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最終話   ~あなたに出会えてよかった~



 多くの人々にとって、夢のような一日が過ぎ去った翌朝のこと。

 昨日は朝から深夜まで、独立記念日という特別な日でお祭り騒ぎであり、その後片付けは今日に後回しにされてきた。

 日が昇って明るくなってからは、皆様昨夜は遊び疲れた体で、屋台や施設の片付けに従事せねばならない。

 二日酔いで今日の朝日を拝む者達なんて、もう丸一日寝ていたい心地だろう。

 働く大人は大変だ。昨日は楽しかったね、なんて友達と語らいながら学校に行く子供達を傍目に見る肉体労働者は、こんな時、子供に戻りたいなぁなんて思ったりするのである。


 とんてんかん、と、お祭り日専用の屋台や施設を解体(バラ)す金槌音がよく響く朝、ユース達はセプトリア城に招かれた。

 いつでもお好きな時間帯に、と招待されたユースだが、そこはやはりしっかり者。

 寝坊せず、朝食を取って、はっきり目の覚めた時間まで家で落ち着いて、ナナリーらも朝食を終えてコンディションが整っているであろう、午前中遅めに城を訪問する。

 五人全員で来て欲しい、という要望に応え、規則正しい生活の朝のまま、ユース達は謁見の間を訪れた。


「おはようございます、ナナリー女王様」

「うむ。

 エレム王国騎士団様、よくぞおいで下さった」


 女王様との謁見ともなれば、膝をついてのご挨拶ぐらいはして見せるものだが、ユース達は一番前に立つユースが深々と礼する後ろで、四人も軽く会釈するのみ。

 付き合いが長くなるにつれて、五人とは親しみを優先したいナナリーが、かしこまった礼節を拒んできたからだ。


 すっかりユース達は、セプトリア王国の女王様に、深々と頭を下げなくても挨拶できる間柄になった。

 ナナリーの隣に立つニトロも、初めて会った時の尖りっぷりはどこへやら。来てくれたユースに歩み寄って握手でもしたいのを耐えているぐらいである。


「……今日、皆様をお呼びしたのは、偏に礼を申し上げたいからじゃ。

 先月、ならびにそれまでも、実にそなたらには世話になってきた。

 特に記憶に新しくは、妾の命やこの国の未来までも救って頂いたほど。

 この恩は、言葉にしても尽くしきれぬものがある。

 改めてここに、セプトリア王国女王として、皆様方に深い感謝の意を示したい」

「あ、ぇと……も、勿体ない、お言葉です」


 ただ、今日はナナリーも女王としての重い言葉を発するためなのか、纏う空気もやや荘厳。

 ユース達より数段ぶん上の玉座に腰掛けたままとはいえ、平民のユース達に深々と頭を垂れ、厳かな言葉遣いで感謝の念を告げるナナリーには、ユースも恐縮してベストな返答をすぐに紡げない。

 小さな女の子のようななりの女王様だが、やはりぴしっと決めれば、見た目に反した威厳というものをしっかり醸し出せるお方である。


「そなた達への感謝のしるしとして、言葉だけでなく、お贈りしたいものがある。

 ニトロ、頼めるか」

「はい」


 ナナリーのその言葉を心待ちにしていたニトロが、ユース達に歩み寄ってくる。

 その手には、小物入れを思わせるようなサイズの、しかし大事なものが入っていることが容易に連想できる、金飾をあつらえた宝箱がある。


「騎士ユーステット=クロニクスどの」

「は、はいっ?」


 ニトロに今さらこんな呼び方をされるなんて。

 後ろから見ていて面白いぐらい、急に背筋を伸ばして声を裏返らせるユースの前に立ったニトロが、宝箱をユースの目線の下に持って来て開く。


 そこに入っていたのは五つの勲章だ。

 それを目にした瞬間の、ユースの目の見開きようったら無い。


「此度、貴方の数々の、名誉ある功績を讃え、セプトリア王国から勲章をお贈りしたい。

 このような形でしか感謝の意を表せぬのは歯がゆいが、これが我が国が思う限りの、貴方達へ最も感謝の意を伝えられる方法だと結論付けた次第です」


 ユースの後ろでニトロの羅列する言葉を聞くルザニアが、両手で口を隠して震える姿は、この勲章の価値を物語ってると言えよう。

 多くの場に触れてきた人生経験豊富なシリカでさえ、ちょっと目が普段より大きく開いている。

 この辺り、本業の騎士たる二人に比べると、勲章に対する真の理解が及ばないアルミナではあるが、そんな彼女でも、なんか凄いもの貰ってるんじゃないか? という空気は感じ取っている。

 チータは別に、いつもどおり。ただ、育ちのいい彼はあの勲章の価値をわかっていて、その上でこの無表情を保てるのは、かえってたいした器だと評価することも出来る。


 勲章とは、大いなる功績を果たした者に、その栄誉を示すものとして贈られるものだ。

 それを、セプトリア王国女王の名のもとに、セプトリア王国の総意としてユース達に贈られている。

 これがどういうことかと言うと、ユース達は、セプトリア王国という一つの国家に、勲章を贈られるほどの貸しを作ったということ。

 これは、どんなお偉い様に感謝されることよりも、とてつもないことだ。

 何せこの勲章によって示されていることとは、人が、ではなく、国がユース達の功績を讃えているのと同じことなのだから。

 極端に拡大解釈するならば、このセプトリア王国に住まうすべての人に代弁し、ナナリーがユース達に、国を救って下さってありがとうございます、と礼を述べたのと同じ、とさえ例えられるのである。


「どうか、受け取って頂きたい」

「お、畏れ多く……つ、謹んで、お受け取りさせて頂きます……」


 友達としてではなく、一国の代表格として、衛兵としての眼差しで、ニトロはユースを見つめてくる。

 ユースもびくつくような手つきで宝箱を受け取って、蓋を閉じたら大事に抱え込むように持つ。


 受け取って貰えたことにまた礼を示すかの如く一礼し、ニトロはナナリーのそばへと戻っていく。

 一旦の沈黙に包まれた謁見の間で、ユースは宝箱とナナリーを交互に見て、受け取ったものの重みをまだ信じられないという顔つきだ。


「改めて、皆様に感謝の意を伝えたい。

 妾の命を、そして、セプトリア王国を救って頂いた。

 皆様の名は、ナナリー=アルクトゥス=ルビー=セプトリアの名にかけて、生涯忘れぬとここに誓う。

 ありがとう。ユーステット=クロニクスどの。

 シリカ=ガーネットどの。

 アルミナ=マイスダートどの。

 チータ=マイン=サルファードどの。

 ルザニア=フォーシスどの」


 ユースは何も言えず、ただただ深く頭を下げることしか出来なかった。

 後ろの四人も、朝の挨拶より深く頭を下げ、無言にして心からの意を示す。

 光栄です、とユースが代表して言わずとも、充分にそれはナナリーには伝わっているはずだ。


「……ニトロ」

「はい」

「もう、よいか……?」


 声に女王らしさを孕んだまま、ニトロにそう問いかけるナナリー。

 ニトロは微笑み、ナナリーにうなずいて返す。


 それを皮切りに、ふうーっと深い息を吐いたナナリーは、唐突なほど、がたりと玉座から立ち上がる。


「ユースどの……!」

「は、はいっ?」


 ドレスをつまみ上げ、ぱたぱたと急ぎ足で、ナナリーがユースの方へと降りてくる。

 顔はもう変わった。女王様としての顔ではなく、少女ナナリーとしての顔。

 厳かに礼を言う女王様を装うのももう限界、心をあらわに伝えたいことがいっぱいあるナナリーは、勲章を授ける職務を終えた今、もはや我慢できない表情だ。


「うわ……!?」


 目の前に女王様が舞い降りれば、間近に見下ろすなんて出来ないユースも自ずと片膝をつく。

 そんなユースに真正面から、ナナリーは抱きついてくる。

 ユースの首に手を回し、ぎゅうっと抱きしめてくるその力には、溢れんばかりの想いが表れている。


「今ほど、エレム王国とセプトリア王国の繋がりに感謝した日は無い……!

