第85話 いざ夏へ
6月も後半になり、中田と上原が抽選会に参加してその結果を伝える。
春の大会でいいところまで行ったのでシード権ではあるが、対戦相手は横浜工業とノーシードになってしまった鷺沼学園の勝者だ。
鷺沼学園には天海と如月の黄金バッテリーもいて、学校自体の歴史は長いが野球部の強豪としては新興勢力である。
一方の横浜工業は神奈川で一番の不良校で、部活も勉強も真面目にやらない上に逮捕率も高いという学校だ。
ただし野球部はそこそこのレベルで、中堅校には勝てないが二回戦までは行けるレベルだ。
だが今回は鷺沼学園が勝つだろうと世の誰もが思うだろう。
そして抽選会を終えたという事は……夏のベンチ入りメンバーが発表される。
「よし! 全員集まったな! これから新暦2010年度の夏のベンチ入りメンバーを発表するぞ! 背番号順に呼ぶから呼ばれたら大きな声で返事するようにね! じゃあまず背番号1番! 松井政樹!」
「はい!」
「君は自分に自信がないだろうが、エースとしてはもう本物だ。よく練習試合で全勝してきたな。頼んだぞ! では背番号2番! 田中一樹!」
「はい!」
「君が正捕手になるのは去年の春の選抜以来だな。君の頭脳には期待しているぞ。背番号3番! 清原和也!」
「うっす!」
「君のパワーは相当なものだ。守備こそちょっと不安だが送球処理は非常に上手いからそこでカバーしてくれ。背番号4番! 山田圭太!」
「はい!」
「君は岡に負けない守備力と打撃力を持っている。レギュラーの座をもらったんだから自信持って行けよ。背番号5番! 中田丈!」
「おう!」
「キャプテンだからって背負い込みすぎる必要はない。君は君らしく豪快なプレーで引っ張ればいい。不器用なのはわかってるからな。背番号6番! 志村匠!」
「はい!」
「君の器用なプレーで相手を困らせてほしい。そのこだわりの強さがチャンスを作る事を期待しているぞ。背番号7番! 尾崎哲也!」
「はい!」
「一年ながらよくレギュラーを取れた。君の強肩は部で一番だし、守備力の高さは打撃の苦手さをカバーしてくれるようにしてくれ。背番号8番! 夜月晃一郎!」
「はい!」
「君は将来の外野の司令塔として頑張ってほしい。チャンスの強さも俺はよく知ってるから期待しているぞ。背番号9番! 本田アレックス!」
「うす!」
「肩は強いしピッチャーは出来るしそんでもって長打力もある。二刀流は大変だろうが頑張ってくれよ。背番号10番! 園田夏樹!」
「はい!」
「二年生になって冷静さも闘志も上がってきたな。先発としてマウンドに上げるから頑張れよ。背番号11番! 川口尚輝!」
「はい!」
「中継ぎのエースとして期待しているぞ。先発のスタミナ温存のために登板は増えるだろうが、よくアップを済ませてくれ。背番号12番! 津田俊光!」
「はい!」
「あの練習試合以来、君は本当に成長したな。お調子者を活かしてムードを壊さないようにしてくれて感謝しているぞ。背番号13番! 野村悠樹!」
「はい!」
「左利きのファーストだから清原とは違うアドバンテージがある。ポテンシャルも高いから自信を持って行ってくれよ。背番号14番! 岡裕太!」
「はい!」
「レギュラーを取られたのは残念だが、それでも山田に負けない能力があるのは認めている。スタメンとしても出る事もあるから準備はしっかりな。背番号15番! 片岡龍一郎!」
「はい!」
「サードの守備もいいし打撃力もあるが、今回は指名打者を中心に出てもらう。中田は粗削りだが肩が強いし足は遅いが守備もいい。負けたわけじゃないし試合に出るから安心してくれよ。背番号16番! 木村拓也!」
「はい!」
「女遊びしてる割に部活には毎日出てるし、朝もちゃんと起きれてるじゃないか。体型維持も大変だったろうが、おかげでいい俊敏性が備わっている。期待しているぞ。背番号17番! 朴正周!」
