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それいけ!東光学園野球部!  作者: 紅夜アキラ
第一部・第一章
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第11話 三年の覚悟

 合宿も4日目になり、ついに三年生にも疲労が見え始める。


 学校の授業は通常通り行われる上に、練習が部員全員寮で宿泊なので遅くまで練習をこなす。


 それを一週間もするのでとても長く険しいものだ。


 一年生の夜月たちはもう既に限界を越えていて、二年生も次々と限界を越えて倒れかける者もいる。


 厳しいはずなのに、そんな中で罵声(ばせい)が飛ばず、パワハラが全くないのが不思議なくらいだ。


 その4日目は総合練習で、バントや細かい連携、バッテリーの調整などの練習になる。


 投手陣は的によって大きさが違うストラックアウトや、近距離でネットに向かって全力で投げるなど感覚を養わせる。


 キャッチャー陣は心理学の勉強や、味方の状態を見抜くための観察力を養う練習。


 そして野手陣はいかに守備を乱さず打ち勝つかの実戦練習だ。


 では投手陣の様子を見てみよう――


「おりゃあっ!」


「いいねぇ。斉藤はその投法になってから足腰が安定するようになったな」


「はい! このトルネード投法なら球威が増して体幹も安定するかなって(ひらめ)いたんです!」


「なるほどな。確かに小野と比べてコントロールは悪いが、球威だけでなく新たに覚えた魔球のおかげで緩急もつけられるようになった。斉藤は残り10球で休憩に入れ。次は松井、お前だ」


「はい!」


投手陣を指導している彼の名は星野恵一(ほしのけいいち)


彼は『石黒指導者塾』の卒業生だ。


かつてこの硬式野球部でエースとして甲子園準優勝まで導いた熱血投手だった。


星野の球種(きゅうしゅ)はかなり多く、カーブ、スローカーブ、スライダー、カットボール、フォーク、スプリット、チェンジアップ、パーム、シンカー、シュートとかなりの球種だ。


ストレートもムービングやツーシームなど細かい種類も投げられるので、各投手陣に適性のある変化球を教える事も出来る。


そんな彼が気になるのは……


「ふんっ!」


「へぇ、スリークオーターなのに球威がないのは珍しいな。松井は球威を上げる気はないのか?」


「えっと……自分ではパワーがなく、コントロールも甘めなので、ある変則ストレートを駆使(くし)しようと思っています。それさえあれば三振は取れなくてもバッターを打ち取れるかもしれませんのでそれを使うことにしたんです」


「まぁ投球論に正解はないからな。自分なりの正解さえ見つければそれでいいだろう。さて次は……園田か」


「ふんっ……!」


「同じ一年坊主の(さかき)と幼なじみで、よくエース争いをしていたが三年目でエースを勝ち取った男か。どんなものかと見てみたら、なかなかやるな」


「エースだったのは過去の話です。今はただの一年部員なので、エースだったからと胡坐(あぐら)をかいているようではここでは生き残れません」


「なるほど。園田は一年ながら素質はあるな。中継ぎの川口や他の二刀流投手陣もポテンシャルは高いようだ。次の夏こそは甲子園行けるかもな」


 もう一人のピッチングコーチの槙原慎二(まきはらしんじ)は投手陣のポテンシャルの高さを買って、よりよい指導をする。


 一方のバッテリーコーチの古田克夫(ふるたかつお)は、キャッチャー陣の配給論について語る。


 彼もまた石黒指導者塾の生徒だ。


 彼の配球論(はいきゅうろん)は変化球やストレートの投げる位置をより正確にしつつ、相手打者の心理を突くやり方を指導していた。


「バッターボックスの外側だからって安易(あんい)にアウトコースばかりだと、相手もさすがにどう届かせるかを適応してくるから時にはインコースで攻める事も大事だ。意表(いひょう)を突いて野球なんだから……って天童聞いているのか?」


