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8. 魔女の家に留まる患者たち(2)



バンデオンとリベリカのことに思いを馳せていると、エレナが「そういえば」と言葉を継いだ。


「ユフィ。先日新しく入った患者さん……容体はそんなに良くないの?」

「えっ? ああ、はい。被曝四等級で内臓もボロボロでした。特に足の状態が酷くて」

「まあ……。もしや、彼もカランの出身なの?」

「いいえ。彼はロンカエトの出身です」


ユフィの答えに、エレナは心配そうに自分の部屋の向こう――「新しい患者」がいる場所へと視線を向けた。その様子に、ユフィは目を細めて問いかけた。


「エレナ。夜の間、彼に何かあったのですか?」

「悪夢を見ていたようだったわ」

「悪夢、ですか?」

「ええ。以前も夜はあまり眠れていないようだったけれど、今日は特に苦しそうで。誰かの名前を呼んでいるようだったわ」

「……」


エレナの言葉に誘われるように、ユフィの視線も白く塗られた壁へと向けられた。


自らを「ハル」と名乗った新しい患者であり、魔女の家に留まる最後の患者。彼は数日前、しとしとと降る雨と共にこの村へやってきた。


これまで見てきた患者たちの中でも指折りの惨状と言えるほど、彼の体は損なわれていた。深刻なトラウマを抱えているのか、夜も満足に眠れない日々が続いている。


彼が深い眠りにつけたのは初日の一度きり。それも夜明け前に目を覚ましてしまったのだから、まともに眠れたとは言い難い。もちろん、あの体調を考えれば熟睡など困難なことだろう。状態があまりに悪いため、まともに言葉を交わしたのも、名を名乗り合ったあの日だけだった。


ユフィも分かっている。あれほどの重症患者が安易に眠りにつけるはずがないことを。しかし……。


(少し、自尊心が傷つくわね)


トラウマのせいで眠れない患者など、これまで数え切れないほど見てきた。正直、ここまで流れ着く者の中で、まともに眠りにつける者など稀なのだ。


活気溢れる純粋な獣人たちでさえ、初めてこの村に辿り着いた時には誰もが悪夢にうなされ、悲鳴を上げながら目を覚ましたのだから。


ゆえにユフィは、悪夢に苦しむ患者を深く眠らせることにかけては、誰よりも長けていた。師であるリベリカでさえ、彼女の「寝かしつけ」の技術は高く評価するほどだった。


特にユフィ特製の香草と子守唄があれば、どんなに深刻なトラウマを抱えた者でも、幼子のように穏やかに眠りにつくのが常だった。


誰もが通ってきた道。だからこそ、三人目の患者にも皆と同じ処方を施した。就寝前に心が安らぐ薬茶を飲ませ、眠りに落ちるまで魔力を込めた子守唄を歌ったのだ。


良い夢が見られるように。最も幸せな記憶に包まれるように。


それなのに、なぜ彼は悪夢を見るのだろう。彼には幸せな思い出がないというのか。


(……私とは違って、エイミーは十分に彼を満たしてあげていたはずでしょう?)


過去の記憶が脳裏をよぎり、ユフィは首を振って思考を遮断した。ユフィにとって、悪夢の「理由」など重要ではない。悪夢を見ないように「処置」を施すことこそが、魔女の弟子の務めなのだから。


幸い、エレナの状態は非常に安定している。ユフィはエレナに挨拶を済ませると、隣の部屋であり、最後の患者が横たわる廊下の突き当たりの部屋へと向かった。


彼女が扉を開けようとしたその時、中から苦痛に満ちた、細い喘ぎ声が漏れ聞こえてきた。


ユフィは勢いよく扉を開けて中へと踏み込んだ。生臭い血の匂いが漂う室内では、昨晩彼女が灯しておいた香草がすべて消えていた。驚きに目を見開いたユフィは、扉から一番近い場所にあった香草へと駆け寄った。


彼女が作った魔法の香草は、患者の苦痛を燃料にして燃え続ける。非常に優れた逸品だが、未熟な見習い魔女が作ったせいか、苦痛の量が一定を超えると消えてしまう欠点があった。


(あんなにたくさん灯しておいたのに……)


苦痛が大きければ大きいほど、灯す燭数は増える。初めて村へ辿り着いた時から、生きているのが不思議なほどの容体だと分かっていた。だからこそ、窒息しない程度に量を調節し、可能な限り多くの香草を灯して家路についたはずだった。


その香草が消えたということは、彼が耐え難いほどの苦痛を抱えているという意味だ。


ユフィの視線が、ようやくベッドに蹲る男へと向けられた。昨晩、ユフィが丁寧に巻いておいた包帯には、どす黒い血の跡が滲んでいた。


ユフィが歩み寄ると、乾いた唇から漏れ出た呻き声が、はっきりと誰かの名を呼んでいた。ユフィはその名を右から左へ聞き流し、閉ざされていた窓を開け放った。


湿った霧が室内に押し寄せたが、ユフィが手を一振りすると、それは這うように退いていった。部屋に充満していた生臭い血の匂いが消え、雨に濡れた土の香りが肺を満たす。


椅子を引き寄せ、ベッドの前に座ったユフィは、一切の感情を排した眼差しで蹲る患者を観察し、冷や汗に濡れた彼の額をそっと拭った。


魔法の宿った冷ややかな手触りに、固く閉ざされていた患者の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。


「ユ、フィ……」


濁った視界の先に、ユフィの姿がかすかに映り込んだ。彼は力なく、ゆっくりとユフィへと手を伸ばした。その手を握り返したユフィは, 社交用の笑みを浮かべて挨拶を口にした。


「おはようございます……とは言えそうにありませんね。ハル」


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