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32. 業火の魔女



二年ぶりに訪れた故郷であれば、懐かしさに胸が躍ってもおかしくないはずだったが、ユフィの視線に映る王都は、いかなる感慨も呼び起こさなかった。


むしろ、以前と何一つ変わらぬその姿は、目に留める価値さえ感じられないほどだった。王都の街並みを大きく飛び越え、一飛びで貴族街のタウンハウスへと辿り着いたユフィは、その瞬間、我が目を疑った。


記憶とは似ても似つかないライセン家の屋敷は、滑稽なほどに絢爛豪華だった。金箔を塗りたくった壁を見る限り、ロウェル・ライセンが引き返せない道へと突き進んだのは明白だった。


(こんなものでも家族だからと……あなたは責任を果たそうとしているのね)


馬鹿な人。どうせ彼らは、あなたの言葉に耳を傾けもしないというのに。


責任を背負って去っていった男の後ろ姿を思い出すと、胸の奥がキリキリと痛んだ。屋敷の有様を見るに、後を追ってきて正解だったと確信した。


残酷な言葉を浴びせられる前に会えるだろうか? それは難しいだろうか?


(深く傷つき、痛みに耐えながらも、あなたは自分一人で解決しようとするから)


傷ついたあなたを、どうやって慰めればいいのだろう。私はあなたに、痛い思いをしてほしくないのに。一つ、また一つと、溢れ出る思考が頭の中を埋め尽くしていく。


速度を落としながらライセン家へと近づくと、正門の前に立ち、押し問答を繰り広げているハルの姿が目に入った。


なぜ、彼はまだあんな場所に立っているのだろう。


声が届く距離で足を止めたユフィは、何も言わずに正門の前に立つ者たちを見つめた。警備に当たっている騎士たちの顔には見覚えがあった。ハルに浴びせられる屈辱的な罵言に、ユフィの眉がぴくりと跳ね上がった。


(首の骨をへし折ってしまえば済む話だというのに……)


愚直なまでの彼女の伴侶は、情に訴えかけるばかりで、決してむやみに手を上げようとはしない。その事実が、妙なもどかしさを呼び起こした。介入したい。


だが、介入してはならない。燻る思いを胸の内に抑え込み、ユフィは続く会話に耳を澄ませた。ほどなくして、ロウェル・ライセンがハルに近づいていくのが見えた。


そして――。


(なぜ?)

あなたは嘲笑を甘んじて受けているの?


(どうして?)

そんな侮辱を耳にしながらも、あなたは彼らの手を放そうとしないの?


ハルの切実な懇願にも、ロウェル・ライセンは彼女の伴侶を嘲笑うばかりだった。「頼む、この通りだ」という彼の言葉が、妙に耳の奥で大きく響いた。


自分への侮辱には平然と耐え忍ぶくせに、ユフィの名前が出た途端、感情を露わにするハルの姿を見ていると、理性にピキリと亀裂が入る音が聞こえた。


「いくら浮浪者とはいえ、願いを一つ叶えてやるくらいは造作もない。この浮浪者がお前たちを引き渡せと言っていたぞ。お前たちも、この役立たずに返す債務があると言っていたな? 債務を取り立てた後、遠くへ捨ててこい」


まともに理性を保っていられたのは、そこまでだった。


闇に包まれていた世界が、赤く燃え上がった。声のした方へ何気なく視線を向けると、目が眩むほどに赤い世界の中を、一人の女性がコツコツと靴音を響かせて歩いてきていた。


一歩、また一歩。


彼女が歩みを進めるたびに、世界はさらに赤く染まっていった。


すべての色彩が恐ろしいほどに鮮明であるにもかかわらず、彼女が身にまとったドレスは、一点の穢れも許さない純白だった。決して遅くも、早くもない足取りで歩んでくる女性の髪は、大空を染める血の色彩。


頭上に戴いた純白の冠が、傲慢な女王を連想させるほどに強烈な存在感を放っていた。


「ロウェル・ライセン」

「これは誰かと思えば。ユフィネル・エルピス。兄上でも拾いに来たのですか? 陰気でみっともない女にふさわしい行動ですね」

「ロウェル! もうやめろ!」

「やめろだなんて、水臭いことを言わないでください。兄上がどれほど惨めな姿で私に物乞いをしてきたか、エルピスも知るべきでしょう? 捨てられるのが怖くて怒ったふりをしている兄上の姿は、実に傑作でしたよ」


ロウェルの下劣な笑い声が周囲を満たすと、笑いを堪えきれなくなったライセン家の者たちが、それぞれ嘲笑を浮かべながらユフィの伴侶を見つめた。


自分が侮辱されている最中であるにもかかわらず、他者を案じている伴侶の瞳を見て、ユフィの瞳は冷徹に沈んでいった。


「エルピス。お前も本当に行き届かない女だ。そんな風に着飾ってくれば、兄上が振り向いてくれるとでも思ったのですか? いくらお前が着飾ったところで、エイミーの足元にも及ばないというのに、まだそんな……」


騒がしい笑い声の中、ユフィは人差し指を立てて自らの唇へと運んだ。

その瞬間、周囲の音が完全に消失した。周囲だけではなかった。生活の雑音さえも消え去った空間に、息が詰まるような沈黙が舞い降りた。


静寂の中で、ユフィの声だけが鮮明に響き渡った。


「ロウェル・ライセン。私はね。他人が私のものに手を触れるのが、本当に嫌いなの」


ロウェルの言葉を遮りながら、ユフィは口元を歪めて笑った。紅い唇が弧を描いた瞬間、立ち並ぶタウンハウスが一斉に燃え上がった。


先ほどの静寂が嘘であったかのように、けたたましい悲鳴が世界を騒がしく揺るがした。あらゆるものが炎に包まれる中で、ライセン家の屋敷だけが、ぽつんとその場に無傷で佇んでいた。


何かがおかしい。


ロウェル・ライセンの頬を、冷や汗が流れ落ちた。


思わず一歩後退した。いや、後退しようとしたが、身体が動かなかった。白いドレスをまとったユフィが、一歩、彼へと近づいた。


「だけど、あなたは私のものに手を触れた。一度目さえ許し難いというのに、性懲りもなく二度目まで手を伸ばそうとするなんて」


紅い舌をのたうたせる火炎が、ライセン家の屋敷の目の前まで迫っていた。ロウェルは自分が腰を抜かしていることすら気づかぬまま、呆然とした顔で、赤く輝く美貌の女性を見上げていた。


「魔女のものに手を触れたあなたは、一体どのように代償を支払うのかしら?」

「魔女?」

「待て、ロウェル・ライセン! 一体どういうことだ? ユフィネル・エルピスが魔女だと?!」


黒いローブをまとった男たちが、切迫した悲鳴を上げた。ユフィが彼らに視線を投げかけると、男たちは即座にユフィの前で膝を突き、頭を垂れた。


「ま、魔女様。お許しください! どうかお怒りをお鎮めください! 我々はこの男に唆されただけで、魔女様を欺く意図など決して……」

「しっ」


ユフィの視線に、男たちは息を呑んだ。男たちを見つめていたユフィは、目を細めて妖しく笑った。


「私はあなたたちに、発言の機会を与えてはいないわ」

「……!!!」

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