「えっと……どのコースでどの球種で行くか……あれ……?」


「どうやらこいつ、あんま考えずにリードしているみたいです」


「なるほどねぇ……これは田中くんも苦労するな。君が諦めたら彼の成長はないと思うよ」


「はい、頑張ります。ところでその意表を突くインコースならどの球種がいいですか?」


「そこに正解はないが、右打者にはツーシームで行けばいいだろう。この学校は普通のストレートだけでなく、変則ストレートのツーシームかカットボールを覚えさせてくれるしね。ムービングボールはロビンくんが来てからやっと覚えたって星野コーチも言ってたよ」


「おかげで松井は自分のピッチングでの弱点を克服しつつあるんだ。お前も単純リードばっかやってないでたまには考えてリードしろ」


「う、うす……!」


 天童は今まで勘に頼ってここだと思ったリードをする感覚派だった。


 一方の田中は考え込みやすいが、今の状況でどう突破するか最善を練るタイプだ。


 二人は全く異なる捕手だが、キャッチングの上手さはどちらも一級品だ。


 天童はミットの音でストライクを稼ぐ、田中は捕る瞬間にミリ単位でストライクゾーンへ動かすやり方だ。


 とくに田中のサディスティックな性格上、相手にムカつくと思われるのが快楽だと言っていた。


 その快楽を利用してか、春の選抜では古田コーチの教えも重なって準優勝まで導いたのだ。


 そして一方の野手組は――


「よし! ノック代われ! ここからは俺が打つぞ!」


「はい!」


「げげっ……!」


「ホセ先輩……?何をそんなに嫌がってるんスか?」


「ボスのノックは()()()でな。俺たちの守備範囲をギリギリ越えて打ってくるんだ。それくらいノックが上手くて、面倒なんだぜ」


「マジっすか……!」


「おーい外野! ぜーんぶ聞こえてるぞーw」


「そして地獄耳(じごくみみ)だ」


「覚えておきます……」


「っしゃあいくぞ!」


「おおーっ!」


 野手陣の走塁は福本歩高(ふくもとほだか)コーチ、打撃は張本勇(はりもといさむ)コーチ、そして守備の小坂柊太(こさかしゅうた)コーチによる指導を終えて監督自ら厳しいシートノックを開始する。


 彼らもまた石黒指導者塾の生徒で、ヘッドコーチであり指導者塾講師の長嶋茂樹(ながしましげき)コーチの教え子でもある。


 そして指導者塾塾長の石黒監督は三年生にはお馴染みの難しいコースへノックする。


 一年生は早々にリタイアしてしまい、夜月(やつき)も例外ではなかった。


 二年生も続々とリタイアしていったが、三年生だけは違ってた。


「もいっちょ……!」


「聞こえんぞいホセー! いつものフランクさはどこへ行ったんだー?」


「もいっちょー!」


「その意気だ!ほらっ!」


「はぁ……はぁ……!うわっ!」


「おいおいー!そんな平坦なとこでつまずくほど弱ったかー!?」


「くっ……!」


「さぁ次!」


「うわっ!」


我那覇(がなは)ー! 気温に強いけど湿気にやられたのー!?」


「はぁ……はぁ……!」


「次!」


「はい!」


「そいっ!」


「なっ……!?」


「ロビンくん! 君ほどの名手が後ろにボール逸らしていいのぉ!?」


「うっ……!」


「おい、監督ってもう還暦(かんれき)を迎えてるんだよな?」


「それでもあんな体力持ってるとか化け物かよ……!」


「つーか三年の先輩たちすごくね……?」


「はぁ……はぁ……! どうしたんだ渡辺ぇ……。もう終わりかい……?」


「くっ……!」


~回想~


「えっ?僕がキャプテンですか?」


「ああ、これは三年生全員の意見だよ。『こんな曲者しかいない連中を上手くまとめられて、周りをよく見たプレーが出来る』のは君しかいないんだ。現に俺に打順や適性ポジションを教えてくれ、ファーストだった中田の肩の強さを買ってサードのコンバートを、そしてスタミナ不足の斉藤を守護神(しゅごしん)にコンバートをと助言したのも君だろう?」


「そうですね。彼らのポテンシャルの高さは見ていますし、あのまま放置して育たないのも彼らの自信を奪ってしまいます。だからこそのコンバート進言には正直、勇気が要りました」


