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33. 還る場所


「ど、どうか……お慈悲を……」

「お慈悲?」

「な、何でも! 何でもいたします。お、王城へ出向いて自白しろと言うならそうしますし、この国から去れと言うなら去ります。ですから、どうか……」

「困ったわね。私はあなたたちからも、取り立てるべき債務があるのだけど」


言葉を終えたユフィが、しなやかに手を持ち上げた。それと同時に、ローブの男たちの手足から真っ赤な炎が噴き出した。狂ったような悲鳴が響き渡り、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


「知っているかしら? 人間が最も強い苦痛を感じるのは、火に焼かれる痛みだそうよ。私はあなたたちに、その地獄を贈り物としてあげるわ」

「あ、熱い、ぎゃあああ……!」

「そうすれば、二度と魔女のものに手を伸ばそうとは思わなくなるでしょう?」

「慈悲を、慈悲をお与えください!! お願いだ……!」

「心配しなくていいわ。死にはしないから。師匠があなたたちを連れてくるようおっしゃったの。ただ、ひたすらに苦しいだけよ」


悲鳴が大きく響き渡るほどに、ユフィの笑みは深くなっていった。


「あなたたちが、あの可哀想な子供たちに仕向けたようにね。絶え間なく、ただ苦しく、苛まれるだけよ」


可笑しそうに細められたユフィの視線が、燃え盛る調教師たちを通り過ぎ、ロウェル・ライセンへと向けられた。彼女の天青色の瞳に、数多の色が混ざり合っていく。虹色に輝く瞳は、魔女の証明。


ユフィが指を弾くと、ライセン家の屋敷が激しく燃え上がった。ギラギラとした金メッキが剥がれ落ち、高価な花々が跡形もなく焼け崩れていく。じわじわと迫り来る火の手に、ロウェルは無様な悲鳴を上げた。


「ひぃっ……!」

「さあ、残るはあなただけね」


一歩。ユフィネルが近づく。ロウェル・ライセンの顔面は蒼白に染まっていった。大きく見開かれた瞳が、ユフィの後ろにいるラハルトを捉えた。


「あ、兄上! 兄上、助けてください。私は、ただ……」

「……」


伸ばされた手が、見る影もないほど激しく震えていた。


ラハルトは何も言わずに弟であった者を見つめた後、燃え盛る街並みへ目を向けた。遥か彼方、王城から騎士たちが駆けつけてくるのが見えた。しかし、誰一人としてうねる炎の壁を越えることができず、ただ虚しい表情を浮かべて立ち尽くすばかりだった。


死に瀕した者たちの声が鮮明に届く。


彼は、目の前に立つ赤髪の魔女へと視線を戻した。あらゆるものを灰に帰すことができる魔女。しかし。


ユフィに近づいたハルは、静かに彼女の名前を呼んだ。


「ユフィ」


ユフィの瞳がハルへと向けられた。周囲は溶け落ちるほどに熱いというのに、彼女の瞳だけは霜柱のように冷ややかだった。その姿に、胸が締め付けられた。


すべてを無に帰す魔女の力よりも、彼女の手を汚させてしまったという事実が、耐え難かった。


ハルはそっと、彼女の手を握った。いつも温もりをくれた彼女の手が、今日はあまりにも冷たかった。


「ユフィ。頼む。王都の民には、慈悲を垂れてはくれないか」

「……お慈悲?」

「そうだ。彼らは何の罪も犯していない。終戦から一年も経っていないのだ。ようやく自由を手にした人々だ。どうか……彼らを憐れんでやってくれ」


ユフィは何も言わずに視線を落とした。ハルの手が、かすかに震えていた。


「……ハル。私が恐ろしいですか?」

「違う」

「では?」

「何もできない自分が、惨めでならないのだ。無力な私は、結局あなたの手を汚させることしかできない。そんな自分が、忌々しくて仕方がない」


無力だ? ハルが?


