第四十九話 侑斗の死
「はあ……」
重いため息を吐く玲良の手元には、二組の書類の束があった。
一つはキース森での【スカイ・ビースト】の発生に関するもの。もう一つは、九条家襲撃の犯人として第一隊が身柄を管理していた侑斗の、謎多き死に関してだ。
「はあ……」
「お疲れ様です」
ため息を繰り返す玲良に、彼女の護衛兼執事の夕闇杏奈が飲み物を差し出す。
「ああ、ありがとうございます」
「少しお休みになっては? お肌が荒れてしまいますよ?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。私はまだぴちぴちの十代ですから」
「あら、それは二十代の私に対する当てつけですか?」
「いいえ?」
玲良がとぼけ、二人で笑い合う。
杏奈が本当は肌荒れなどではなく、健康面——身体、精神両面だ——を心配してくれているのは玲良にもわかっていたし、玲良の口撃がただの息抜きがてらの戯れであることは、杏奈にもわかっていた。
しかし、杏奈の性格は、ただ息抜きに付き合うだけで満足するような可愛いものではなかった。
「ですが、今度会うときに玲良様の美しさが損なわれていたら、空也さんはがっかりしてしまうかもしれませんよ?」
「なっ、何でそこで空也さんが出てくるんですか⁉︎」
「さあ、どうしてでしょう? ですが、空也さんもすごいですよね。模擬戦とはいえ個人戦ではウルフ最強とも言える傑君に勝って、連携してくるスカイ・ビースト四体を倒してしまったのですから」
「いきなり真面目にならないでください……」
玲良はため息を吐くが、いつものことだと頭を切り替えた。
——ちなみに、柳宗平の正体が瀬川空也であることは、ウルフからの報告ですでに明らかになっていた。
「でも、そうですね。空也さんの実力は国防軍で言えば特級、冒険者で言えばSランクに匹敵するほど……もしかしたらそれ以上でしょうね」
「そんな人を引き入れたというのに、何だか浮かない顔ですね」
「心配なのです」
「空也さんが?」
「ええ。彼の周囲では色々な事件が起こりすぎている。まるで巨大な組織が彼を狙っているかのような——いえ」
玲良は首を振った。もちろん横に、だ。
「考えすぎですね。今は空也さんのことは置いておいて、情報を整理しましょう」
「それが良いと思います」
「杏奈も手伝ってくださいますか?」
「もちろん」
二人で並んで椅子に座り、それぞれが机の上の資料に手を伸ばした。
「まずは魔物の凶暴化や生態系の変化について。それこそ最たる例はスカイ・ビーストや【ファング・ハント】ですが、その他の地域でもこれまでよりも強力な魔物の存在や、本来ならその場所にいるはずのない魔物の出現の報告も上がってきています」
「それぞれに共通点が見つからないのが痛いですね。魔物の種類もバラバラですし、場所も王都から地方に至るまで広範囲です」
「ファング・ハントを従えていたという男の話も気になりますね。あれ以降はそういった事例はないようですが、黒いローブという話でしたから、【漆黒】が関係しているかもしれません」
玲良は、構成員などを含むほとんどの情報が謎に包まれており、王宮でもその危険度ゆえに「特別指定組織」扱いされている犯罪組織の名前を出した。
「【漆黒】がどこまで絡んでいるのかも気になりますね」
杏奈が書類の束を指で弾いた。
「九条家襲撃に絡んでいたのは間違いないですけど、最近では王宮周辺を彷徨いているのも目撃されていますから」
「そうですね……」
杏奈の言葉に同意した後、玲良はですけど、と続けた。
「もし【漆黒】が侑斗の死に関わっていたなら、【漆黒】の介入自体よりも、それを許した第一隊の警備体制が問題になります。そうでなくとも、第一隊には問題がありますが」
玲良は先程まで睨めっこしていた報告書に手を伸ばした。
「精神干渉魔法の制御ミスで、唯一と言っても良い手がかりを殺してしまうなんてことあります?」
侑斗の死に関する第一隊の報告は、「担当の魔法師が精神干渉魔法の制御を誤り、不慮の事故で侑斗を死亡させてしまった」というものだった。
その魔法師はすでに処分したこと、そして侑斗以外の襲撃者たちの身柄は九条家に返却する旨を第一隊は通達してきたが、そんなことでは玲良の腹の虫は治らなかった。
しかし、杏奈の考えは玲良のものとは少し異なっていた。
「確かに事故では済まない話ですけど、前例はあります。侑斗には特に強固なプロテクトがかけられていたようですし……あんまり勘ぐりすぎるのはよろしくないかと」
