19、夕闇
俺は村長の家で話を聞いていた。あの男はここには居なかった。俺は男に「本当に一人でいいのか?」と尋ねていたが、奴は「俺には俺のやり方があるんでね」と村長から金を受け取った後、麻縄を持って出て行っていた。
「どうして、あの男と依頼が?」
俺はあの男が居るうちは、山賊が何処を根城にしてるのか、何人ぐらい居るのかを男が居るうちは聞いていたが、男が去ってからは今回のダブルブッキングについて尋ねていた。
「ちょうど、あなたが受託したと協会から報せが届いてすぐの事でした。たまたま彼が村を訪れ『困ってると聞いたから助けてやる』と言われたのです」
「それで雇ったのか?」
「いえ、最初は断りました。あなたとの契約が交わされていましたから」
「じゃあどうして?」
「名刺代わりのあのスクリーンを後で見せられ、その······失礼かもしれませんが、あなたより腕が立つと思ってしまったのです。信頼もあれですし」
「なるほど」
「それに彼は銃を持ってましたから。山賊はナイフや短剣などを使うのですが、銃であれば遠くから威嚇して追い払うことも出来ますし、まぁ最悪の場合殺すことも簡単に······」
最後までそれを言わない辺り、ここまでされておいて山賊相手に良心の呵責があるように見える。馬鹿馬鹿しい。
彼等は戦うのには向かない、農作物を育てるのに長けたスキルを持っているそうだ。土壌改良や品種改良、植物の成長促進といった所だ。ただ、それらが全て実る頃になると図ったように山賊がやってくるのだと。いつも残るのは、なんとか生きられるだけのなけなしの実。そして今回協会に依頼出来たのは、なんとか隠して育てた食べ物を売って手に入れた、なけなしの金だそうだ。俺に払う予定の報酬金と、あのレンジャーに払った金が村のほぼ全財産らしい。
それでも幸か不幸か、スキルがあるから彼等は生き続けることは出来る。俺にはそれが、奴隷のように生かされてるようにしか見えなかったが、余計なことだろうと、その事は黙っておいた。
「しかし、どうして協会を通さず直接契約を?」
「協会を通すと手数料が幾らか引かれますから、彼はそれを嫌ったのです。そんな契約、最初は不安でしたが、あれだけの信頼があれば安心でしょう?」
なるほどね······。
「とりあえず、今回は何としても山賊から解放されたかったのです。大枚をはたいてでも······でなければ······」
目を伏せた彼は、正座した膝の上で両手を震わしていた。
何か深い事情があるのだろうか? 村の全財産を払ってでも構わないほどに、今回の山賊退治にそれほどの価値があるのか······?
思慮を巡らして考えるも、答えは見つかりそうになかった。俺は結局尋ねることに。
「差し支えなければ、どうしてそこまでして山賊を追い払わなきゃならないのか教えてくれ――」
「そ、それは――」
だが、その時だった。
パンッ! という乾いた音が村に響いた。俺と村長は家を出る。それは村の中から聞こえたものではなかった。村長に聞いた、山賊が潜むと言われる方向からだった。夕陽が目に刺さるような気がした。
程なくして、再び乾いた音は響いた。今度は間隔の短い、連続した音だった。山鳥の黒い影が散っていた。
「どうやら、接触したようですね······」
不安の混ざる声音で、まるで山賊に聞こえぬよう声を潜めて彼は言った。それからも、あの乾いた音は何度も響いた。そして、夕焼けがまだうっすらと山の向こうに残るものの、陽が沈んだ頃にその音は鳴り止んだ。家から伸びていた黒い影は村中に広がり、ローブを纏う俺を包み始めていた。
「終わったか?」
「······かもしれませんね」
村長の声はまだ小さかった。すると、彼は一度家に入ったかと思うとボロボロの深緑の鳥打帽を被り、再び外へ出てきた。手と腰には、火打ち石と、油が入ったであろう小さな壺を携えていた。
「何処へ行く?」
「あの方を迎えに行こうと思いまして」
彼は引き戸の玄関を閉め、その背中を見せたまま答えた。そして、そのまま目も合わせず離れて行こうとする。
「待て、それなら俺が行く」
彼は足を止めた。そして、一度こちらを見るとまた背中を見せる。
「あなたでは道に迷うかもしれません」
「あの男が殺されたとは考えないのか?」
「······」
薄闇の中でも、彼が俯いたのが分かった。
「大丈夫だ、すぐ戻る」
俺はそう言って、佇む村長の横を通り過ぎる。
「あ、あの······」
後ろから震えた声が聞こえたが、俺は振り返らなかった。そして、あの乾いた音がした山の中へと歩いて行く。漆黒のローブに垂れる、あの写真の時に使ったフードを右手で深く被って。薄笑いを浮かべながら。




