11
――午前三時。
俺、龍介、亜里沙は玲愛と澪音が連れ去らわれたマンションからさほど離れていない港にやってきていた。
いくつか船が泊まっているが、一番奥に停泊している大型の船が俺達の目的地だ。補導されそうな心配とか到着直後に敵に気づかれないように、物陰から船を見上げる。
「ここに澪音の奴はいるのか?」
俺は頷く。ここまで来たのは、同調の力を使用して澪音の反応を感じ取ったからだ。
最初は淡い光のようなものを感じ、それを追い求め、少しずつ光が熱く大きくなる方向を目指して進んで来た。そして、俺の声が届いた瞬間、
――船の中で待ってます。
まるでちょっと外出した際に書き置きしたメモのような気軽さで、澪音の声が胸の中に広がったのだ。残念ながら、それ以降は澪音の居場所も声も感じられなくなったが、この船に澪音がいるのだと確信を得られた。それだけで、これから待つであろう困難にも立ち向かえそうな気持ちになる。
「空也君、龍介ちゃん、でも……どうやって二人を救い出すの?」
そう聞かれれば、俺も龍介もノープランでここまで来たことに初めて気づく。
「やっぱり……。あのさ、あの人達てこっそり逃げようとしているんだよね?」
「そりゃまあ」
「それなら、もうこのまま暴れ回ったらどうかな? 下手な作戦考えるより、私と龍介ちゃんはそういうのの方が得意だし」
「え!? 亜里沙てば、本気でそんなこと言っているのか!?」
龍介のブレーキ役であるはずの亜里沙とは思えない発言に、思わずそんなことを聞いてしまう。
そんな俺に対して、亜里沙は真顔であっさりと頷いた。
「もちろんだよ。だって、あの敵て朝こっそりと出港するつもりなんでしょ? ていうことは、この学園の近くでまともに戦闘になることを恐れているんじゃないかな。襲撃してきた黒い創機が既に残機ゼロで、まともに学園側が数で出て来られたら勝てなかったりするんじゃない?」
「なるほど……。つまり、昨日の大規模な襲撃こそブラフだったてことか。その可能性はあるな」
亜里沙の言うことも一理ある。
あの大規模な襲撃こそ、混乱を起こし注意を逸らし侵入し玲愛を捕まえる為の作戦だとしたら、奴らはもう逃げるだけだ。学園は騒ぎの収拾に追われるし、まさかその日に全ての作戦を終わらせようなんて荒っぽい方法に出るとは思わないだろう。それに、量産型の創機が大量にいるなら、奴らに適当に街を攻撃させて、その隙に逃げることだって可能だ。
ここでどうにでもならない、提案をあーでもないこーでもないと話をするよりも、この案に乗っかってみるのが一番のように思えた。
「……龍介、ひと暴れ頼めるか?」
大きく頬を上げて笑う龍介は、気合十分といった様子で右の拳を自分の左手に打ち付けた。
「その言葉を待っていたぜ」
「後もう一つだけ、頼みたいことがある」
「あ? なんだ?」
「俺を澪音と玲愛のところまで、連れて行ってほしい」
え!? と驚きの声を漏らしたのは亜里沙。
「危ないよ! それに、今は創機だって無いんだし……。私達が大急ぎで二人を助け出すから、それまで待ってられないの!?」
無茶なことを言っているのは頼む前から分かっていた。例え、馬鹿だと罵られてもここで黙ってられるわけがなかった。
迷いなく俺ははっきりと告げた。
「俺と澪音はパートナーだ。相棒が、俺のことを待っているなら、助けを呼んでいるなら……そこに行くのが、パートナーてもんだろ? それに、理由はそれだけじゃねえ」
龍介の前を歩き出す。それは、例え二人が協力をしてくれなくても、よじ登ってでも船に行くという決意の表れ。
