第96話 天童復帰
10月に入る頃に文化祭の準備が始まり、誰がスペシャルゲストで学校に来るのかを楽しみに待つ生徒も多くいる。
噂によればネットアイドルのすーみんが来るのではないかという情報も流れるなど話題になっていた。
一方の野球部では川崎国際の度重なるラフプレーや八百長試合に士気が下がり、他の学校も相当な被害に遭っているようだ。
そんな中での練習での出来事だった……。
「もしもし、天童か。ああ……本当か!? わかった、待ってるからな。ついにあいつが合流するんだな……情けねえ面を見せねえようにしなきゃな!」
電話を取ったのは夜月晃一郎、東光学園の生徒で硬式野球部の主将だ。
前の試合ですれ違いによる喧嘩勃発や八百長試合による被害でチームのやる気が下がりつつある中で、天才キャッチャー復帰という吉報を本人から聞いてこれからミーティングを開くところだ。
部員が全員集まった中で夜月は深呼吸し、天童復帰という重大な連絡をする。
「みんなよく集まった! 今さっき病院でリハビリしている天童本人から連絡があったんだ。無理せず医者と協力して治療した結果……予想以上の回復力の早さに先生も驚いていたそうだ。来月にはボールを投げる事も出来るし、遠投しなければキャッチボールくらいはしてもいいそうだ。そして今までは身体能力任せなところがあって肩に大きな負担がかかってたところ、キャッチャー出身で医者の卒業生が投げ方指導をするそうだ。これから冬になると身体が固くなってケガしやすくなるだろう。医者の言う事を聞いて練習に励むようにな!」
「はい!」
「ついにあいつが復活するんだな!」
「だな! オイラたちもウカウカしてられないぞー!」
「天童先輩と正捕手争いするんだ……負けられないな!」
「それから各自、俺と監督による面談があるらしいんだ。それぞれの部に対する気持ちとモチベーションの確認をしたいそうだ。『何となくやらされて練習してないか、どんな選手になりたいか、誰々の事をどう思ってるかを正直に話してもらいたい』らしい。俺もおそらく監督との二者面談になるだろう。だが固くなる事はない、言いたい事をハッキリ言えばいいんだ。でも悪口とかはやめてくれよな? 以上! ウォーミングアップ行くぞ!」
「おー!」
夜月もだんだん主将の仕事に慣れてきたのか、後輩たちの先頭で仕切るようになる。
面談では熱血男の松田が『清原の捕球態度に不満がある』事、木村に『彼女が出来てデートする暇がなくてどうやって試合の応援に行かせるか』という悩み、田村のピッチャー挑戦、高田のスイッチヒッター変更の話を聞いた。
松田の話では、『だからと言って野村の経験値の低さと、夜月の捕球の甘さがあるので遠いと思ったら無理せず素早く低く捕りやすいワンバウンドを投げれば清原も悪い気はしないだろう』と話す。
木村には『チャラ男特有の格好つけ気質を利用してカッコいいところ見せたいから来てほしいと素直に言えばいい』と言った。
田村には『左利きなので是非やってほしい』と話し、高田は元々は左打ちだったが中学の監督の意向で右打ちになった事で両打ちが出来るようになった事を知り、もしそうなれば『超ユーティリティープレイヤーになるのではないか』と期待した。
問題は清原との面談だ……。
「俺は腰に持病があってな、捕球体勢がきつかったりすると腰痛が起きちまうんだ。フルスイングする時も正直痛くて仕方ねえ。でも高校野球で最後にする予定だし、ファーストへの気持ちも捨てたくねえ。だから指名打者よりもファーストとして出て、最後の野球人生に賭けてえんだ。だから痛みに耐えられなくて選手生命が縮むって思うとイライラしちまうし、それで早くアウトにしたいのにセーフって言われると時間がねえのに何でだよってなっちまうんだ。だから……」
「なるほどねえ。そういや腰痛の持病があるって入部時にも言ってたな。もちろん腰痛がある中で君はよくやっているよ。フルスイングで何度長打で救われ、ショートバウンドでも上手くさばいてアウトにしてもらったか、その恩は俺も忘れていないぞ」
「監督……」
「だが……野球はチームスポーツだ。個人的な感情が出るのは仕方ないし、人間だから出るのが当たり前だ。それでも感情任せにしてしまうと相手のペースに飲まれてしまうし、他の誰かのせいにし過ぎると今度は自分の成長チャンスを捨ててしまうんだ。清原、君は今までそうやってチームの空気を悪くしてしまったという自覚はあるかな?」
「うぐ……!」
「えっとまあ……石黒監督はかなり人を見る目があるし、俺自身にも『同じ能力があるっ』て黒田先輩が言ってた。でも正直俺からはあまり言いたくはないが……カットの中継でも、ちょっと送球がれたり、バウンドすると地面を蹴る癖があって、それが嫌なプレッシャーになるし、見てて気分がよくないんだ。もちろん捕球力が俺より高いのは本当にすごいと思う。ただチームの空気を悪くされると今後一年生が入ってイップスになったら最悪なんだ。だから清原、お前には……今後は指名打者として出場してもらう」
