第24話 準々決勝
東光学園は五回戦を勝利し、ついにベスト16の駒へと進めた。
相手は県立川崎総合と王政大学第二高校の勝者だ。
あ おいと上原、そして菊池は保土ヶ谷球場でその偵察に行っていた。
準々決勝からは横浜スタジアムで行われるので、かなり本格的な場所での試合となる。
一年にとってははじめてのプロ使用球場で、夜月と園田、天童はそんな中でプレーできるんだと嬉しそうにワクワクしていた。
マネージャー陣が戻ってくると、試合結果はどうだったかを部員全員で聞いてきた。
「どうだった?試合結果は?」
「みんな落ち着いて。結果はね……7対3で県立川崎総合の勝利よ。キャッチャーの新田美波未が落ち着いたフィールディングで野手を牽引していたの。ピッチャーも豊富で一年の渋谷凛太郎くん、同じく一年の本田澪、二年でエースの島村佐津樹くんの継投だったわ」
「結構層が厚いチームなんだね。公立校だけど名将・武内俊介監督がいるから強いと思う」
「たかが公立校だとなめてかかると痛い目に遭いそうですね」
「ここからはエースの小野を登板させる。他の投手陣も念のために身体を温めて準備してくれ」
「はい!」
「それから夜月、君だけ自主練終了後残ってくれ」
「え? あ、はい!」
夜月は石黒監督にいきなり残れと言われ、自分は何か悪い事でもしたのかと不安になった。
しかしそれでも思い当たる事が全くなく、何で呼ばれたのか理解できなかった。
ロビンとの自主練を終えると、言われた通りにグラウンドに残った。
すると石黒監督は夜月に気が付き、手招きをして呼び寄せた。
「えっと……何か用ですか?」
「おー本当に来たか。夜月、君は普段は周りが見えても、集中すると見えなくなる時がある。そこを活かせばいい方向に行くが、器用ではない君はなかなかそれが出来ない。だから外野をやってたんだろうな」
「やっぱり知ってたんですか、俺の性格の事を」
「プレースタイルを見ればわかるさ。そこで君に外野を中心にしつつ、ファーストも兼任でコンバートしてほしいんだ」
「え? でも清原がいるんじゃあ……? あいつもファーストやってるから大丈夫だと思いますよ?」
「清原はなあ……彼はファーストを本職だと言っていたが、どうも『大事な時に捕球ミスを犯す』し、『キャッチボールもラフにやっちゃって捕球を意識していない』のよ。でも君は普段からキャッチボールをしっかりやってるし、内野の事も気にかけてわざわざ外野から駆けつけたよな。山田が言ってたが、夜月は『捕球は甘いが投げやすい姿勢を無意識にやっている』んだ。君は外野だけでなく、ファーストの適性もあるんだ。どうかな?ロビンの後継者としてやってみないか?」
「つまり清原だと捕球面と守備に不安がありすぎて、守備力がややある俺にファーストをやってほしいと?」
「そうだ。君の答え次第では今後は内野ノックにも入ってもらうぞ。嫌なら別に構わないんだ。今のポジションの誇りを汚すわけにはいかないからな」
「……。もしチームの役に立つのであれば、やらせてください!ただし清原にもある程度プライドがあると思うので、競わせてやる形の方がいいと思います。あいつ堅物だから俺の事を認めないだろうし」
「彼は職人気質なところあるからねえ。わかった、俺から彼に夜月もファーストをやると伝えつつ、あまり邪険にしないように言うよ。ありがとうな、俺の勝手に付き合わせて。明日は君だけ少し軽めにしておくよ」
「うす。ただファーストミットはどうしましょうか?」
「じゃあ俺の車に乗ってくれ。学園都市の野球・ソフトボール専門店まで送るよ。そして俺が全額奢るよ」
「いいんですか?ありがとうございます」
夜月は外野をメインにしつつ、ファーストへとコンバートを決め、三年のロビンの後継者となるべく石黒監督の指導が始まる。
しかし夜月は外野用グローブしか持っていないので、石黒監督の奢りでファーストミットを買うことになった。
東光学園周域の学園都市には学校の全ての部活のための専門店があり、そこの野球・ソフトボール専門店のベースボールハウスというお店に向かった。
石黒監督は池上荘の寮長に電話して、少しだけ夜月を借りるので遅くなると連絡した。
ベースボールハウスに着くと、そこには今まで見たことのない規模の大きい店があった。
「いらっしゃいませ。ああ、石黒監督。今日はどのような要件ですか?」
「おー、今日はこの夜月晃一郎がファーストに挑戦するからな。そこで俺の奢りでファーストミットを買ってやるのよ。ちなみに彼は結構掴んで捕るタイプでね、握力もある方なので硬めでポケットが深い方がいいかな」
「そうですか。君はそのミットでいいのかな?」
「え……あ、はい。やっぱり捕球を大事にしないと落とすんじゃないかって心配なので。やっぱりポケットは深い方がいいですね」
「なるほどね。そうなると君は二遊間にはあまり向かないかな。外野をやってるから左右の動きが出来ると思うけど、当て捕りが難しいスタイルならファーストがいいかもね。それならシズノかゲット、またはサナックスがいいと思うよ。一応はめてみて感覚を見てもいいよ」
「じゃあまずはシズノからいいすか?」