 ユースどのに出会えたことは、心より妾にとって幸せなことであった……!

 ニトロも同じじゃ……! 本当に、ありがとう……!」

「あ、う……」


 抱き返していい相手じゃない。どうすればいいのかわからない。

 後で思い返せば、本当に本当に嬉しくなるような言葉でも、今はユースもうろたえながら聞くのみだ。

 ぎゅーっとしばらくユースを抱きしめ、離れたナナリーは、一度丁寧に一礼する。


「シリカどの!」

「……はい」


 シリカの対応は早かった。ナナリーが名を呼ぶと同時にシリカへと接近する中、既にシリカは両膝をついている。

 ユースにしたのと同じように、ナナリーがシリカの胸に飛び込んで、力いっぱい抱きしめてくる。


「シリカどのが来て下さってから、城がどれほど賑わったかご想像できますか……!

 兵士、女中、家臣団一同、シリカどのに参られるたび、快き思い出を増やすばかりの日々であった……!

 一同に代わり、ならびに妾の意も併せ、心から礼を申し上げたい……!」

「……恐れ入ります。

 斯様な言葉を頂けようとは、今私が得る幸せは、間違いなく貴女の仰るそれに勝るものです」


 シリカだって、平民の騎士としてナナリーを抱き返すことが、分不相応だとはわかっている。

 それでも人として、応えたかった。きっと、受け取ってくれるだろうと信じて。

 シリカが優しく抱き返す力は、ナナリーの胸を温かいもので満たし、ナナリーがシリカを抱きしめる力をさらに強いものにする。


「アルミナどの!」

「……はいっ」


 シリカが規範を見せたのだ。アルミナは、この場でどうすればいいのかを、見せて貰った直後である。

 淀みなく両膝をついたアルミナに、ナナリーは飛び込むように抱きついてくる。


「アルミナどのの周りには、常に笑顔が絶えなかったと聞き及んでやまなかった……!

 妾もそなたと語らう中で、何度心を満たされたかが数え切れぬ……!

 そなたともいつか別れねばならぬことを想像するだけで、妾は寂しくてならぬのじゃ……!」

「…………」


 アルミナが対話する言葉を失うことなんてなかなか無い。

 やがて帰国する日は近付いているのだ。別れはいつかではない、もうすぐである。

 私もですよ、なんて、友達に使うような言葉を女王様に向けて使うわけにもいかず、ナナリーをぎゅっと抱き返す力だけでそう伝えるアルミナは、少しその目が潤んでいた。


「チータどの」

「はい」


 近づいてきたナナリーの前、チータはすぐには膝をつかない。

 今すぐにでも抱きつきたいナナリーの前、敢えて飛びついてこられない立ち姿勢を保っておいて、チータは少し中腰になる。


「ナナリー様。女王様が、みだりに男に体を預けるべきものではありません。

 ナナリー女王様の重みをお受けするには、僕という一人の人間の体では足りぬのです。

 お伝えして頂けた感謝の意のみで、僕は胸がいっぱいです」


 女王様を見下ろしながらお説教。この肝の太さは大したものだ。

 だが、これもチータが彼なりに、女王ナナリーという存在を重んじての言動である。

 婚約者ニトロも見ている前、女王様と胸を重ね合わせるような真似を、チータはしたいと思わない。


 だが、ナナリーは聞きやしない。

 チータの言葉を聞き終えるや否や、チータの手を握って引っ張り、姿勢を降ろさせ、胸へと飛び込む抱きつきだ。

 うるさい、好きなようにやらせろと、体当たりのような勢いで抱きついてきたナナリーを、チータは後ろに傾きそうな体を耐えて受け止める。


「悪しき皇帝に身を奪われた妾と向き合い、英知を手に弁を語ったそなたの姿、忘れてなどおらぬ……!

 妾の命を救うため、知恵と言葉と魔法を駆使してくれたそなたに、なぜ触れてはならぬのじゃ……!

 何度礼を述べても足りぬ相手に、妾の体を預けることなど罪深くも無いわ、っ……!」


 参った、という顔でニトロを見やるチータだが、ニトロは柔らかく微笑んでいた。

 俺の婚約者だよ、でも気にするな、って、ナナリー様を抱き返してやってくれないか、って、そう笑いかけるニトロの想いは、チータには複雑だが伝わってしまう。

 ぽんぽんとナナリーの背中を叩く手つきで、最低限の抱き返しを果たしたチータは、涙目で鼻をすすり始めたナナリーの愛に応えていた。


「ルザニアどの……!」

「……はいっ」


 好きになれた、大好きな五人との別れを意識するにつれ、目に溜まってきたものが声をも濁らせるナナリーに、ルザニアは少しあてられている。

 膝をついて、ナナリーの抱きつきを受け止めたルザニアは、女王様のぬくもりを胸元で受け止めた時、ただでさえ危なかった涙腺がさらに緩んでいく。


「もう、妾に遠慮などするな……!

 ずっと妾を、こんな幼い体の妾に萎縮して、一人の女王として認めてくれていたのは嬉しかった……!

 そなたが妾に抱いていたのが敬意なら、こんな妾を認めてくれたそなたに妾が向けるのも敬意じゃ……!」

「は……っ、はいっ……」

「偉大なる先人の背を追うそなたの姿に、妾は少なからず共振を覚えたぞ……!

 そんな中でっ、必死に前へ進もうとしたそなたに、妾は勇気を貰ってきた……!

