第15話 成長
4回のウラに入るとすぐに大島がショート内野安打、清原がツーベース、そして新田がスクイズ成功した上に自分も生き残るなどして1点を取る。
しかしホセがゲッツーを取られ、田中も見逃し三振となかなか流れを掴めなかった。
だが松井は変則ストレートを上手く使いこなし、その後の8回まで無失点と好調だった。
9回になると、少し荒れ球ながら伸びのあるストレートにスプリットが特徴で、第一試合で指名打者として出た本田アレックスが登板する。
川口は中継ぎで長いこと投げていたので肩を休める。
小野はエースなので故障対策のために登板させることがなかった。
本田が無事に9回表を抑え、ついに東光学園の反撃が始まった。
「9回のウラで1対0か……。これは燃えてきたな」
「頼むぞホセ!」
「お前が塁に出ないと始まんないからな!」
「おう! 任せておけ!」
「こいつは安打が不安定ながら出塁率が非常に高い。内野安打もあり得るから逆方向に打たせるのはやめよう」
「なら引っ張ってもらうよう……スライダーだ!」
「ストライク!」
「胸元にスライダーか……。勝つためなら手段を選ばないのは本当みたいだな」
「こいつ、反射神経が凄くいいな……。今のでわかった、こいつは来た球を本能で撃ち返す奴だ。こうなったらインコースで詰まらせて、ボテボテのファーストゴロを狙うぞ」
「おう。これで終わらせてやる!」
「ふっ……かかったな」
「なっ……!?」
「セーフティバントだ!」
「内野!」
「よっと」
「まずい! サードとピッチャーの間だ! 少し甘いぞ!」
「よっしゃ! これで間に合う……」
「植木よせ! あんま猛スピードで突っ込むと……」
「うわっ!」
「セーフ!」
「うおーっ! ホセナイスセーフティ!」
「マウンドがボロボロなのをいいことに狙い撃ちしやがった!」
「晃一郎が言ってたな。『植木は自分に自信があるから投げた直後は後の事を考えない』って。だからマウンドもボロボロだったことも重なって、バランスを崩してもらったのさ」
「クソッ!」
植木は打ち取るつもりでいたものの、ホセの意表のついたセーフティバントに対応できず、捕球はしたもののバランスを崩して落球し、内野安打を決めてみせた。
次の田中の打席ではホセが盗塁を決め、監督は送りバントのサインを出さなかったので好きなように打つ。
すると田中の選球眼が勝ってフォアボールで出塁し、これで得点圏のチャンスが回る。
「いけー夜月!」
「ここで決めたらヒーローになれるぞ!」
「過去の負け運なんか気にすんな! 一気にランナーを返してやれ!」
「ふぅ~っ……」
「こいつは打率が低めだからストレートで三振でもいいだろう」
「だな。こいつの自信を根こそぎ……奪ってやるぜ!」
「ストレート……!」
「ストライク!」
「くっ……!」
「ふっ……」
その後は植木のストレートと高畠の単純なリードに翻弄されてしまい、あっさり三振を取られる。
夜月は精神的に不安定なところがあり、チャンスになると呼吸が苦しくなって正常な判断が出来なくなるほどだった。
それを逆手に取った高畠が夜月にこう放った。
「お前は名門にいても負け犬のお荷物のようだな」
「はっはっは!」
「お前が名門に選ばれるとか現実を見ろよ!」
「この野郎……! うああああああああっ!」
「あのバカ!」
「落ち着け夜月!」
「あの審判は何も注意しないのか……!」
「とにかく止めよう!」
「何をしているのかね?没収試合にするぞ!」
「ちょっといいかな? 君は審判ながらやたらとうちに不利で向こうに有利なカウントや判断をするけど、一体向こうに何をされたのかな?」
「ふん、お前みたいな異端児監督に聞かれる筋合いはない」
「あーそう。ならさっきの野次や暴言の方が高校球児として問題ではないのかい? それとも君の耳は都合のいい時だけ聞いて都合が悪いと聞こえないの? 君、審判失格だね」
「それは……」