「そうですね」
杏奈の意見が客観的に見て間違っていないのは、玲良も理解していた。
それでも玲良が第一隊を疑うのには、ちゃんとした理由があった。
「でも、私はこの魔法師を知っていますし、実際に精神干渉魔法を使うのを見たこともありますが、慎重すぎるくらいでとても今回のようなミスを犯す人物ではありませんでした。それに今回の件を別にしても、第一隊には不審な動きも多い」
杏奈は何も言わずに、黙って玲良の話に耳を傾けている。
「彼らは侑斗たちだけでなく、瀬川家や【流星】の身柄も横取りしようとしていたし、第一隊のトップである第一王子の一紫兄さんが、ちょうど異界が発生したときに体調を崩していたのもタイミングが良すぎました」
あのときは、病気の一紫の護衛ということで第一隊の精鋭は多くが王宮に残り、彼らがこなすはずだった任務にウルフが投入された。ちょうど手が余っているのが、ウルフくらいしかいなかったからだ。
ウルフがいなかったことで空也たちの救助が遅れたし、その場の主導権も第一隊に握られそうになった。
凛が「王へ直接報告する」と言い出さなければ、現在第三隊が管理している茂とほのかの身柄は、第一隊に抑えられていたかもしれない。
「確かにそうですが……一紫様は病弱ですから。それに、第一隊の代わりとして駆り出されているのは我々だけではありませんし」
「……そうですね」
杏奈の冷静な一言に、玲良は自分が熱くなっていたことに気づく。
玲良は深呼吸をした。頭が冷えていき、思考がクリアになる。
その冷えた頭で、玲良は改めて情報を整理した。すると、玲良はこれまでの主たる事件の共通点に気がついた。
「でも、やはりおかしいです。魔物の生態系の変化や中規模ハザードは置いておくとしても、秘密裁判と同時に【漆黒】が九条家を狙い、相田茂と村田ほのかは精神干渉魔法を受けた。この二つの事実だけで、何か組織的な動きがあるのは間違いありません」
精神干渉魔法によって、茂は恨みに精神を支配され、ほのかはその茂に逆らえなくなっていたのだ。
杏奈が異を唱えないのを確認し、玲良は続けた。
「そんな状況下で、秘密裁判のときと異界と魔物の中規模ハザードが同時発生したときに限って、体調を崩した一紫兄さんの代役としてウルフが駆り出された。これらが全てただの偶然であるとは、私にはとても思えません」
「……そうですね」
慎重派の杏奈の同意を得たことで、玲良は自分の考えに自信を持った。
「よし、杏奈。相田茂と村田ほのかに会いにいきましょう」
「急にどうなさったのですか?」
「最近の事件にはことごとく精神干渉魔法が関わっているので、その被害者である二人に話を直接聞いてみたいなと思いまして」
「なるほど、わかりました」
杏奈は頷いた。
「精神干渉に強い魔法師は同行させますか?」
「……ええ」
杏奈の問いに、玲良はわずかに迷ってから頷いた。
「一応、真司だけ連れていきます。あとは凛も。彼女はそれぞれと面識がありますから」
九条家に派遣したこともある狭間真司は、表向きは【解析】特化の魔法師だが、その実は、第三隊でも有数の精神干渉魔法の使い手だった。
「承知しました」
失礼します、と頭を下げ、杏奈は部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
最初に行った茂との面会では、特に成果はなかった。
誰かに呪具を渡されて、そこから恨みに支配された。パーティメンバーである白井愛理が好きで、その愛理といつも一緒にいた空也に嫉妬していた——。
茂が玲良に語った内容は、これまでの彼の供述と全く同じだった。
「次はほのかさんですね……あらっ?」
杏奈と真司、そして凛を連れてほのかの部屋——茂は独房に入れられているが、彼女はあくまで参考人であるため、しっかりとした部屋が与えられている——に向かっていた玲良は、正面に第三隊の隊員の一人、國塚祐馬の姿を発見した。
「祐馬。どうしました?」
「瀬川空也が玲良様に会いたいと。応接室に通してありますが、いかがなさいますか?」
「……空也さんが?」
玲良は杏奈と顔を見合わせた。杏奈が首を振る。
真司と凛も、彼女と同様の反応をした。
「……わかりました。すぐに向かいます」
すぐにでもほのかの話を聞きたいのはやまやまだが、空也を放っておくという選択肢は、玲良にはなかった。
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