第7章:吾輩、電子の文壇に、第一声を放つ
「……たった140文字で、人は思想を語れと申すか」
夜更け。
出版社資料室。
夏目金之助は、スマホという黒き板を睨みながら、深い溜息をついた。
編集者が得意げに言う。
「先生、今は小説より先にSNSっすよ。まずフォロワー増やさないと。影響力がないと読まれない時代なんす。」
「影響力、だと?」
「はい。文章を書く前に、数字を集めるんです。」
「……何?」
金之助は眼鏡を外し、ゆっくりと机へ置いた。
「君は今、文章を書く前に数字を書けと言ったのか。」
「いや、そういう意味じゃ……」
「では何なのだね?説明したまえ。」
「えっと……。」
編集者は珍しく口ごもった。
金之助は静かに立ち上がる。
「明治には、新聞があった。」
「はい。」
「読者もいた。」
「はい。」
「だが誰一人、『まず人気者になれ』と言った者はいなかった。」
資料室に沈黙が落ちる。
「文章とは、数字の奴隷ではない。」
編集者は困ったように笑った。
「でも先生、それが令和なんすよ。」
「ほう。」
金之助はスマホを持ち上げた。
「ならば、その令和というものに、一筆啓上してやろうではないか。」
編集者が慌てる。
「先生、炎上だけは勘弁してくださいよ!」
「えんじょう?」
「ネットで袋叩きっす。」
「なるほど。」
金之助は頷いた。
「明治にも似たものはあった。」
「え?」
「評論家である。」
編集者は思わず吹き出した。
「先生、それ本人の前で言っちゃダメなやつです!」
「構わん。」
金之助は、ゆっくりと画面を撫でる。
震える指先。
フリック入力はまだ覚束ない。
一文字。
また一文字。
十分。
二十分。
ようやく完成した。
投稿。
『人は、己の思うことを書くために筆を執る。読まれるために書くのではない。もし後者なら、その文章は最初から他人のものである。』
送信。
「……これだけ?」
編集者は拍子抜けした。
「先生、オチとか無いんすか?」
「人生に、毎度オチがあるものか。」
数分後。
スマホが震えた。
《いいね 3》
「ほら先生。」
編集者が苦笑する。
「全然バズらない。」
《いいね 7》
《いいね 15》
《いいね 89》
「……?」
編集者が眉をひそめた。
《いいね 427》
《リポスト 103》
「ちょ、先生。」
《いいね 4,918》
「え?」
《いいね 38,722》
「ちょっと待って。」
編集者の顔色が変わる。
「先生。」
スマホを掴みながら叫んだ。
「なんで一時間で40000もいいね付いてるんすか!」
金之助は静かにチョコあ〜んぱんを頬張る。
「知らん。」
《この文章誰だ》
《最近のSNSで一番刺さった》
《漱石のなりきり垢じゃなくて、本物じゃね?》
《文体おかしいくらい上手い》
《出版社動け》
《書籍化希望》
《先生、連載してください》
金之助は画面を見つめた。
そして、ゆっくり笑った。
「……草。」
編集者が驚く。
「先生、草の意味知ってるんすか!」
「知らん。」
金之助は真顔で答えた。
「だが。」
スマホいっぱいに生えた『www』を見つめながら、小さく呟いた。
「どうやら、電子の世界にも、雑草はよく育つらしい。」
資料室の窓から、令和の月が静かに覗いていた。