「それとも……向こうにお金で賄賂された、なーんてことはないよな?」
「くっ……! 川崎国際の選手全員に……警告試合とする!」
「はぁ!? 何でだよ!?」
「先に手を出したのはこいつの方だぞ!」
「ああ!? テメェらさっきからラフプレーや野次しておいて都合が悪いと逆ギレか!?」
「うぐ……!」
中田は面倒を見ている夜月の気持ちを誰よりも理解していて、今までされたことを大声で怒鳴って指摘した。
監督もこれ以上の野次やラフプレーを見逃すわけにいかないと判断し、夜月を守るべく審判に強い抗議と挑発をした。
夜月はその様子を見てから少しだけ理性を取り戻し、その悔しさを受け止めた天童は夜月の背中をポンッと叩いて励ました。
夜月は自分のしたことの情けなさと、仲間の思いやりと監督の信頼を受けてベンチで涙を流した。
それを見たロビンは、バットを強く握りしめてバッターボックスに入る。
「これが君たちの野球かい?だったら……僕たちは負けてられないね!」
「へっ! 外人がいないとこのチームは勝てないのか? 東光学園さまも落ちたものだな? おいジジイ、もううちの勝ちも同然だから降参しておいた方がいいぞ?」
「その監督にしてその選手あり……。君の指導は未熟どころか野球ではなく戦争をしに来ているのかい?」
「うおっ!? いつの間に!?」
「いやぁ~どうもキム・ジョンソン監督さん。直に挨拶するのははじめてですね。石黒貴和です。悪いけどうちはそう簡単に降参するほど弱くないので、よーく見てってくださいね、指導者気取りの大魔王さん」
「くっ……!」
「あんまり俺たちを本気にさせない方がいいよ。黙って故郷に帰りな」
「それはお互いさまじゃないかな?『勝利のためなら手段を選ばないやつ』はアメリカにもいたけど……君たちみたいな陰湿なやつははじめてで悲しいよ……。僕はケビン・マーガレットの息子、ロビン・マーガレット。よろしくね」
「ロビン先輩、何だか機嫌が悪いのかな?」
「ええ、まるで怒りを露わにしているみたいね……」
「ううん、お兄ちゃんはむしろ『悲しんでいる』んだよ。大好きな野球を戦争手段に変えられて……」
「夜月、お前はあれだけ挑発されてよくここまで耐えてきたな。今回はさすがに限界だっただろう。だからこそ……俺と一緒に這い上がっていこうな?ここにいる部員たちはお前を邪険にするほどヤワじゃないからさ」
「うう……すみませんでした……! すみません……でした……!」
石黒監督の励ましの言葉に夜月は、今まで溜めこんできた感情が爆発し、ベンチで大粒の涙をこぼした。
一方のロビンは川崎国際のやり方に悲しみを覚え、植木のストレートに徐々に適応する。
するとロビンはある事に気が付き、バットを短く持った。
「バットを短くだと……? なめやがって……! この一球で最後にしてやるよ!」
「甘いよ! それっ!」
「なっ……!?」
「は、入ったあぁぁぁぁぁー! ロビン先輩が決めたー!」
「うおぉぉぉぉぉ! ロビンンンンンンンっ!」
「きゃーーーーーー!」
「うおおぉぉぉぉぉぉー!」
「嘘だろ……!」
「ホームラン!ゲームセット! 整列! 以上を持ちまして、東光学園と川崎国際の試合、3対1で東光学園の勝利です! 礼!」
「ありがとうございました!」
「……。」
「よーし! よくやった!お前らはこの合宿で見事に成長を遂げてくれた! 俺は本当にうれしいよ!ただ……川崎国際の嫌がらせは『あの程度で済む』とは思えない。今後はみんな警戒するようにな?」
「はい!」
「これで夏前の合宿は終わり! お疲れさん!」
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした……」
「夜月……」
合宿は何とか終了し、各部員は合宿用の寮を出る準備をする。
しかし夜月の部屋だけは何故か荷物が溜まっていて、それを見た天童と園田は夜月を探す。