「――昔から澪音を待ち続けたんだ。手を伸ばしてそこにいるなら、俺は何が何でも澪音に会う為に再び手を伸ばす。奴らに教えてやる、お前達が敵に回したのドン引くぐらいしつこい男だってことをな!」
おろおろとする亜里沙の頭に一度手を置いた龍介は、俺の隣を歩く。
「いい根性してるじゃねえか。……おめえみたいな背中をした奴を一人で行かせたら、男の恥だ。連れて行ってやるよ、てめえの望んだ舞台までな。今日だけはてめえの踏み台になってやる。……後は好きに決着をつけろ」
「ありがとう、龍介」
深く溜め息を吐いた亜里沙は観念したのか、龍介の隣に並び立つ。
「ビビんなよ、亜里沙」
「今さらだよ、龍介ちゃん。そういう怖がるとか、びっくりするとかの神経なんて、龍介ちゃんと一緒に闘うと決めてから、どっかに捨てちゃったんだから」
「……いい返事だ。――ぶちかますぞ、来いよ! セクトトール!」
龍介と亜里沙の周囲を光が満たせば、俺は光の山に飛び乗る。そのままエレベーターのようにぐんぐん上に上がれば、俺はセクトトールの肩の位置に立っていた。
『セクトトールはベルトも保険もねえ! 安全運転はできねえぞ、いいか!?』
「ああ、行ってくれ!」
セクトトールは、陸上選手のように船へ向かって大きく一歩、さらにもう一歩とステップを踏み込み、大きく飛んだ。
※
船の甲板に着地したセクトトール。強い衝撃が体を襲い、放り出されるようにして船のデッキに転がる。
運動神経なんて中の中の俺には、まともに着地なんてできるわけもなく、無様に床を転がった。痛みに顔を歪めるが、幸いにもどこも怪我はしてなさそうだ。
だが、傷ついた体をさらにいじめるようなこの痛みに僅かな時間でも意識が薄くなる。悲鳴を上げなかっただけでも、自分自身を褒めてやりたい。アドレナリンを全開にし、己をごまかしながら進むしかない。
「助かった! 行って来る!」
腕も足も打ち付けたせいで痛いので、しばらく痛みが引くまでは横になっていたい気持ちもするが、弱い自分を踏み越えるように前へ前へと駆け出した。
ざっと見回して目に入るのはブリッジの下方向に扉が一つしかない。おそらく、ここから船の内部に行けるはずだ。
『骨は拾ってやるから、頑張って来いよー』
それシャレになってないんだが……。
※
『さてと……』
船内に消えていく『友達』の姿に笑みを浮かべた龍介は、ただ見ているだけなら無造作にセクトトールのチェンソーの刃を振るう。
――直後、金属が悲鳴を上げて弾けた。
チェンソーの刃が回転した場所を真っ二つになった黒い創機が通り過ぎる。腰から下は甲板で転がり、その上は懐中へと落下した。
『いいな、亜里沙……』
セクトトールが振り返れば、どこに隠していたのか十体近い黒い創機が宙を漂っていた。
『足場は悪く、数も圧倒的にあっちが上だ。治安維持隊が出てくるまで、全力で暴れる。けっこー、難しいぞ』
『言わなかった? そんなの、慣れっこだよ』
『それでこそ、俺のパートナーだ。切り刻むぞ、チェンソーハッピー!』
『チェンソー女子解禁だよっ!』
竜の咆哮のようなチェンソーの音と共にセクトトールは黒い創機の軍団へ向けて跳躍した。
※
上からは時折、爆音が聞こえる。龍介はよほど派手に行動しているようだ。
乱れた呼吸のままで、歩き続けた俺は下を目指して足を勧め続ける。ただ無駄に歩いているわけではない、同調を行った時に澪音が狭い空間に閉じ込められているのを感じることができた。そこは船室ではなく、もっと暗い場所。
階段を駆け下りれば、広い倉庫のような空間に船の下はいくつかコンテナが並んでいた。
「くそ、ここから探すしかないのか……」
そうぼやき、一番手前にあるコンテナのカギを解除した直後だった。――パンという発砲音が響き、俺の前方のコンテナに当たり跳弾していた。
