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悪役令嬢の本気【番外】

・このお話はフィクションでファンタジーです。

・カーラと侍従キリアの出会いのお話

 本日、レジストーク公爵家には上は様々な年齢の青年たちが集まっていた。

 御年七歳になる公爵家唯一のご令嬢カーラの侍従選考会のためである。侍従は高位貴族が初めて持つ自身の部下として重要視されていて、よほど性格が合わないなどがなければ将来を約束された役職でもあった。


 それでもまだ幼い子息子女を一番近くで見守り時には教育し、時には彼らの手足となって働くことになるので年齢は十代後半から二十代前半に集中しているのだが、その中にひときわ周囲から注目されている少年が静かにたたずんでいた。

 年は高く見積もっても十代半ば。おそらく十一、二歳の茶色の髪を持つ平凡な少年で、身に着けている礼服はどこか古めかしくお下がりを仕立て直したようだ。


 控室には公爵家の侍女たちがいるにも関わらず、「子沢山貧乏貴族の……」「みっともない……」「愛人狙いか……」などと聞こえるように会話をする侍従候補たち。聞こえているであろう少年は、それでも毅然と顔を上げて自分の順番が来るのを待っていた。


 午前中に一般常識試験や実地試験を終えて三十人はいた候補者は七人に絞られていたが、その中に例の少年も残っていることに他の候補者たちが不満をあらわにする。午後の試験は令嬢との直接面接があるのだが、その前に注意事項を確認された時に一番爵位の高い家の候補者が質問した。


「今回はレジストーク公爵令嬢の侍従を選定すると聞いておりますが、この中にその役職に適さない者が残っている理由をお教え願いたい」


 その場にいたのは公爵家の第二執事とレジストーク公爵家嫡男の侍従、そして年若い侍女だったが、場を任されていたらしい第二執事は切れ長の目になんの感情も浮かべることなくはっきりと返答する。


「この場に役職に適さない者など残っておりません。それに実力不足を年齢で誤魔化せるほど公爵家の侍従は甘くはありませんよ」


 今までの試験で落ちた者も、今現在残っている少年も、すべて彼らの実力の結果だと言い切られた上に適齢だという理由で選ばれることはないと暗に言ってのけた。


「今回侍従を募集するにあたっていくつか条件を出しましたが、その中に年齢はありません」

「ですが普通は……」

「世間一般の普通など公爵家にはなんの関係もありません。不服でしたらご辞退いただいて結構です」


 雇い主の意図も汲めないような侍従は必要ないと告げた執事に圧倒された候補者がいいえと首を振って下がったのを確認すると、表情を一切揺らすことがなかった第二執事は他に質問がないことを確認してから宣言した。


「当家の敷地内のどこかにお嬢様がいらっしゃいます。お探ししてここまで連れてきてください」


 聞いてすぐに一礼した六人の男たちが部屋を出ていく。この広大な屋敷の中をなんの手がかりもなしに探し出してこそ公爵家の侍従なのだと信じて。


「あの、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」


 一人取り残された少年が試験官三人の前まで進み出て見上げてきた。年に似合わない落ち着きとどこか子供らしくない冷めた眼差しに、第二執事は軽くうなずいて先を促す。


「こちらの侍女はお嬢様の専任ですか?」

「そうです」

「教えていただきありがとうございます」


 それだけを聞いて丁寧にお辞儀をして部屋から静かに出て行くと、そのまま迷うことなく待機室に面していた奥庭へと歩き始めた。

 整えられた表の庭と違って適度な木陰と野花に近い小さな花が集められたそこは公爵家本邸よりも幾分小高くなっており、木に登れば街が見渡せるだろう。そして侍従候補の少年が見上げた先にはクリーム色のドレスを揺らしながら木の枝に座って遠くを見つめる少女の姿があった。


 しばらく声をかけようか悩んでいた少年はプラプラと揺れる靴と懐から取り出した懐中時計を確認すると、おもむろに上着を脱いでシャツの袖をまくり同じ木に登り始める。大人の体重を支えるには少し不安な太さだが少年少女にとってはちょうどいいものだったらしく、少年は少女の隣の枝へと危なげなく座ると辺りを見回した。