「嘘だろ……!? 俺はまだファーストとしてやれるし、もう時間がねえんだ! 本職であるファーストに誇りを持ってプレーしてんだぞ! 監督! 何か言えよ!」
「残念だが清原……勝つための判断だ。別に勝利主義に寝返ったわけじゃない。もし次の夏に負けたら君はもう引退だし、せっかくのいいチームが長く続かないとなると君にも悔いが残るだろう。あの時にこうすればよかったってな。俺は君ともっと長く野球をやりたいから苦しいけど残酷な判断をしたんだ。わかってくれ清原……君の一発は夜月も『君には長打力では勝てない』と言っているんだ。チームのために自分のやれる事をやってほしい」
「監督……少し考えさせてください……!」
石黒監督は悩みに悩んだ末に残酷な判断をし、清原を指名打者にすることを本人に言う。
夜月も『こんな判断してほしくなかったし、清原自身のためにもこうするしかないんだ』と残念そうにしていた。
それと同時に引退したマネージャーの上原からの忠告で、『清原が腰痛持ちな事でこのまま守備までやると早く腰に悪影響が出てしまうため、指名打者としてバッティングに集中して腰の負担を抑えてほしい』というのがあった。
面談終了後、夜月は清原を探しては見つけ、気にかけていたのか声をかける。
「清原! ちょっといいか?」
「あ? んだよ夜月か……」
「何だとは酷いぞ。それよりも監督はああ言ったが、もう一つお前に言わなきゃならない事がある。面談の時は次が控えてて手短にしてしまったが、これを聞いたらお前は抵抗するだろうと思って言い逃してしまったんだ」
「だったら今すぐ言ってくれ。俺は悩んでるんだからよ」
「わかった。まずは俺の話を最後まで聞いてくれ。お前、腰痛が悪化してるだろ? それも普通にプレーしてるだけなのに随分辛そうにしてたが、結構我慢してきたろ?」
「ちっ……バレちまったか。監督には絶対言うんじゃねえぞ。俺はまだやれるんだからよ」
「いや、もう限界だ。日に日に顔が辛そうだし、何より足の動きが妙にぎこちない。痛みを相当我慢してまでチームに貢献したことは認める。だが……これ以上守備まで続けたら、引退まで腰は持たないぞ。それほどお前の腰は限界が来ているんだ」
「だからってこんな事納得できるわけが……」
「それならそれでも構わない。天童のようになりたいならな……?」
「うっ……!」
清原の腰痛は既に限界を超えていて、このまま行けば天童の肩の疲労骨折と靭帯炎症を起こしたように最後の夏に間に合わなくなるし、選手生命はより縮んでしまうことを危惧した夜月は清原に最終忠告をする。
その悲劇を知っている清原の顔が青ざめ、夜月は本気で真剣に言ってるんだと察した。
すると清原は納得したのかため息をつき、夜月の右肩をポンッと叩いてエールを送った。
「ファーストはお前と野村、それに田村に任せたぞ。捕球ミスして落球したりしたら承知しないからな?」
「ああ、任せてくれ」
「けどよお夜月」
「何だ?」
「お前、結構周り見てんじゃねえか。自分の事を周りが見えないって言ってたけどよ」
「お前に似て頑固者だけどな」
「ははっ! そうだな! よし、指名打者でも何でもいい! レギュラーとして貢献して点を多くとってやるぜ!」
「清原……ありがとう」
「うっせ、それはこっちのセリフだ。監督もお前も俺の腰を気にかけてくれたんだ。なら大事にしてやらねえと悔いが残るからよ」
清原はついに夜月の忠告を聞き、そして指名打者として今後は活動する事を決意した。
その結果、野村と田村が本格的にファースト守備の練習に入り、夜月も清原に直々にファーストとしての立ち回りを教わった。
そして10月中旬、ついにあの男が帰ってきた。
「よっ! お待たせ!」
「天童!」
「もう肩は大丈夫なのか?」
「ああ。全力投球しなければ投げてもオーケーだ。先生から許可は出てるよ。今後ボールバックの二塁送球は流しめにして距離感を計るようにするよ。んで後半戦には本気で送球してもいいそうだ。『前半からそんなに飛ばすな。力加減はコントロールしろ』ってめっちゃ言われたよ」
「確かに体が出来上がってないのに全力で投げるのはリスク高いもんな」
「園田の言う通りだな。俺も病室で反省したよ。さあ新しいキャプテンは誰だ?」
「俺だ、てか知ってるだろ。それよりも……おかえり、天童」
「おう、ただいま! 聞いたぞ、チームワークが壊れて大変だったんだってな」
「まあ……試行錯誤しているよ」
「これからは俺も一緒だ。お前一人に負担はかけさせねえからよ」
「ありがとう……。俺、やっぱり主将に向いてないって思い詰めてしまうからさ。お前がいるとありがたいよ」
「何だ、やけに素直だな。まあ素直なのは夜月らしいか。じゃあ……もう甲子園はないから春の大会に向けて頑張ろうぜ!」
「おう!」
つづく!




