのようで、月の光を受けてずっしろとした重量感を思わせるその手に握った武器は棍棒――メイスだ。
『お前が、この船の親玉か!?』
『コイツの名前は、ガランディア。でも、半分正解。私はエノスだからさ、単独でも創機が呼べるんだ。……うちの相棒は、アンタが連れてきたお間抜けな仲間の処理で忙しいの』
龍介は名前も知らない敵の発言を鼻で笑う。
『何がおかしいのよ』
『てめえが考えているよりも、ずっとアイツはしぶといんだよ。そう簡単に死ぬようなやつじゃねえよ』
『随分と信頼しているのね』
『信頼? いいや、違うね――』
動かなくなった左腕の回転を全て右腕に回すかのように、今まで聞いたことないほどの豪快な音を右腕のチェンソーは発する。
『――お前よりもアイツのことを知っているだけだよ!』
重力を感じさせない跳躍で飛べば、体の回転と共に右手のチェンソーを振るう。体全部を使った回転切りでまともに直撃すれば、その体は半身と半身にお別れだ。そのはずが――。
『私だって、そう簡単には死なないんだよ』
一歩も動くことなく、セクトトールの刃は突然目の前に現れた壁に防がれていた。それは、いきなり足から出現したわけでも、どこか別の次元から召喚したわけでもない。ただ、そこにあったものを動かしただけだ。
ガランディアの背中にあったはずのトサカが、背中から発射されて、それが宙に浮く盾のような形になっていた。一つだけならとても防ぐことなどできないが、その数個がパズルのようにくっつき合ってチェンソーをから身を守るだけなら問題ない網目のような盾を完成させていた。
『まずいよ、龍介ちゃん!』
『――それに、浅いし軽い』
ガランディアの盾のパズルが急に分裂する。離れた盾のおかげで、セクトトールが前方に攻撃することが可能になったが、それは龍介達が望んだ攻撃ではないし先程のようなスピードも威力もそこにはない。つまりは、ガランディアに近づいてくるセクトトールはサンドバッグ同然。
『今回は、一発で穴空くかな?』
既に小さな突起だらけのメイスを構えて待機していたガランディアは万全の状態で、メイスを振りぬいた。
『――ぐああっ!?』
セクトトールの右腕を粉砕し、そこでは勢いを殺すこともできず、一切の容赦なくガランディアのメイスはセクトトールを吹き飛ばした。
大量の破片の雨をバラバラと地に降らせながら、セクトトールは地上へと叩き落とされた。頼みの綱であった右腕はセクトトールの後方へと転がり、完全にセクトトールの胴体から切り離されていた。
気を失ったのか、セクトトールは体を横にしたままで動くことはない。
『この野郎……』
『へえ……。まだ、動けるの?』
遥が感嘆の声を漏らした直後、セクトトールの姿は空気に溶けるようにして消え、代わりにそこに現れたのは倒れた龍介と亜里沙の姿だった。
創機を強制的に破壊されたことで、肉体には激しい疲労と激痛が駆け巡っていた。直接肉体を攻撃されたわけではなく、神経が創機の痛みを己の肉体の痛みと誤解しているだけなので、一時的な症状なのだが、それでも龍介達にはその苦痛を無視して立ち上がるほどの力はそこにはなかった。
「ここまでかよ……」
「龍介ちゃん……」
地面でじたばたする龍介に手を伸ばそうとする亜里沙だが、たったそれだけのことを邪魔するかのように彼らの前にガランディアが降り立った。
『私さ、そんなに甘くないわけよ。キミ達の都合なんて待ってらんないからさ……穴ぼこになっちゃいなよ』
龍介達のことなんてお構いなしに、ガランディアは無感情に生身の彼らへ向けてメイスを構えた――が。
――背後から、何かを壊すような音が響いた。
『うぜえな』
呟いた遥は、龍介達から後方へと向き直れば、ガランディアの前に立つのは船を壊して出現したガインスレイザー。その手には、一人の少女を大切そうに抱いていた。
『隠れていて、玲愛』
そっと玲愛を降ろせば、心配そうに一度ガインスレイザーを見上げれば、港に並ぶ倉庫の陰に身を隠した。
玲愛の姿を見送り降ろすために膝を曲げたガインスレイザーは、睨みつけるようにガランディアを見る。
『玲愛を逃がすまで待っていてくれるなんて、優しいじゃないか』
『いやいや、私だって素人じゃないんだから、そんなバリバリ警戒しているアンタのところには飛び込まないよ。それにしても、託矛を撒いて来るなんていっがーい』
『意外でもねえさ。何も守るものもない、ただ混乱と破壊を招くだけのお前達には俺達を止められない。龍介達と玲愛の苦しみの借りを何百倍にもして返してやるぞ!』
大きなお世話だ、とぼやいた龍介の声が空也には聞こえた気がしたが、龍介に何と言われようが傷つけたことは事実だ。
空也は、友達を傷つけた奴を許すつもりはない。
『かかってきなよ、私はお前をぶち殺して、あの憎たらしい女に思いつく限りの屈辱を与えるんだ。……ちょいどいい、私の相棒も来たところだよ』
いつの間にか、託矛がガランディアの肩にいた。託矛も逃げることに必死だったようで、そのヘルメットは砕けて顔を半分のぞかせていた。
「亜里沙、奴らを潰すぞ。……ガランディア」
託矛がガランディアの頭部に触れれば、淡く発光をし、光の粒子と共にガランディアに吸い込まれた。
今までは創機として最低限の動きで戦っていたガランディアは、その瞬間、本当の意味で創機ガランディアとして発現した。
『お前達はここで止める! これ以上、玲愛を悲しまさせない!』
『死ぬまでほざき続けろ、その安っぽい正義感と共にな』
ガインスレイザーは拳を構え、ガランディアはメイスを引き対峙した。
裏切られ傷つけられた少女の涙を拭う為に闘う者と己が信じる救済を求める者の戦いが始まる。