 大好きな、友人の、一人としてっ……妾の心に、在り続けてくれ……っ」


 駄目だもう我慢できない、はっきりルザニアの目から涙が零れ落ちた。

 立派な先輩達に追いつこうと必死でやってきた毎日を、この人ははっきりと評価してくれていたのだ。

 ただでさえ、それだけで感無量の想いだと言うのに、それに敬意すら払うと表明して、身分すら顧みず、友と呼ばせて欲しいと請われる声には、近付く別れも相まってルザニアには耐えられない。


 ユースにも、シリカにも、アルミナにも、チータにも出来なかったこと。

 ルザニアは、本当に強く、壊してはならない女王様の体を、強く強く抱きしめずにいられなかった。

 強ければ強いほど伝わるその想いは、ナナリーがルザニアを抱きしめる力にも表れているのだ。

 次の対象がいないナナリーが、ルザニアと胸を合わせる時間は最も長かった。


 限られた期間と定められ、セプトリア王国を訪れたユース達。

 彼らがこの旅で得られたものは、一生忘れ得ぬほど大きくて、二度と同じものには巡り会えぬであろうと思えるほど掛け替えない。

 功績や、それによって得られた勲章、一国の女王様との深き縁と言い表せば、大人達なら誰もが羨むほどのものを得たと表現するのは確かに簡単だ。


 しかし、ユース達にとっての、最も忘れ難い、得難いものとはそれではない。

 ナナリー、ニトロ、そしてハルマをはじめとしたセプトリア王国の人々。

 利害なく、心から、別れを寂しいと思える人々に出会えたことそのものが、彼らにとっての最大の幸福だ。











「ということで、やはり貴殿には大臣職を継続して貰うことになった。

 参謀職に戻る私と併せ、今後は二近制となるわけだな」

「まあ、ナナリー様の決定なら従うがな……」

「ふふ、不満であらせられる?

 忙しい大臣職は、もう懲り懲り?」

「そうではない。

 私はお前と違う、仕事は多ければ多いほど燃えるだけだ」


 セプトリア王国の屋上から、祭の片付けに忙しい王都を見下ろす、ハルマとダウィラスが談笑中。

 ちょっと毒の利いたことを仰る強面ダウィラスだが、元より二人は親しい間柄なのだ。

 ハルマの方がそこそこに年下だが、彼がしばらく参謀職で地位は上であったことも手伝って、両者とも互いに敬語をはずして語らえる関係である。年の差を意識してか、ハルマの方は気持ち程度に腰が低いが。


 ハルマが一度王室を離れてから、ダウィラスは短期間ながら大臣職を務めたが、その手腕はナナリーもベリリアルに支配される中で見届けていたようで、彼の力量は評価されたのだ。

 権力を濫用し、セプトリア王国を傾ける方向へと、徐々に政治を動かし始めていたベリリアル。

 税金の増加をはじめ、ニトロやイリスへの不当な裁きなど、そうした悪政に対し、主君を恐れず果敢に立ち向かって阻止しようとしたダウィラスだ。評価すべきだろう。


 先月の流れから、ダウィラスという人物を強く信頼したナナリーは、今後もダウィラスをそばに置くことを決定したのである。

 一方で、今までと同じようにハルマもそばにいて欲しいから、今後ナナリーには、執政面での側近が二人つく新体制になるというわけだ。


「頼もしい先輩と同じ立場で働けるというのは、こちらとしても今後が楽しみだよ。

 私はどうしても、感情論が幅を利かせすぎる采配に偏りがちだ。

 道理を重視するダウィラスどのの力をお借り出来るなら、きっとよりよい判断を進めていける」

「このような形で評価されたというのも、見方によれば忌々しい限りだがな。

 腹を立てても仕方のないことだが、私を大臣職に一度任命したのはベリリアルということだろう」


「まあ、そう仰らずに」

「深くは気にしておらんよ。大方、私は舐められたんだろう。

 ナナリー様に評価して頂けたおかげで、それすら見返せたと思えば満足もいく。

 そう考えればいっそうのこと、ナナリー様のご判断には個人的にも感謝せねばなるまいな」


 ハルマが一度、参謀職から離れた時、ダウィラスを大臣職に任命したのは、ナナリーではなくベリリアル。

 つまりダウィラスは、"セプトリア王国の腐敗を望む主君"に、大臣職を任されたということである。


 独立記念日前に増税を施行したり、罪無きニトロやイリスを処刑しようとしたり、積極的に暴君たらんとしたベリリアルが任命する側近とは、有能でない方がベリリアルにとって都合が良い。

 "悪政を敷く女王を止める能力がない側近"の方が、ベリリアルは好き勝手に動きやすいのだ。

 つまりベリリアルは、無能と見てダウィラスを側近に任命したのであって、今となってはダウィラスが以前より評価されている現状は、そんなベリリアルの采配を見返した形とも言えるだろう。


「今にして思えば、ナナリー様のお体を乗っ取ったベリリアルか?

 あいつは本当に、家臣から物申された時の反論能力が弱かったように思える。

 生前の、帝政時代のかの皇帝は、よほど絶対的な君主であったようだな」

「そりゃあもうね。アルバー帝国史を洗えば洗うほど、帝室周りの一枚岩だけは磐石なんだから。

 そういう国だったんだよ、アルバー帝国というのは」

「ほう」


「まずそもそもアルバー帝国は、平民がいかに努力と歳月を重ねたところで、出世できる上限がある。

 国に仕える帝国兵となれれば、それが平民が届き得る最上階級だろう。

 一方で、生まれが名家であれば逆に、むしろ何の努力もせず、年を重ねていくだけで出世していける。

 アルバー帝国における大老位や政治家、ならびに政治的な意味での重役というのは、血筋が良い者だけで、それに任命される根拠とはそれが唯一にして最大だったんだよ」


「なるほどな。無能で周りを固める帝政か」

「そうそう。どうせ皇帝に全ての決定権がある、絶対君主制だからな。

 皇帝の周りに仕える兵も家臣も、有能である必要は特にない」


 要は旧アルバー帝国における"お偉い様"とは、良いとこ生まれでありさえすれば、別に何もしなくたって地位が転がり込んできた連中ばかりなのである。

 何の努力もせずに、年さえ取ったら高位だけ獲得できる。幼い頃からそう育てられて大人になり、いざ官職に就いた者が、有能であるはずがない。

 彼ら彼女らに求められるのは、皇帝さえ崇めていれば安泰だという不文律への理解のみであり、ただ毎日皇帝様にへつらってさえいればいいのである。

 あとは皇帝様が、庶民に我々の権威を示すようにと日々仰るので、下民をいじめてヒエラルキーを主張する、そんな頭の幼い大人でさえいればいいのだ。


「内政有能、外政無能。

 アルバー帝国がエレム王国に同盟を申し込んで、蹴られたと聞いた時には胸がすいたよ。

 そんな体制では、外向きの成長力が育つわけもあるまいしな」

「まさしく無自覚な鎖国だったからなぁ。

 あの国でしばらく育った私は、それに気付くまで時間がかかったが、それに気付かずに一生を終えていたらと思うとぞっとするよ」


 絶対君主制の皇帝の周りを、無能で従順な家臣で固めることは、内向きにはまあまあ効果的な作りである。

 皇帝様さえ崇めていれば自分達は安泰だと、庶民を見下す貴族や皇帝周りの人間は、根本的に皇帝様に逆らわない。帝室周りは一枚岩で、ろくでなし同士の強固な結束力がある。

 さらにそいつらが無能であることが重要で、要するにそいつらが、万に一つ皇帝に逆らおうとしたとしても、反逆を成功させる能力が無い。

 積極的に無能で周りを固めることには、最も近い位置に置く連中に、帝位を脅かす能力を持たせないという目的もあるのだ。


 長年のヒエラルキーで成立してきたアルバー帝国内においては、それで皇帝周りは実に都合よく回る。

 しかしそれは、自国内のみで成立する、お山の大将の理屈というもの。

 有能な外交力を持つ者がいもしないのに、国威あるエレム王国と関係を結んでの国力増加を計ったところで、しっかりした国には相手にもされない。

 独立前のセプトリア王国から、多くを搾取して成立していたアルバー帝国だが、仮にあの独立過程の戦争で滅ぼされなかったとしても、セプトリア王国に独立を許した時点で、アルバー帝国は陸の島国だったのだ。

 きっと長くなかっただろう。セプトリア王国の独立を、何としても許さず戦力で服従を強いようとしたアルバー帝国も、その実必死だった背景が想像される。


「まあ、そんな帝国の皇帝やってたベリリアルだけに、哀れなほどに利己主義ではあったな。

 結局は、金や地位をちらつかせねば、己を慕う者の一人すら作れない現実はあったのだから」

「哀れ、か?

