第59話 冬の合宿・サッカー部編
次の合宿の異種目練習はサッカー部で、夜月たちは学園サッカー場へ赴いた。
服装はラグビー部と同じく卒業生から支給された服装とレガース、スパイクを装備して練習に参加する。
教育係にまた池上荘で夜月とよく自主練をする河西が任命され、河西はチャラチャラしながらもサッカーで硬式野球部を指導する。
ウォーミングアップを済ませ、ブラジル体操と呼ばれる動的ストレッチドリルやダッシュ往復を終えて河西は野球部を集めてミーティングをする。
「えーっとっすねー、ウォーミングアップを済ませたらパス練習するんですけど、まず初心者は普通のパスを練習してもらうっす。本来なら実戦形式のパス練習がいいんすけど、野球部相手に本気でディフェンスなんかしたらケガさせそうなんで、キャッチボール感覚でパス練してくださいっす。ファーストとキャッチャーはキーパーで、内野はキーパーだけでなくプレイヤーも両方やってもらうっす」
「じゃあオイラはセカンドだからキーパーの横っ飛びとプレイヤーの走り込みだな」
「俺もだな」
「じゃあ外野も兼ねてる俺はどうなんだ?」
「夜月はパス練に慣れてんだろ。まあドリブルは下手だがディフェンスになると俺でも抜くのが困難だから特別にサッカー部と一緒にやってもらうよ。じゃあ練習開始!」
夜月は普段から河西のパスやドリブルの練習に付き合い、気が付けばドリブルこそ素人どころじゃないくらいだが、ディフェンスに至っては超高校級のレベルに至り、今となっては『サッカー部のセンターバックの助っ人に欲しい』と河西に言われるほどにもなった。
おかげで俊敏性や瞬発力が身につき、足さばきはまだ固いが素人にしては申し分がないほどだった。
だが夜月は特別練習でサッカー部のオフェンス練習に付き合わされ、いくらディフェンスが良くても相手は全国に行けるポテンシャルのあるサッカー部、守りきるのも困難ですぐにバテてしまった。
「河西……ここのディフェンダーは普段からこんなの相手にしてんのか……?」
「まあな。先輩たちはこんなもんじゃないけど、それでもよく奮闘したよ」
「くっそ……! スタミナ不足が否めねえ……!」
「有酸素レベルでゆっくり走る分にはいいけど、スプリントのスタミナ不足だったら……よし! 野球部全員集めてあれやっぞ!」
「まさかあの地獄のあれをやるのか……?」
「夜月が嫌がってたあれで野球部のスプリントのスタミナを鍛えるんだ。言っておくがシャトルランではないぞ」
河西はどうやらシャトルラン以外の地獄のメニューを考え、夜月はその地獄っぷりをよく知ってるので少し青ざめた。
実際夜月はフルマラソンを完走は出来るほどのスタミナが付き始めたが、それはゆっくり走った時であって速く走るほどのスタミナはない。
その弱点のために河西が考えたそのメニューで、サッカー部のカウンター成功率が上がっているのだ。
野球部全員集まり、河西が今からそれを説明する。
「じゃあ今からカウンターを想定したロングパス練習をします。俺たちサッカー部が自陣の後ろから敵陣の遠くまで蹴って飛ばし、それを同じ位置から全力ダッシュしてパスを通します。じゃあ俺たちサッカー部が手本を見せるので、それを15本を3セットをやります。外野にとっては動きがちょっと似てるので参考になるかと思う。それじゃあいくぞ! それっ!」
「オッケー! よっしゃ!」
「おおー……!」
「んで戻る時はボールをこっちに投げて全力ダッシュで戻る。カウンターしたらカウンターを返された想定で走るんだ。これが結構きついんだよね。じゃあ早速やってみよう!」
野球部は想像を絶するキツイ練習に早くも怖気づき、サッカー部は普段からこんな練習をして走り込んでるのかと尊敬をした。
陸上部の記録を求めた走り込みの何倍もきつく、ラグビー部のあの走り込みを思い出した。
夜月はいくら何度もやってると言っても苦手な練習なので、12本目でバテてしまった。
小柄で体重が軽く、なおかつ素早い山田と木村、岡、高田はそれなりにこなしたが2セット目で限界を覚えた。
体重が重くて足が遅く、スタミナが足りない中田と清原に至っては、5本目で既にバテて全力疾走が出来なくなっていた。
これをフルで頑張ったのは……
「よっしゃ! 俺は耐えたぜ!」
「俺も耐えたぞ」
「嘘だろ……!」
「榊と園田はこれを耐えるのかよ……!」
「マジか……! 去年はあの小野さんだっけ? あの人でさえギリギリだったのに……!」
「榊と園田はどんな体力してんだよ……!」
「すっげーなお前ら! 一体どんな体力してるんだ!?」
「小野先輩に『走り込みをしろ』と言われ、それを本当に守り抜いた結果だよ」
「それに俺たちはいずれエースになるんだからこれくらい出来ないとダメだと思う」
「いいねえ野球部! じゃあ少し休憩したら実戦練習だ! 天童と田中さん、石田さん、清原はキーパーを頼む!」
「わかった!」
「わかったよ」
「オッケー」
「うし!」
「あ、清原は走らなくて済むって思ったけど、負けたチームはグラウンドを全力で走って10周ね。勝ったら5周で済むから」
「げっ……! マジかよ……!」
「じゃあチーム決めすっぞー!」
チームは4チームに分かれ、赤チームに夜月と河西、清原が組む。
