21、変転
俺はこの依頼地へ出発する前――あの時間で、自分の獲得したスキルを確認していた。それは最初の教訓――自分の武器がどんなものか知らないことがどんなに愚かなことなのかを省みての事だった。
◇
スキル【腐食】:触れた対象を腐らせる。効果は触れている間のみ。
スキル【ピンポイント】:指定した位置の空間を膨張させる。
スキル【幻覚】:対象に幻覚を見せる。
スキル【無音】:自身の足音から装備、呼吸までの一切の音を消す。
スキル【透過】:透明になり姿を消す。一切の物理、魔法、スキル攻撃が無効。
スキル【無心】:自分の心を殺すことが出来る。Lvが上がる毎に持続効果が上昇。
スキル【暗幕】:念じた対象を盲目状態にする。
······なるほど。
◇
そうして、俺は村を出てからスキル【透過】と【無音】を使って小屋まで向かい、壁をすり抜けては小屋の中へ。罠があったのは見抜けなかったであろうから、これは功を奏していた。
ともあれその後、ずっと黒のタンクトップ男の後ろにいた。大男を殺すかこいつを殺すか、最初はどちらか悩んだが、話を聞いているうちに、結局、俺はこいつをまず殺すことに決めていた。
そして、あの山賊が【腐食】によって壊れた鍵に気付き、全員がそちらを向いた瞬間、俺はあの、血を一滴も刃に残さぬ三日月を宿した鎌を発現。戸を開けようと試みるも叶わず、振り返った山賊が俺に気付いたのはその後。俺が【透過】を一時的に解き、黒いタンクトップ男に向けて鎌を振りかぶった瞬間だった。
手下の異変に誰もが気付くも、もはや手遅れ。
避けようのない一撃は、既に振り下ろされていた。
大男も許せなかったが、俺はまず、こいつなら間違いなく殺してもいいと思っていた。それはきっと、村人のなけなしの金を平然と奪うのをこの目で見て、自分の金に触れた者を平然と殺したというあの話を聞いたからだった。
もし、こいつ等が自分より強者から奪い取ってはバラ撒くような義賊だったなら多少考え直したかもしれないが、やはりそんなことはなかった。要らぬ考えだった。
自分には奪う権利がある。
己の思うがままに生きることが許される。
そう思っているのなら、俺もこいつ等から奪うだけだった。
その腐った命を。俺の命のためだけに。
俺はスキルを使わず、単純に感情を殺して、冷酷に、虫でも捻り潰すように鎌を振り、黒いタンクトップ男の首を思いっ切り跳ね飛ばした。
嫌悪感はなかった。
相変わらず、奪命の手応えもなかった。
小銃を傍に置き直して、酒の入る木樽に手を掛けていたそいつの身体は倒れず、首だけが跳ねていた。
その瞬間のこと――。
「ひぃっ」
正面――こちらを見ていた、たった一人の小さな悲鳴と共に誰もがこちらを振り返り、徐々に目を見張っていくのがスローモーションで分かった。全員がこちらを振り返ったのは、タンクトップ男の頭が胴から離れ、まだ宙を舞っている頃。首から吹く血も僅かで、空間は凍りついたようだった。
その凍てついた時間の中で俺は、
跳ねた奴の首――その顔と目が合っていた。
驚きで目を見張っているように見えた。
聞いたことがある。人は斬首されても少しだけ意識があると。痛みを感じるか知らないが、だがそれでも最期、まさに命の灯火が尽きる最後の最後で、奴は俺の顔を見たのだった。走馬灯のように刹那のスローモーションの中でどう思ったことだろうか。さぞ悔しいだろうか。憎いだろうか。あの時、村で殺しておけば良かったとひどく後悔するのだろうか。
しかし。
その死までの僅かな貴重な時間で、そんなことを考えてしまうであろう奴に、俺はこう思っていた。
あぁ、いい気味だ。
どれだけ憎悪を抱いても報復のしようがない、ただ屈辱に塗れ、ただ死を待つだけ。救いようのない悪人には相応しい死だと思っていた。
先の小屋の外での、木が軽快に鳴った時とは違う静寂が、一瞬で場を支配し漂っていた。その中で、ゴトリ。と、胴を無くした男の首が、鍵を開けようとしていたあの山賊の前へ転がり落ちた。胴を無くした男は半口を開けたのまま目を剥き、既に息絶えていた。
「ひぃっ」
もう一度同じように叫んだ山賊は歯の根が合わず、腰を抜かし、噛み合わぬ手足をバタバタと痙攣させたように動かしては後ずさりをし、扉に背中をぶつけてもまだ後ずさろうとしていた。そして後には事態に耐えきれず、胃に溜め込んでいたものを地面へぶち撒ける。
そして、その瞬間だった。
「敵襲だ、てめぇらっ! 武器出せやっ!」
喫驚していたものの、あの山賊頭が怒鳴るように叫んではすぐに指示を出した。伊達に、親分と呼ばれていないだけのことはあると思えた。
すると、そいつは俺に向け、ジョッキ代わりの木樽と共に木箱へ置いてあった肉料理用のナイフを投擲。見た目に似合わず素早い攻撃。だが、それは俺の背後の壁へと刺さる。普通なら心臓へ一直線のコースだったが、俺は【透過】で攻撃を躱していた。
いい腕をしてるな。
その間に、親分と呼ばれていた男はナイフを何処からか数本発現し指へ挟んでいた。最初に別のナイフを投げたのは、自分と仲間を含め、発現から戦闘態勢までの時間を稼ぐためだと分かった。手下の五人がいずれも、ナイフやサーベルなどの武器をいつの間にか手にしては、首を無くしてジョッキを持ったまま座る男を囲むようにしていたからだった。
ただ、そんな中ひとりだけ、タンクトップ男の首が離れる瞬間を見ていたあの山賊は気を失って、胴を離れた男の首――その真横辺りへと伏すように倒れていた。
武器は、どれも【職業】によるものか······。
大男を含め、敵は六人。
だが、俺は自分が殺されることなど微塵も思わなかった。
それは既に、俺の姿を捉えられぬこいつ等を見て、ここにいる全員を殺せるビジョンが見えていたからだった。