 忌まわしき亡霊を哀れむとは、やはりあの国の生まれのお前としては、拭いきれぬ複雑な感情も?」

「いや、ノスタルジックな意味ではなく、ただただ人としてね。

 イリス嬢に聞いた話の中で、興味深い一件がありましたので」

「ほう」


「ナナリー様……ああ、ベリリアルのことですが、あいつが毒を飲んだ事件があったでしょう」

「そういえば、あれは演技でなく本当に飲んでいたんだな。

 致死量ではないにせよ、よくもまあそこまでやるものだ」


「内政的には穴のない帝政とは言いましたが、私が帝国兵になって二年目ぐらいの時かなぁ……帝室の女中の一人が、とある貴族の手引きでベリリアル皇帝に毒を盛ったという一件がありましてね。

 まあ、動機はちょっと冷遇された貴族が逆恨みしてっていう、しょーもないものなんですが」

「馬鹿なのかそいつは」

「馬鹿に相応しく、女中もろとも公開処刑ですよ。

 身の程を弁えていれば生涯安定だったっていうのにね」


 どこの世の中にも、自分がいかに恵まれているのかも理解せずに欲をかき、身を滅ぼす者というのはいるものだ。

 一方で、そこまで企んでおきながら失敗する辺り、その馬鹿な貴族というのが無能であったことが、生前のベリリアルの命を救ったファクターでもあったのだろう。


「まあ、ちなみにその時にベリリアルに盛られたのがヴィール液だそうで。

 そんなですから、ベリリアルにとってヴィール液っていうのは、死なずに飲み込み、死の境を彷徨う女王様を演じる道具として、知識があるぶん有力だったのかなと」

「死にかけてでもやるとは脱帽だな。

 まあ、まったく褒めてなどおらんのだが」

「よほどヘンリーどのの実子であるニトロとイリスを、不当に裁ける根拠を作りたかったんでしょうな。

 ダウィラスどのがよく粘ってくれたおかげで助かったと、ニトロも言ってましたよと」

「たいした話ではない、当然のことだ」


「話が逸れましたね。

 で、それとは関係なくその前にも、ベリリアルは体調を崩したと聞いています。

 あれが仮病なのか本当に風邪を引いたのかは知りませんが、それを看病していたイリス嬢が、最終的には毒を盛った容疑をかけられたそうで」

「ちなみに仮病ではないと診断されたな。

 きっとそれ自体は偶然であって、機転で策謀のきっかけに活かしたというところなんだろう」


「看病してくれたイリス嬢に、ナナリー様の姿をしたベリリアルが、小遣いを渡そうとしたそうでね」

「ほう?」


 らしくない。ナナリーはそんなことしない。

 ナナリーとイリスは幼馴染のように育ってきた間柄で、互いの善意に金銭を絡めたりはしないはずだ。


「らしくないと思いつつイリス嬢が断ったら、たいそう機嫌を悪くされたそうでね。

 私には、金になびかず献身的に尽くす人がそばにいる、そんなナナリー様に嫉妬したベリリアルを

 垣間見るかのようなエピソード、と聞こえたね」

「なるほどな。

 生前のベリリアル皇帝は、利権で以ってしか人がついてこなかった、と。

 利害を超えて尽くしてくれる相手の存在など、生前には巡り会えなかったということだな」

「恐らくね。親族同士ですら、血の繋がりより利権を重んじる傾向が匂う国家でしたから。

 高潔な想いでナナリー様に尽くすイリス嬢の姿は、ベリリアルには眩し過ぎたのであろうと推察する」


 確かにハルマの言うとおり、ベリリアルという人間も哀れなものだ。

 どんなに不自由しない絶対的皇帝であっても、ゆえにこそ、真の意味で心同士を繋げ合わせられる相手が一人もいなかったのである。

 いたとしても彼の価値観では、それを自分から信じることなんて出来なかったことも想像に難くない。


「ダウィラスどのが、ニトロやイリスへの処遇に強く反発したお姿も、もしかすればベリリアルにとっては想定以上の誤算だった可能性もある。

 アルバー帝国は、皇帝の判断に異論を唱える者など誰もいなかったのだからね。

 ナナリー様のお体と口を乗っ取れば、セプトリア王国を思いのままに出来るとベリリアルが思っていたなら、それは厳密には正しくなかったと言える。

 私は、そんなセプトリア王国だから好きで、こちらに移ってきたわけだけど」


「君主制と言えど、頂点に立つ者の決断が、すべて正解であるとは限らんだろう。

 王とて人だ。過ちを犯すこともある。

 権限においては女王様に及ばずとも、周りの者が最善を尽くされるよう支えるのが普通のことだ。

 そうでなければ家臣などそもそも必要あるまいに」

「そう。それをアルバー帝国のお偉い様は、根本的にわかっておらんのですよ。

 私はそういう当たり前のことを、当然のように理解している人が集うセプトリア王国に惚れて、カビの生えたアルバー帝国から帰化してきたのですからね」


「寂しい国だな、アルバー帝国という国は」

「ね?

 愚かな、と評する前に、哀れむか寂しむかの言葉が先んじるでしょう?」


 国とは所詮、どこまでいこうと、そこに在る人々によって築かれるものだ。

 国とは人、そう断言して間違いない。


 アルバー帝国には人間が多くとも人材が無く、セプトリア王国は人物で溢れている。

 ハルマが二つの国を比較して、最大の差異が何かと聞かれればここだと答える。


「まあ何が言いたいかって、私はね」


 不意にハルマは、ここまでの話を打ち切るかのように声色を変え、結論に移る言葉を用意する。

 常々思っていることを口にするだけだが、流れでこれを言える機会を、ハルマはあまり見逃したくない。


「気高き方々で溢れるセプトリア王国に出会えたことが、私の人生の転換期だったと思うわけですわ。

 ダウィラスどのも勿論、ナナリー様やニトロやイリス嬢、ザインの親方や今は亡きヘンリー様。

 そして何より、かつての先代国王様――プレアデス様に出会えてよかったと、今いっそう感じるばかりです」


「ふふ、酒でも飲んでいるのか?」

「かはは、いつも思ってることですよ。

 ベリリアルに国家反逆者の汚名を着させられそうになりましたが、それに反論した時が一番熱くなれた。

 この私をつかまえてセプトリア王国への反逆者などと、ふざけたこと言いやがるって本気で思いましたからね」


「ふん、私もお前に出会えてよかったとは、敢えてここで言っておいてやるよ。

 なあ、愛国者?」

「ふはっ、嬉しいお言葉。

 有能と呼ばれるより偉大と呼ばれるより、その称号こそが最も嬉しい」


 基本的に、価値観は逆に近い二人である。

 遊び好きで奔放、仕事に際しても情の介入が目立つハルマ。

 生真面目で厳格、仕事においては道理を最重要視するダウィラス。

 しかしそこには、セプトリア王国を愛するという精神がはっきりと共通し、二人のその想いの強さとは、この国にいる全ての者の中でも、十指に入ると言っても全く過言ない。


 故郷を離れて隣国に帰化する決断とは、その時に強い決断力を要したはずだ。

 今のハルマは、それが自分にとって最善の決断であったと、そばにいる気高き人々を見るたび思うのだ。

 そして、そんな幸せそうな彼の姿を見るたびに、ダウィラスをはじめとしたセプトリア王国の多くの人が、彼がこの国に来てくれて本当によかったと、そう思うことも少なくない。