「はい!」
「守備はまだ夜月に教わる必要があるが、代打で出場する事も充分ある。へこたれずに素振りで準備をしていつでも打てるようにしてくれ。背番号18番! 坂本大輝!」
「はい!」
「オールラウンドプレイヤーとしてアレックスと同じ二刀流でチームを支えてくれ。その代わり肩を壊さないようにケアもしっかりな。背番号19番! 三田宏和!」
「はい!」
「ボサボサのロン毛からよくバッサリ散髪したな。そのスッキリとした短髪の方が似合ってるぞ。おかげで守備も走塁もよくなってきた。期待しているぞ。背番号20番! 榊大輔!」
「はい!」
「スタミナは誰よりもあるし球速もうちで一番速い。変化球だって誰にも負けないいい武器を持っている。エース候補でもあるから気合い入れていこう。背番号21番! 道下雄平!」
「はい!」
「見た目は可愛くて弱そうなのに、よく球速を10キロも上げられたな。自主練で相当な努力をしてきたんだろうと思う。抑えピッチャーとして力を発揮してくれ。背番号22番! 高田光夫!」
「はい!」
「君はあまり目立たないが、バントや守備力の高さはいいもの持ってるし、打率だって高いんだ。君にはポジションをいつか増やすから期待されてると思ってくれ。背番号23番! 綾瀬広樹!」
「はい!」
「球速だけならついに榊に抜かれてしまったな。だがコントロールなら榊や園田にも負けていない。隠れエースとして存分に力を発揮してほしい。背番号24番! 鈴木翼!」
「はい!」
「松井に続くサウスポーとして、そして川口の二番手中継ぎ投手として仕事をきっちりしてもらう。仕事量が多いかもだが期待してる証拠だ。自信を持って挑んでほしい。背番号25番! 石田武!」
「はい!」
「君にはブルペンキャッチャーが主になるが、正直言うと津田よりもキャッチャーの実力は高い。余計なプライドがない君だからこの背番号にしたが、田中の頭脳が通用しないと思ったら真っ先に君を出す。そして背番号26番! 楊瞬麗!」
「はい!」
「精密機械を呼ばれているコントロールで相手バッターを嫌がらせ、そして審判をも味方につける実力は俺も見たことがない。日本の高校野球デビューおめでとう、頼んだぞ。マネージャーの背番号27番! マネージャーの上原春香!」
「はい!」
「天童のケガについては俺のミスだ。君が気に病むことはない。その代わりこのメンバーの身体に異変があったらすぐに知らせてほしい。看護師を目指す君なら出来るって期待しているぞ。部長には今年定年退職した先生の代理で高坂あおいを28番に、29番をヘッドコーチに、そして30番は監督の俺、石黒貴和だ。天童がいない今、君たちが最高の戦力だと思っている。東光魂を神奈川中に見せつけてやりなさい!」
「はい!」
こうして夏のメンバーが発表され、それぞれの自主練に入る。
全体練習はもう既に済ませてあり、後は自分の弱点克服のために後輩が先輩に教わったり、逆に先輩が後輩に指摘されたりした。
しかし石黒監督は夜月に特別メニューを課し、学園都市にある病院で天童のところへ行ってもらうようにした。
夜月は『何で俺だけ……』と不満そうに着替えて病院へ向かい、天童のいる病室に入った。
「おー夜月、何でそんなしょぼくれた顔してんだ?」
「夏の大会前なのに俺だけ先に上がってお前の様子を見に来いだとさ」
「あーなるほどな。それより聞いたぞ、お前、試合でもキャッチャーをやってるらしいな。ファーストも兼任して大変だろ?」
「大変だな。だがお前がいない分、後輩にまで負担かけたら先輩として申し訳がないからな」
「周りを見てないようでこっそり見てる夜月らしいや。なあ、俺も暇な間ずーっと本を読んでキャッチャーの勉強をしたんだ。よかったら俺と一緒にキャッチャー論でも話さないか?」
「なるほど、監督は俺に座学をしろって事なんだな……」
