16 再会
二千年前ーー。
だだっ広い荒野の中ーー、風に揺らめく金色の髪の少年が一人。
彼はただーー自然を感じながら瞑想をしていた。
???「…………フゥーー。よしっ、行こうかーー」
煌びやかに煌めく指飾りの宝飾、自然と調和する真っ直ぐな〝覇気〟を纏ったーー碧い瞳。
彼をただ一目見ただけで、それが唯人では無いことが窺える。
そんな中ーー、彼に歩み寄る〝黒髪に赤目ががった〟青年が一人……。
???「そんな所で何やってんだ?アーサー」
「っ!!」
自身の名を呼ばれ、ふと後方を振り返る。
ずいぶん寂れた遺跡の中ーー、彼は石畳の上で足を組み笑っていたーー。
???「もうっ、その名前で呼ばないでくださいよ!?……と言うか、何故あなたがここにいるんですか?〝クロノ〟さんーー」
クロノと呼ばれたその青年は、ストッーーと石畳から飛び降り着地する。
そのままゆっくり歩み寄り、金髪の少年の前で立ち止まったーー。
「ちょっとーー仲間はずれにされて落ち込んでる可哀想なガキのツラを拝みに来ただけさーー〝シユウ〟ーー」
シユウと呼ばれた少年は、頭を掻きながらどうしたものかと苦い笑みを浮かべる。
「あっははは……そうですねーー。情けない話し、戦い以外で何の取り柄も無いボクにはこれからどうしたらいいのやら……。まさか〝ブラック〟に無実の罪を着せられて追い出されるなんて……思いもしませんでしたからーー。」
「ブラック……お前が前に言ってた、〝実の弟同然〟の仲間か?」
コクリーー、とシユウが小さく頷く。
《ブラック・リュペイラ・モルドレッド》。
かつてシユウと志を同じくした十五人の仲間の一人である。
彼はシユウの事を心底慕っており、幼い頃より仲の良かった二人は……実の兄弟のように仲睦まじかったというーー。
だが、やがて彼の羨望の眼差しは長い時間をかけていく上でーー、次々と成功を収めていくシユウへの強烈な嫉妬心へと変わっていった……。
〝兄〟と慕っていたシユウを無実の罪で、仲間内から追放するまでに至るほどにーー。
「ブラックの心の内を……俺は知っていました。今彼がどんな目で、どんな心情で俺の事を見ているのかーーそれがもたらす結果がいずれ、よくない方へと向かっていく事も……それでもーー」
「あいつの事を、信じたかったーーか?」
何も言えず、シユウは黙って下を俯く。
幼少の頃に同じ夢を志し、同じ釜の飯を食い、ずっとこの先も一緒に旅をしていくーーそう信じていたシユウの心境を思えば、彼がどれほど辛い状況に置かれているのかがよくわかるだろうーー。
「信頼していた仲間に裏切られ、富、名誉、持ち得る権力の全てを剥奪され、追放されたーー。全くもって、自分が滑稽でなりません」
小さく呆れ笑いを浮かべたシユウは、一息ため息を吐く。
その様子を、笑う事もせずにクロノは唯見つめていた……。
「そういえば、今日はレイさんはいないのですか?……いつもはクロノさんの側で怖いくらい辺りを警戒していたのにーー」
「あいつには別の任務を任せてある。……何、心配するな。どこへ行こうがーー〝あいつが負ける訳はねぇ〟よーー。それにな、今日はお前に用事があって来たんだ……」
「用事ーーですか?」
意図が読めず、シユウはコクンッーーと首を傾げる。
クロノはシユウの方へさらに歩み寄ってーー眼前で立ち止まり、その右手を頭の上に置く。
「シユウーーお前に……俺の名を貸してやるーー。この面を付けて〝クロノ〟と名乗れば、大抵の武器商人や鍛冶師、渡航士、軍も多少都合はしてくれるだろう……。一部の王族や中流貴族も、手を貸してくれるはずだ。そうだなーー《インクリア》とか《イーストランド》辺りは特に顔が効くはずだ……。ついでだ、この名簿も渡しておこうーー」
どこから姿を現したのか、いつのまにかクロノの左手にはお面と名簿らしき紙切れがーー。
それを見て、シユウはギョッとする。
「だ、ダメですよ!?神の名前を語るなんて……罰当たりにも程があります!」
「いいんだよーー俺は〝アイミー〟や〝リンネ〟みたいに教会ができる程有名じゃねぇからな……。マイナーな神の名前を語った所で、大したバチなんて当らなねぇよーー」
不敵に笑いかけるクロノーー。本当にいいのだろうかと……訝しむ表情のシユウは、彼から渡されたお面と名簿をおずおずと受け取る。
「それじゃあ……わかりました。今日から貴方の名前を使わせて頂きますーークロノさん。でも、どうしてですか?どうしてそこまでーー?」
一応受け取りはするものの、納得はできていない様子のシユウ。
そんな戸惑う彼を嘲笑うように、クロノは淡々と答える。
「理由は二つだ。一つは純粋に、お前がこれから何をするのか……俺はそれが気になるだけだ。もう一つは〝マーリンがそう言った〟……からだよ」
「っーー!!マーリンさんが?……一体何を?」
驚愕の表情で目を見開くシユウ。
そんな彼に、クロノは空を見上げて答える。
「さぁなーーだが、あいつが言うにはーー〝いつか俺が名を忘れた時……お前に貸した名前が帰ってくる〟ーーだとさ。意図はわからねぇが……マーリンの言う事だ。あいつにだけ〝見えている未来〟があるんだろうさーー」
はるか上空ーーその先にある、〝星神界〟を見据えてクロノは呟く。
高みから見下ろしているであろうーーマーリンの姿を思い浮かべながら……。
ぎゅっと受け取ったお面と名簿の書かれた紙切れを握りしめるシユウは、その碧い瞳をクロノに向けてーー。
