第14話 川崎国際
合宿7日目の第二試合になり、夜月は第一試合で冷え切った身体を動かしてアップする。
川崎国際ベンチでは、元・神木中だったメンバーの全員が中指を立てたり、罵声を浴びさせたりした。
他の川崎国際の選手も東光ナインにブーイングをするなど、素行の悪さが目に見えた。
しかし夜月にも黄色い声援が聴こえた。
「晃一郎ー! ゴー! ファイッ! ウィン!」
「夜月くん! 頑張ってね!」
「クリスに遠藤……」
「同じ寮の女の子が応援に来てくれたんだ。いいところ見せつけてあげようね」
「キャプテン……うっす!」
「けっ!夜月引っ込め!」
「劣等生が何で東光に……!」
「どうする植木、あいつに洗礼を浴びさせるか?」
「いや、完膚なきまでに叩きのめす」
「その方が俺らの方が上だって証明できるしな。やってやろうぜ」
「はぁ……はぁ……! 間に合った!」
「瑞樹ー! 遅いよー!」
「水泳部の練習がやっと終わったんだよ! クリスと麻美はどうしてここに?」
「吹奏楽部とマーチング部、チアリーディング部にバトントワリング部、応援指導部は合宿最後の日はこのグラウンドで応援するのが伝統なのよ。ただ大会に出る主力は練習で、選ばれなかったメンバーだけで応援するの」
「へぇー……」
「おい、あれってお前の幼なじみだろ?」
「へぇー、結構可愛いな」
「うるさい、いいから園田はブルペンで準備しろ。榊は黙ってベンチ入りするように頑張れ」
「そう照れんなってー。オイラにはわかってるぞ♪」
「山田ー!」
「晃一郎、クリスが応援に来てくれたんだ。一緒に勝とうね」
「ロビン先輩……うっす!」
「集合!」
「いくぞ!」
「おー!」
こうして第二試合が開始され、東光ナインは後攻になる。
夜月はレフトに入り、初めて一軍での実戦となる。
今まで何度も練習試合をしてきたが、大体が代打での出場でチャンスの場面になると必ず打点を稼ぐチャンス男となっていた。
だが今回は初のスタメンで、川崎国際にギャフンと言わせるチャンスだ。
そして川崎国際のスターティングメンバーは全員一年だがこれだ。
一番 サード 清水裕介
二番 ショート 鳥越篤也
三番 ピッチャー 植木政也
四番 レフト 木野貴晶
五番 キャッチャー 高畠岬樹
六番 ライト 柳勝矢
七番 ファースト 市倉晃貴
八番 センター 河野蒼依
九番 セカンド 中里健太郎
どうやら向こうは指名打者を使わず、東光学園のみ指名打者を使う形となった。
新暦の高校野球では春と秋は三年生がいない事で指名打者制ではないが、夏になるとその学校の自由な任意で指名打者制にするかの選択が出来る。
川崎国際はどうやら指名打者制は邪道だと思っているらしく、東光学園のやり方をすべて否定したいようだ。
夜月が出るとわかったクリスと麻美はいつもより張り切り、瑞樹も今までにない大声で応援をする。
川崎国際の攻撃で一番の清水は確実にミートして出塁率が高い選手だ。
神木中だったメンバーのクセは夜月から聞いていた田中はこんなリードを取る。
「この清水ってやつは『苦手なコースがない』って聞いた。だが意表を突く事は出来る。ここは松井、普通のストレートで誘ってやろう」
「その方がいいかも……。それっ!」
「ストライク!」
「ふーん……。その程度の球速なんだ。これなら植木の方が速いじゃん」
「そう思ってくれてありがとうだな。松井、アレをやろう。打ち取ってムカつかせてやろう」
「田中、君って人は……。でも、やってやろう!それっ!」
「甘い! は……?」
清水は甘いど真ん中のストレートと思い込んでバットを振ったが、手元で不規則にボールが動いてバットの先に当ててしまう。
サードの中村の前に転がり、確実に送球されアウトになる。
次の鳥越も松井の真っ直ぐに惑わされ、三番の植木も簡単に打ち取られた。
次の東光学園の攻撃では、植木の圧倒的球速と緩急でホセは遊ばれ、二番の田中は元々バッティングが苦手で小技しか出来ないので簡単に三振に取られた。
次の夜月の出番では――
「こいつ、名門に選ばれていい気になってるから挑発してやろう。胸元にスライダーだ。左打ちにはちょうどいい脅迫だろ」
「当ててキレさせて乱闘も面白そうだ……死ねっ! 夜月!」
「うわっ!」
「ボール!」
「おい待てコラァ! 今のわざとだろこの野郎!」
「ふん」
「中田くん、落ち着いて」
「俺の後輩を傷つけて落ち着いてられませんよキャプテン! クソッ! 野球じゃなかったらあんな奴ら……」
「大丈夫だよ。怒りでどうにかなりそうなのは僕も同じさ……」
「うっ……!」
「あの温厚なキャプテンが……」
「歯を食いしばって震えてる……!?」
「夜月……」
「ふぅ……」
「あの野郎、俺たちの挑発に乗らねぇのかよ……! だったら実力でねじ伏せてやるさ」
「真っ直ぐでいいんだな? いくぞオラっ!」
「ストライク!」
夜月は植木の直球で振らされ、気が付けばフルカウントとなっていた。
キャッチャーの高畠は夜月の落ち着きっぷりに次第にイライラし始める。
だが植木は自信ありげにハンドサインを送り、高畠のリードを信じた。
「高畠、中学卒業の時にお前らは『全員東光学園に選ばれなかった』って言ってたな」