すると合宿所の裏で重りを付けたバットを素振りしている姿があった。
それも……ぶら下がっているタイヤを何度も叩くように打った跡も残っていた。
「クソッ! クソッ! あいつら……俺の平和を邪魔しやがって! あいつらさえいなければ……俺はっ! クソがぁーっ!」
「あいつオーバーワークじゃないか……! 止めなきゃ……」
「よせ」
「何でだよ園田!」
「ここで下手に出たら、あいつを嫌な意味で刺激してしまう。そうなったら俺たちにも精神的にやられてしまうだけだ」
「それはそうだけど……このままでいいのかよ?」
「それよりも誰か来たぞ。隠れよう」
「お、おい!」
「はぁ……はぁ……! クソっ……何で俺だけ……!」
「あなたが夜月晃一郎くんね?」
「ああ!?お前……誰だ?」
「そうね、あなたの名前を知ってても、私の名前を知らないのは不公平ね。私は黒田純子、この学校の二年生よ」
「げ、しまった……!先輩だったのか……!す、すんません!」
「いいのよ。あなたの一部始終を見せてもらったけど、彼らは本当に最低ね。私も見ていて怒りが湧いてきたわ。あれでは誰だって理性を失うわ。私も同じ立場なら、同じ事をしていたでしょうね」
「先輩も結構アクティブなんですね……」
「あなたのパワーとガッツ、そして相手の能力や性格を見極める力は大したものよ。私も人を見る目はある方だけど、あなたは私と同じ潜在能力の目を持っているわね。それも……もう少しで覚醒しそうなくらいの」
「そんなもん知らないッスよ……。俺にそんな能力あるとは思えないし、何より俺が劣等生だったのは事実だぜ?」
「そうね……このままのあなたなら劣等生のままね。でも聞いて、今のあなたはまだ『自分の良さと武器、そしてやるべき事がまだわかってない』だけなの。それがわかったらあなたは一流の人間になれるわ。もし興味があったら、ジャズ研究部の部室に来なさい。いいえ、あなただけじゃない。あなたと同い年の野球部の子たちも、まだ『自分の武器と能力を把握しきれてない』わそうね……もう一度会った時に答えを言うわ。また会いましょう、夜月くん」
「は、はい……。あの人は何者なんだ?」
「それとそこで見ている二人、さっきからバレてるわよ? 隠れているつもりなら、せめて呼吸くらいはコントロールしないといけないわ」
「天童……! 園田!」
「バレてたか……」
「その、夜月……お前が努力家で正義感が強く、そして自分の事に悩んでいるのはわかった。だがお前は一人で抱え込みすぎなんだよ。お前的には怖いかもしれないけど、もっと俺たちを頼ってくれ。俺たちはさ、硬式野球部のライバルであり、仲間だろ?」
「そうだな……。一人で勝手に悩んで悪かった。明日から心を入れ替えて頑張るよ」
「よし! じゃあ夜月、帰るぞ! 池上荘だっけ? みんな待ってるからな!」
「あ、ああ!」
「じゃあ俺も寮に帰るか。天童も夜月も気をつけてな」
「おー!」
「いいの? あの子を連れ出さなくても」
「彼の性格なら来ると思うわ。練習をずっと見てたけど、彼は意外とい素直なところがあるもの。もし彼が覚醒したら……甲子園にも出られる上に、私の無念を晴らせる存在になれると思うの」
「モノクロ団との戦いで足が不自由になり、プラスエネルギーを集められる存在になれるんだったわね。それも……自分が輝くよりも、縁の下の力持ちとして」
「彼なら一流のプロデューサーになれるかもしれないわ。私は将来、芸能事務所を立ち上げ世界中に愛と勇気、そして平和を与えるのよ」
「なら私も付き合うわ。取材しか出来ないけど、彼の過去を知った上で真犯人を暴いて、この街の闇から解放させるわ」
「ええ、お願い」
夜月は黒田純子という少女に出会い、自分とは何者なのか悩んでいることを読まれてしまう。
そしてその純子に夜月はもう一度会うための条件を出され、ジャズ研究部に招待される。
果たして夜月は純子の誘いに乗るのか?
つづく!




