第60話 冬の合宿・吹奏楽部編
吹奏楽部の練習にお邪魔する事になったが、『決して楽器を演奏するわけではない』と吹奏楽部の総監督が硬式野球部にあらかじめ伝えてあったのか、部員たちもちょっとホッとした。
しかし野球部にはある吹奏楽部の厳しい練習法に付き合ってほしいとオファーがあった。
それは……
「今から硬式野球部の子たちに基礎練習やチューニング、全体練習などを付きっきりで見てもらう。コンクールや定期演奏会では大勢の人に見られて当たり前だからそれに慣れておくように。それと……野球部も『この音程がズレてる』とか『音が棒読みくさい』とか容赦なく言っていいからね? 素人の意見は絶対に重要だからね」
「は、はい!」
「じゃあ組み分けするよ! トランペットパートは……一年の夜月に任せてもいいかな?」
「俺ですか?」
「トランペットパートのエースの遠藤と自主練も付き合ってるみたいだし、同じ寮だからきっとやりやすいと思う。君にしか頼めない事だ、どうかな?」
「そういう事なら……やります」
「では他のパートは……」
パートごとに野球部員は見学の組み分けがされる。
その組み分けはこうだ――
トランペット 夜月晃一郎・山田圭太
ホルン 榊大輔・片岡龍一郎
トロンボーン 松井政樹・川口尚輝
ユーフォニアム 天童明・田中一樹
チューバ 清原和也・中田丈
ピッコロ・フルート 木村拓也・岡裕太
クラリネット・バスクラリネット 道下雄平・松田篤信
オーボエ・コーラングレ 志村匠・三田宏和
ファゴット・コントラファゴット 園田夏樹・石田武
サクソフォン総合 綾瀬広樹・田村孝典
パーカッション 高田光夫・本田アレックス
――となった。
夜月と山田はトランペットパート担当になり、花形でもあるので少しだけプレッシャーを感じた。
麻美は『リラックスしていいよ』と言ったが、いざ文化部の練習となると異色すぎてどうすればいいのか分からなかった。
練習場所に着くと麻美はマウスピースを手に持ち、口に当てて息を吹く。
「それは何の練習だ?」
「これはマウスピースといって、口に当てて楽器を吹くんだよ。口を慣らす事で楽器の演奏時の負担を軽減させるの」
「へえ……」
「次はロングトーンをやるんだけど、これが結構きつくてね、腹式呼吸をしても慣れない人にとっては関門なの」
「リコーダーとは違うんだなー」
「ふふっ、知ってた? リコーダーは『フルートのご先祖さま』なんだよ?」
「えっ!? そうなの!?」
「マジか……。俺たちは古いフルートを吹いていたのか……」
麻美の楽器の豆知識を聞きつつも夜月と山田は興味深そうに話を聞き、同時に練習中はなるべく途中で邪魔しないように心掛ける。
今度は舌使いの練習、いわゆるタンギングでそうする事で息使いやリップスラーという唇の振動を活かした練習をし、口や息、舌などを慣らしてからようやく楽器の演奏に移る。
ロングトーンを聴いてみると、麻美は安定しつつも美しく大きな音を出し、夜月と山田はそれに魅了していった。
それでも麻美はまだ物足りなさそうな顔をしていて、『もう一度……』と今度は違った音色を出す。
「なあなあ、遠藤ってマドンナだとか清楚だとか言われてるけど、楽器になるとこんなにストイックになるんだな」
「そりゃトランペットパートのエースになるんだからな。あいつの楽器練習に何度か付き合ったが、遠藤の奏でる音色は聴いててこっちまでやる気になれるんだよ」
「ほえー……。ん?自主練に付き合った?じゃあトランペットを吹いたことはあんのか?」
「そんなものはない。まず素人に気軽に貸したら楽器がおかしくなるだろ」
「なーんだ。てっきり楽器を借りて間接キ……」
「それ以上は邪魔になるから黙れ……」