夜月は外野用と同じシズノのエリートワールドシリーズを身につける。
硬さは申し分なく、ポケットも深めで丈夫さとフィット感を追求したこのファーストミットにいい感触を覚えた。
一方のゲットはポケットがとても深くてスタイルに合い、硬さはシズノほどじゃないが扱いやすさはこっちの方が上そうだ。
サナックスは値段はそこそこあるけど、扱いやすさと革の品質がとてもよく、どれを選べばいいか迷った。
自分の今の実力とスタイルを自ら客観視した結果は――
「じゃあこのゲットのプロスタイルを買います」
「おーそれにするか! じゃあ俺が払うよ!」
「ありがとうございます」
「お値段は5万2千円です」
「やっぱり硬式用は高いねえ。はいよ」
「石黒監督がグローブを奢る事は珍しくはないけど、大切に扱ってね。とりあえず型をつけるよ。明日になるけどいいかな?それとも池上荘まで発送する?」
「その方がありがたいですね。お願いします」
「わかった。ありがとうございました!」
「いや~もっと遅くなると思ったけど、即決で決めてくれたね」
「ポジションごとにメーカーを変えるって決めてますから。そのポジションに適切なメーカーにしないと、自分のスタイル的に自分自身がプレーに適応できませんから」
「君はそこまで自分を客観視できるのに、何でそれを活かしたり直そうとしないのかな?」
「それが出来ないから悩んでるんですよ」
「そりゃあそっか。弱点を無理して克服しようとしてダメになった選手は他校では結構いるからな。だが安心しろ、うちはそこまで『矯正する暇があったら得意なもので補える』ほどに育てるよ。伸ばせば不得意がかすむって俺は思うんだ。大事なのは『個性を否定せず、いかにチームに溶け込んでオンリーワンでナンバーワンを目指す』かだ。その人という選手は他の選手では真似できないのだからな。プロでも全員スタイルも能力も違うだろう?」
「たしかに」
「そう弱点ばかりに目を向けて下を向くな。君には君のできる事をすればいいんだよ。黒田さんも言ってただろう? 自分の良さがわからないと成長出来ないって」
「そうっすね。俺、ファースト頑張ってみます」
「期待しているぞ。お、もう着いたな。とりあえずお疲れ!」
「お疲れ様でした」
「監督、夜月くんを送ってくださってありがとうございます。夜月くん、晩ご飯できてるから手を洗ってうがいしたら食べてくれ」
「はい」
「じゃあ俺はこれで失礼するな。また明日なー」
「はい」
夜月は石黒監督に寮まで送られ、晩ご飯を食べてすぐに浴槽に浸かって眠りに着く。
翌日からはファーストの練習が始まり、ロビンと清原にたくさん教わった。
ただし清原は守備が苦手で、おまけに感覚派だから感覚が違うので教えられるのはバント処理くらいだった。
ロビンはショートバウンドやハーフバウンドの対応や二塁や三塁への送球のし方を教わった。
そしてついに……準々決勝の日がやってきた。
ただし東光学園の試合は第二試合なので、その前の川崎国際と青葉学院の試合を観に行く。
「青葉学院って確か、新暦1980年代の王者だったんですよね?今はどうなんですか?」
「今はもう落ちた強豪と揶揄されているな。1990年代に入ると川崎総合の時代だったんだぜ。それ以降は両校とも甲子園に全く出れていないんだ」
「へぇ~……」
「それよりも夜月の様子が変だぞ?」
「またあいつらの事を気にしてんのか?おい夜月!そんないつまでもウジウジしてんじゃねえぞ!」
「いや、あいつらの呪縛とかじゃなくて……青葉学院に何も起きなければいいなって」
「は?」
「中田くん、覚えているだろう? 夜月くんがされたことを」
「あ……!」
夜月が憂いていたのは会うのが嫌なわけではなく、青葉学院がラフプレーや八百長の被害に遭うんじゃないかという不安だった。
青葉学院には多くの国会議員や大企業の社長を輩出した名門校で、郷田いわく『ラグビー部が全国レベルで毎年青葉学院のラグビー部に負けている』らしい。
その試合は夜月にとっては杞憂となった。
「打った! エース植木からまたもやホームランだ! これで三者連続バックスクリーン!」
「奏流院明由、武田悠騎、そして厳流岩雄(のクリーンアップか」
「エースの白鵬博之くんがとんでもない剛速球ね」
「しかしみんな身体がデカいな……。ホームランバッターじゃねえか」
「小野、大丈夫か?」
「大丈夫だ。俺は俺に出来るベストを尽くすだけだ。それに俺はいつだって負けるつもりはない」
「頼もしいな、エースナンバーは。俺もエースナンバー欲しかったが、お前にそう言われたら敵わねえや」
「うん。僕も後ろを守ってて安心するよ。それじゃあそろそろ試合の準備をしよう。忘れ物がないようにね」
「はい!」
試合は13対0で青葉学院の勝利で、川崎国際の夏はここで終わった。
川崎国際の応援席では相手の校歌の時にブーイングや妨害をしていたが、どうも誰も注意する事がなかった。
その様子を東光学園の応援の準備をしていた黒田純子と灰崎真奈香は、何か裏があると踏んだのかお互いを見て頷き、今後は川崎国際の調査をしようと誓い合っていた。
そんな中で、県立川崎総合との試合が始まった。
つづく!




