第13話 横浜向学館
合宿7日目の第一試合は無冠の強豪の横浜向学館だ。
甲子園には一度も出場してないものの、選手の量質ともに全国レベルで強豪校でもある。
東光ナインはその学校の試合のアップを済ませてシートノックをする。
一方の横浜向学館のシートノックも動きが素早く、一年生にとってはこんな強い学校と試合するのかと驚いた。
そして相手のスターティングメンバーは……
一番 セカンド 堀江雪斗 三年
二番 ショート 水樹七央 三年
三番 サード 小林友 三年
四番 センター 斉藤夏希 二年
五番 ライト 小宮雄一 一年
六番 キャッチャー 三森鈴太郎 三年
七番 指名打者 徳井空丸 三年
八番 ファースト 田村優太 三年
九番 レフト 茅原美月 三年
ピッチャー 平野綾人 二年
となった。
東光学園が先攻で、一番のホセが打席に立つ。
東光学園硬式野球部のグラウンドは、もはや地方球場の様な設備で、合宿と聞いた吹奏楽部やマーチング部、チアリーディング部、バトントワリング部、そして応援指導部が有志で集まってきた。
そこにはクリスや麻美も駆けつけてくれて、『夜月から応援に行く』というLINEの連絡があったのだ。
しかし夜月たち一年は、東光学園の小規模とはいえ応援の凄さに圧巻されるとはまだ知らない。
「勝利のファンファーレー! そーれっ!」
「うわっ!?」
「お?どうしたんだ?」
「何ですか! あの美しくも大きな楽器の音は!?」
「ああ、一年は知らんだろうけどな。この学校は野球の応援に力を入れていてな。このファンファーレに聞き覚えはないか?」
「これって競馬のファンファーレですよね?しかもまだ普通の……」
「ああ。甲子園に行くとG1のファンファーレになって盛り上がるんだぜ。そしてここからがうちの名物の応援だ……」
「東光ファンファーレーっ! そーれっ!」
「この曲は知らないな……」
「俺たち二年にはあの天才音楽家がいるからな。滝川留美ってやつでな、音楽系の部活を生徒ながら仕切っているんだ。噂によれば『モーツァルトの生まれ変わり』ではないかとささやかれているんだ。オリジナル応援歌の何曲かは『あいつの作曲』なんだよ」
「そんなすごい人がいるんですね……」
「おい田中と天童!無駄口叩いてねえで応援しろ!」
「あ、ああ!悪いな中田!いけーホセ先輩!」
「ホセさん!一発行きましょう!」
「こいつがホセ・アントニオか。いかにも『ブラックパンサー』って感じがするな。こいつに塁に出られるのは面倒だが、ヒット打たれると一気に次の塁に行かれそうで怖い。打ち取るよりも三振の方がいい。カウント取るぞ」
「ああ。その方がいいな。俺のストレートは……そう簡単に打てまい!」
「ボール!」
「あっぶねー……ギリ打てると思って手を出しかけたぜ」
「こいつ……選球眼も一流なんだな。そう簡単に打ち取られないってか、面白い。今度はこれだ」
「よっしゃ。もう一度アウトローに……ストレート!」
「今度はいけるぞ! よっしゃ!あっ……」
「オーライ! よっしゃ!」
「ファーストフライ! アウト!」
「ホセくーん! 君は打ち気が強い癖はまだ直らないのー? そんなんじゃコーンロウを刈って丸坊主だぞ?」
「丸坊主だけは嫌だ! 次こそは打つから!」
「塁に出たい気持ちはわかるが、アウトになっちゃあダメだよ? 次は選球眼をもっと鍛えるからね」
「うす!」
「ホセ先輩の分まで打ってくるわ」
「ああ、頼んだ」
「一年ながら二番バッターって、相当期待されているんだな。それとも即戦力のスゴイやつか?その天狗の鼻をへし折ってやるぜ」
「胸元にスライダーとか悪趣味だな……。でもまあ、そこはそうだろうな。俺のスライダーに……ビビっちゃえ!」
「ストレート……? いや、これは……!」
「ボール!」
「石黒監督、もしかしたら彼……」
「どうしたんだ高坂?」
「このピッチャーの平野って人は、初球は必ず『ボール球で様子を伺う』癖があるかもです。でも打ち気の強い選手は次のストライク球で手を出しがちなデータがあるんです。もしかしたら打たせて取るタイプかと思います」
「あおいちゃんもそう思ったの? 私もそうじゃないかなって思ったの」
「菊池先輩もですか?」
「春香ちゃんは気付いた?」
「私は全くです……。でも平野くんの肩の軟らかさだと、あのコントロールの良さと伸びのあるストレートは納得がいきます」
「高坂も何か特殊能力があるな?それが何なのかは知らないけど、思う存分貢献してくれよな」
「はい!」
その後は天童はセカンドゴロに打ち取られ、三番の渡辺はセンターフライでチェンジとなった。
次の横浜向学館の攻撃は堀江がフォアボールで塁に出るも、水樹がショートゴロでゲッツーになる。
すると三番の小林にスリーベースヒットを許し、小野はちょっと悔しそうだった。
ただ犠牲フライもスクイズも出来ないのである意味追い込んだともいえるこの場面で、小野の真骨頂が出てくる。