 地位や収入よりも、人が幸せに生きていくために大切なものは確かにある。

 それが人の縁なのだと、ハルマは心から思っている。











「はぁ……そろそろこの家ともお別れかぁ……

 寂しくなるなぁ」


 一糸纏わぬ姿で浴槽に浸かるアルミナは、胸を浴槽の内壁に預けて物思いに耽っていた。

 数日後には、セプトリア王国ともお別れで、エレム王国に帰国することになる。

 別れを意識し始めたナナリーに熱烈な想いを伝えられたことで、まだ早いのに、アルミナも別れを意識して寂しさを感じ始めている。


「…………」


「――アルミナ」

「え、はいっ?」


 ぼーっとしていたアルミナだったが、不意に彼女の名を呼ぶ声が。

 浴室の入り口前から語りかけたシリカの声に、呆けていたアルミナはやや驚いて返答する。


「私も、入っていい?」

「えっ……ま、まあ、いいですけど……えっ?」


 お風呂は一人で入るのがいつものことだ。

 アルミナが入っていると知っていて、私も入っていいかと聞いてくるシリカの言葉は、アルミナにとって非日常的な展開だ。

 了承しつつも戸惑うアルミナの耳に、脱衣所で衣服を脱ぐシリカの、肌と服がしゅるしゅる擦れ合う音が届く。


 間もなくして浴室に入ってきたシリカは、アルミナに小さく微笑みかけてきた。

 普段のシリカさんと何も変わらない。この人の丸裸を見るのはかなり久しぶりだが。

 相変わらず、女の私でも見惚れるほど綺麗な体だなぁと思ったりもする。


「あの、私上がりましょうか?」

「ううん、いいよ。そのままでいて」


 早くお風呂に入りたい事情でもあったのかなと思ったアルミナは、遠慮して一人風呂を譲ろうとしたが、シリカはきっぱりと断った。

 むしろ、出ないでと言っているようにも聞こえる。それがアルミナにはよくわからない。

 解釈どおりだとすれば、自分と一緒にお風呂に入りたい? いやいや、そんな人だっけ状態。


「…………」

「…………」


「……あの」

「ん?」


 黙々と体を洗っているシリカに、アルミナはかける言葉も見つからない。シリカの考えがわからない。

 とりあえず一声かけてみたが、次の言葉はすぐに紡げなかった。

 何をどう切り出して、何から聞けばいいのかもちょっと難しい。


「な、何か、悩みでもあります?

 裸の付き合いっていうか? それで私に話でもあったりします?」


 一繋がりで、質問二つ。

 何かこの辺りに合致する答えがあるなら、シリカの口から答えが聞けるかなと。

 文脈は下手だが、問い方としては合理的かもしれない。


「……ないよ。

 あったけど、もうなくなった」

「えっ、あー、そうですか。

 んんんん……?」


 ざぁと体にかけ湯して、慈しむような笑顔でそう答えたシリカの姿と表情に、ますますアルミナはシリカの

真意がわからなくなる。

 んんんん、なんて声が小さく出ている時点で、アルミナもだいぶ混乱しているのだ。


「入っていい?」

「あ、ごめんなさい。出ます出ま……」

「いや、そのままでいて」

「ふぁ? えっ、ちょ……」


 シリカが浴槽に浸かりたいと言うので出ようとしたアルミナだが、立ちあがろうとしたところ、そっと肩に触れられて、立たないで欲しいと訴えられる。

 理解が全く追いつかないアルミナの後ろ、シリカが全身を湯に浸けて、狭い浴槽に女二人が一緒に入る図式になる。


「はぁ……」

「…………」


 ホントなにこの状況。

 熱くなっている体と頭、すぐそばに裸のシリカさんがいて、その息遣いが耳にくすぐったい。

 シリカが入るスペースを作るため浴槽の中で動いたアルミナは、今シリカと体があまり触れ合わない状況になっているが、今のこの人の肌に触るのは、故意でなくともなんとなく罪深い気すらする。


「…………」

「…………」


「……ねぇ、シリカさん。ホントどうしたんですか?

 私、シリカさんと一緒にお風呂入るのも好きですけど、急にだと少し戸惑っちゃいますよ」


 アルミナは首を回し、振り返ってシリカの顔を見るようにして、正直なところを口にした。

 シリカと一緒にお風呂、というのは普通に好きなのだ。元々大好きなお姉さんみたいなものだから。

 誤解ないことを期待して言うなら、シリカに抱きつくことだって好きなほど、アルミナはシリカに懐いている。


「……えーっと」

「…………」


「ごめん、アルミナ。

 ぎゅっとしていい?」

「えぇおかしい。全然ハナシ噛み合ってない」

「あ、あはは……ごめんな?

 でも、いい?」

「ん、んん……ま、まあ、いいですけど……わひゃっ?」


 許可するや否や、後ろからシリカがぎゅっとアルミナを抱きしめてきた。

 どうかしてしまったのかと思ったら失礼なのだろうか。

 柔らかいシリカの胸の感触を背中に受け、細くすべすべの肌を全身に密着されるアルミナは、目をぱちくりさせて体を縮こまらせる。

 仮にアルミナの位置にいるのがユースだったら、気を失っていそうなシチュエーションだ。


「あ、あのー、シリカさん?

 本当、どうしたんで……」

「……大好き」


「ふぁー!?!?!?」

「あっ、いや、ごめっ……そ、そういう意味じゃなくって……」


 なぜコクられねばならないのか。あなたの好きな人はユースでしょと。

 びっくりして悲鳴すら出たアルミナを、お願い逃げないでと抱きしめて止めるシリカは、後ろでちょっと気まずげな声に変わっている。


 アルミナは超びっくりしている。

 何がって、甘えるような声で大好きと言ってくるシリカに、同性の私がなんでこんなにどきどきしてるんだとびっくりしているのだ。自分にそっちの()は100パーセント無いのだが。


「……私、頑張る。

 お前には負けたくない。やっぱり、ユースのこと、諦めたくない」

「む……」

「昨日、ユースと一緒にお祭りを回ってみて、やっぱり思った。

 アルミナもユースのことが好きなのはわかってるけど……譲りたくない」


 そうか、宣戦布告だったかと。

 よくわからないモードのシリカを見て戸惑ったが、これが伝えたかった真意なら、解釈も対応も変わる。

 なぜ抱きしめられてそんなことを言われるのか、ちょっとまだわからない部分も多いが。


「……私だって、シリカさんに譲るつもりはありませんよ~?

