第八十七話 最終決戦、開始
多くの護衛隊員は優作たちに合流し、医療隊員が少し離れたところに簡易の医務室を構える中、沙希は空也とともに優作たちの後方、屋敷に背中がつくかつかないかのところにいた。
これは、作戦の要である空也と敵の距離を少しでも空けるためだ。
ちなみに、空也には屋敷の中で闇属性魔法奥義【分解】を発動してもらおうかという案もあったが、彼自身が今の場所がベストだと判断したため、現在の配置になっている。
「沙希」
「何?」
沙希は背後を振り向いた。
「僕はこれから全神経を魔法に注ぐから、何も見えないし何も聞こえなくなる。だから、僕のことは任せたよ」
「了解」
沙希は空也の目を見て頷いた。
空也が地面に手をつき、凄まじい魔力が発せられ始める。
その直後、大きな歓声がその場に響いた。
◇ ◇ ◇
その歓声は空也から漏れ出した膨大な魔力に対するもの——ではなかった。
「……何してんの? あれ」
医療隊の作った簡易的な医務室の横に立っているヒナは、自分が半眼になっているのを自覚しながら、隣に立つ和人に尋ねた。
「足止めはある意味倒すよりも神経を使うから一回発散しとけって、野中隊長が」
同じく和人も半眼で答えた。
二人の視線の先では、魔物が文字通り空を舞っていた。
九条家護衛隊と冒険者が一緒になって、魔法で打ち上げているのだ。
「まあ、今はそんなに強い魔物も来ていないけど……」
「ああでも、あれにも一応戦術的な面はあるぜ」
「えっ、あれに?」
ヒナは眉を顰めた。
「ああ。魔物の死体が沼の中にあったら、足場として使われるかもしれないだろ? だからああやって死体を沼の外に出しているんだ。道に積み重ねておけば、多少は魔物の侵攻の妨害にもなるしな」
「あっ、たしかに」
ヒナはポンッと手を叩いた。
皆のストレス発散と整地を同時にこなすとは、さすがは九条家護衛隊隊長だ。
その作戦にヒナは感嘆していたが、和人はまったく別のことを考えていたようだ。
「くそ、俺も混ざりてえな」
「絶対駄目でしょ」
ヒナは和人の頭をチョップした。
「というか、そもそも和人は大丈夫なの? 結構重傷だったんでしょ?」
「これくらい屁でもねーよ」
和人がニヤリと笑い、脇腹をさすった。
「つーか、お前こそ逃げなくて良かったのかよ?」
「私も【索敵】で援護できるからね。今回は多分乱戦になると思うし、そこそこ役に立つと思うよ」
乱戦になると魔物と人、そして魔法が入り乱れるため、視界はどうしても限定されてしまう。
そういう状況では特に、視界の有無に関わらず戦況を正確に把握できる【索敵】使いは重宝されるのだ。
「そりゃそうかもしれねーけど、お前だってずっと【索敵】使ってんだろ。魔力は大丈夫なのかよ?」
「それは心配しないで。【索敵】だけなら全然魔力消費しないから」
その言葉は強がりではなかった。
あるとき、ヒナは空也に「どうしたらそんなに魔力消費を少なく済ませられるのか」と尋ねたことがあった。
魔力消費を少なくするコツは、とにかくその技を使い続けて無意識レベルで発動できるようにすることだと、彼は言った。
それ以来、ヒナは暇さえあれば【索敵】を発動させるようになった。
その効果は絶大で、和人の言う通りヒナはここ数十分間【索敵】を発動させ続けているが、疲労という疲労は——精神的なものは別として——ほとんど感じていなかった。
「それに私だって護衛隊の隊員なんだから、できることはすべてやりたいの」
「……はあ」
和人がこれ見よがしなため息を吐いた。
「本当、わがままというか、強情だよなお前。ガキの頃からずっと」
「それは和人もでしょ?」
和人がけっ、とそっぽを向く。
「和人」
ヒナは、そんな幼馴染の背中に語りかけた。
「あっ?」
「ありがと。心配してくれて」
「……んなもんじゃねーよ」
和人はぶっきらぼうに否定したが、それが嘘であることは、うっすら赤く染まったその耳を見れば明らかだった。
相変わらず素直ではないその様子に、ヒナはクスリと笑みをこぼした。
◇ ◇ ◇
「隊長、あと二分ほどです」
ヒナに次ぐ索敵能力を持っている増田が報告をしてきた。
「わかった。皆、聞いてくれ!」
優作は周囲に大声で呼びかけた。
「あと二分ほどで、AランクやSランクを含む最強最悪の集団がやってくる!」
その場の雰囲気がピリついた。