振り返れば、そこには拳銃を構えた託矛の姿があった。あのスーツとヘルメットを装着しているということは、それなりに俺のことを警戒しているということなのだろう。
「お前達はことごとく俺の邪魔をするな」
まだ玲愛を連れ去らわれた時は、脅しに近い声色で託矛は喋りかけていたが、今は違う。俺のことを本気で殺そうとしているのが、肌を通してチリチリと理解できる。
「お前だって、俺達の日常を邪魔してるだろ」
その一言により、託矛の殺意の濃度が増した気がした。その指先の引き金に力が入っていくのが分かる。
玉砕覚悟で向かっていくか? いやいや、何を言ってるんだ。二の舞だ。
じゃあ、他に武器は? そんなもの転がっているほど、奴らもお人よしじゃねえだろ。
なら、ここは逃げて時間を稼ぐだけだ。
そんな俺の気持ちを汲むようにして、真上から激しい振動を起こさせる爆発が起きた。一瞬だけ、体勢を崩した託矛は構えていた拳銃を下に下げるような形になる。
「――なにっ!?」
パンパンッ、と二度ほど発砲音が響いた。
託矛の驚きの声が聞こえた頃にはもう遅い、俺は開錠したばかりのコンテナの扉を外側に引くことで、百八十度回転するその扉は自然と一枚の壁のようになる。二発の銃弾は、俺に当たることなく壁となったコンテナの扉に当たった。
「悪いが、そう簡単には負けてたまるかよ」
そのままコンテナが壁となった狭い通路を駆けだせば、必死に澪音を探す。
「澪音! 玲愛! 二人とも返事をしてくれっ!」
※
何やら外が騒がしいと思っていたら、澪音の耳に聞き覚えのある声が届いた。今度は、テレパシーのようなあんな不安定なものではない。すぐ近くに彼がいることを耳で音で声で実感できる。後は、彼に触れるだけだ。
「玲愛さん、空也が助けに来ましたよ」
「こ、こんなところまで……」
「玲愛さん、私は手が塞がっています。壁を叩いて、彼を呼んでください」
「でも、そうなったら、もっと彼が危険な目に……」
「――玲愛っ!」
澪音はびくびくと不安そうにしている玲愛を名前を強い口調で呼んだ。
「過去はもうどうしようもないでしょう!? だったら、過去から逃げずに過去と戦え! 私は過去を信じて未来を手に入れた! でも、貴女の過去は信じるべき過去じゃない、貴女が抗い戦い続けなければいけない過去よ! そんな、悲しみだけの過去のことだけ考えても、玲愛の望む未来は絶対に来ないわよ!」
自分でも久しぶりにこんな大声を出したと思うほど、澪音は力強く叫んだ。今の自分の言葉が、どれだけ玲愛の背中を押す力があるのかは分からなかったが、言葉は無くても、
――ゴンゴゴン!!!
と力強く壁を叩く音が、玲愛が過去と戦う為に振り上げた拳のように思えた。
※
肉体も限界に近いようで、ようやく一歩を踏み出しても次の二歩が錘を下げたように重い。それでも、俺は頭の何かブレーキのようなものが外れてしまったかのように、前へ前へと進み続ける。
後ろから何やら託矛の声が聞こえたような気がした。続いて発砲音。託矛も慌てているのか、二発、三発と撃つが俺に当たることはない。
さっきまでとは違い、俺の足には明確な動きが現れていた。だから気付かれたのだろう、託矛は再び近づくことなく引き金を引いた。
「――ぐぅ!?」
腕がカッと熱くなる。銃弾が、腕を掠めた。
「最後のチャンスだったな……」
吐き捨てるように言えば、俺は『あるコンテナ』に手を触れる。
その『内側から叩くような音を出すコンテナ』の壁に触れた。もう、それだけで十分だ。
「行くぞ、澪音! ――来い、ガインスレイザー!」
コンテナの内と外、その両方から放出した光は、いとも簡単にコンテナの壁を粉砕した。