 やっぱユース、シリカさんのことは特別な人だと思ってるみたいだし、私が有利とも思ってませんけど。

 でも……」

「うん、勝負しよう。

 私も、ここだけはお前に負けたくない」


 アルミナも、今日は反応が違うシリカに言葉を遮られた。

 強気で優勢を演じてやれば、たじろいで声が弱くなるのがシリカだったはずだ。

 まるで決意を一新したかのように、アルミナの耳元で静かに、しかし強い声を発するシリカには、アルミナもライバルが一皮剥けた様を実感する。


「私は、ユースが好き。ずっと、一緒に添い遂げたい男性だって、強く思ってる。

 アルミナだってそうかもしれないけど、ここだけは、お前に渡したくない」

「……ふふ、今さらでしょ?

 私もそのつもりですし、お互い全力で頑張りましょう?」

「うん……」


「で、私はなぜこんなに抱きしめられてるのカナ~」


 もうそろそろ照れ臭いんですけど、と、前を向いて天井を仰いだアルミナは、シリカから顔を逸らしている。

 その言葉で、シリカのアルミナを抱きしめる力が、少し強くなるから余計によくわからない。


「……私、もしも負けても、アルミナのことは恨まない。

 絶対に負けたくないけど、負けたって、アルミナのことはきっと嫌いにはなれない」

「ん……」


「……それだけ」


 ここだけ、声は小さいわ弱いわで、すごく弱気なシリカに戻った。


 わかった。この人の言いたいことが。

 要求するのは厚かましくて、でも言いたくて。そんな想いをアルミナに伝えたくて、こんな形で裸と裸、肌を合わせて行間の解読を求めてくるシリカの感情を、アルミナが読み解くことに成功する。

 もう付き合いの長い先輩だ。案外、寂しがりなのも知っている。


「はぁ……あのね、シリカさん」

「うん……っ、え?」


 自分を抱きしめてくるシリカの腕に、アルミナが自分の腕を絡めて抱き返すような形に。

 さらに、お尻をシリカの方へとずらして、触れ合う背中と胸の密度を上昇させる。

 より密着する形になって、シリカの顔の横まで自分の顔を持っていったアルミナは、少し首を回して至近距離、唇が触れ合う危険すらある距離でシリカと目を合わせる。


「恨みっこなしにして、って言いたいんでしょ?」

「…………うん」

「んふふっ、シリカさんって本当……くふっ♪」


 ざぶっと肩まで湯に浸かり、シリカの両手を握ったアルミナは、それを自分の胸元に持っていく。

 シリカの手を胸元に抱くこの感覚は、後ろのシリカさんを前から背中越しに抱きしめるような心地。

 細い指が自分の胸の谷間に触れ、シリカの手のぬくもりを、湯の中で肌から受け取るのだ。


「いいですよ、シリカさん。

 私にしても、願ったり叶ったりな話ですから」

「アルミナ……」

「後悔しないで下さいね?」


 そう言ってアルミナは、ざばぁとその場で立ち上がる。

 狭い浴槽の中で立ちあがったアルミナは、体を回してシリカを見下ろす姿になると、ふんと既に勝ち誇ったような顔になる。実に挑戦的。


「恨みっこなしですね?

 もしもシリカさんが勝っても、私はシリカさんを恨まない。結構です。

 代わりに私が勝っちゃっても、シリカさんは私を恨まないってことですねぇ?」


 腰に手を当て、必勝の想いでそう言い放つアルミナの貫禄は、座ったままでそれを見上げるシリカを圧倒する。

 ふふんと笑ってそう言うアルミナの表情は、勝てば大好きなシリカさんに嫌われることもないという、最高の約束に胸躍る想いも孕んでいる。


 さて、ここで退いてはいつもと同じ。

 シリカも覚悟を固めてきたのだ。お祭りを巡る中で、やっぱり絶対に負けたくないんだって。

 ぐっと顎を引き、膝を引き、立ち上がってアルミナと胸を突き合わせ、シリカは少し高い背丈からアルミナの目に眼差しを刺し返す。


「私だって、絶対に負けない。

 負けたとしたって、アルミナを恨んだりしないことは約束する。

 ……どうせ、絶対に負けない」


「へぇ~、強気ですねぇ?

 私、唯一の不安が無くなって、今後はもっとずいずい行きますよ?

 勝っちゃってユースと一緒になれても、シリカさんとぎくしゃくするのはヤだなぁって妄想したことも

 ありましたからねぇ~♪」

「っ……私が勝つもん。

 お前は、負けた時に私を恨まない約束さえしてくれたらそれでいい」


「うん、いいですよ。

 今の言葉、忘れないで下さいね?」

「……約束する」


 本当に珍しい約束だが、二人の間に今日この日、明確な約束が結ばれた。

 恨みっこなしだ。どちらが勝っても、どちらが負けても、シリカとアルミナはかつてのままで。

 果たしていずれかの恋が成就したいざその時、割り切ったその約束を心が素直に受け入れられるかは、神のみぞ知るところで誰にもわからない。

 だが、そんな約束をすんなりとお互いが了承する程には、シリカとアルミナはお互いに、何があっても縁を切りたくない相手だと思っている。今も、昔から、ずっと。


「にひひっ、よしよし♪

 シリカさんの寂しんぼ」

「……ばか、やめろ」


 アルミナがシリカの頭をなでなでして笑う表情には、やっぱりシリカも敵わない。

 恋のレースでも一枚上手、その上でそんなアルミナ自体が、シリカにとって嫌われたくない相手という、本当にどうしようもないぐらい強敵だ。

 世の中惚れた方が負けだと言うが、いくら年の差があったって、好きな相手に頭が上がらないのは誰だってそう。

 甘んじて頭なでなでなんてされたくないシリカだが、対アルミナの好意に関しては敗北宣言をしたも同然、恨みっこなし同盟を提示した自分なので、耐えてそれを受けるしかない。


「ねぇシリカさん。もう一撃あげましょうか?

 これであなたのこと、完全に屈服させられる自信があるんですけど」

「……なに」


「私も、シリカさんのこと大好き♪」

「っ……ぐ……!」


 強すぎる。やっぱり敵わない。

 ライバルなのに、全力で叩き潰さなきゃいけない相手なのに、的確すぎるほどの魔法の言葉で、シリカの牙を抜いてくる。

 可愛い後輩に大好きと言われてしまったら、そんな彼女の想い人を自分が奪いに行くこの戦いに、シリカは勢いよく身を投じる力強さを削がれてしまう。

 アルミナの言葉は、今は裸のシリカの両脚に、重い鉄球と鎖を結びつけるかのように、これからの戦いにおける彼女の心を拘束する。


「……もう上がる!