「わかりましたーー不敬とは存じますが、クロノさんのお名前……お借りします!!」
「…………おうーー」
……………………。
神域最下層ーー。
「《時間と空間の神》よーー。どうか貴方達の行く先が明暗を切り裂くものである事を……心よりお祈り申し上げますーー」
先刻まで争い合っていたーークロノ達一向の姿が消えた次元門の扉の前で一礼するヘイルダム。
とーー、そこに……。
???「ずいぶんといい塩梅に力を合わせてあげてたみたいねーー。私はーー〝手加減しろ〟だなんて命令した覚えは無いけど……?」
ふわりーー、とどこからともなく姿を現した幻想的な青紫色のローブに身を包んだ女が一人。
その姿を視認して、ヘイルダムと巨神兵の一行は頭を垂れた。
「おかえりなさいませーー〝女神様〟。」
淡々とした挨拶述べるヘイルダムに、心底興味の無い様子のマーリンはふわふわと宙を歩きながらクロノの消えた次元門に手を触れる。
「へぇ…………なるほど。上手く力の一部を取り戻せたみたいねーー」
マーリンは無表情のままそう呟く。
……が、何を思い出したのか次の瞬間ーーほんの一瞬だけ笑みを溢した。
「フッーー。やっぱり、お前は変わらないなーー。クロノ。私が《死霊の神》を倒した時も、見放されたとは言え危険だと言ったこの子を庇ったのはお前だったーー。そういう選択を取ることは、予めわかっていたが……いざその結果を確認するのもなかなかーーな」
マーリンはそう言って、触れている次元門の入り口を閉じる。
そのまま真顔に戻ったマーリンは、一つ独白するように……予言を呟いた。
「今からおよそ半年以上先ーー今の体のお前が九歳になった後だ……。これから出会うであろうーー〝本当の地獄〟とお前は相対する事になる……。その時、修羅場の中でどういう選択をするか……どちらの命を選択するかーー決めるのはお前だ……クロノ。」
そう言い残し、再びマーリンは姿を消し去る。
後に残った、ヘイルダム達巨神兵に静寂を残してーー。
……………………。
「……スター……マスター」
「おい……いつ、……てねぇぞーー」
「……君……っかり……てください」
みんなの呼ぶ声が聞こえる……あの後どうなったのだろうか?
次元門はちゃんと潜り抜けられただろうか?
もう追っ手は来てないだろうか?
何故だろう……さっきからずっと熱が引かない……全身が苦しくて、妙な筋肉痛がして、……少し吐き気もする。
「マスター……しっかりしてください!マスター!!」
だんだんと、意識がはっきりしてくる。
エルの呼ぶ声、メフィストセレスとルーナが傍で見守っているのがわかる……。
それにーーこの風の匂い。よく嗅いだーー懐かしい匂いだ。
ああーーそうか。やっと……三ヶ月ぶりに帰ってこられたんだーー《エンドラ領》に……。
「み、んなーーケガは無い……か?」
「っーー!!マスター!!」
全身の気だるさはまだ引かない……ある種の気疲れみたいなものなのだろうか?
帰ったら久しぶりに、エリスフィールの入れる妙煎薬が飲みたい気分だーー。
そういえば、いつの日だったかーーシェリカが来た時に貢ぎ物とか言ってくれた〝大聖水〟も残ってるーー。
あまり体調が戻らないようだったら、それも少しもらおう……。
「ハァ……ハァ……ハァーー。フゥ……、心配かけて悪いな……俺は大丈夫だ。」
「マスターっ!!本当に……良かったです♪」
目尻から溢れる涙を拭き取り、満面の笑みで微笑みかけるエル。
三人の様子を見るに、そこまで意識を失っていた時間が長く無い事が窺える。
今いる場所はーー見覚えのある場所だった。
先生とエリスフィール……二人と一緒に入ったダンジョンの入り口付近だ。
何故かはわからないが……数歩後ろからは土砂崩れのようになっていてこれ以上進めそうに無い……。
恐らく推測だが、これ以上はもうーーあの〝神域〟には近づくな。そう言う意味合いを込めた、マーリンの細工なのだろう。
逆に反対方面ーー入り口からは、木洩れ出る太陽光が外の光を照らし示していたーー。
俺たちはーーあの神域から生きて全員、脱出できたらしい。
しかし何故だろうか……妙に気が重いと言うか、気だるい感じはあるのに体はいつもより軽く感じる……。
「待たせたな……それじゃあ行こうかーー三人ともーー」
そう……言いかけた、その時だったーー。
誰かーー前方から近づく一つの気配がする。
死線を潜った故の緊張感からか、反射的にエル、ルーナ、メフィストセレスの三人は臨戦体制で構える。
しかし何故だろうーー本当に今日の俺は変らしい。
この気配……この雰囲気……この空気感。
懐かしい気がしてーー全くと言って良いほど警戒心が掻き立てられなかった……。
「っーー!!まさ……か」
「ん?クロノ君、一体どうしたんですかーー」
反射する光がフラッシュバックして、その人影はよく見えないーーが、その誰かが一心不乱にこちらを目掛けて走り込んでくるのはわかる。
「っ!!てめぇ、誰だーー」
警戒するメフィストセレスの肩をポンッーーと、エルが叩く。
「大丈夫ですよ、メフィストセレスさん……ルーナさんーーだって、あの人はーー」
エルがそう語りかけたーー次の瞬間、視界に映る見慣れた銀色の髪。
「領主様ぁっーー!!」
「っ!!」
ガバッーーと、俺の懐に目掛けて飛び込んでくるーーエリスフィールの姿だった……。