「くっそ……俺のリードが打たれるなんてな……。だが四番の斉藤さんはまだ二年生でバッティングが不安定かもしれない。彼は流し打ちが得意な人だ。ホームランは一度も出てないらしいからフライで打ち取りましょうか」
「その根拠のない自信は何だか不安だが……いいだろう。俺が打ちとらせてやるさ!」
「スライダー……?ちが……!あっ……」
「ファール!」
「マジか……」
「あっぶな……!」
斉藤夏希はスライダーではなく、高速スライダーだと気付いたころにはもう時すでに遅く、初球で手を出してしまった。
しかし打球は一塁ベースから逸れてファールとなった。
命拾いしたなと溜息をついた斉藤夏希は深呼吸をする。
そこからフルカウントとなり、天童の捕球の甘さがちょっと出始めた。
しかし小野はそれでも冷静に投げ続け、斉藤夏希を三振にしてみせた。
次の2回ではとくに進展はなかったが、3回の表で動き始める。
「我那覇先輩!いっちょやっちゃいましょう!」
「おう!任せておけ!」
「我那覇涼太……。打率こそ少ないけど出塁率が非常に高い面倒なバッターだっけな。こいつの選球眼はこのチームで誰よりも強い。そう簡単にボール球で様子見たらヤバいから……これだ」
「ツーシームで軽く揺さぶるのか……。まぁそれもいいだろう、な!」
「ストレート……じゃないな。あっ……」
「ストライク!」
「あの平野さんが初球ストライク……!?」
「我那覇くんの選球眼を認めたからこその強気なピッチングかもしれないわ。彼の選球眼の良さでチームを何度もチャンスに導いてくれたのよ」
「そうだったんですね」
「高坂さんは知らなかったよね。我那覇先輩は縁の下の力持ちなんだよ」
「なるほど……」
「ほら、もうフルカウントになった」
「ボールとわかったら微動だにしないのか……。この自信はどこから湧いてくるんだろ……?もう置きに行ったりボール球は許されない。ど真ん中は避けたツーシームで詰まってもらおう」
「その方がいいな。いっけー!」
「もらった!」
我那覇の放った打球は二遊間を抜けていき、一気にセンター前ヒットとなった。
次の二年生の志村は閉じた目が特徴の先輩で、バントの天才と言われている。
監督は送りバントのサインを出す。
ただそのサインを出すのではなく、石黒監督は『バントや盗塁は選手自身のタイミングで自由にやればいい』というサインの出し方だ。
スクイズやエンドランはさすがに監督のタイミングで出すが、滅多に出す事がないので奇襲専用となっている。
しかし志村は送りバントを無視し、またフルカウントにする。
すると我那覇は突然お腹をさすり、相手のファーストは心配そうに見つめていた。
だが志村はすぐに頷き、バッターボックスに立つ。
すると……我那覇は突然盗塁を仕掛けた。
「ここで盗塁……マジかよ!あ……」
「もらった!」
志村は甘く入ったスライダーを思いきり叩き、バントエンドランを放った。
意表を突かれた内野陣は慌ててバント処理を行う。
しかし無情にもファーストの小林は後逸、我那覇は一気に三塁へ進んだ。
志村はシングルヒットとなり、送りバントどころか自分まで生き残った。
「はっはっは!サインを無視されたのは悲しいが、志村くん敵を騙すには味方からってかー?さすが職人気質だなー!」
「上原先輩、志村先輩って……結構性格悪かったりしますか?」
「彼は我那覇先輩を尊敬していて、彼とは打順が近いから何か二人だけの秘密のサインがあるみたいだよ。多分それをやったのかも」
「だがそれでいい。たとえ俺のサインがバレても、あいつらだけのサインがバレなければいいんだ」
「サイン無視されたのに許す監督もすごい器の大きさですね……」
「だからみんな監督について行くんだよ。その自由さは統一感を上手く表してくれているんだ」
「すごい……!こんなチームのマネージャーやれるなんて……!」
続いて九番の尾崎がスクイズを決めてワンアウトで1点を掴み、一番のホセはフォアボール、二番の天童は三振、三番の渡辺でツーベースの長打でホセが一気に駆け抜けてホームインして3点目を取った。
一方の横浜向学館も負けておらず、5回で三森の犠牲フライで一点、7回で五番の小宮によるスリーベースヒットで溜まったランナーが一気に還り、同点に追いつかれた。
するとここで石黒監督が動く。
「清原、ピッチャー交代を告げてくれ」
「はい!」
ピッチャーは小野に代わって一年の川口が入る。
川口は球速もコントロールも大した事はないが、多彩な変化球と球速の割に伸びのあるストレートが特徴で、一見すれば普通だけど相手からしたら嫌なピッチャーだ。
その結果が上手くいき、登板中の間は無失点となった。
9回にはロビンが最後にホームランを決めて勝ち越し、抑えの斉藤で締めてゲームセット。
横浜向学館を勝利で収めた。
次は第二試合で因縁の川崎国際だ。
つづく!