 いいか、絶対に負けないからなっ!」

「あははは、私だって。

 シリカさん、そろそろ本気で覚悟して下さいね~?」


 後から入ってきたにも関わらず、シリカが先に浴室から出て行く。逃げたと言ってもいい。

 余裕の顔で見送ったアルミナは、シリカの姿が扉越しに見えなくなってから、ふにゃっと表情を崩して湯船にまた浸かる。


「はぁ……あはは、強敵だなぁ」


 溜め息の後、溢れる笑いを堪えきれない。

 勝負するようになってから、以前は一度も見られなかったようなシリカの顔を、何度も何度も見られるのだ。

 ユースの知らないところで、自分だけが対戦者として目にすることの出来るシリカ。

 シリカのことも大好きなアルミナだから、あんなシリカの顔を間近で見られる権利を一人だけ握っているこの状況は、なんだか嬉しく感じたりもする。


 恋の聖戦で対立する状況ですら、嫌わないで欲しいと暗に訴えたシリカ。

 それほどまでに、自分のことを大事にしてくれているんだと知れたアルミナは、元より尊敬してやまなかったお姉さんが、いっそう愛おしくなる。

 無自覚に、戦意を奪ってくる先輩だ。だから意趣返ししてやったのである。


 シリカはアルミナを最強の難敵と意識しているようだが、本質的にはその逆もまた然り。

 アルミナにとってのシリカもまた、全く同じ意味で強敵だ。











「はぁ~、終わった。

 終わっちゃったなぁ……」


 真夜中、夜更かしして報告書を書き上げたユースは、達成感と喪失感の両方を実感していた。


 一週間後、エレム王国からまた数人の騎士が派遣されてくる。

 その日程の確認と、もうその運びで大丈夫です、こちらはすべて済みましたと報告する旨を、騎士団に届ける報告書に記したのだ。

 それを以って、ユース達は一週間後帰国し、入れ替わりでセプトリア王国入りする騎士らによって、エレム王国からセプトリア王国に騎士が派遣される習慣は継続されていく形だ。


 これから、帰り支度をじっくり進め、名残惜しみながらセプトリア王国での限られた時間を過ごしていく一週間が始まるのだ。

 ナナリー女王様やハルマさん、何よりも友達になれたニトロとの別れを意識すると、やはり寂しさは拭えない。

 本当に、この国に滞在した半年間で、掛け替えのないものにいくつも出会ってきた。

 その半年間を完遂した達成感は大きいが、胸を張って帰国する喜びと同じだけ、好きになれたこの国を離れることを惜しく思う感情もある。


「……すいません、ユースさん。

 まだ、起きてますか?」

「んっ……ルザニアか?

 ちょっと待っててくれ――うん、いいよ?」


 そんなユースの部屋へ、今までに例のない訪問者がやって来た。

 ルザニアが、異性の先輩であるユースの部屋を、ましてこんな夜中に訪れるなんて初めてだ。

 驚きつつも、見られたらなんだか恥ずかしい報告書を机の中に隠して、ユースはルザニアの入室を許可する。


「すみません、夜分遅くに……」

「ああ、別にそれはいいんだけど……どうしたんだ?」


 何だかすごく決意ごもった顔で、口をもごもごさせるルザニアに、ユースは戸惑いを隠せない。

 ルザニアのことは偏に可愛い後輩として見ているが、こうして夜中に二人きりで向き合うと、やっぱり可憐なルザニアだし、女の子であることを意識してしまう。

 下心抜きでユースにそう思わせてしまうほどには、やはりルザニアは別段可愛いのだ。


「……あの、ユースさん」

「…………」


 そこまで言って、もじもじし始めるルザニアは、用意してきた言葉が飛んでしまったようだ。

 このリアクションから、ルザニアが何を言いにきたのか全く想像できないユースは、黙って彼女の言葉を待ち続けることしか出来ない。

 頭の中では、あれかなこれかなと仮説を立ててもいるのだが、生憎その中に正解は無い。


「っ……」


「え、え、なになにどうした!? 急になに!?」


 最善の言葉を、落として結局見つけられなかったのか、ルザニアはまず行動で意志を表明する。

 ユースの前で、深々と頭を下げるのだ。

 体を90度近く曲げる、深い深い頭の垂れように、いきなり何なんだとユースもびっくりする。


「な、なあルザニア、俺なにかしたっけ?

 その、そんな頭を下げるようなこと……」

「……ありがとうございます、ユースさん。

 私、皆さんについてきて、この国に来られて、本当によかったです」


 相手が後輩なのにとは敢えて言わないことにして、頭を下げられ恐縮するような想いで、ユースは慌てふためく素振りだった。

 だが、その頃ようやく言葉が纏まったか、ルザニアが、最も伝えたかった言葉を簡潔に紡ぐ。

 ここに来た目的を言い表す、最初の言葉として最も適切だ。


「と、とりあえず頭、上げてくれないか? な?

 俺、そんなにされちゃうと気が引けちゃうし……」


 ユースはルザニアの両肩を持ち、彼女の上体を起こさせる。

 顔を上げたルザニアの瞳は揺らいでいて、間近で見たユースをどきりとさせるには充分だ。

 吸い付いたようにユースの手がルザニアの肩から離れないのは、知らず知らずのうちにルザニアが発している、女性としての色香による引力のようなもの。


「……私、今でも信じられないんです。

 セプトリア王国の女王様に、お認め頂いて、友人として在ってくれとまで仰って頂いて……

 私、こんなにも、人から評価して貰えるなんて、初めてだったんです」

「あ……」


 確かにそれは、ユースにもわかる。

 勲章まで授けられるほど、自分の功績を認められたこと。

 "こんなにも"大いなる評価を頂いたことに、今でも夢じゃないかと思っているのはユースも同様だ。


「私、ユースさん達とこの国に来なかったら、こんなにも胸がいっぱいになる経験は出来なかったと思います。

 頂いた勲章は、一生の宝物です……私を、この国に連れてきて下さった、ユースさんやシリカさんには……

 私っ……本当に、感謝しててっ……」


 今思い返したって、感極まるほどの体験だったのだろう。

 涙こそ流さぬよう耐えているが、言葉が詰まってしまうほど、彼女の胸にはユース達への感謝の想いが溢れている。


 ルザニアを、この身内に招き入れる提案を最初にしたのはシリカだった。それがシリカに対する感謝の根拠。

 そしてユースへの感謝が同じほど大きいのは、別の根拠がある。

 鼻をすすって息を整えるルザニアは、ユースに直接伝えたい言葉を紡ぐため、敢えて一度背筋を正す。


「……ユースさんを追いかけて、私、ずっと頑張ってきたんです。

 私も、こんな、立派な騎士様になりたいって。

 そうして、自分なりに、頑張ってたら……ナナリー様に、あんなにも嬉しいお言葉を頂けるようになりました。

 私が今、こんなにも満たされた想いでいられるのは、ユースさんがずっと、私の前を歩き続けてくれたからなんです」


 努力とは、目標となるものがあればいっそう励めるもの。

 ユースにとっての目標がシリカであったように、ルザニアにとってのそれはユースだったのだ。

 強くて、頼もしくて、だけど未熟な自分をどうしても無視できないまま、それでも日々頭を悩ませ、手探りで前に進んでいこうとするユースの姿を、ルザニアはちゃんと見続けてきたのである。


 それは、かつてシリカに憧れて騎士団したはずのルザニアが、自分の目標はこの人だと、己も気付かぬうちに変わっていたことも意味している。

 それだけユースの生き様は、ルザニアの感性と騎士精神にとって、目指したいものになっていたのだ。


 未熟な自分を変えようと、今もなお必死で歩み続けるユースの姿に、過去も同じく足掻いた彼の姿を想起したルザニア。

 彼女はそんなユースの生き様に、頑張り続ければいつか報われるという、しばしば疑いたくなることもあるはずの真理を垣間見た。

 それが、ルザニアの見るユースという騎士の人物像だ。


「本当に、ありがとうございます……!