青チームには天童と山田と園田が組む。
黄色チームに榊と中田、田中、松井が。
緑チームには本田と志村、木村、川口となった。
サッカー部の監督がそれぞれのステータスやバランスを考慮した結果、適性ポジションまで完全に見抜いたので戦力はほぼ均等になった。
はずだったが……
「河西!」
「オッケー!」
「まずい! エースストライカーの河西がシュートを打つぞ!」
「へへっ! 残念! 俺だけでシュートは決まらないんだな!」
「は……?」
「それっ!」
「くっ……!」
「ナイスシュートっす先輩!」
「決められるのは河西だけじゃないよ?」
「夜月のやつ……ロングパス上手すぎだろ!」
「ほっ……これで俺は走らなくて済むな……」
清原はあまりの夜月と河西の連携の上手さにキーパーとしての仕事が来なくなり、夜月のディフェンスで事足りるようになり、おまけに自主練で散々鍛えたカウンター力まで身に付いたのでバランスが崩壊した。
しかし青チームとの決勝で夜月が二人マークに追いやられ、ディフェンスが機能しきれずに清原が抜かれ……
「くっそー! 夜月は初心者なのにダブルマークは卑怯だぞー!」
「うるせえ! エースストライカーのお前があんなに成長させるからこっちだってなりふり構ってらんないんだわ!」
「しかも小柄で素早い山田と無限のスタミナの園田と来たらいくらあいつでも無理だったか……」
「結局10周かよ……! ふざけんな……!」
赤チームは緑チームとは大差で勝ったものの、青チームには夜月が完全にマークにつかれてしまい機能しなかった。
河西の作戦だったカウンター依存がここで仇となり、作戦はひとつじゃ通用しないと痛感しながら10周を走った。
サッカー部の練習時間は45分と15分休憩、からの45分で終わりだったが、野球部が特別に練習に参加するという事でいつもより3時間長い練習をする。
これはサッカーのプロの試合時間に合わせて、いかにその時間内で全力で集中してプレー出来るかを担うためのものだ。
時々それ以上長くてきつい練習する事でスタミナと集中力を増し、精神的トレーニングもこなす。
全体練習終了後は念入りのストレッチをし、サッカー部の練習はここで終了だ。
クールダウンでジョギングとストレッチをした後は、天然芝のグラウンド整備をする。
余計な雑草を引き抜いて本来管理すべき天然芝をより良い状態にすべく水をあげたりする。
さらにサッカー部のマネージャーからおにぎりの差し入れが来て、それをみんなで食べる。
「うおー! おにぎりー!」
「うん! やっぱり高坂のおにぎりは名産品レベルだな!」
「もう河西くん、そんなに褒めても何も出ないよ?」
「いいなぁー夜月は毎日高坂のおにぎりを食べれて!」
「あらかじめ部員の好みの具を把握して握ってるからな。俺はシャケが一番好きだ」
「俺はツナマヨだな!」
「はい中田くん、おにぎりどうぞ」
「お、おう……。サンキュ……」
「おーおー丈。お前上原を前にすると随分ヘタレだな。早く告白しなよ?」
「う、うっせー! そんなんじゃねえって言ってんだろ本田!」
「え!? そうなの!?」
「見た目以上にウブなんだな中田って」
「ギャップ萌えとはこの事なんだな」
「おい! サッカー部にまで誤解されちまったじゃねえか!」
「はっはっは! 早く告白しないと、春香は可愛いから誰かに取られちまうぞー?」
「うるせぇー!!」
「私がどうかしたの?」
「い、いや……何でもねえよ!」
「中田先輩って見た目はヤンキーで怖い印象だったけど、結構いじられやすくてウブなんだな」
「俺たち後輩はいじらない方が身のためだぞ」
「だな。温かい目で見守るしかないな。あーあ、俺も彼女が欲しいなぁー!」
「お前部活のない日にナンパに出かけてる割には成功してないんだな」
「夜月がナンパに来てくれたらいいんだけどなー。池上荘のみんなは誰もナンパに付き合ってくんねーしさぁー……」
「たまには付き合ってあげたら?」
「こいつには同じナンパ仲間の木村もいるしやめておく。それに実は河西も結構ウブなところがあってな」
「ほう?」
「おい……?」
「こう見えて好きになったら一直線でその女の事を知ろうと頑張ったりとしたんだ。なお、結果はフラれちまったがな」
「カミングアウトやめろ! もう怒った! 夜月には好きな人がいてな! 黒田純子先輩が好きなんだってよ!」
「河西テメエ! ふざけんじゃねえ!」
「……。」
「あれ? 思ったより盛り上がらない……?」
「河西、そんな事はな……もうみんな夜月の態度で知ってる」
「マジかよ!? うわー恥ずかしいわ……」
「テメエ後で覚えてろよな……?」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃっ……!」
河西のカミングアウトも空しく、夜月が恋をしていることをバラされるも野球部はみんな知っていた。
サッカー部は知らなかったのか夜月を応援し、恋が叶うように見守るというものも出た。
ちなみに河西をフッたのは実は純子だったのは秘密である。
そしてこの後、河西は夜月の厳しい自主練に付き合わされた。
次の練習は吹奏楽部だ。
つづく!




