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05 最強ハンバーグ

 実験を終えて、改めてリクに尋ねてみれば、物音がしたから見ていたのだという、屋根の上にいた野鳥の足音が聞こえていたのだと。


 猫の聴覚は特に優れている、犬と比べても段違いという話だ、壁の向こうの、屋外の音を拾っていたのだ。


 そうだ、それでいい、通常見えざるものが存在していたなどと、そんなことはありえない話なのだ。


 それにしても幽霊じゃなかったのか、実際の猫も、ひょっとしたらそんなものかも知れんな、とりあえず胸をなでおろした。



「う……朝か」


 口の中がイガイガする、若い時はこうではなかった気がするが、もう忘れた。


 ソファから身を起こし、あちこち凝り固まっている体を、軽くストレッチしてほぐす。


 リクがうちに来てから今日で三日目か、何だか色々と忙しい、寝る間も惜しむほど何かをしているなんて、ここ数年無かったことだ。


 俺の時間を侵食してくる、まったくもって迷惑なガキだ。


 さて、朝食の支度に入る前に、リクが寝ている俺の部屋のストーブに火を入れてくるか、こう寒くてはベッドから起きてくるのも辛いからな。



「リク、顔は洗ったのか?」

「うん」

「よし、じゃあ飯にするぞ」


 家のすぐ近くには、飲料に使える水が潤沢に湧き出ている、そのため水は使いたい放題だ。


 さらに、その湧き水ポイントには雨風をしのげるように小屋を立て、木製の水路で家の中まで水を引き込んでいる、常にかけ流し状態で使い勝手も良い、ある意味、水道より便利だ。


 食卓にはいくつかの皿が並んでいる、今日の朝食は野菜スープにコロッケだ、リクのパンには予めマーマレードも塗っておいた。


「いただきます」

「いただきます」


 俺に習い、リクもいただきますと手を合わせる。


 異世界にいただきますと言う習慣は無い、しかし、食事そのもの、または用意してくれた者、全てに対して礼を言うのは、情操教育としても都合がいい。


 異世界には食事の前に祈りを捧げる家庭もあるが、神に祈るならまだしも、関係のない領主や国王に祈る場合もある、そんなものはいらん、奴隷根性を植え付けられるだけだ。


 まあ、よそのガキがどんな教育を受けていようが関係ないがな、ただ俺の気分がいいからリクにも言わせているだけだ、この家に居るからにはルールに従ってもらう。


 リクは自分の皿にある俵型のコロッケを、フォークで転がしている、どうやらコロッケというものを初めて見るようだ。


 チラチラと俺の様子を伺っていたが、俺がコロッケにかぶりつくと、リクも真似て、同じようにフォークをぶっ刺し食べた。


「はふっ」


 柔らかなクリームコロッケだ、中からとろりと出てきたクリームが口いっぱいに広がっていることだろう。


「……」


 初めて食べたクリームコロッケに、一瞬驚いた表情を見せたリクだが、すぐに真顔になる。


 お気に召さなかったようだ、そして、俺もこのコロッケはお気に召さない。


 それには理由があった。


 リクがこの家に来て、初日に作ったホワイトシチューは、その後カサを増して次回の食事へと持ち越される。


 パンやチーズを添えたり、ホワイトソースとして再調整し、それでグラタンを焼いたりクリームパスタを作ったりと、姿を変える。


 姿を変えるが、ずっとバターと小麦粉を使った、牛乳ベースのホワイトソース味なのは変わらん、さすがに飽きてきた。


 リクがこの家に来てから、俺はいつにも増して縫い物を手がけていた、だからどうしても料理の方は疎かになる。


 初めは美味しいと喜んでいたリクも、最近は口数が少ない、文句を言わないだけマシだが、このままでは俺の威信にも関わる、料理のレパートリーがこの程度だと思われるのは心外だ。