「何か言ったか?」
「いや、監督は何でもお見通しだなって。よし、やるか!」
こうして夜月はキャッチャー経験が豊富な天童とキャッチャー論について話す。
夜月はいかにピッチャーを楽にさせて、今のベストな状態と状況を作ろうとしていたことが天童にわかった。
天童はそれを否定せず、むしろ全肯定した上で自分の盗塁阻止や牽制のステップの踏み方、素早い握り替えの方法を伝授した。
夜月の理論と天童の経験がお互いにとっていい刺激になり、すっかり夜遅くなってしまって警察の人に寮まで送ってもらうことになった。
警察の人もまた硬式野球部の卒業生で、夜月の過去を知っているのでずっと気がかりだったが石黒監督の頼みで話し込んで遅くなるだろうと思い、『保護と送迎を頼む』と言われてパトカーで迎えに来た。
するとその途中、一人の少年が女の子を庇うようにしてどう見ても成人くらいのチンピラ三人と喧嘩をしていた。
「夜月くん、パトカーの中で待ってなさい」
「は、はい……」
「こら! 何をしている!? 集団で女の子の前で暴力とは最低だ! 暴行罪で逮捕……」
「うっせえんだよポリ公! 今からこの女を金儲けに使うんだから邪魔すんじゃねえよ!」
「テメエら……千里を水商売に売ろうとしやがって! 千里に指一本触れてみろ! ぜってぇ許さねえからな!」
「生意気言ってんじゃねえ小僧!」
「このガキ! 威勢だけはいいが大人をナメんじゃねえ!」
「うがっ……!」
「俊くんっ! お願い! もうやめて!」
「あいつらなんて卑怯な……! もう許さねえ! こうなったらあれをして……よし! おいチンピラ! 俺の事も忘れんじゃねえぞボケ!」
「まだガキがいたか! 殺せ!」
「えっと、ナイフ持ってたらこうだっけ……? ふんっ!」
「うわっ!?」
夜月はバットをとっさに持ち替えて冬のオフで杖道部に習った棒の使い方でチンピラを蹴散らし、警察の人も『やっぱりうちの野球部は他の部とも交流が今もあったんだ』と安心した。
同時にチンピラは応援に駆け付けた他の警察に全員捕まり、俊くんという少年が倒れ込み、千里という少女が支えた。
夜月が少年に肩を貸し、パトカーまで運んで彼らの送迎もお願いしますと頼み、許可されて一緒に送迎されることになった。
「あのさ、サンキューな。お前がいなかったら俺たちはどうなってたか……」
「礼を言われるほどの事はしていない。ただ集団で暴力するあいつらが許せなかっただけだ。それよりお前、女を体張って守るなんてすごいな……俺には出来ないぜ」
「ああ、こいつは幼なじみで大切な人だからな。俺が野球をやめて不良になっても、こいつだけは見捨てずに支えてくれたんだ。だから感謝してるし、恋人でよかったって思ってる」
「俊くん……///」
「幼なじみで恋人か……。俺にも幼なじみはいるが、俺の事は異性として意識していないだろうし、俺も異性として見てないからな。あ、申し遅れた。俺は夜月晃一郎、東光学園の硬式野球部の者だ」
「山中俊介。横浜工業の二年だ。んでこいつが俺の幼なじみで恋人の……」
「小田千里です。同じく横浜工業の二年生だよ」
「とりあえず夜ももう遅いからうちの寮で泊まってくれ。寮長さんには俺から話しておく。これ以上警察に迷惑はかけられないだろうからな」
「じゃあお言葉に甘える事にするよ。本当にいろいろとありがとな」
「おう」
こうして山中と小田に出会った夜月は、池上荘まで送迎されて警察のお兄さんも送迎を終えて監督に電話する。
寮長は俊介たちのケガを見てすぐに寮に入れるようにし、そのまま応急処置を受けた。
夜月の説得の結果……快く承諾し、一泊する事になった。
夜の22時なので両親に連絡し、保護という形で一泊する許可をもらった。
翌日には二人とも挨拶をして帰宅し、無事に帰れたことを連絡してもらった。
そしてここからが……本当の夏が始まる。
つづく!