(山田くん何だか変な会話しかけたような……? 夜月くんが止めてくれたからいいけど……)
山田が余計な事を言いかけたが、夜月は普段の練習の邪魔だけはしたくないと思い手で口を塞いだ。
ちょっと気になりつつも練習に集中する麻美は、今度は曲に合わせたパート練習に入る。
チューニングの確認を終えるとようやく演奏にかかるが、絶対に音程のズレが許されず張りつめた空気で演奏を開始した。
夜月と山田はまず原曲をフルで聴き、麻美がその曲のトランペットパートを吹く。
8小節を終えてから二人にどうだったかを聞いてみる。
「どうだった?」
「うーん……オイラにはわかんないや。今まで音楽に接したことなんてないからさ」
「遠藤、4小節目だっけか?ちょっとだけ低音が疎かになってた気がする。重くしたい気持ちはわかるが暗いわけじゃないんだろ?」
「うん、やっぱり毎日演奏を聴いている夜月くんにはわかるか……。私もそう思っていたんだ」
「池上荘って普段どんな自主練してんだろう……?」
「ちなみに俺だけでなく他の寮生も全員それぞれの分野を軽くはこなせるぞ」
「嘘だろ!? あの筋肉ゴリラの郷田や金髪ヤンキーの黒崎でさえもか!? じゃあ夜月の幼なじみの水瀬もそうなの!?」
「ふふっ、そうだよ?」
「お、オイラも他の部のやつらと合流しようかな……」
「他にも先輩は逆に高音の音が張りすぎてうるさい感じになってます。あんま力むとキンキン音になって騒音の印象がつくかと」
「そうだね……やっぱり素人にはそう聴こえちゃうか。気をつけるね」
「まあ俺もあんまり偉そうなこと言えないはずなんですけど……あの顧問に遠慮なく言えって言われちゃあ吹奏楽部のためにもね」
「あのっ! オイラにとっては凄くいい音だなって思いますよ! 音楽の事はよくわかんないからいい事は言えないけど……オイラはこの部の音色が好きです!」
「そう言ってもらえると励みになるよ。ありがとう山田くん」
「へへっ!」
「夜月くんは意見をかなり言うけど、これでも私たちの演奏は世界一なんだっていつも私に言ってるんだよ? 何で全国に行けないのか理解できないとも言ってたんだ」
「好きだからこそ厳しいんだな。自分にも厳しい夜月らしいや」
「まあ、さっきからあそこで見つめてるトランペットパートコーチよりは専門的じゃないけどな」
「うわっ! いたのか!?」
トランペットパートコーチが隅っこで見つめていて、いつの間にか課題らしきメモを書いていて部員たちはそれを確認する。
課題と利点を述べた後はすぐにそれを取り入れて全体練習に入る。
それぞれのパートがオーケストラスタジオに入り、そこで本格的な合奏に入る。
各パートコーチも全員集まって指揮者である総監督に提出し、ついに演奏開始。
もちろん野球部も全員合流し、吹奏楽部の演奏を間近で聴く。
しかしそんな中で……
「すみません、ちょっといいですか?」
「どうした滝川?」
「あの人が応援歌を一晩で何曲も作った……」
「そうだ、あれが滝川留美だ」
「ユーフォニアムパートの黄前さんのチューニングが乾燥してるのかズレてる気がするんです。メンテナンスは完璧ですが、気温や湿度が急に変わると音も変わるのでそこの把握も必要かと思います」
「うっ……さすが総監督を差し置いて指揮者に任命されただけの事はある……!」
「他にも31小節目のところですが、スネアパートとトライアングルパートに0,3秒くらい早いです。バスドラムは逆に0,1秒遅れています」
「お、おう!」
「ごめんなさい!」
「それと私ですが……ここはピアニッシモで書いてあるのに『指揮の動きが少し激しい』気がするんです。監督、ちょっとここの動きを変えてもよろしいでしょうか?」
「君がそうしたいならそうしなさい。君は天才だから独自の感性があるだろうが作曲者の気持ちになる事を優先してほしい。まあ君にとってはそんな事は今更か」