「は? 何だよ急に」
「それが自分に原因があるとしたらどうだ?」
「何が言いたいんだ?劣等生のクセに」
「うちにコンプレックスがあるみたいだけどよ、そうやってお前ら神木中の連中は昔から手段選ばずに何をしてもいいなんて考えって楽しいか?今も……」
「うらぁっ!」
「ストライク! バッターアウト!」
「ああ……夜月……!」
「っしゃー!」
「ちっ、今の高めを見逃してたらボールだったわ……!」
「あの野郎……!」
夜月は東光学園野球部特有の心理学を活かして逆に挑発し、過去の自分とは違うところを見せつけた。
夜月は元々正義感が強く、不正と暴力を許さない性格で、神木中を中心に民主党政権になってから荒れ果てた川崎市のやり方に離反していた。
その事からターゲットにされてきた過去もあり、この試合だけは負けられないと強く思っていた。
そのためにこのような危ない挑発に乗って暴力を振るう事は許されないのだ。
守備に着くと松井は数種類のスライダーと、左投げ特有のスクリューボール、そして変則ストレートを使いこなして木野、高畠、柳を打ち取った。
東光学園もロビンや引っ張りが武器の中村を外野フライに、堅実なバッティングが持ち味の島田をキャッチャーフライに打ち取った。
3回の攻撃での打撃で市倉にツーベースを許し、河野に送りバントをされて一気にランナー三塁へ。
さらに中里のスクイズでノーアウトの状態で1点を先制されてしまう。
「ナイス中里!」
「ざまぁみろ東光!」
「もっと点を取って叩き潰そうぜ!」
「……。」
「あんなに野次を飛ばしておいて審判は何も言わねぇのかよ!」
「ありえない……。普通なら没収試合ものなのに……」
「そういやうちにやたら不利なカウント取られたような……?」
「やっぱりあいつら……!」
夜月は何か感づき、ベンチに伝えようもまずは攻守交代する事が先だと思ってプレーに集中する。
清水と鳥越でフォアボールで塁に出すも、植木、木野、高畠を三振に取り最少失点で済ませる。
夜月はベンチに戻るとすぐに川崎国際の闇を推測したのをベンチに伝える。
「ひとついいっすか?」
「どうした夜月?」
「あいつら川崎国際って川崎市が私的目的で朝鮮学校を買収したんですよね?」
「ああ、あの評判の悪い民主党からだろう?」
「もしバックにそいつらがいるとしたら……八百長とか買収している可能性があるかもしれません」
「はぁ!? 審判まで買収ってありかよ!?」
「それじゃあうちが勝つのって……」
「でも無理ではないはずです。確かに植木の球は速いですが、ちょっと『打たれはじめると急に荒れてフォアボールが多く』なります。高畠もプライドの塊なのでちょっと揺さぶると急に単調になるんです。そこを突いていけば……野手陣も焦りが生じると思います」
「なるほどねぇ……。夜月、お前には観察力があるようだな。君自身は気付かないだろうけど、他のメンバーの武器をマネージャーよりも見極められている。だが君に足りないものは、それを自分自身に向ける事だ。あまり自分に自信がないから、そんな急に直せと言われて直るのなら苦労はしないよな。だからこそ焦らずゆっくり一歩ずつでいい、自分がどんな武器なのかを見極められるといいな」
「はい!」
「あの野郎……ムカつく笑顔しやがって」
「俺、あーゆー輝く姿見るの嫌いなんだよな」
「マジで腹立つから顔面に当ててもいいか?」
「いいけど俺の負担を考えてくれよ?いちいち立つの面倒だからさ」
「そうだな、あいつの顔面に触れたボールなんざ触りたくねえし」
「じゃあ全力でぶっ潰すぞ!」
「おー!」
「あの子ね、純子。あなたが注目している『将来のスター』って」
「ええ。真奈香も彼を取材したいのでしょう?」
「確かに彼には純子の望むものを叶えてくれそうな気がするわ。あの時の無念を……ね」
「もう二年前の事を責めるのはやめなさい。それよりもこの試合が終わったら、彼に接触するわよ」
「ええ」
「……?」
「どうしたの?水瀬さん」
「えーっとね……あの二人組が何か野球部の誰かを注目しているみたいなんだ。誰を注目しているんだろう……?」
「あの人たちね」
「きゃっ!有希歩いつの間にいたの!?」
「私は学級委員として最初からいたわ。ずっと夜月くんを応援していたのよ?そしてあの人は黒田純子先輩よ。彼女にプロデュースされた生徒は必ず『才能が開花して学業や部活、何かしらの活躍をさせてくれる』先輩よ。一方のあの人は灰崎真奈香先輩。彼女に取材された生徒は必ず人気が上がるの。それほどの凄腕記者で二年生ながら広報部の部長をやっているの」
「やっぱり理事長の姪だけあるね」
「叔母さま……理事長から話を聞いていたの。そんな彼女たちに注目されるなんて、一体どんな逸材だったのかしら……?」
応援席ではそんな話が合ったが、試合の方は大島がファーストゴロ、清原が三振、そして新田がレフトライナーとまた三者凡退に終わる。
4回の表になって、東光ナインはなかなか点が取れない事に歯がゆさを感じるも、守備面では夜月の観察力もあって、頭脳派の田中の頭脳が冴えはじめる。
こうしていくうちに4回のウラ、ついに東光学園の反撃が始まる。
つづく!