「ここに登っていいとはきょかしていないわ」


 少女が言葉を発した。


「私はまだ正式にこのお屋敷にお仕えしておりません」


 少年は少女に顔を向けることなく返事をする。


「ぜったい下りないわよ」

「ご自由になさってください」

「……わたしをさがしに来たのでしょう?」

「お嬢様をお連れするように言われましたが、何時までとは言われておりません」

「それじゃぁどうして登ってきたのよ」

「これから一生お仕えしようと思っているお嬢様が何を見ているか気になったから……ですかね」

「じじゅうなんていらないわ。わたしにはサラがいるもの」

「茶色の髪の小柄な侍女ですか?」

「そうよ。わたしが生まれた時からそばにいてくれたの」

「そうでしたか」

「……ねぇ、どうしてこんいんしたらわたしの侍女をやめなくてはならないか知ってる?」

「なんとなく、でしか判りません。不勉強で申し訳ありません」

「いいの。わたしも聞いたけどよくわからなかったから。でもかなしいことにはかわらないのよ」

「好きな人の幸せを心から祝福できないのはつらいですね」

「そうなの。つらいけどうれしいの」

「そうですね」

「この場所はカルヴィンお兄さまが教えてくれたわ。わたし、ここのながめが好きだから登っているとサラがむかえに来てくれるのよ……今日はあなただったけど」

「申し訳ありません」

「あやまることはないわ。だってそれがあなたの仕事なのだもの……そうね。サラも仕事だったのよね」


 午後の穏やかな日差しに照らされた紅い目が力なく半分伏せられると、少年はそこで初めて少女を見上げた。


「お嬢様。少しだけ先に生まれた者として助言させていただけますか」

「ええ、いいわよ」

「ありがとうございます。私がお嬢様を探すのに迷わず裏庭(ここ)に来れた理由は彼女の視線でした」

「え?」


 そこで初めて少女は少し離れた少年の顔を見る。少し下の枝に座っているというのに視線が同じ位置にあることにムッとしながらも言葉の続きを待った。


「試験の最中も時折庭を気にしていました。お嬢様は午前中からこちらにいらしていたのではないですか?」

「……だってじじゅうなんていらないもの」

「今日の彼女の仕事はお嬢様の侍従を選ぶことですが、その仕事中もお嬢様のことが心配だったのでしょう」

「……仕事じゃなくてもサラはわたしのしんぱいをしてくれたのね」

「私はそう感じました」


 少し日が傾き風が冷たくなってくる。


「すずしくなってきたわね」

「そうですね」

「下がうるさいわ」

「そうですね」

「どうしてあるじになるわたしにどなるのかしら」

「怒鳴ってはおりません。ただ心配でお嬢様に降りていただけるように声を掛けているのでしょう」

「あんなに大きな体で大きな声をだせばこわいわ」

「ではそのように(しつ)ければいい。お嬢様は侍従(誰か一人)(あるじ)になるのですから」

「めんどうね」

「それが公爵令嬢の義務です」

「それじゃあわたしもえんりょなくこうしゃくれいじょうのけんりをこうしさせてもらうわ」


 精一杯大人ぶった物言いに少年は小さく笑って少女を先導しながら木を下りる。木の下に集まっていた侍従候補たちがわらわらと集まると、少年から少女を引き離して屋敷の中へと連れて行ったのだった。








「何度聞いてもカーラとキリアの出会いの話は不思議だな」


 第三王子に関する騒ぎがひと段落したある日の学園で、第二王子に捕まったキリアが食堂で昼食を取りながら首を傾げた。


「そうですか? お嬢様は面倒を嫌っただけだと思いますよ」

「それがカーラがお前を選んだ理由か?」

「当時七歳の公爵令嬢にどのような期待をしていらっしゃるのですか」

「いや、なんか、こう……慰められて心惹かれた……的な?」

「お嬢様に本当にそんな心の機微を期待していらっしゃるんですか?」

「ヤメテ。そんなこの世にありえないものを見るような目つきを王子に向けるのはよくないよ」

「いえ。偽悪者の小児性愛者など最悪だな、と思いまして」

「冤罪! それ、冤罪だからな! それに俺は偽悪者ぶってないから! 兄上が清廉潔白だからそう見えるだけで」

「王族なのに『俺』と自称しているあたりがなんとも……」

「~~~っ」


 耳まで赤く染めた第二王子がテーブルに突っ伏すと、離れた席で友人たちと食事をしていたカーラがその光景を見て楽しそうに笑う。


「第二王子殿下はうちのキリアにいじられるのが好きなのかしら。しょっちゅう墓穴を掘っているのを見かけるわ」

「それだけ仲が良いのではありませんか?」


 とても微笑ましそうに眺める友人の言葉に、カーラはどこか生暖かい目を男二人に向けた。


「どちらかというと第二王子という身分の高さゆえに自分を諫めてくれる人が少なくなったから、性癖を満足させるために遠慮なく事実を口にするキリアにちょっかいかけているって言ったほうが正確かなぁ」

「それ、私が聞いちゃっていいの……?」


 令嬢言葉も忘れるくらい動揺した友人に公爵令嬢は涼しい顔でお茶を一口飲む。


「内緒ですわよ? キリアもまんざらでもなさそうなので需要と供給が一致していると思っているのよ」

「それも私が聞いていいわけ……あなたたち、似た者主従だわね」


 青い顔をしながらも身分を超えて言い返す友人も得難いものだと、カーラは満足そうに笑ったのだった。


 読んでいただきありがとうございました~

 あ~、リハビリ大変だったけど物を書くのって幸せ~^^

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― 新着の感想 ―
[一言] 第二王子キリアに甘えてるのかな~という感じが致します。可愛いな! 名前も出てないカーラの友達もなかなかですね。おもしろかったです!
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