 私、ユースさん達と一緒に、騎士として過ごせてきてよかった……!

 ……騎士でいて、本当によかったです」


 淀みなく、心からの言葉を放つ目でそう言うルザニアに、ユースは微動だに出来なかった。

 胸がいっぱいだとルザニアは言った。ユースはどうだ。

 例えようもないほど熱いものが胸の奥から溢れてきて、ユースの目頭の方こそ熱くなってくる。


「……そっか。よかったな」

「はい……!

 何度でも言います……! 言わせて下さい……!

 ユースさん、本当に、ありがとうございます!」


 ルザニアの肩を手放したユースの前、ルザニアは太陽のようにまぶしい笑顔でそう言ってくれた。

 ユースにとってその言葉とは、ナナリーに勲章を頂いた時以上に嬉しいものだったかもしれない。

 シリカという立派な先輩の後ろ姿を追いかけるばかりだった自分が、今、立派な騎士様だと称され、そんな自分を追ってきたんだと言われている。

 これはきっと、あらゆる武勲を上回り、今のユースにとって究極的な光栄だ。


「……ルザニアも、ありがとう。

 俺達と、一緒にここまで来てくれて」


 先輩から、後輩に、贈る言葉。

 ユースはただ一途に、その胸の奥から自ずと溢れた言葉を、殆ど無意識のうちにルザニアに伝えていた。




 自信を持つことは、人によっては難しいことだ。

 自身を自分なりにでも客観視し、何らかの魅力を見つけることが出来るか否か、総じてはそれが自信を持てるかどうかに繋がってくる。


 自分は周りと比較して、何か抜きん出たものを持っているか。

 もしくは選択肢に迷った時、正しい決断を下せる能力を持っているか。

 あるいは、かつて一度は理想に目指した自分に、今なっているか。

 過去の自分から歩んできた歳月と、その中で得てきた経験が、ゆっくりとその人の中での自信なるものを形作っていく。

 積み上げたものを誇れるかどうか、成功を反復してこられたかどうか、努力の結実をその手に実感することが出来たかどうか。

 その問いに前向きな返答が出来るなら、きっとその人は自信を持っていいはずなのだ。


 だけどそれが出来ない時、人はひどく苦しむこともある。

 自信が持てない。それは、数多の選択肢と出会っていく人生航路の中で、正しい道を選べる自分であると信じることが出来なくなる一因だ。

 失敗を怖がってしまう、動けなくなる。前に進むことが出来ない自分を自覚すると、それによってまた己に自信を持てなくなる。

 自信が無いことと謙虚は違うのだ。自信が持てないということは、その人自身を苦しめることがあっても、それによって誰かを幸せに出来るものではない。


 褒めて貰えて嬉しいのは、賞賛されて嬉しいのは、自分が肯定して貰えたから。

 肯定されたということは、自分の言動や思想が正しかったと知ることが出来たから。

 それは、自信を持つことが出来るための、一つの大きな根拠になり得るのだ。

 人は、自分自身の思考の中で自信を得ようとするよりも、他者を通じてそれを得ることの方が、ずっとありふれていて現実的。

 幸福と直結する自己肯定の根拠、あるいは自信の一種ともとれるそれが、自分自身を幸せにするのだと、ただ生存していくだけでは満足できない生物である人間は、きっと深層的にそれを知っている。

 人が成功を求めるのは、そしてその成功を誰かに知って欲しいと思うのは、突き詰めれば、そんな希望があるからではないのだろうか。


 独りの思考世界の中のみで得られる自信は儚い。

 必ずいつか、年をとるにつれて変わっていく自分自身が、過去か未来の自分を否定するからだ。

 本当にその人を根底から支える自信というものは、他者によってもたらされるものだ。


 自分の努力を認めてくれる誰かの存在が。

 この人のためにならいくらでも頑張れると思える、その行動を無心で正しいと信じられる、そんな誰かの存在が。

 正しい選択をしたはずでも不安に駆られた時、そんな自分の不安を和らげてくれる、優しい言葉を向けてくれる誰かの存在が。

 そんな人に出会えたなら、そして共に歩んでいけるなら、きっと人生はそうでない時よりずっと、光に溢れて輝かしいものとなる。


 ユースはシリカという、目標でもあり憧れでもある騎士様と出会った。

 ずっと、その背中を追いかけてきた。

 そして今、ルザニアが、かつてあるいは今もシリカの背を追うユースと同じく、ユースの背を追いかける若き騎士として在る。

 それを言葉にして伝えられたユースの心が、どれほど救われたか想像できるだろうか。

 遠きシリカの背中には届かないけれど、そんな憧れの人が見せてくれた生き様に似た何かを、初めて掴んだ実感を得る。

 それはきっと、それをきっかけに、少しずつ自信を持っていくことの出来る、たった数秒の出来事にして人生に大きな影響を与える、大きな大きな事象だったに違いない。


 人はみな、心のどこかに不安を抱えて生きている。

 それを努めて拭い去り、前を向いて歩き続けていくために、自信というものはきっと大きな支えになる。

 そしてその人に、真の意味での自信をもたらしてくれるのは、自分自身の行動が半分、そしてそばにいる誰かの存在であると、固く言い切ることすら可能である。

 そんな人と巡り会うことが出来るなら、それは間違いなく、至上の幸福の始まりと言ってもまったく過言ではないのだ。


 シリカはユースに、夢と目標と向上心を芽生えさせた。

 アルミナはユースに、苦難に直面した時に手をつなぐ最大のパートナーとして、常に大いなる行動力の源泉となり続けてきた。

 チータはユースに、知恵と英断に踏み込むまでの過程を敷き、一方でチータには負けていられないという、ユースの意地と決意に火を灯してきた。

 そしてルザニアはユースに、後輩を導かなくてはというユースの責任感をいっそう高め、さらにはそれを成し遂げてきたユースを追うその目が、彼に自信が芽生えていくきっかけを生じさせている。


 そんな仲間達に支えられて、ユースはここまでやってきたのだ。

 いつだってユースは、誰かに褒めて貰えたり、頭を撫でてもらえたら、嬉しい一方で常に思っている。

 自分一人じゃ、きっとここに来るまでに挫けていただろうって。

 みんながいるから、ここまでやってこられたんだって。

 それを正しく理解していることこそが、きっとユースの一番の強みなのだ。

 みんなに出会えたことが一番の幸せだと信じてやまないユースは、それを理解している自分自身が、最も自分を幸せにしているのだと気付かない。

 この世界は不思議なほど、掛け値なく他者を大切に出来る人こそ、知らず知らずのうちに自分自身が幸せになっているのだから。




 誰かが言い残した言葉がある。

 自分一人だけで大きくなれる者など、この世に一人たりともいまい。

 尊き人との縁に勝り、幸福なことなどそう多くはない。

あと一回、エピローグを公開して完結です。

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