Episode13 明日、天気になあれ
「……真心…………」
「へ?」
目をパチクリさせる蒲田くん。なんとか痛みのおさまってきた右足を立てて立ち上がると、私もその近くまで歩み寄った。
「コスモスの花言葉。真心、純心、乙女心なんだって。知ってた?」
「いや、知らなかった……」
私も蒲田くんに倣って、やんわりと薄ピンクの花を包んだ。はらり、と一枚の花弁が取れて落ちた。
「私たちも、大事にしなくちゃね。そういう心」
そう言って、私は掌に残った花弁を差し出した。「はい! あげる! 特に理由ないけど!」
「へ? 花びら?」
目をぱちくりさせる蒲田くん。そりゃそうだ。「いいの……?」
「いーよいーよ、ただの花びらだし。てか私が持ってたってどうする予定もないしね」
そろそろと伸びてくる腕。ああもう、こういう時だけ焦れったいなー……。
私はその手を掴んで引き寄せた。そしてしっかりと、そこに花弁を置いた。
「お前……これはOKでさっきのはアウトなのか……」
「セクハラかどうかを決めるのは被害者だよ」
私は無邪気に笑った。いや、計算してる段階でもう無邪気じゃないかな。つられて蒲田くんも、笑いだした。
夕陽と夕陽色のコスモスに囲まれて、私たちは笑い続けた。一瞬、ほんの一瞬でも、小学生の頃に戻れたような気がした。
「ねえ、掴まらせてくれない?」
言いながら、返事も聞かずに私は蒲田くんの肩を掴んだ。で、驚き――あるいは呆れからか声も出さない蒲田くんを無視して、声を張り上げた。
「あーした、天気になーれっ!」
右足を振り上げた。
痛みのおかげで半分くらい脱いでいた右足の靴は空高く空を舞い、崖下に落ちていく。
「へー懐かしい!昔よくやったな!」
歓声を上げる蒲田くん。「俺もやるか!」
「ダメだよ、蒲田くんの野球スパイクでしょ? 下にいる人に当たったらどーするの?」
「それは藤井もだろ」
てへ……
「ちょっと待ってて、靴取ってくるから!」
言いつつ、蒲田くんは私をゆっくりコスモスの横に座らせてくれた。足を痛めないように、っていう配慮がありありと感じられて、嬉しかった。
「早くしないと左足も放っちゃうよー?」
「そしたら藤井履くものなくなるじゃんか!」
騒ぎながら、蒲田くんは坂を下りていった。
秋の風が、頬に心地いい。
土手の傾斜に足を投げ出しながら、私は隣で咲くコスモスの白い花──「純心」に語りかけた。
「…………あなたは、無邪気な気持ちを忘れないでね、って言いたかったんだよね」
コスモスは、物言わない。
でも、少し乾いた秋風の合間に頷いてくれた。
オトナには、ならなきゃいけない。
だけど、偽りのない本心のままに振る舞う事を忘れちゃいけないんだよね。
それがいいのかは分からない。でも私自身が、それを望んでるはずなんだ。だって、それを目の前で実践してる蒲田くんが、こんなに生き生きとして見えるんだもん。いや、心のどこかでは蒲田くんのそういう所、好きなのかもしれない。
それが、純心。
それが、真心。
それが、乙女心。
「明日、天気になあれ」
僅かに頭の端を覗かせるばかりになった陽光に向かって、私は小さく、小さくそう呟いた。柱のようなマンションにも灯りが点り、夜景が広がり始めていた。
これだから、自転車通学はやめられないんだ。
色んな人に出会える。色んな人と話せる。電車じゃ、そんなこと出来ないもんね。
私の日常はいつだって、自転車とセットだ。わくわくすることで、いっぱいだ。
蒲田くんが登ってきたら、自転車直してもらおう。二人でゆっくり、歩いて帰ろう。
そうして、明日も自転車で出掛けよう。
そのためにも。
ま、夕陽があんなに綺麗に見えてるんだから、明日の天気なんて分かりきってるけどね。
明日、天気になあれ。
いかがでしたでしょうか?
本作は2013年11月に書かれたものです。サウンドノベル化企画に併せて加筆訂正されたものを、このたび再連載いたしました。サウンドノベル作品発表の際は、ここにその旨を書こうと思います。
ご精読、ありがとうございました!!
2014.4.1
紺旗悠