 結局、リクは二個あるコロッケの一つを残した、さらに野菜スープにもあまり手を付けていない、どうやらニンジン以外の野菜も得意ではないようだ。


 このままでは、栄養が偏るどころか、またもや栄養不足に陥ってしまう。


 残念だがホワイトソースもまだ残っている、どうせなら使い切ってしまいたい微妙な量だ、とりあえず、昼はトマトソースも使ったラザニアにしよう、多少はごまかせるはずだ。


 そして今夜はハンバーグにするつもりだ、ハンバーグにはこだわりがある、ここで名誉挽回させてもらう。


 俺自身もハンバーグは大好物だ、世界で一番美味い食べ物は? そう問われたら、俺はハンバーグと答える、要は子どもが好きそうな物が好物なのだ。


 子ども舌だと笑うやつは何も分かっていない、キャビアやトリュフ、その他の大人の味、そんなものは子ども舌の前では塵に等しい。


 最高級フォアグラのソテーより、最高級ハンバーグのほうが遥かに美味いと俺は思う。


 甘い辛いの差はあれど、無垢な子どもが美味しいと思える料理の、延長線上にあるもの、それが世界最強なのだ。


 大人の味にこだわっているウチは、まだまだガキだ、本当にオッサンになった時に分かる。


 大人になってもカレーやジャンクフードが好きだなんて、いつまで経っても子どもだ、なんて思う時期もある、しかし落ち着いてくると、原点こそが真理だと気づく、そんなものだ。


 ……ええと、なんだったか?


 そう、今日の夕食はハンバーグにするという話だった、よし、夕食に向けて特別に用意するものがある、まずはそれを作ろう。



 案の定、昼食のラザニアも不評だった、リクは声には出さないが、もろに顔に出る、演技の出来ないタイプだ。


 しかし夕食は違う、やっとホワイトソース地獄から抜け出せ、俺もホッとしているところだ。


 冷蔵された肉を挽いて、冷凍保存してあったデミグラスソースを用意する、他にも、野菜、たまご、香辛料、材料はすべて揃っている。


 地下には冷凍室と冷蔵室があり、なま物の食材はそこに保管してあるのだ、この異世界にはまだ電気がなく、当然冷蔵庫もないので氷室を作った。


 雪の女王をモデルに制作した外套を装備し、温度を調整している。


 外套には金髪ロングのウィッグも付いていて、見た目も青いドレスのようなヒラヒラした感じだ。


 これを装着した俺の姿は、二昔ほど前の、わざとらしいほどのオカマになってしまうため、あまり人に見られたくはない。


 それでも威力は十分発揮される、冬は一週間に一度、夏は一日ごとに能力を使えば、八畳ほどある冷凍室を氷点下に保つことが出来た。


 このハンバーグは俺に出来る範囲で最高の料理だ、特に気を使うのは火加減で、ホットプレートもなければガスもない異世界では、美しく仕上げるのは中々に難しい。


 釜戸で一定の火力を保つのは至難だが、それでもハンバーグが割れないよう、肉汁を閉じ込めるために細心の注意を払う。


 ろくな娯楽もない異世界で、料理はこだわりを持てる趣味としてはマストだ、だから食べる奴がガキのリクであっても妥協はしない。


 付け合せはソテーしたニンジンとマッシュポテト、このニンジンとジャガイモもウチで取れたもので、俺が手塩にかけて育てた。


 しかし、ここで問題がある、リクはニンジンが大の苦手なのだ。


 ガキの嫌がる野菜を、分からないように細かくして料理に混ぜ、食べさせていまえば良い、などとよく聞くが、俺はそれには反対だ。


 せっかくのこだわりハンバーグにノイズが混ざる、そんな事は容認できない、俺のプライドが許さない。


 それにガキだって美味いものは分かる、俺の腕がその程度と思われるのも心外だ、子供のリクに対して酷な事を言うようだが、今回は最高のハンバーグを食べてもらう。


 そうして完成したハンバーグは、いつも通り最高の出来栄えだ、さっそくリクを呼んで夕飯にする。


「いただきまーす」

「はい、いただきます」


 勝負だ。



「ふーふーして食べるんだ、ふーふーして」

「ふー、ふー」

「そうだ、熱いからな、気をつけてな」


 デミグラスソースが鉄皿の上でジュウジュウと香ばしい薫りを立たせている、ハンバーグの威力は一目瞭然、あんなに大人しいリクが夢中だ。


 リクは口の周りも皿の周りもソースでベタベタだ、しかし、こうなることを見越して専用のエプロンもしてある、ぜいぜい好き勝手するがいい。

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