そんなはずはなかった。すべてを暴力で解決しようとするユフィとは違い、彼は最後まで対話で解き明かそうとしただけだ。武力があろうとも、それをみだりに行使しない。


その刃の先にあるのが、ひとつの命であることを知っているからこそ、躊躇うのだ。


彼は優しい人だから。誰よりも命の尊さを理解している人だから。


そんなあなただからこそ。私は。


「はぁ……」


ユフィの紅い唇から、かすかな吐息が漏れた。それと同時に、赤く燃え盛っていた世界が、まるで何事もなかったかのように元の姿へと戻っていった。


燃えていた街並みも、染まっていた空も。純白のドレスさえも消え去り、通りに佇んでいるのは、一人の見習い魔女と、家名を持たない一人の旅人だけだった。


「ベイン」


ユフィが静かに師の使い魔を呼ぶと、闇の中から足のない馬が現れた。


「カランの狗たちを、師匠の元へ連れていっておくれ」


足のない馬はユフィの傍を通り過ぎ、未だに悲鳴を上げ続けている二人の男へと近づいた。黒い煙が男たちの周囲を満たしたかと思うと、次の瞬間には男たちは跡形もなく消失していた。


ユフィに近づいたベインが、その顔を寄せた。馬の顔を優しく撫でながら、ユフィは言葉を続けた。


「離れはあそこよ。まだいるはずだわ。全員、連れていけるかしら?」


応えの代わりに、馬が闇の中に溶け込んでいくと、再び世界に静寂が舞い降りた。


「シフ。おいで」


ユフィの静かな呼びかけに応じ、彼女の同伴者が歩み寄ってその背を低くした。彼女がシフの背に飛び乗ると同時に、通りを突き抜けて駆けつけてきた騎士たちが、一斉にユフィの足元で膝を折った。


「ロンカエトの騎士、魔女様にお目通りいたします。お慈悲を賜り、深く感謝申し上げます、魔女様。これからのことは、どうか我々にお任せください」

「……」


ユフィの天青色の瞳が騎士たちを捉えた。視線が触れただけだというのに、騎士たちの頬を冷や汗が流れ落ちた。


「見逃すのは、一度きりよ」

「はっ! 二度とこのようなことがないよう、肝に銘じます。断じて魔女様のものを貪らないことを、ここに誓います」

「……」


ユフィは興味なさそうに視線を逸らした。彼女の視線の先には、ハルがいた。ユフィが黙って彼に手を差し伸べると、ハルは躊躇うことなくユフィの手を握り返した。


「ユフィ。待たせただけでなく、ここまで足を運ばせてしまって、すまない」

「謝らないで。勝手に飛び出してきたのは、私の方だから」

「いや、謝らせてくれ。そして……感謝を伝えさせてくれ」


そっとユフィの傍へと歩み寄ったハルが、彼女の肩を抱き寄せた。


「無理な願いを聞き入れてくれて、ありがとう。足りない私のために、来てくれてありがとう」

「あなたは私のものだもの。迎えに来るのは当然だわ」

「そうだとしても、あなたが来てくれて、本当に嬉しかった」


あまりにも率直に紡がれた彼の告白に、冷たく凍りついていた心がゆっくりと溶けていった。ユフィの口から、長い溜息が漏れた。彼の背中に両手を回しながら、ユフィは言葉を紡いだ。


「ハル。ずっと私の傍にいてくれるという約束。まだ有効かしら?」

「もちろんだ。あなたが私を拒まない限り、生涯あなたの傍にいると誓おう」

「それなら、永遠に傍にいてもらわなくては困るわ」

「永遠に私を求めてくれるのか? 実に喜ばしい言葉だ」


当然のことのように続く彼の言葉に、ユフィの唇から笑みがこぼれ落ちた。


あぁ、本当に。

敵うはずがない。認めざるを得なかった。


彼がいない世界で、ユフィは生きていくことができない。彼が不幸せな世界で、彼女は人間のままでいられる自信がなかった。


それなら、持てるすべての力を使って、幸せにするほかない。


包帯の巻かれた彼の頬をそっと撫でながら、ユフィは言った。


「一緒に帰ってくれる、ハル?」

「私の還る場所は、あなたの傍だ、ユフィ。どこへでも、あなたの望む場所へ連れていってくれ」


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