「その勇気と協調性を買って君にキャプテンを就任(しゅうにん)してほしいんだ。頼むよ」


「わかりました」


~回想終わり~


「もう一球……お願いします! みんなもまだこの程度じゃないはずだ! もっと自分の成長を信じてみて!」


「渡辺……!くっ……!」


「はぁ……はぁ……!」


「ボス! 俺はまだまだいけるぜ!」


「監督! もう一球お願いします!」


「よーし! お前らのガッツを買ってラスト一球だ! 気合入れてくれよ!」


「はい!」


「一年と二年はもう上がれ! それか片づけの準備をしてくれ!」


「は、はい……!」


 三年生の気迫のこもった練習に一年生は驚き、二年生は自分の不甲斐(ふがい)なさを悔しがった。


 それもそのはずだ、いくら春の甲子園準優勝と言えど三年生にとっては夏の甲子園大会が最後の試合なのだ。


 引退がかかった大事な時だから負けられないのだ。


 この硬式野球部は楽しむことを大事にしつつ、勝利にとらわれ過ぎない程度に全力で勝ちに行くスローガンなのだ。


 人は追い込み方次第でダメにもなるが、適性が合ってれば急に化ける事もある。


 夜月は楽しむだけじゃダメなんだとわかっていたものの、先輩たちの気迫を見て改めて感じた。


 合宿5日目は軽めの調整程度で済ませ、早めに上がって練習器具やグラウンドのメンテナンス整備、そして寮でマッサージやストレッチをする。


 6日目は合宿所ホールで野球の歴史やプレー理論の講習会を開き、ただプレーするだけが野球じゃないと学ぶ。


 そこにはマネージャーも参加していて、マネージャーも興味津々だった。


 そして――


「みんな、合宿お疲れ様。残すは7日目だけだね。これ、私たちマネージャーから差し入れのおにぎりだよ」


「おおーっ!」


「おにぎりーっ!」


「これ菊池先輩が握ったんですか!?」


「ええ。それと春香ちゃんやあおいちゃんも握ってくれたんだよ」


「菊池先輩ほどじゃないですが……」


「よかったら食べてください」


「おおー! あおいのおにぎりならいくらでも食べれるわ!」


大輔(だいすけ)、あんまり食べすぎるなよ?」


「いやどんどん食え! そしてもっと大きくなって上手くなれよ!」


「中田さん! あざっす!」


「オイラも榊に負けないくらい大きくなるぞー!」


高坂(こうさか)池上荘(いけがみそう)の事といい、ありがとな」


「ううん、私も一緒に留守にするからお互い様だよ。私の方こそ説明するの緊張してたし、一緒に説明してくれてありがとう」


「合宿も明日で最後だ。途中リタイアしちまったが、来年こそは……」


「はーい注目! みんなにお知らせがあるぞ! 明日の合宿7日目は……三年生にはもうお気づきだろうけど、二試合連続のダブルヘッダーをするぞ! 試合の相手は……横浜向学館(よこはまこうがっかん)と川崎国際だ」


「横浜向学館って確か、無冠(むかん)の強豪で有名ですよね?」


「ああ、榊はやっぱりよく知ってるな。近年はだいぶ力をつけていて、春の甲子園の特別選抜枠候補にも選べれてたんだぜ」


「いきなりそんな強豪と試合かぁ……。ベンチ入りした人はいいなぁ……」


「川崎国際……!」


晃一郎(こういちろう)……?」


「おいおいどうしたんだ晃一郎。そんな辛気臭い顔して」


「ホセ先輩……。いえ、何でもないです……」


「夜月……」


「とにかく明日に備えて早く寝るようにな! 明後日には普通に学校があるんだから『寝坊しました』なんていったら、社会人として情けない人になるからね!」


「はい!」


 夜月は川崎国際と聞いて渋い顔をして、そのまま誰にも相談することなく眠りにつく。


 天童はその夜月の変化に気付いたが、あえて言及する事は避けた。


 瑞樹から話は全部聞いていて、それを無理矢理聞けばトラウマを思い出させてプレーに支障が出るのを避けたかったからだ。


 しかし無情にもその試合の日は訪れた。


つづく!

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