「いいえ、改めて言わないと自分よがりになるのでどんどん言ってください。音楽は楽しむものですが、いい音を鳴らせればより世界観も広がり、聴いてる人も演奏する人も楽しめるんです。だからっていい演奏しなきゃと使命感になるよりは妄想を膨らませた方がいいでしょう。さっきの厳しい意見を受け入れつつ自分なりの世界観を出してみてください。それじゃあもう一回行きましょう」
「はい」
「えっと……夜月さんですね。どうぞ」
「えっと……俺たち野球部から言わせれば今でも充分凄いって思うんです。けど何というか……。何か全員の想像がバラバラに感じるんです。これは俺が最初に言ったのではなく、ここにいる野球部全員がそう感じました。何だか『いい演奏しなきゃ! 勝たなきゃ!』っていう使命感に駆られてる感じがします」
「確かにコンクールで悔しい思いしたからそれがプレッシャーになったのかも……」
「打倒紅葉学院や習志野音大付属ばかりに囚われてたか……」
「音楽はエンターテイメントなのにそれを忘れるなんて……」
「野球部のみんな……! 皆さん大丈夫です! 野球部は私たち吹奏楽部の応援のファンなのでガッカリさせないという目標を捨て、もっと楽しませることを考えましょう! 滝川先輩はそれを伝えたかったんだと思います! 技術以前に心で演奏すればきっと世界観が広がります! さあもう一度行きましょう!」
「はい!」
麻美の一声で吹奏楽部員全員がやる気を出し、天才音楽家の滝川も麻美の考えに賛同したのか、それ以降はミスもなくダメ出しも全くなく演奏を何度も続けられた。
野球部全員が吹奏楽部がバラバラだと気付き、応援歌の時みたいな統一感がないと感じたのかそれ以降の演奏を聴いて安心し、最後の演奏にはスターティングオベーションをした。
吹奏楽部の練習を終えると、最後に硬式野球部の応援歌を全曲演奏して終わった。
その後は楽器のメンテナンスがあり、それぞれそれを終えて帰る。
各パートで集まってそれぞれ意見交換をしてから帰るのだが……
「遠藤さん、ちょっといい?」
「はい?」
「あの夜月くんって結構ハッキリ言うタイプなのね。最初は『何こいつ』って思ったけど、結構気にかけてたのか演奏を聴いてる間は真剣だったわね」
「それが夜月くんなんです。でも自分にはもっと厳しいんですよ。だから一人で抱え込んだりしやすいから私がみんなで自主練を付き合いっこしようって言ったんです」
「へえ~……♪ もしかして、夜月くんのことが好きだからそういう行動に出たとか?」
「ちょ……からかわないでくださいっ! 彼とはそんなんじゃあ……///」
「恥ずかしがってないで素直になりなさいよっ♪ 遠藤さんは彼の打席になるとすっごく張り切ってたでしょ? 前もデビュー戦の時なんて悪い噂話をかき消すようにチューニングで黙らせたじゃないの」
「そうなのか?」
「……はい」
「なんか悪いな、俺のせいで……」
「あなたも遠藤さんの期待に応えて甲子園で活躍してね!」
「はい! さっきは厳しいこと言ってすみませんでした! 遠藤の分まで頑張ります!」
「うん、私も応援してるね……///」
「はあ、これは無自覚な恋ね。後で背中を押してあげなきゃダメかしら?」
こうして吹奏楽部の合同練習を終え、野球部は貴重な文化部体験をいい経験値にする。
演奏を最後まで聴く事で長い時間の集中力と、微妙な音のズレを聴き分けられる聴力、そしてどんなブラスバンドの応援にも動じない精神力が身についた。
同時にうちの吹奏楽部は世界一の吹奏楽部だと自負するようになり、ブラスバンドでの応援の期待に応えるべく春の選抜に向けて調整した。
次の合宿は木曜日の陸上競技部だ。
つづく!