「確認しておくが、俺たちの役割はあくまで足止めだ。攻撃部隊は無理に倒そうとはせず、まずは沼の中から出さないことを最優先に考えろ! 誘導部隊はカイス沼への誘導に専念してもらうが、隙を見て攻撃も頼む! 防御部隊は攻撃は良いからひたすら突破を防ぐこと、そして医療隊を守ることに徹しろ!」
優作は視線を左に向けた。
「索敵要員は戦況を絶えず伝えてくれ! 医療隊は怪我人を最速で復帰させてほしい! 皆、良いか⁉︎」
その場におう、という野太い声が響いた。
その声のほとんどは冒険者と護衛隊のものだったが、索敵要員や医療隊員も声の大きさ——というより太さ——で負けただけで、気持ちで負けているわけではないことは、その引きしまった表情を見ればわかった。
「次に和人」
「はい」
和人の声は落ち着いていた。彼の背後には、ヒナや増田を含むすべての索敵要員が揃っている。
「【索敵】はある意味この戦いの生命線だ。我々ももちろん気にはかけるが、もし危険だと判断したら速やかにヒナを除いて全員を避難させ、お前はヒナを死守しろ」
「了解です」
和人は敬礼した。
もし万が一索敵要員が狙われれば守り切る余力はないし、そもそもそうまでして索敵要員全員を残すメリットはない。
だから、どんな戦いであっても索敵要員が危険に晒された、もしくは晒される可能性が高まった場合、もっとも【索敵】能力の高い者だけを戦場に残すのが定石だ。
九条家護衛隊の場合、その「もっとも【索敵】能力の高い者」はヒナであり、和人にはその護衛を任せたのだ——命に替えてもヒナを守り切れ、という命令とともに。
その命令を伝えたときのヒナの表情は、今でも優作の脳裏に焼き付いている。
自分のために誰かが死ぬ。それは、彼女のような優しい人間には死ぬよりも辛いだろうし、和人も表情こそ変えなかったが、死にたいと思っているはずはない。
優作も、できれば若い二人にそんな命令は出したくなかった。
しかし、九条家護衛隊の隊長として優先すべきは、情けではなく九条家の安全だ。現状では、二人に任せる以上の選択肢はなかった。
ありがとう、二人とも——。
幼馴染コンビに感謝の視線を向けてから、優作は視線を移した。
「最後に沙希」
空也を背中に隠した若き副隊長は、無表情に近い顔で優作を見上げた。
「俺たちが必ず持ち堪えるから、どんな状況でも加勢には来なくて良い。というより来るな。だが、万が一俺たちが突破されてしまったら——」
一呼吸おいて、優作は続けた。
「そのときは、死ぬ気で空也君を守れ」
「はい」
沙希は顎を引いた。
その目には、思わず優作が気圧されてしまうほどの並々ならぬ決意があった。
「良い目をしますね、あの子たちは」
優作の右隣で江坂がつぶやいた。
「ですね」
同意をしたのは、同じく優作の左側に立つ八城だ。
「和人、ヒナ、沙希を筆頭に、護衛隊の未来は明るいですね」
江坂がしみじみとした口調で言った。
優作はそうだな、と頷いた。
「あいつらは本当にすげえし、将来は皐月様を支える立派な護衛隊員になるだろう。そんな若者たちの未来を、こんなところで閉ざしちまうわけにはいかねえよな」
「ええ」
「その通りです」
八城と江坂が、我が意を得たりとばかりに頷いた。
「——小野寺さん」
優作は、少し離れたところに立つ武人のような風貌の男に声をかけた。
「何だ?」
柔和な笑みとともに振り向いたその男は、Aランク冒険者パーティ【鉄心】のリーダーである小野寺勇吾だ。
「我が家の問題に快く協力してくださり、ありがとうございます」
「何言ってんだ」
勇吾が照れたように笑った。
「俺ら冒険者は九条家には色々世話になっているし、そもそも魔物の退治は冒険者の責務だからな。俺らがここにいるのは当然のことなんだよ。だからまあ——」
勇吾はニヤリと笑い、優作に拳を突き出してきた。
「最後まで頼むぜ、隊長」
「……了解です!」
頼もしさを覚えつつ、優作も勇吾に向けて拳を突き出した。
「さて」
優作は凄まじい速度で近づいてくる土煙に目を向けた。
「——これが、最終決戦だ」
魔物をカイス沼へ誘導する誘導部隊は障壁を強化し、索敵要員は近づいてくる魔物たちに全神経を集中させて【索敵】を発動した。
そして、医療隊員は治癒魔法の、その他の魔法師はそれぞれが得意魔法の構築を完了させた。
そして、魔物の大群がカイス沼に到達する直前——、
「撃てー!」
優作の一声で、九条家の命運を分ける戦いの火ぶたは切って落とされた。
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